転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
鳥のさえずりが聞こえる。吉良がひどく重い脳と身体に呻きながら起きようとした瞬間、手に走った激痛に一気に意識が覚醒した。
見れば両指に包帯が巻かれており、紅く滲んでいる。
彼自身は座布団を数枚敷いた上に横になっていて、隣には泉編集がいた。
「は?」
場所は仕事部屋である。側には泉が使ったと思われる救急箱の中身が散らばっていた。当の女はよだれを垂らしてぐっすり寝ている。
「何で泉くんが?昨日、わたしは……」
あの海洋学者が去ったのち、彼は仕事を再開した。
しかしまったく集中できず、途中で爪を噛み始めた。
止まらなくなった悪癖は意識がトリップしてからさらに悪化し、爪の伸びを超えて肉を噛むまでに至った。
過去に数回薬の飲み忘れや殺人衝動が重なり、この状態になるまで噛み続けたことがあった。
その後吉廣に発見され、仗助に治してもらっていた。能力については本人から聞かされたので知っている。
吉良が最初仗助に傷を見せた時は泣かせてしまった。精神の問題だと説明すると、また泣かせた。
当時はまだ鈴美が亡くなってからさほど経っていない時期だった。
指の怪我については仗助に二人だけの秘密にさせた。事情を知らない朋子は吉良の精神病と彼女を亡くした話を聞き、新しい恋を勧めたのである。
愛する人を亡くした人間にかける言葉としては、非常識な言葉かもしれない。
しかし吉良が人の「熱」がなければ生きていけない人間だと、朋子は理解していたのだ。忍ぶ恋を続ける女として、他人の感情には目敏かった。
事実そこから女と肉体関係を持ち始めた彼が指を傷物にすることはほぼなくなった。
「ハァ、クソッ……涙が出るほど痛い」
吉良は起きた泉に精神疾患の話をし、医者に行くと告げた。
「本当に大丈夫ですか?私も一緒に行きますよ」
「大丈夫です。心配しなくとも綺麗に治りますから」
「綺麗にはって、少し無理があるんじゃ…?あと手も心配してますが、それ以上に先生の方が心配で…」
「とにかく大丈夫です。精神も寝て落ち着いたので。今は帰ってく────あっ、そういえば何で君がわたしの家にいるんだ…?」
聞けばこの家の使用人に電話で呼ばれて来た、とのこと。ついでに怪奇現象にもあったらしい。
泉はそれで吉良宅に来て、錯乱状態の男を見つけた。そしていくらか落ち着いた彼を見て、救急車を呼ぼうと電話を手に取った。
しかし子機含めた本体も壊れており、彼女はいよいよ幽霊の存在を疑った。何せ使用人が全く現れないのだ。
震えていれば近くの部屋で何かが落ちる音がし、恐る恐る電気をつけて部屋の様子をうかがえば、救急箱が落ちていた。
彼女はその中身を引っ張り出して吉良の指の治療したらしい。その後は抱きつき念仏を唱えたながら眠った。
「本ッッ当に怖いし大変だったんですよ?!絶対ぜっったい、お祓いしてくださいね!!」
「あぁ、わかった。すまなかったね…昨日のことは忘れて帰ってくれ。その代わり前の話の件は反故でいい。担当はそのまま続けてくれて構わないよ」
「えっ」
「悪いね、疲れてるんだ」
泉を呼んだ犯人は誰か。まぁ、この家の幽霊と考えたら一人しかいない。
息子が大事にするのを嫌うため、救急車を呼ぶのは避けたのだろう。
泉を呼んだのは吉廣なりの理由があったのだ。その本意は息子の吉良が知るところではない。
だからといって、わざわざ外に出てまで編集に電話をかけたのはどうかと思うが。
クレイジー・ダイヤモンドを持つ仗助を呼ばなかったのは、吉良を追い込んだのが彼の“甥”の承太郎だったからだろう。仗助を承太郎と同じ括りで囲って、猜疑心を抱いたのだ。
────吉廣なりの息子へ懐く後悔の数々。
吉良が杉本一家が殺害され入院していた頃、吉廣は病院に潜み息子の様子をこっそり見守っていた。
杉本鈴美が亡くなったばかりだったのだ。「
願わくばそれだけはやめて欲しいと思いながら、ここまで来ても傍観するしかなかった。
妻が息子を
そして、彼は見てしまった。
一歩、屋上から冥界へ歩み出そうとした息子の姿を。
──────すまんの、すまんの吉影。
吉廣はその時、ただ謝ることしかできなかった。
不甲斐ない父親だ。泣いて見つめることしかできない。彼は星の意志を持つ少年の声を聞くまで、涙を流し続けた。
だからこそ今の吉廣は一層、息子の幸せを願っている。もし本人が殺せぬというのなら、女を殺して手だけ持ってくることも厭わない。
吉良が望んでいないので、行動にはしないが。
そんな父親の気など知らない息子は、お祓い業者を呼ぶ気満々になっていた。
「ひとまず風呂に入るか…」
立ちあがろうとした男は視界の隅で座布団にちょこんと座る編集をとらえて、眉間に皺を寄せる。
「帰れ、と言ったはずだが?」
「………」
「露骨に顔を真っ赤にされてもな…」
伏し目がちに小指同士を合わせるあざとい女の姿は、普通の男ならコロッといってしまうに違いない。
吉良は目を細め白い手を見ると、喉を上下させた。
「…うん、やっぱりよそう。君がいいと言ってくれるなら関係を築きたい。それだけの価値がある。とても……綺麗だからね」
「あ、あんまり露骨に「綺麗、綺麗」って言わないでください!!前だって言ってましたし…」
「事実じゃないか、君はとても美人だ。わたしは特に手の綺麗な女性が好きでね。君ももう少し気を遣ってくれたら嬉しいかな」
吉良は泉の手を握ろうとしたが、その肝心の手を怪我している。そのため顔を近づけて、手のひらが頬に触れるようにすり寄った。
「……ッ〜〜〜!!?」
泉の顔は噴火寸前の活火山みたいな、とにかくもう真っ赤になった。
リップ音がすると、熟練されたもぐら叩きのエモノのように手が引っ込む。
「な、ななっ………なななぁ……!!!」
「何の鳴き声だい、それ?」
「ななぁ………ん!!」
吉良の口元は柔らかい笑みを浮かべていた。しかし『目は口ほどに物を言う』────とは言うが、その瞳には空虚な空間が広がっている。
泉は思わず息を飲んだ。
「……
「…………わたしはどうやら昨日、余計なことを言ってしまったみたいだな」
「いえ、何も聞いてないです。だから先生はどうぞ、私を見てください」
「…あぁ、わかった」
この女が壊れるまでは、その
上り始めた太陽の陽が閉まったカーテンの隙間から入り、薄闇の世界を形作っていた。
◻︎◻︎◻︎
泉くんが帰り父親のお節介を問いただし、時刻は七時頃。
痛みを耐えながら車を運転して訪れた東方宅は、数年前の記憶と変わっていなかった。インターフォンを数度鳴らすと、不機嫌な声色を隠さずに朋子婦人が出てくる。その顔もわたしを見るなり「あら?」という表情に変わった。
連絡も寄越さず来たのは不躾だったが、包帯の巻かれた手を見せ「料理ができなくて…」と告げると、中に入れてもらえた。
「仗助ェー!!私もう仕事行くけど、お客さん来てるから対応お願いね!」
「ハァ!?俺まだ髪セット中だっつーの!!」
洗面台がある奥から低めの声が聞こえてきた。
なるほどもう声変わりを…いや、最後に会ってからかなりの時が経っているのだ。仗助も成長していて当然か。
息子の髪のセットには暫く時間がかかる、と言った朋子婦人は足早に家を出た。案内されたソファーでテーブルにあった新聞を読みながら20分ほど待っていると、ようやく仗助が出────、
「すんません、遅れちまって。髪ビシッと決まってない状態で人様の前に出んの恥ずかしく………あっ、吉良さん!?へェー、髪黒に染めたんスね」
「誰だ貴様」
「…え?いや、ほらほら、仗助くんっスよ!」
「わたしの知ってる東方仗助はもっと小さかった」
誰だこの身長のデカい男は。わたしより数センチは高いぞ。巨大化キノコなんてこの世にあったのか?
なら何度も連れ去られるガバガバ警備のお姫様や、赤と緑の兄弟がいるってことになるが正気か?
髪については小学校では難しいため、中学になったらリーゼントデビューをすると、意気揚々と語っていたのでそこまで驚かないが。
「人は成長するんですよ」
「まだ10代の君に言われてもな…」
「ひど……。それで何用で…って思ったんスけど、多分その指の包帯の件で来たんですよね」
「あぁ、少し料理で怪我をしてしまってね」
「…まぁ、そういうことにしときますよ。そんじゃ指出してください」
包帯を解き傷口を見せると、少年の顔が微かに歪んだ。
治してもらった後、ついでに持ってきた紙袋も渡した。
「美味しいもんスか!?」と瞳を輝かせる育ち盛りな君には悪いが、中身は昨日貴様の甥に壊された物である。
「俺は修理屋じゃないんですけど〜…」
「おっと、こんなところにわたしの財布が」
「この仗助くんに任せてくださいよォー!」
現金なヤツだ。諭吉を渡すと拝んでから受け取る。彼が幼い時は婦人から「最高でも夏目」と言われていたが、もう高校生だ。家庭事情も考えて、このくらいはいいだろう。
「じゃあわたしは失礼するよ。朝から悪かったね」
「そうっスか?朝飯がまだなら……
「家に帰ってから食べるよ。学生の本分は勉強だ、モテるからって現を抜かしすぎないようにね」
「俺は結構純情なんで、大丈夫です」
「ッフ、そうかい」
婦人も性格はキツいが美人の部類である。それだけでなくあの海洋学者の顔立ちや体つきを察するに、“ジョースター”の家系も体型や顔に恵まれているのだろう。
しかしあの男とは二度と会いたくないものだ。
「…えっと、やっぱなんかあったんスか?」
靴を履くわたしの後ろで、頬をかきながら仗助が尋ねる。
「承太郎さんが吉良さんのこと聞いてきたんで、なんかあるのかな?とは思ってたんですけど…」
「何もなかった──とは言えないが、この指はあの男がやったものじゃない。電話は奴の仕業だが」
「そ、そうスか…。あと、それでですね」
「何だい?」
「吉良さんも…スタンド使い、なんですか?」
困惑の混じった声色だった。空条からわたしのことを聞かれた際、勘づいたのだろう。
「その、俺が病院で知り合ったって知ったら、いくつか聞かれたんですよ。「スタンド」は見えていたかとか、どういう人間だったか、とか。俺の中じゃ近所の兄ちゃんみたいな存在で、よく昔は遊んだ────って、答えましたけど」
「…そうかい」
「承太郎さん妙にピリついてて、気にはなってたけどよォ…お袋が帰ってきてそれどころじゃなくなったんスよね。吉良さんの所に行ったぽいし、止めとけばよかったんですけど…うーん」
「きっと仕事が忙しかったんだろう、何せ学者だからね」
「そうですかね?…っと、それで、答えの方はもらえますか?」
「あぁ、そうだったね」
やはりごまかしは利かないか。
────さて、どう答えるべきか。
空条が言っていた「矢」の件を踏まえると、この町で何か異変が起きていることは間違いない。
その事件の起因たる矢がわたしの父が持っていた物なのか。
それとも親父がかつて出会った「エンヤ」が語っていた複数のうちの一本が、この杜王町に辿り着いたのか。
詳しくは預かり知らぬ所だが、このわたしがその渦中に巻き込まれているのはわかる。
「それについては「YES」と言っておこう。詳細はあの海洋学者に聞くといい。ただ、悪いことはしていないよ」
『ニャー』
わたしの背後に現れたキラークイーンが、人の両肩に手を置き仗助を見つめる。
対し仗助は虚をつかれたように目を丸くしていた。
「ニャーって、猫じゃないんスから…」
「コイツは結構どころの話じゃない猫だよ」
庭にいたスズメを手で捕まえてきた時は鳥肌が立ったものだ。ゴk────いや、この話はよしておこう。
『ニャッ』
キラークイーンは少年の学ランに頰を擦りつけ(やめろ)、彼の揺れる頭に視線を止めた。
おい待て、何か嫌な予感しかしな────『バシッ!!』
ポマードできっちり決められたリーゼントが崩れた。仗助の浮かべていた苦笑いも崩れ、わたしの表情も崩れた。
感じる圧はあの空条承太郎の比ではない。幻覚か、少年の後ろで燃え盛る炎が見え、ゆらりと現れたのは彼のスタンド、クレイジー・ダイヤモンド。
「あんた今、俺のこの頭のこと殴ったよなぁ…?」
「落ち着け仗助、殴ったのはわたしじゃなくてわたしのスタンドだ」
「このヘアースタイルを、サザエさんみてェーだと思ったんだろ……」
「思ってない、話を聞…」
「覚悟はできてんだろうなァ──ッ!!?」
その後は地獄を見た、としか言いようがない。
あの帽子と髪を融合召喚した男を怒らせるのも厄介だと思ったが、踏んではならない地雷はもっと近くにあった。
正気に戻った奴に治してもらったはいいが、わたしの平穏を邪魔するランキング上位に入ったのは間違いない。
「マジすんません!!俺髪のこと言われるとキレちまうんスよ…」
「………」
「えっと、あの…吉良さん?」
「…眼鏡は直さなくていい」
この体験を教訓にするための物としようじゃあないか。別に一方的にリンチ同然を受けて、ショックを受けているわけじゃない。
痛みは相応に体験したことがあるから慣れているさ。ただ昨日の今日で、随分と泣きっ面に蜂だと思っただけである。
「メチャクチャ怒ってますよね…?」
「ハハッ、怒ってないさ。わたしはいい大人だからね。子供の行いには寛容でなければいけない。そもそもわたしの意思ではないとはいえ、こちらのスタンドが原因で起きたことだからね。ただ君に相応の不運が訪れることを切実に願って毎夜寝るよ」
「そうっスか……って、やっぱり怒ってますよね?」
「怒ってない」
ただ、殺してやりたいとは思った。
(蛇足的なもの)
・吉廣のスタンド
イルーゾォや亀の能力に似ている。現実世界で幽体状態で撮られることによってその中に吉廣が入ることができる。この世界は吉廣のもの。中は和室で大きさは六畳ほど。
外から物を入れることが可能。ただし吉廣が持てないものは入れられない。冷蔵庫とか。
また吉廣以外の「生」きているものを入れることも不可。凶器になりそうな物や、死体などは入れられる。
吉良はこれを「エセ四次元ポケット」と呼んでいる。
写真が破られた場合は死なず、強制的に外に出される(物も人も)
吉廣だけ他の写真に移された場合、前の写真に入れていた物は強制的に出される。
現在のオヤジはスタンド能力のおかげもあり、魂を写真に固定してこの世に残っている状態。写真の外に出て移動も可能だけど、そうなると強制成仏の可能性がある。「う、上に引っ張られるんじゃあ〜〜!!」
矢の行方を知っている唯一の人物。