転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
植物に大きな目が付いたような奇怪な外見は
果たして自分は何者なのか、彼は思考を巡らす。
『ニャニャッ』
紹介が遅れた。ここは千円札にもなっている偉大な夏目漱石(間違えても野口さんではない)の処女作をなぞらえて、「吾輩は猫でもなく植物でもない」────と言いたいところだが、猫の時よりも珍妙な姿になり“自我”が強まった彼は、自身を「オレ」と称している。
ゆえにここは、「オレは猫でもなく植物でもない」と表現しておこう。
一応飼猫時代の「タマ」という名前もあるが、捨てられてから数年経ち、彼はその名前をすっかり忘れてしまっている。
元はブリティッシュ・ブルー種の猫であり、「オレ」から察して、オスである。
捨て猫時代の彼は、モットー「本能と欲望のなすがままに生きる」を掲げ逞しく生き抜いた。
本能と欲望に忠実に生きていた彼はしかし、そのモットーが仇となり命を落とす。
猫とは季節によって発情期を迎える季節繁殖動物であり、日本では1〜8月が該当する。
特に春の2〜4月、夏の6〜8月がピークを迎え、年に数回発情期を迎える。
春の季語にもされている「猫の恋」は、過激で中々に熱いものだ。
して、彼は猫の春真っ盛りな中、メス猫を追いかけ回していたところを車に轢かれ、道路の隅にボロ雑巾のように転がった。
運が良いのか悪いのか、怪我は即死するものではなかった。
じわじわと命の灯火が削られる中で彼は願った。生きたい、と。
そして、「かわいい
だが願い叶わず、彼の意識は暗闇へと落ちていった。
ただ、彼の中には虹村形兆に射られた矢のトリガーが残っていた。
メス猫を追っかけていた時に偶然被弾したのである。
そのあと射抜かれた彼はすぐに立ち上がり逃げ出したので、形兆に捕まることはなかった。
『ニャ…』
猫時代より知性を持った彼からしてみれば、メス猫を追っかけて轢かれた件は黒歴史である。
自分を轢いた奴を
何せ彼がいるのは森の奥。
彼の体は下が根っこで地面に固定されている。できることと言ったら過ぎ去る雲を眺めたり、飛び回る鳥を殺して食べるくらいしかない。とっても暇なのだ。
彼は肉も食えるが、同時に光合成も行っている。夜になると夜行性のサガを忘れて眠ることになる。
そんな彼が編み出したのは空気を操れる能力を使い、森の先にある道路に向かって
空気でできたソレは視認できず、ゆらゆらと宙を漂う。
道路の先で二足歩行をする動物が歩いているのを彼は知っている。
空気弾が当たった時にソイツらの「うひぃ!」だとか、「キャアッ!!」だとか、そんなマヌケな声を聞いてやるのが愉しいのだ。
だが、遊びもすぐに飽きが来る。
『ニャァン…』
彼は猫時代のぼんやりとした記憶を辿る。
メス猫を追いかけたり、ボスの座を争ったり、メス猫を追いかけたり────動けぬ身の今よりもよっぽど楽しい日々であった。
『ニャア』
そして彼は、自身の最期の記憶を手繰り寄せた。
何人もの二足歩行する奴らが、道路脇で転がっていた自分を見て悲鳴を上げている記憶。薄目で見た奴らに強い「怒り」と「殺意」を抱いたのを覚えている。
その中にいた一人の奴が彼に近づき、その肢体を抱き上げた。
ソイツは彼を抱いたまま森の奥に入り、持っていた銀色の──末端がくっ付きそこから先端が二つに伸びたものを器用に使い、穴を掘り始めた。
彼はその間地面の冷たい温度に晒されながら、ソイツの隣にいるピンクの奴を見ていた。
ソイツはしきりに『ニャーニャー』鳴いて、彼に語りかけていた。ソイツはおしゃべり好きらしかった。
そして彼の意識が遠くへ行こうとした時、また抱き上げられた。冷たい温度だった。
しかし彼には不思議とその温度が心地よかった。
霞んだ思考の中で思い出したのは、甘ったるい香りのする奴が自分を抱き上げ、「タマちゃん」と呼んでいた記憶。
彼は、ひどく掠れた声で鳴いた。
それは、泣いた、でもあった。
ソイツは無表情で彼を見ていた。ピンクの奴もソイツの後ろでじっと見ていた。
手が伸びてくる。その手は彼の額を通り耳の形を崩して、背骨あたりまで向かった。撫でられたのだ。
──────おやすみ。
その言葉の意味を彼が理解することはなかった。
閉じていく瞼の先で見えた瞳は、彼の死を前にしても全く動かないソイツの表情。もとい感情。
まぁ、彼も殺してきた獲物たちに抱く感情などないので、別にソイツが哀れんでいなくてもよかった。
ただ、その冷たい温度と撫でられた事実が、彼の猫生の最期の中で言いようのない感情として刻まれた。
それはきっと、
対しソイツ────その時町内会のゴミ拾いに参加する羽目になっていた吉良は、泉と共に『見えないナニカ』が確認されていた場所へ車で訪れていた。
徒歩で30分もかからない場所にあるそこは、道路に沿うように陰鬱とした森が広がっている。
車がよく通ることもあり、森から飛び出た動物が轢かれることが多い。
そこで吉良はふと、以前このコースを通りゴミ拾いをした記憶を思い出した。
時期はちょうど春くらいだったか。
別荘地帯に「町内会」があるというのも、中々面白い話である。参加する必要はなかったが、近所付き合いは大切だ。
それこそ近所にいる独身のナイスミドル(この場合30代から50代半ばを差す)というのは、奥様方にとって格好の的だった。中には自身の娘と──と、考える強者も後を立たない。
ゆえに朝ゴミ出しをしていた吉良を狙い、「今月に町内会でゴミ拾いがね────」という体裁で、誘った。
華があれば、面倒ごとにも意欲が湧くというものである。
吉良は近所の人間には子供時代から続く爽やかな印象を繕っていて、職については「フリーライター」を名乗っている。
本当は「作家」だが、言えば否が応にも目立つ。
ただ名乗っている職が職のため周囲の評判も気になるところだが、そこは別荘地帯にずっと住み続けていることもあり、それなりの稼ぎがあることは少し考えれば分かることである。
『ニャッ、ニャン!』
そして吉良は猫と植物の混合物のような生き物を見て、すべてを悟った。
まさか自分が埋めた猫がスタンド使いとなり、しかも奇妙な姿で蘇って人を襲っているとは思いもしないだろう。
「…ん?」
だがその考えも、珍妙な生物が何か発射したことで止まる。
発射された何かは透明で普通だと見えないが、日の光を反射すると球体状に見えた。
それが空中を飛んでいた鳥に当たると、吉良の足元に落ちた。
隣にいた泉は「ほえー…」と唖然としている。
その速さと殺傷性の高さを見て、彼は本来の能力の精度を理解した。
もしこのレベルの威力を人間が受ければ、最悪死んでもおかしくない。
つまり人間に当たっていた球体状のものは、威力がかなり落とされていたということになる。
それも珍妙な奴の意思によって。
考えられるのは、この奇妙な生き物の“遊び”だ。
『ニャ、ニャニャ』
鳴き声を上げ、そいつは葉っぱの手で鳥を指し、次に吉良を指す。
「…わ、わたしにくれるってことか?」
『ニャー!』
どうやら珍妙な生き物は、彼をいたく気に入ったらしい。
吉良としてはなぜ懐かれたのか、皆目検討がつかない。
鳥の死体に驚いていた泉もだんだん猫のようなもの?に愛着が出てきたのか、側に落ちていた枝を拾い、遊ばせている。
「結構可愛いですねぇ、先生」
「恐らくコイツが七不思議の正体なのに正気か、君…?」
「えぇー、でもこんな可愛いなら許せちゃいますよ。ねっ、
『ソォーニャンス!』
「勝手に名前をつけるな」
「
「人の話聞いているかい、君?」
泉は木の枝で慎重に猫草の周囲を掘り進め、ついに取り出して懐に抱える。
飼うつもりなのか尋ねた男に、彼女は「自分のマンションはペット不可なので」と返した。
「つまりわたしに飼えと……?言ってる意味がわからない…」
「先生の自宅はお日さまがよく照らす庭もあるし、こんな暗いところにいなくてももう大丈夫ですよ、猫草ちゃん」
『ンニャッ!』
「わたしにも人権があるぞ、おい」
結局吉良は泉と猫草と、おまけにキラークイーンの無言の圧力を受け、「わかったよ……」と珍妙な生き物を家に連れて帰った。
【▶︎
(補足的なもの)
・猫草が長い間放置されてた理由
承太郎が杜王町を調べ、怪しいリストの一つには入っていた。しかし先に優先すべき項目(ネズミ等)があり、後回しにされた。