転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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キリのいいところで、今回は短めです。
いつも誤字報告とガバ報告ありがとうございます。なるべく気をつけておりますが、発見した際はお教えください。


45話 じっちゃんの名にかけて。

 猫草が吉良邸に来てから一週間。

 

『ニャッニャ!』

 

『ニャー』

 

 もし雨が降った場合可哀想だ、と泉が用意した植木鉢に植えられた猫草は、日当たりのいい縁側でキラークイーン(勝手に出てきている)とボールをふっ飛ばし合いながら遊んでいた。

 

「………」

 

 その二者の様子を吉良は死んだ目で見る。

 

 言わずもがな、「スタンド」とは精神エネルギーからなる能力だ。

 しょっちゅう本体の意思と関係なく出現するキラークイーンに、今の彼はかなり精神力を吸い取られている。

 

 最近のキラークイーンは猫草を真似て毛づくろいまでし出し、猫化が進行している。感覚がフィードバックされる本体としては堪ったものではない。

 

『ニャー!』

 

 猫草の声だ。餌皿を葉っぱの手で叩いている。

 

 餌は──と吉良がキャットフードを見て、中が空になっていることに気づいた。泉が明日来るため持ってきそうではあるが、それを待つ間に空腹に耐えかねた猫草に鳴かれ続けては仕事の邪魔になる。最悪空気弾地獄だ。

 

「…買いに行くか。ついでに他の猫用品も」

 

 なぜ自分がこんなことをする羽目になっているのか。

 吉良は重い腰を上げ、車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 吉良が餌や、こっそりとキラークイーンが忍ばせた猫用のオモチャを買い終え、時刻は昼過ぎ。

 

 トイレについては必要ない。植物の光合成を行いながら同時に肉食でもある猫草は、排泄を根っこから行っている。必要とするのは替え用の土くらいだ。

 

 車通りのほとんどどない道はすいすいと進むが、だからといってこの男はいつ何時でも法定速度を破らない。免許はもちろんゴールドである。

 

 前の信号は青。仮に吉良が事故を起こすのだとしたら、ボールを追っかけた子供がいきなり飛び出して────ぐらいのことが起きた時だ。

 

 サイドの歩道は街路樹があり見通しが悪いが、子供は現在学校。

 

 帰宅までの道筋は磐石である。

 しかし世間ではこれを、「フラグ」という。

 

 

「っ!」

 

 

 フロントガラス越しに彼が一瞬見たのは進行方向が青信号であるにも関わらず、杖を突き道路を横断し始めた老人の姿。

 咄嗟にブレーキをかけ事なきを得たものの、反応が遅ければ確実に轢いていた。

 

 老人は突如手前で止まった車に対し首を傾げている。

 

「どこを見てんだ、このクソカスがッ…!!」

 

 背中には冷や汗が伝い、心臓は激しい音を立てる。

 

 吉良は背後に車がいないのを確認してから車をバックし路肩に止め、ハザードランプを出して外に降りた。

 老人は信号が赤から青に変わっても突っ立ったままだ。

 

「大丈夫ですか、ご老人」

 

「んー、なんじゃあ?」

 

「だいじょうぶですか、ごろうじん!!」

 

「オーオー、大丈夫じゃよ」

 

 耳元ではっきりと大きく声を上げた吉良に、老人は何を言われたのかようやく理解した様子である。

 彼は横断の手伝いをする間、そのよろつく足取りに気が気でならなかった。

 

「わたしはもう行きますけど、大丈夫ですよね?」

 

「心配せんでも大丈夫じゃよ、助かったわい」

 

「…いえ」

 

 老人の浮かべる笑みの中にある深い碧色。空条承太郎や東方仗助に似た瞳に、吉良の心臓のつけ根がキュッと、しまるような感覚がした。呼吸が少しし辛くなる。

 

 その色はどこまでも天上に広がり、人の心を吸い込んでしまう空を想起させる。

 

「大丈夫かい?なんだか顔色が悪いようじゃが」

 

「……大丈夫ですよ」

 

 地震が起きたわけではない。ただ、彼の地面だけ左右に大きく揺れ、上に下に重力が不安定にかかっているだけだ。

 

 どうにか踏ん張り転倒を避けたが、本格的になってきた夏の暑さもその身に猛威を振るう。

 気持ち悪さを隠しながら、吉良は老人に別れを告げ車内に戻った。

 

 幾度の変化を終えた信号は現在赤である。

 

 長めの指が自然とハンドルを叩き、コツコツと一定のリズムを刻む。

 

「……はぁ?」

 

 先ほど彼が横断を手伝った老人が、轢かれかけた位置へと戻るように歩き出し、横断歩道を渡りきった。

 

 ボケているのは赤信号を渡っている時点でわかることだが、まさか自分の目的地まで覚えていないのだろうか。

 

 いや、無視して帰るべきだ。ただでさえ体調が本調子ではないのに。

 

 だが常識的に考えて、ボケかけの老人を放っておくのはいかがなものか。()()()に捉えられる行動を取ってよいものか。

 数秒の内に回った男の思考は、アンサーを導く。

 

 助手席側の窓を開け、彼は老人に声をかけた。

 

「ご老人、仕方ないから乗ってってください。とてもじゃないが見ていられない」

 

「そうかい?すまんのぅ、この町の地理には疎くてなぁ」

 

「それで、どこへ向かう気なんでしょうか?」

 

 助手席に腰掛けた老人は首を捻らせた。まさかの────まさかだ。

 

「はて、わしはどこへ行く気じゃったんかの…?」

 

「……ではご自宅は?そこまで送り届けますから」

 

「おぉ、そうか!親切な方じゃわい。家はアメリカの…」

 

「ちょ、ちょっと待て」

 

 アメリカ?確かに日本人ではないと思ったが、旅行に来ているのか?

 

「この町の地理には疎い」と言っていたため、その可能性は高いだろう。

 このボケた老人一人で来れるはずはないので、恐らく家族も町に滞在しているはずだ。

 

 

「滞在しているホテルはわかりますか?」

 

「ホテル?うーんと、なんじゃったか…」

 

 老人から情報を聞き出すのは難しそうだ。ホテルを探すにしても、杜王町には近年観光客の増加を受けて宿泊施設が増えている。ましてや別の町に泊まっていた場合は、余計に捜索が困難だ。

 

 ならば、警察に行くのが手っ取り早いだろう。

 

「では警察にお連れするので、それでよろしいですね?ホテルを探すのも個人じゃあ難しいですから」

 

「すまんのぅ、日本人は親切な人が多くて助かるわい」

 

「そうですか。……それにしても、貴方は随分と()()()()()()()なようですが、日本の観光は初めてですか?」

 

「いや、何度か来たことがあるよ。一人娘が随分昔にこの国に嫁いでのォ。それで覚えたんじゃ」

 

「…なるほど」

 

 フラグが立ってしまった今、吉良の中で老人の碧い瞳や住まいがアメリカという点、そして老人にも関わらず感じる隠れた気迫のようなものに、嫌な汗が頰を伝う。

 

 やはり乗せるべきではなかったが、今更断るわけにもいくまい。

 それに初めは気付けなかったが、()()()()()()()()複数の存在も感じる。彼の予想が正しければ、老人の警護に当たっている人間だろう。

 

 

 静かな車内に、空調の音が響く。

 ついで聞こえたのは腹の虫の音。食欲が一切ない吉良のものではない。

 

 引きつった笑みの男に老人は柔らかい笑みを浮かべた。その表情は皺の違いはあれど、何度も見たことのある少年の面影と似ている。

 さながら、()()()()()()

 

「出会いというものは「運命」じゃ。ここは一つこの腹を空かせた老いぼれに、何かもてなしをしてもらえんかの?」

 

「…厚かましいですね。日本人の良心につけ込む気ですか?そもそも()()()()()は、貴方が仕組んだものでは?」

 

「仕組んでなんぞおらんよ。ただちょ〜っと散歩をしておっただけじゃ」

 

「………ハァ、わかりました。ちょうどいいレストランがある。そこで昼食を取ったら問答無用で警察に預けますよ」

 

「おぉ、レストランか。楽しみじゃのう」

 

 老人が町を散歩していたのは本当だ。

 いつも連れ歩く赤子は今日は外に出たがらなかったので、ホテルで仕事をしている孫に預けて外に出た。

 

 老人一人の町の散歩に孫も多少心配ではあるが、そこはSPが付いている。

 今車で移動している最中も、しっかり後を追っているだろう。

 

 だが今日は孫にも伝えていない別の意図があった。少し前から機会を窺い、都合の良い日を見つけたのだ。

 

 しかし、いったい何故老人が吉良に会おうと思ったのか。

 

 それは単に好奇心もあるが、孫が要注意人物として探っていた男の内を、この目で確かめるためでもある。

 

「薄っすらとわかっちゃいるが、貴方のお名前を聞いてもいいかい?」

 

 吉良は疲れた顔で老人を見た。

 夕暮れと夜の狭間にいる瞳は、燻った色をしている。

 

 

「わしはジョセフ・ジョースターじゃ」

 

 

 ジョセフは皺をさらに深め、少し()()()()()笑った。

 

 


 

【車の中】

 

 運転中、吉良はジョセフに尋ねた。

 

「わたしが本当に轢いていたらどうする気だったんだ」

 

「ホホッ、そうなれば大変なことになってたかのう。まぁ君は()()()おったんじゃろ?」

 

「………」

 

 そう。轢く直前で止まるまでは気付かなかったが、ジョセフの裾辺りから()()()()()()()が出ていたのを、吉良はその目で確認している。茨は老人から伸び、歩道の電柱に巻きついていた。

 

 もし轢かれかけてもその茨を操れば、無事に歩道へ降り立つことができただろう。

 

「…食えない爺さん()だ」

 

 そのズル賢さは、不思議とリーゼントを決めた少年を彷彿とさせた。


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