転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
投票もありがとうございましたン!
結果1位承太郎(400)、2位辻綾先生(72)、3位億泰(66)でした。
漫画は仕事が絡まなければ基本的に読まないが、「岸辺露伴」の名前を聞いたことはあった。
有名な漫画誌で連載する売れっ子漫画家。作品名は『ピンクダークの少年』。
かつてネズミの着ぐるみを剥ごうとした少年は、絵を描くのが好きな子供であった。
好きになったきっかけは、鈴美に褒められたため、というのは彼女から聞いた話である。
生意気な小僧が、果たして成長してどうなったかと思えばやはり────、
「さっきの一発は
小僧は今、以前わたしが会った少年に腹に腕を回される形で止められている。
「ちょ、急に何ですかあなた!!厄介ファンですか!?」
泉くんが仲裁に入る。
まさか小僧が杜王町に戻って来ているとは思わなかった。鈴美の事件もあるが、職業上ここよりよっぽど都市部に住んでいた方が便利だろうに。
かく言うわたしも生まれ育ったこの町を気に入っているため、出て行く気はない。
「どけ、貴様に用はないんだ女。僕はそこの腑抜けを演じる男にあともう一発殴らなければならんのだ」
「露伴先生どうしたんですか!!仗助くんに殴られて頭のネジ吹っ飛んだんですか!?」
「ええい、康一くんも止めるな!!」
先ほどまで平穏に話し合いを進めていたというのに、突如現れたこの青年によって見事に崩された。
作家に身を置いたのは自分の判断だが、これだったらあの精神科の言葉を間に受けない方がよかったかもしれない。
────職に悩んでるならせっかく文学部なんだし、何か書いてみたら?
まさか気を紛らわすついでに書いた代物がデビュー作になるとは、当時の自分は夢にも思わなかっただろう。
そもそもどこの誰かさんが息子の机にあった原稿を見て、変な気を利かさなければこうはなっていなかった。
だが人と最低限関わる必要がなく、素性がバレないように予防線をいくつか張って過ごす現状は、中々過ごしやすいのも事実である。
「ここで話しても悪目立ちするだろう。話があるなら別の場所にしようじゃないか、岸辺露伴」
「…ッハ、いいだろう。だがわざわざ貴様の家に行くのも癪だ。僕の家を案内してやる」
わたしの家に案内する気など微塵もなかったんだが。
ちゃっかり付いて来ようとした泉くんはこの場にステイさせた。
◻︎◻︎◻︎
康一少年も途中で別れ、訪れた岸辺邸。
流石売れっ子なだけある。成人して間もない男が持つ家のレベルではない。
「座れよ」
「乱暴な言葉遣いだね」
「ッハ!僕だって
つまり、わたしは敬語を使うべき相手とは思われていないわけだ。
案内されたソファーに座ると、向こうは作業用の椅子に腰掛ける。
「大方分かっているが、鈴美の件だろう」
「……分かっていて来たのなら、殴られる覚悟はできてるんだろうな?」
「どうぞ。ただ手はよしてくれ、書くのに使うんでね」
「…ッ!!」
こちらの平然とした態度が気に食わないのか、小僧は睨んでくる。
手には普段の癖で持ったのかGペンが握られており、こちらに向けられている。殴るといったが刺すのは無しだぞ。
「……気に食わん。貴様のその態度全てが気に食わん…!」
「昔から大人びていたが、彼女のこととなると君は本当…子供っぽくなるね」
「黙れ!!」
立ち上がった男に一発、今度は逆の頬を殴られる。
人の襟首を掴み浮かべる形相は、どこか泣きそうにも見える。
「約束したッ、はずだろ!……鈴美お姉ちゃんを傷つけるなって…!!」
「わたしが傷付けたわけじゃない。殺したのは片桐だ」
「そんなのわかってるさ!!だが貴様は彼女の側にいて、守れなかった。傷つけていなくとも、貴様が守れなかったことで傷付いたのなら、同じようなものだろ!!」
「確かに、そうだね」
肩を竦ませた瞬間、もう一発拳が飛んでくる。
横に避け前につんのめった奴の後ろに回り、今度は逆にわたしが振り返った男の襟首を掴んだ。息苦しさに歪む顔を、正面から見据える。
「貴様が「あと一発」と言ったんだ。もう一発殴られる覚えはない」
「……ッ、クソ…」
「幼き頃の君が彼女を好きだったのは、側から見ても分かっていた。彼女は気づいていないようだったがね」
「………」
作業場を一見して感じただけだが、この男の漫画への熱意は本物だ。
あくまで仕事として書いているわたしとは比べ物になるまい。
そんな男が熱意を引き下げて彼女の想いを全面に出してくるのだから、この青年にとってそれだけ鈴美の存在は大きいのだろう。
「わたしを恨んでいるなら憎めばいい。「僕の一発」を訂正して増やすなら、それでもいいさ。だが彼女はもう十年以上前に死んでいる。過去に区切りをつけられないのが若さなんだろうが、わたしに当たったところで彼女は戻ってこないぞ」
「……分かってる、そんなことは…!!」
顔を伏せた小僧の襟首から手を離し、近くにあったティッシュで口元を拭った。
鉄の味が口内に広がって気持ち悪い。
「商売道具の手を使ってよかったのかい?痛めてもわたしは知らないぞ」
「…一発目は感情的になり過ぎて利き手で殴ってしまったが、二発目はきちんと、左手で殴ってやったさ」
当時はわたしの腰ほどしかなかったというのに、今や自分と同じくらいの身長なのだから、人の成長ってのは恐ろしい。
中身はまだ少し、ガキの部分が残っているようだが。
「ハァ……まぁ、ずっと殴りたかった分は殴れたんだ。少しはスッキリした」
「そうかい。じゃあわたしは帰るよ」
「オイオイ、オイオイオイオイオイ、ちょっと待てよ
は?何だコイツ急に…。用件が済んだのなら帰して欲しいんだが。
泉くんをカフェで待たせているのだし、これ以上サンドバッグになる気もない。
「まさか僕が貴様に会った時に言ったことを覚えていないのか?三歩歩いたら忘れる脳なんて、流石約束を守れなかった男なだけあるな」
「……わたしは帰るぞ」
「客として来たのならもてなしぐらい受けてけよ。常識だろ、常識」
「貴様にだけは常識を語られたくない」
ネズミの件やその他諸々の所業をなかったことにはさせんぞ。
本当にネズミの首を奪っていたら、最悪出禁もあり得たんだからな。
「おっと、ここに偶然「星ノ桜花」と書かれた本がある」
何で人のデビュー作を持ってるんだ、コイツ?妙に色褪せていると思ったら初版だった。怖…。
「おっと、さらにまたまた偶然、ここにペンがあるじゃあないか」
「………」
無言で去ろうとしたが、飛来したGペンの先が頬を掠めて壁にぶち当たった。わたしはどうやら岸辺邸ではなく、幽霊屋敷に来てしまったらしい。
「……嘘だろ。自分以外は雑草としか思ってなさそうな君が…嘘だろ?」
「勘違いするなよ。僕は星ノ桜花の書く薄っぺらい、いかにも大衆ウケを狙ったのが丸わかりな「純愛」ものは嫌いだが、人の狂気が覗く実にリアリティのある一部の作品が好きなだけなんだからなそこら辺勘違いしてくれるなよ先生サインください」
「わ、わかった。わかったから……」
自分の書いたものを好きと言われようが嫌いと言われようが別に構わないが、ここまで迫られると書かざるを得ない。
「間違って本名を書いたらお前に明日はない」
「そうなると作品が書けなくなるがいいのかい?」
「やっぱりホワイトホール白い明日が待ってるぜ」
「……君、薬物とかはやってないよな?」
医者なら紹介できるぞ、と言おうと思ったが、裏のページの空白に書いた文字をガン見している男には聞こえていないようだった。
渡すと少年のように無邪気に笑う。こちらとしてもあまりの温度差に反応に困る。
「よし、じゃあ帰れ」
蹴られる勢いで追い出された。
枷がなかったら、わたしは真っ先にコイツを殺しただろう。
【ヘブンズ・ドアー】
カフェ・ドゥ・マゴで一悶着あった翌日、登校中に露伴に会った康一は尋ねた。
「露伴先生、やっぱり星ノ先生にヘブンズ・ドアーを使ったんですか?」
「いや、使ってないよ」
「え!?意外だなぁ…」
「
「……本当に好きなんですね」
「一部の作品が、だよ。あの男自体は実に嫌いだ。本能的に合わない」
「うーん……なんか、複雑なファン心ですね」
まぁ、あの岸辺露伴のお気に入りなのだから、相当面白いに違いない。
基本小説を読まない康一であるが、今度星ノの作品を読んでみようと密かに心に決めた。
しかし気になるのは、露伴が星ノの作品を好きになった理由である。
「露伴先生はどうして星ノ先生の一部の作品を好きになったんですか?」
「…康一くんは興味があるのかい?」
「あ、いえ……気に障る内容なら、大丈夫です」
康一に視線を一瞬向けた露伴は、少し考える素振りをみせた。
そして、君だったらいいかもしれないと、への字になっていた口を開く。
「詳細は省くが、幼い頃に落ち込んでいた時期があってね。ちょうどその頃本屋に立ち寄って目にしたのが、星ノ桜花のデビュー作だったんだ」
露伴は小学生だった当時、母親から杉本鈴美が亡くなったことを知らされた。
ついでニュースで『S一家殺人事件』について知ったのである。
大好きだった「お姉ちゃん」は、家族ぐるみで仲のいい姉のような存在であり、母親に少し近い存在でもあり、幼心で抱いた
だが彼女の隣には気に食わない男がいつもいた。
その男の隣で彼女は露伴に浮かべるものとは違う、或いは可憐な少女のように、或いは艶めいた女性のように微笑んでいた。
少年では勝ち取れなかった恋人の座である。
鈴美も露伴を弟のように思っていたから、余計に無理な話だった。
だからこそ初恋を諦めて、吉良に彼女のことを任せたはずだった。
しかし蓋を開ければ杉本鈴美は死に、二度とひまわりのような笑みを見ることが叶わなくなった。
どれだけ、吉良を憎く思っただろうか。
────そしてどれだけ、男に託すのみで、何も出来なかった自分を恨んだだろうか。
ただいくら後悔したところで全ては過去の出来事で、正しく久し振りに会ったいけ好かない男の言うとおり、どれだけ望んでも、死人は返って来ない。
これが
「僕は「
さながら人間が魚や肉、野菜を食べて己が血肉にするように。
彼もまた体験したネタやヘブンズ・ドアーで読み取った他者の中身を喰らい、己の作品へと昇華する。
「それを踏まえて星ノの
星ノ桜花のデビュー作は、まだ小学生だった彼には毒々しいほど人間の「欲」や「愛」を暴いていた。
ある女と出会った“わたし”が、少しずつ堕ちていく────という内容には、性癖倒錯、近親姦、殺人、自殺など、様々なタブーを煮詰められ描かれていた。
また、主人公の性別が最後まで明かされないことや“わたし”という一人称から、主人公が男か女か、女であれば同性愛についても暗示されているのではないかと、世間で話題になった。
元々ニュースにも取り沙汰されるような有名どころの受賞作であったが、淡々と、しかしどこか「熱」を帯びた文章に潜む人間の禁忌や狂気に、賛否が分かれた。
露伴としては、主人公の性別を明らかにしないことで生まれる作品のぼかし(例えば制服を着る時の描写など)について否定的な意見を持ったが、「マイノリティ」の言葉が社会に浸透したのを体験して、これが作者のねらいであったのだと思い至った時舌を巻いた。ちなみに吉良にそんな意図は微塵もなかった。
「“中身”のある内容は僕の描く作品には劣るだろうが、実に面白かった。同時に闇のある作品は同種の人間を引きつけやすい。落ち込んでいた僕も多少なりとも、魅了されてしまったんだろうさ」
きっとあの男が書いたものと知っていれば、ハマりはしなかったのだろうが。…いや、知っていても沼に落ちてしまったかもしれない。
“中身”────即ち「リアリティ」のあり、且つ露伴が一定の評価をおく作品ならば、自己の経験や見聞きした内容が含まれていると考えていい。
そうなると必然的に星ノ桜花は作品に見合う人間の「闇」を体験したか、見聞きしたことになる。
吉良が過去に何度か事件に遭ったのは露伴も知っている。その経験が作品に反映されているならば、一応の納得はいく。
しかし言い知れぬ、読む中で感じる心臓の裏を撫でられるようなゾワゾワとした例えようのない感覚が、露伴は気になって仕方ない。
吉良を家に招いた時、何度その
吉良吉影の人間性やかつて体験した事件の出来事。ことに杉本鈴美と、その家族が亡くなった事件の内容について知りたかった。
何せ犯人とされる片桐安十郎はまだ行方不明。……否、既に死んでいる可能性が高いと考えられている。
しかし結局、露伴は読まなかった。
ネタバレをしたくないという気持ちもあったが、知ったら最後吉良の
作品で薄々感じていた
これ即ち「触らぬ神に祟りなし」、といったところだろうか。
「康一くん、「毒を以て毒を制す」ということわざがあるだろ」
「?」
「僕もね、似たようなものだよ。抱えた闇を、同じ闇で打ち消す…とまでに至らなかったが、紛らわせたのさ」
「先生…」
「オイオイ、そんな暗い顔をしてくれるなよ。まだ朝なんだぜ?それに僕が人に同情されて「ありがとう」と思うタイプじゃないのは、君もわかってるだろ」
「……すみません」
会話の中で浮かべた漫画家の普段とは違う憂いを交えた表情に、康一は露伴の言う「過去」が、思い出すには重いものであると悟った。
暫しの沈黙が続き、分かれ道がきた。僕はここで、と露伴が言う。
「あぁ、康一くん。置き土産ってわけじゃないけど、一応言っておくよ」
「何ですか?」
「読むなら「純愛」ものだけにしとくといい」
その言葉に康一の喉からはヒュッと、か細い息が漏れ出た。