転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
杜王町の霊園は、以前仕事の打ち合わせで使ったイタリア料理店のすぐ近くにある。
毎年両親の亡くなった時期には墓に訪れるようにしている。
だが今年は仕事が重なり六月になってしまった。
それから掃除や花を供えてちょうど一時間ほど。
喉が渇き飲み物を持ってくるべきだったと後悔しつつ、まとめたゴミを袋に入れて立ち上がった。
「…ん?」
少し歩いたところで、動物の呻き声のような音が聞こえた。
墓の供えものを荒らしに来た類か。視線をさまよわせると墓石の奥に緑色の物体が見えた。
隙間と隙間に隠れてよく見えなかったため、表側に移動する。そこにいたのは随分と奇妙な生き物である。
肌には無数のイボがあり、時折「おぉぉ」と気味の悪い声を上げる。
身体は肥満体型でサイズは子供ほどで、上下服を着ていた。
人間……?いや、アレが人間とは思えんな…。
「兄貴…」
怪物の隣にはぶどうヶ丘高の制服(しかし改造学ランである)を着た少年が、墓石の前で手を合わせていた。
今時は私服に学ランを着るのが流行っているのだろうか?
一瞬学生が今の時間帯にいることに驚いたが、そういえば今日は休日だった。
サイドを刈り上げ、上にパンチパーマを当てたあの髪型は独特だ。いわゆるヤンキー座りであることを察するまでもなく不良である。
奇妙な一人と一匹の光景に眉を寄せていれば、少年と目が合った。
三白眼の瞳は格好と相まって妙なスゴ味を感じさせる。
「アァ、何見てんだテメェーよォ〜?」
「いや、少し
「…あぁ、これはその…ちょっとよ」
言い淀んだ強面の少年。墓石に彫られた『形兆』の上を見るに、この少年の苗字は「虹村」。
兄の没年月日は今から約一ヶ月ほど前。随分若くして亡くなっている。他の名前はないため、先祖代々の墓ではない。
「一人でお兄さんの墓参りかい?エラいね」
「別に一人じゃねぇよ。オヤジと来てっからな」
「親父?ソレ……その人がかい?」
「…あ、えっと……病気なんすよ、ビョーキ!「
「それを言うなら「
「おぉ!それだそれ!!」
コイツ…バカか?いや、決めつけるのはよくないと思うがバカだな。
それにしても不治の病か。全身にイボができた上に緑色の肌になる病なんて聞いたことがない。
“
「アンタも墓参りか?」
「あぁ、両親の墓参りに来たんだ。中々仕事が忙しくて来れていなくてね」
「随分青白い顔してっけど大丈夫かよ?そこら辺でくたばるんじゃねぇぞ」
「大丈夫だよ。そこまで貧弱じゃない」
最近ジョギングを始めたから前よりは体力がついたはずだ。開始10分で虫の息になっているが大丈夫だ、絶対。
「父親が病気でお兄さんも亡くなっているなんて、大変だろうね」
「まぁな。お袋もオレが小さい時に病気で死んでるし、今はオヤジと二人暮らしだ。でもダチもいるし、結構楽しいぜ」
「そうかい」
浮かべる笑顔に嘘偽りはない。しかし側から見れば辛い人生に見えるだろう。
にも関わらず、前向きに生きているのはこの少年の性格ゆえか。それとも悩むだけの脳がないのか。
どちらにせよ、わたしが持たない思考である。だから、少し気になった。
「君はどうして辛い現状でも、普通に生きられるんだ?」
わたしの口から出た言葉は、自分でも予想外なほど抑揚がなかった。
失って尚生きられるのは、
「何でって、そりゃあ…生きるのは当たり前のことだからだろ?」
「当たり前なのかい、生きることって?」
「…?アンタの言ってることがよくわからねぇけど、今生きてんだから、生きてるのは当たり前のことなんじゃねぇのォ?」
「……?」
生きるのが当たり前って、つまり……どういうことだ?この世には死にたい奴なんてごまんといる。何なら今この時、自ら命を手放す奴もいる。
「じゃあ死にたい人間は、どうすればいいと思う?」
「エッ、この世に死にてぇ人間なんていんのかよ?」
「いるよ、例えば異形になった君の父親も、内心死にたがっているかもしれないじゃないか」
当の異形はというと、いつの間にか墓石に縋り付いて、まるで人のようにわんわんと泣いている。
「………」
少年は少し考え込むようにして、泣いている異形に視線を送った。
「…なぁ、オヤジはよォ、死にてェか?矢を使って殺そうとした兄貴が死んじまったけど……オヤジはどう思ってんだ?」
「おぉ、ぉぉぉお」
「何言ってるかわかんねぇよ、親父ィ」
言葉は通じているのか、動きを止めた異形は涙と鼻水で汚れた面を晒しながら、少年を見つめる。
だが、ちょっと待て。今聞き逃してはならないことがあった。
この少年は今「矢」と言ったのか?兄がそれを使い父親を殺そうとした、と。
「矢を使ってお父さんを殺そうとしたって、どういうことだい?」
「……あ、やべッ!ほら…その、「
「つまりお父さんは“死なない化け物”ってことかい?」
「えっとよォ………だァーッ!面倒クセェ!!つまりはなぁ」
曰く彼────虹村億泰の兄である虹村形兆は、矢を使い
父親の異形はDIO(吸血鬼?)という男に起因するものらしい。
その男の死後、父親に植え付けられていたDIOの肉の芽が暴走した。
吸血鬼の不死性を受け継いだ父親は、死なぬ化け物へと変貌したそうだ。
恐らくこの件で岸辺露伴や広瀬康一がスタンド使いになったと思われる。億泰少年と兄の形兆も特別な力──スタンド能力のことだろう──があるらしい。兄の場合は
またその一件で、虹村形兆は命を落としている。父親を殺すため動いていたというのに先に死んでしまうとは、中々滑稽だ。
「その矢は、誰かにもらったものなのか?」
「あぁ、オヤジが…えっとオレが四つぐらいになる頃だから……十年ぐれぇ前にそのDIOの手下の奴からもらったみてぇなんだ」
「…そうか」
親父が買ってきたものとは別の矢だ。行方知れずの矢の手がかりが掴めるかと思ったが、期待が外れた。
まぁあの海洋学者が探しているのだ。身を粉にしてその内見つけてくれるだろう。
「君のお兄さんはソレを殺したかったようだが、君はどうなんだ?殺したいのか?」
「……オレは、殺したくなかったぜ。でも兄貴の気持ちもスゲェわかってたんだ」
妻が亡くなり、社会に負け、暴力ばかりだった父親。
そんな男は「DIO」という悪の手下になることで、莫大な金を手に入れた。信用ならない部下に植えられる「肉の芽」と共に。
不運と強欲の果てに、男は畜生同然の醜い化け物へと変わり果てた。
暴力を振るった挙句に、異形になった父を世話しながら暮らしたであろう虹村兄弟の人生は、壮絶なものだっただろう。
そして虹村形兆は長い年月をかけて真相を知り、矢を利用して父を殺すべく行動した。
憎かったに違いない、異形になる前に、「自分が殺してやる」と思ったこともあったはずだ。
だがもっとも深くにある真理は、哀れみに違いない。
醜い姿の父親に同情し、絶望し、人間のクズだが家族としての情を持った上で、殺すことを望んだ。
泣ける話じゃないか。小説にしたら面白そうである。不躾ゆえ、書くことはないが。
「オレのワガママってのはわかってるけどよ、オヤジに生きてて欲しいぜ。きっとオレが死んでもずっと生きることになっちまうけど、オヤジまで死んだら…オレは本当に一人ぼっちだからよ」
「──例えばもしもの話だ、君の父親を殺せる人間が現れたとしたらどうする?」
「あら…われたら?」
吸血鬼の治癒能力を受け継ぐ異形の回復力がどれほどのものかはわからない。流石に切ったり燃やしたりでは死なないだろう。兄が相応に試したはずだ。
殺すならばきっと念には念を入れて、
わたしの能力ならば確実にこの世から消せるだろう。
スタンドの力ということもあり、キラークイーンは完全に物体を消すことができる。無論調整して一部を残すことも可能だ。
「オレは「治す」ためのスタンド使いを探してるけどよォ…。そうだよな、現れない可能性だって、十分にあんだよなぁ…」
「治す…のは難しいんじゃないか?どんな物事だって「壊す」よりも「直す」方が遥かに労力がいるんだ。仮に目当ての能力者が見つからないまま君が死んだら、ソイツは永久に孤独を味わうだろうね」
「………」
億泰少年はじっと、父親の瞳を見つめた。異形は無言でその視線を受け止めている。
「アンタすげぇ聞いてくるけどよ、もしかして
「言っておいて悪いが、当てはないよ。ただ君や父親の気持ちを考えるとね、辛いんだ。協力してあげたいと思ってはいけないことかい?」
「いや、ありがてぇけどよ…何か……何だろうな。すげぇ
「そうかな?墓場だし幽霊が見てるんじゃないのかい?」
「ちょ、テメッ、そういうまやかしはやめろよなァ!!」
「……「冷やかし」ね」
今時の子供はそんなに幽霊が怖いのか?というか信じてるのか?
この手で幼き頃の仗助をからかったが、相当ビビっていたのを覚えている。
「オヤジを殺す、か…」
億泰少年が墓を見つめた時、ソレがグイッと、制服の裾を引っ張った。
「おぉぉ、ぉぉ」
言葉にならない声を上げる異形。少年はその声を聞き、瞳を丸くする。
三白眼の目尻には次第に涙が溜まり、顔も歪んでいった。
「そうだよ…そうだよなぁ!オレの意思で決めちまうことじゃねぇんだよなぁ……ッ」
「ぉぉぉ」
「オレって本当バカだよなぁ、兄貴ィ…」
億泰少年は墓石に額を擦り付け、そのまま声を噛み殺して泣く。そして異形もまた彼のジャケットの裾を掴んで、さめざめと泣く。
「…わからないな」
少年の悲惨な顔が「?」を浮かべる。
失言してしまったことに後悔はあるが、やはり疑問を残しては今日の眠りが悪くなる。
「君にとってはソレが父親で、人には「幸福」と思えない人生の上で、
ソレはもう人ではない。人の形をしていないのだから。だからわたしが処分することもできる。
だがもしこの少年が仗助やあの海洋学者の知り合いだった場合、話が面倒なことになる。
────いや、スタンド使いが引かれ合うものだと考えると、知り合いでなければ逆におかしいくらいか。
全く、らしくないな。共感しているわけじゃないが、同情くらいはしている。
わたしも両親、特に母親に恵まれなかった人生だ。
「アンタ…いや、テメェが何を言ってるかやっぱりわからねぇし、そもそも
「…気分を害す気はなかったんだが、悪くさせてしまったのなら謝るよ」
「別に構わねェよ。ここで謝られるのも何かちげぇ気がするし。ただ帰るアンタに一つ言っておくぜ」
「何だい、億泰くん」
異形の手を握って、少年は射抜くような視線を向ける。
「人の命はテメェが思ってる以上に、重いものだぜ」
その目は、わたしの苦手な瞳だった。