転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
作家という職種ではあるが、社会人になってから平穏に過ごせている。
ただ女の手への執着と殺人欲求は相変わらずだ。
サラリーマンではなく作家を選んだのも、人との関わりを避けるのに最適だと思ったからだ。
人と関わりが少なければ余計な対人トラブルは生まれない。
つまり、ストレスを感じずに済む。
だが殺人欲求はどうにもならない。そしてそれを我慢するにも限度がある。
この欲求を紛らわすのに有効だったのは別の欲で上書きする方法だ。
その欲とは、肉欲である。
あの
一概に言えるのは人に褒められた女性関係を持っていないことだろう。
この時点で平穏から数歩遠かっているが、人を殺していないだけマシだ。
「先生のドロ沼な作品って、なんていうんですかね。……淡白なはずなのに、こう、生々しいんですよ。「熱」を感じるっていうか」
そう語るのは、最近わたしの担当になった泉飛鳥編集。
先日の一件で目立ってしまったためあのカフェは利用できなくなった。
泉くんには打ち合わせ中にわたしの本名を言ったり、「星ノ桜花」を連想させることは言わないよう口すっぱく言っていたのに、岸辺露伴のせいですべて台無しになった。
元々駅付近を打ち合わせに使っていたのは、編集と待ち合わせがしやすかったからだ。
出版社側も人選はしっかりしているので、編集者伝いで身元がバレたことはない。
保身を考えるなら、話し合いの度に場所を変えるべきなんだろう。
だが土地勘のない向こうにそれをしろ、というのは酷な話だ。
それにわたしも精神面と体力面に問題があるので、遠出はできない。
ならば自宅はどうだろうか?
──却下である。自分のテリトリーに他人を招くなどごめんだ。
しかも相手はプライベートではなくビジネスの付き合い。殊更に家に入れたくはない。
そもそもの話、「自分の保身」を考えなければならなくなるほど自分の作品が売れると、誰が想像できただろうか。
売れなくなったらライター関連の仕事を細々とやっていこう、などと考えていた自分を殴りたい。
最初の数年は転職を真剣に考えていた。
しかし中途採用の条件(勤め先は杜王町がいい)や、自分の生活リズムに精神問題………諸々を踏まえて、結局作家を続けることにした。
「先生、何か上の空ですけど、大丈夫ですか?」
「…ん?」
今日編集とのやり取りで使っているのは、『トラサルディー』というイタリア料理店。
こちらがカフェを渋った末、泉くんが見つけてきた。
ちゃっかり会社の経費だからと高そうな店を選ぶずる賢さに、呆れを越して感心さえする。
「えっと、ムサシが綾波レイと同じ声って話でしたね」
「全然違います」
「あぁでは、まごころを君に、でしたね。八匹の鳥たちがエサを食べて空を舞うシーンは感動的でした」
「気持ち悪い…性癖が。みんなのトラウマを呼び起こさないでください」
「じゃあ経費で食う料理は美味い、ですかね」
「それも違いますってば!というか、まだ料理出てきてませんからね」
この店はメニューがなく、シェフの判断で料理を出すらしい。
まだ開店してからいくばくも経っていないようで、客もわたしたち二人以外はいない。食事時とズレた時間のせいもあるだろう。
“目立たない店”を頼んで彼女はここを見つけてきたのだから、有能なのかポンコツなのかイマイチわからん。
「覚えてますよ。「熱」の話でしたね」
「そうですよ〜!やっぱりここまでのものを書くんだから、先生って裏で女性関係も奔放なんでしょう?」
「女性のあなたがそれを、男のぼくに聞くんですか?」
「確認ですよ。作品のネタに繋がる手がかりはこちらも把握しておきたいので」
「プライベートのことを話す気はないですね」
今までの編集も個人差はあれ、一定の距離を置いてきた。
今回もそのスタンスを変える気はない。
「人の情報を聞こうとしている行為が他者へリークするため、というのも無きにしも非ずですし」
「私はそんなことしませんよ。仕事にはいつも全力投球です!」
「婚期逃しそうですね」
「先生…
「食事、まだですかねぇ」
一人で経営していることもあり、単純に作業量が多いのだろう。
無視した泉くんを横目で見ると頰を膨らませている。
妙齢の女が子供のような反応をする様に、不意に鈴美を思い出した。
こうして観察してみると、肩にかからない長さの髪やその色もよく似ている。
「んもう〜笑わないでください!」
「ハハ………え?」
「そもそも私は24ですし、まだまだ若いので大丈夫です!!」
思わず口元を押さえた。知らず知らずのうちに口角が上がっていたらしい。らしくない、らしくないぞ。
少し疲れているのかもしれない。岸辺露伴に会ってからというもの、過去の記憶に引きずられやすくなっている。
どうにか気を逸すべく、泉くんの話を掘り下げた。
「君はとても仕事熱心だよね。ぼくでさえ見習うところがあるくらいだ」
「褒めたって白紙の原稿用紙しか出ませんから」
「ぼくにどんだけ書かせたいんだ」
「これも仕事なので。先生の担当になったのは、私にとってある意味チャンスですから」
売れっ子作家の編集を担当し成功すれば、彼女はさらにステップアップする。
それは高みを目指す者の意志なのだろうか──と思ったが、違うらしい。彼女は手で丸を作る。
「クックック……この世は
「生々しい回答だな…」
「もちろん仕事に一定の熱意と誇りは持っています。編集者を選んだのも本が好きだったからです。でもそれ以上にお金が必要なんです」
「必要……か。気分を害したら申し訳ないが、ご家族に借金があったりするのかい?」
「いや、借金じゃないですけど……うーん」
泉くんは言葉を濁した。チラ、とこちらを見て、また考え込む。
「もし話したら先生のネタになりますか?」
「内容によると思いますが……まぁなるべく活かせるようにしますよ」
「……うん、じゃあいいですよ」
言い出す前に彼女はコップの水を飲む。
細い手首だ。触れたら吸いつきそうな肌である。手入れは相応にきちんとされていて、爪も綺麗に切り揃えられている。
爪磨き…まではしていないか。愛らしい手だ。わたしがしてあげたい。
「妹のためです。両親がいないので、私が妹を支えてあげるんです」
その言葉が耳に入った時にはすでに遅く、ジリジリと燃えていた頭のままカノジョに触れてしまった。柔らかく滑らかな感触が一気に追い討ちをかける。
ギリギリで踏みとどまった理性が「口づけるのはやめろ」と赤信号を出した。
「大丈夫ですか?な、何かその、えっと………… えっちぃ… 」
「すみません、セクハラしてます」
「堂々と言うことですか!?」
顔を赤くし歯切れの悪い彼女から察するに、男に耐性がないのだろう。
手に触れたままのわたしに泉くんは戸惑った表情を浮かべ、ついで意を決したように真っ直ぐ視線を向ける。
「その…先生」
「何でしょう?」
「……編集長から聞いたんですけど、私を外して欲しいと頼んだって、本当ですか?」
「言いましたけど、それが何か?」
鈴美と似ている要素が多く、またガサツな点で保健医と少し似通うところもある。何より女の美しい手は、目に毒なんだ。
今も内側では殺してやりたいと、この手を自分のものにしたいと、欲望が渦巻いている。
だから担当から外してもらえないか頼んだ。向こうとしては泉編集に相談してから、との返答が来た。
仮に短期間で外され、しかも作家本人の意向で変えられたのだと社内で知れたら、彼女の体裁が悪くなる。
そして泉くんは編集長の相談に、「何か自分に非があるのならば直します」と告げ、外されることを渋った。
何か訳があるのだと編集長の電話が来た時に確信したが、家庭の事情があったのならば納得もいく。
しかしそれがいったい何だというのか?
他所の事情などわたしにとっては対岸の火事同然で、彼女の人生が今後崩れようが構わない。もし恨まれわたしの人生の邪魔になるのなら、廃人になりすればいい。方法は幾らでもある。
鈴美や保健医と似通った点がある。それだけだ。
ただ、それだけで、わたしの心はぐらつく。
鈴美のようにわたしを「人」たらしめてくれる存在が、熱を与えてくれる存在が欲しい。
きっとこの先彼女の代わりになる人間が現れないのは薄々感じている。
長い時間を共有して、わたしの全てを知った上で理解しようとし、イエスのように無償の愛を捧げてくれたからこそ、ぼくは鈴美に心を預けられた。依存していた。
「愛」と語るにはぼくのそれは、ドロドロと毒のように禍々しい。
そして失ってなお、過去の感情を振り切りのうのうと生きているこの身体が、気色悪い。
「…先生、お願いです。私に先生の編集を続けさせてください」
「嫌ですよ。体裁については悪くならないようこちらから言っておきますから。「ぼくが彼女を好きになってしまったので」とでも言えば、向こうも笑い飛ばしてくれますよ」
「……でも、先ほど言ったようにこれは“チャンス”なんです。私はみすみす目の前にある好機を逃したくはない」
真っ直ぐにわたしを見つめてくるその目は、やはり直視していると様々な感情を呼び起こさせる。
「…愚かだな」
自分の口から漏れた言葉は、随分と冷えていた。
わたしと関わってしまった時点で、不幸なのだろう。彼女だけじゃあない。歴代の編集も様々な不幸に遭い代わってきた。中には事故に遭って死んだ者もいる。
これがわたしが意図的に関わらないで起こるのだから、末恐ろしい。
「君はつまり、ぼくに要求しているのだね。ならこちらは相応の代価をもらうが、構わないだろう?」
「…代価、ですか?」
「あぁ、続けさせてやる。君が今後、どんな目に遭っても知らないからな。その上でぼくは君に要求させてもらうよ」
唾を飲む音が聞こえた。女の額には汗が滲んでいる。
「わたしに抱かれろ、泉飛鳥」
彼女の顔から一気に血の気が引いた。
きっと他の女のように彼女がわたしを満たすことはないのだろう。
けれど「もしも」があったらと、期待してしまう自分も愚かなのだ。
毎回期待しては外れ、途方もない殺人欲求に自己が崩れそうになる。
それでもぼくは「熱」を求める。
まぁ、彼女が救いにならずともよいのだ。
美しい手が、そこにあるのだから。