転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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我に返ります。

前話で承太郎の行動の理由付けを後にしたのと筆者の技量不足で、解釈が様々に生まれてしまったので、のちの話で理由付けについては出すことを明記しておきます。申し訳なかったです…。


40話 番町爪屋敷

 泉飛鳥には歳の離れた妹がいる。

 妹がまだ幼かった頃に両親が他界し、二人は遠縁の老夫婦に引き取られることになった。

 

 両親の死を受け入れられない飛鳥とは違って、妹は夫妻が親身になってくれたこともあり、次第に明るさを取り戻していった。

 

 彼女が夫妻に心を開くには、自我が確立され過ぎていた。それに、昨日まで顔も見たことがなかったような彼らを「家族」と呼ぶには強い抵抗があった。

 

 なぜなら飛鳥の「家族」は父と母と妹と、そして自分の四人だったから。

 

 時が経って妹はすっかり老夫婦に懐いた。夫妻も姉に気を遣ってはいたけれど、次第に妹ばかり甘やかすようになった。

 

 

 飛鳥の中で少しずつ黒いモヤモヤとした感情が生まれ、腹の底に沈澱していく。

 

 その心はやがて夫妻への嫉妬や憎悪に変わる。

 

 二人は何せ、彼女から()()()()()存在だ。

 

 

 飛鳥はそして、二人から妹を取り返す方法を考えた。

 

 

 彼女はダメダメな、妹がいなければ私生活もままならない姉に()()()

 自分が元々そういう性格だったのだと思い込んで、それを“本物”として認識した。

 

 思惑どおり妹はだらしない姉の世話を焼くようになった。「もぉ、お姉ちゃんたら〜」と小言を言いつつも、家事をやってくれる。そんな妹に、姉の執着はさらに加速した。

 

 それから妹も大学生になり、二人で暮らすようになった。

 

 妹は私大で奨学金を受けている。飛鳥もまた私大出身で奨学金を返済中だ。

 彼女は妹が何を言おうと、絶対に二人分の奨学金を返済する気でいる。

 

 だから今が肝心なのだ。働いて金を稼がなければならない。

 

 

 多忙な毎日であるが、夜遅くに帰って妹の「おかえりぃ、お姉ちゃん」と聞くたびに、飛鳥は思うのだ。

 

 今日も京香ちゃんのために頑張ってよかったなぁ、と。

 

 

 ただ、そんな毎日も永遠に続くわけではない。妹とて社会人になって、いつかは結婚し家庭を設けるだろう。その中に姉の彼女が居座るのはまず難しい。

 

 妹の幸せを思えば、巣立って行くことも飛鳥は許容できる。

 

 ただ、ただ────。それでも長く一緒にいたい。

 

 そのまま身も心も溶け合うぐらい一緒になれたらいいけれど、その思考がヤバいものだと彼女自身理解している。その重い感情を妹に押しつけて壊すのは本意ではない。

 

 

 

 

 

 そんな中、彼女は編集長に腕を買われ「星ノ桜花」の担当になった。

 

 編集長が代わってから数えて三代目で、初代の男性は諸事情で会社を辞め、二代目の女性は鬱になり辞めている。

 

 男性の方は面識がほとんどないので知らないが、鬱になった女性に関しては新人時代にお世話になっていた。三十路ほどの、黒い髪が綺麗な女性だった。

 

 うわさでは夫に浮気がバレて離婚し、鬱になったらしい。

 飛鳥の記憶では決して他の男にうつつを抜かさない女性だったと覚えている。

 

 

 

 だが今ならその女性が誰に憂き身を(やつ)していたのか分かる。肉体関係があったかはわからないものの。

 

 妹を愛し、男という生き物に目もくれなかった彼女でさえ、経験したことのない感覚を覚えた。

 痩身の身体は“貧弱”といった感じで、文学部に一人はいる目立ちそうにない根暗な外見だ。

 

 だが陰のある容姿と反して隠された眼鏡の奥にある紫の瞳に、ギラつくものを感じた。

 

 そして先日セクハラされた時だ。

 

 熱っぽい()()()が、自分に向かっている事実にゾクゾクとしたものを感じた。向こうはまぁ、手しか見ていなかったのだが。

 吐息一つに色気が漂っていて、飛鳥の心臓は爆発した。これが「えっち」なのか────!!と、ちょっと感動もした。

 

「セクハラ」発言が無ければ、彼女はそのまま深みに落ちてしまったに違いない。

 

 

「でも結局いつかは、ハマってしまうんだろうな…」

 

 

 昼食時に突然“星ノの使用人”を名乗るしわがれた声の男から連絡があった彼女は、新幹線とタクシーを乗り継いで指定の場所に向かっていた。

 

 次の仕事の話はまだ少し先である。つまり用件は()()()()()()だろう。

 

 仕事のために覚悟していたことだが、いざその時が来たとなると内心嵐になるものだ。

 

「あぁ、どうしようどうしよう……!やっぱり帰って…いや、でももうここまで来ちゃったし……」

 

 タクシーの後部座席で一人ブツブツとつぶやく女を、運転手の男は困惑しながら見た。

 

 指定された場所は杜王町の別荘地帯。もしかしたら星ノの別荘なのだろう。

 

 

 そして飛鳥が言われた場所に着いたのは夕方ごろ。辺りは暗闇に包まれ始めている。

 

 売れっ子作家の担当をできるのはありがたいが、やはり長時間の移動が苦痛に感じざるを得ない。

 

 恐らく今夜は自宅へ帰れないか、深夜もいいところな帰宅時間になるだろう。

 

「わぁ、武家屋敷」

 

 闇が近づいてきた時間の現在、佇む厳かな雰囲気の建物に彼女はたじろいだ。

 てっきり新築の豪邸をイメージしていた。まぁあの文豪を想起させる静かな雰囲気には合っているとも思う。

 

 とりあえずチャイムを鳴らすが、返事はない。

 何度か鳴らしたところで、中から微かに「入れ」と声がした。電話で聞こえた老人の声と似ている。

 

「えっと、失礼します…?」

 

 戸を開けた部屋の中は、陽が沈んできたこともあって一層暗い。

 後ろから差し込む薄い光を頼りに飛鳥が電気を点ければ、奥には誰もいなかった。

 

 使用人の男がどこへ行ったのか疑問に思いつつ、ミシミシと音を立てながら、廊下を歩く。

 

「ぎゃあっ!!」

 

 前触れもなく開いた襖。暗闇に目を凝らしペンダントライトを引っ張れば、そこが客間らしいことがわかった。中には────誰もいない。

 

 ぞわぞわとした、言いようのない不安が彼女の内に広がる。武家屋敷に怪奇現象。

 

「ネタだおいしい」の思考回路の中に、「YUREI」の五文字が何故か英語で浮かんだ。妹に誘われ休日『ゴーストバスターズ』を見ていたせいだ。ついでにその後見たのは『リング』。

 

「バスターしといてよ先生ェ…」

 

 玄関には見たことのある皮靴があったので、家主がいないということはない。

 そこでふと、飛鳥は感じていた別の疑問に行き当たった。

 

 いくら完全に陽が暮れきっていないとはいえ、一切家の電気が点いていないのはおかしくなかろうか?

 

 まぁ中には集中目的でスタンドライトのみで書くような作家もいる。男も眼鏡をかけていたのでそのタイプなのかもしれない。

 

「先生?」

 

 隣の部屋から微かに物音がする。何か引っ掻くような音と、液体の「グチャ」という音が混じっているような。

 先ほどのYUREI案件から人がいることに安堵を覚えた彼女は、躊躇なく障子を開けた。

 

「先生、使用人に呼ばれて来たんです…け………」

 

 飛鳥は暗闇の中、照らされた光に浮かび上がった人影の姿を見て固まった。

 

 

 人影の正体は星ノに間違いない。中は仕事部屋なのか、座卓や書棚などがあり、古紙の独特な匂いが鼻腔を掠める。

 同時に耳にはその音がより生々しく聞こえる。

 

 男は部屋の隅で膝を抱えながら自分の爪を噛んでいた。シャツや下、畳など血の滴った跡がある。

 

 彼女は慌てて電気を点けた。今男が噛んでいる左手は中指で、親指と人差し指は()()()()()()()()()、肉が少し露わになっている。

 

「先生!?大じょ……ヒッ!」

 

 飛鳥は相手に触れようとした時、男の右手を見てしまった。

 

 左手より痛ましい惨状のそれは、見るに耐えない。

 

「…れいみ?」

 

 普段と違い隠すものがない紫目が、逆光になった暗い飛鳥の姿を捉える。

 

 言葉に詰まった彼女に男の手が伸び、首に両腕を回して抱きついた。

 

 まるで成人した男が、幼い子供のように見える。男が瞳の奥で見せた妖しい色とは正反対だ。

 

 

 人は「押すな」「見るな」など、禁止されるほどその行為をしたくなる。

 これを「カリギュラ効果」という。

 

 

 男の──吉良吉影の闇の部分は、本来触れてはならないものだ。しかし普段隠されているそれが今、飛鳥の前に現れている。

 

 この男の闇の部分に、彼女はハマろうとしている。

 

 

 

「先生…大丈夫ですよ」

 

「れいみ、れいみれいみ、れいみ」

 

「私は……」

 

 泉飛鳥です、と言おうとした。

 しかし吉良の焦点がうまく定まらない瞳を見て、咄嗟に口を噤む。

 

「れいみ」という存在が誰なのか、彼女にはわからない。しかし触れてはならないものだと、本能的に感じた。

 

 そして星ノ桜花の闇深い作品の所以を、この時垣間見た気がした。

 

 もろく、儚い。

 

 人はその作品を見た時、きっと()()()()()()()()()()()()()見つめているのだろう。

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