転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
ジョセフ・ジョースターはアメリカの不動産王である。顔は知らずとも、その名を一度くらいは聞いたことがある人は多いだろう。
彼は隠し子騒動から間もなくして、仗助や朋子の顔を見にアメリカからやって来た。
朋子と会うのは息子に拒否されできなかったが、仗助とは会うことができた。出会った当初は親子ともども気まずかったものの、透明になる赤ん坊をジョセフが拾った一件以来、二人の仲は多少改善した。
仗助が彼を「父さん」と呼ぶことはないが、「ジョースターさん」呼びから「じじい」呼びに変わった中には、確かな情が込められている。
またジョセフは多少のボケを見せていたが、赤ん坊と接しているうちに往年のジョセフを取り戻し始めた。
承太郎が心配しつつ散歩を許すのも、祖父の頭と身体の健康につながると察してのことである。
「足元に気をつけてくださいよ、ジョースターさん」
「あぁ、助かるよ」
そしてジョセフは現在、一人の壮年の男と共にいる。
30代と言えば、80近いジョセフからすればまだまだひよっこである。しかしそれを考えても感じる妙な幼さに、何とも言えない感情を抱いた。
レストランに入り料理を待つ間、他愛もない世間話をする二人。
ジョセフの対面に座った吉良は食欲がないため、シェフに「自分の分はいらない」と予め断りを入れた。
「食べんのか?わしから見ても随分細いと思うんじゃが」
「昔からあまり食べられないだけですよ。お気になさらず」
「そうかい?途中で食べたくなっても、わしの分はあげんぞ?」
「…だから、大丈夫です」
眉を寄せた男は一度ジョセフに顔を向けたが、すぐに逸らして明後日の方向を向いてしまった。まるで猫のように繊細な気質である。
「わしの目は苦手かな?」
「苦手ではないです」
「ホホ、では好きというわけか。そりゃあ嬉しいのぅ、祖父さん譲りの瞳じゃから」
「……じゃあ苦手ということでいいですよ。それより、何故わざわざ貴方のような方がわたしに会いにいらっしゃったのか、お聞きしても?」
ジョセフは会話の中で吉良の性格を推し図る。経験則と生来の観察眼から、大まかなタイプを推測した。
おそらくこの男は中身を隠して、表面を取り繕う傾向にある。
「いや、孫の承太郎が君に迷惑をかけてしまったようでな。その詫びも兼ねて来たんじゃ」
「別にいいですよ、過ぎたことですし。それにしても祖父に謝罪させに来るとは、あの海洋学者はさぞお忙しいようで」
「謝罪はわしの意思じゃよ、そう冷たく当たらないでやっておくれ。彼奴もかなり反省しておったし」
「…貴方の前で悪いとは思うが、わたしはあの男が嫌いだ。それこそ細胞レベルで合わない」
「見ておればかわるよ。承太郎は
「このわたしが姑息な人間だと?」
「自分の内を隠してばかりでは、そう思われても仕方ないじゃろう」
「……瞳もだが、観察眼もあの男に似てるな」
ますます吉良の眉間に皺が寄っていく。
実際承太郎はジョセフ譲りの観察眼やガタイ──後者ついてはジョースターの遺伝であるが──その他様々に似通っているところがある。
だが精神面は大きく異なる。
良くも悪くも彼の孫はジョースターの「星」の精神を強く受け継いでおり、ジョセフでさえ過剰に不安を抱いてしまう時があった。
ジョースターの血は短命だ。ジョセフの血を遡ると曽祖父のジョージや祖父のジョナサン、そして父のジョージII世も若くに亡くなっている。
考えたくはないが、孫も同様に早世してしまう可能性が高い。
この部分だけは流れる血潮を憎く思わずにはいられない。
その点ジョセフは、ジョースター家きっての異端である。
年も還暦をとうに過ぎ、ついでに、妻一人しか愛さない──を破って不倫している。
育て親の祖母が今の彼を見たら「エリナは激怒した」になるに違いない。若き頃のオーキドではなく銀時声の「逃げるんだよォ!」は今の彼では不可能だ。
まぁその前に、妻スージーQの愛の鉄拳を食らったのだが。
「わしはそれほど似とらんと思うよ」
苦笑したジョセフに、吉良の瞳が少し丸くなる。
「承太郎は隠しておるが、かなり精神的に参っておっての」
「精神的?だったらむしろ、わたしの方が参らされたんだが」
個人情報を細かに知っていたのは疑わしき存在を調べるためだ、まだいい。
しかし客間に灰皿がないのにも関わらず煙草を吸い、そして吉良の誰にも踏み込んで欲しくない地雷まで踏み抜いた。
彼の精神が今どれほど不安定な上で成り立っているか、空条承太郎は知らない。それは吉良が承太郎の「正義」を理解できないのと同じで。
最悪殺人欲求に自己が負け、人を殺していてもおかしくなかった。
鈴美の言葉がなければ────今頃は、きっと。
「娘が、危篤なんじゃ」
その瞬間吉良の険しい表情が崩れ、驚きを隠さずジョセフを見つめた。
「正確には危篤だったんじゃがな。孫が君に会っている頃はの。山は抜けたが、今もまだ意識は戻っておらん」
「……病気、か?」
「あぁ、もう倒れてから一ヶ月近い。わしは拾った赤子の母親を探さなければならんから、もう暫くはこの町に残っておるが…彼奴に「帰れ」と言っても聞かんのじゃ」
「………」
自分の血が繋がった娘だ。すぐにでも駆けつけその手を握りたいはずだ。
だが承太郎は今もこの町に留まり、矢の捜索を続けているに違いない。それはいったい、何故?
「元々承太郎は妻子と離れて暮らしておるんじゃよ。魔の手が及ばぬようにな」
「それは、「DIO」という男が関わっているのか?」
「厳密に言えば手下じゃな。今もこの世界に奴の残した禍根がいくつも残っておる。矢はその一つと言っていいだろう。それだけでなく承太郎のスタンド、スタープラチナは「最強」を冠しておる。狙う輩が多いのは、必然なんじゃよ」
「…はは、最強ね。恐ろしいな……」
仮に最強のスタンドが本気で拳を繰り出していたら、吉良は今どうなっていたのか。
腕が軽く粉砕骨折していたのは想像に難くない。
「君は、
吉良は小さく舌打ちした。同情などされたくはない。
「わたしの何がわかるというんだ。あの男同様人の心にズカズカと入って来るな」
「失う痛みはわしもある程度わかっておるつもりじゃよ。長く生きていると、必然多くの人間の「死」を見る」
SPW財団の創始者であるスピードワゴンや、祖母のエリナ。短くも長い旅を共にしたアブドゥルや花京院に、イギー。
80年近い人生の中で、多くの者がジョセフより先にあの世へと旅立った。
そして彼の内で今なお鮮烈に思い出せる過去。亡き相棒────シーザー・
ジョセフの人生の厚さによる重みに、吉良は視線を逸らす。
老いぼれた老人など簡単に殺せる。しかし「勝てない」と思わされる。
同時に沸々と億泰の時に抱いた疑問が喉元を通ってくる。この老人ならば“その答え”を持っているのではないかと、淡い希望を抱く。
「君はわしに何か、聞きたいようだね」
「…貴方にとって、生きることとは何だ?」
「生きることかの?」
ジョセフは吉良の深い夕闇に染まる瞳を見て、感じていた幼さの正体を理解した。
人とは生きていく中で様々な体験をし、自分の中身を充実させていく。時に悲しみに暮れることも一つの経験なのだ。
だが自己の薄い子供にとって、世界とは未知なものばかりだ。生と死も同様に。
二つの重さを知らぬ子供は残虐な行動を取れる。その行動に伴う責任感や罪悪感も十分に確立されていない。
正しく吉良吉影という男は、その子供の無邪気さを残酷なまでに引きずっている。
内に大人としての倫理や経験が伴っているにも関わらず捨てきれないその残虐性は、もはや「異常」だった。
────不安定だ、とても。
「君の求める答えになるかはわからんよ。だが今の君は後ろばかりを振り返り、前に進めていない印象を受ける」
別に過去を振り返ること自体は悪いことではない。日本のお盆など、世界には亡き家族や友人に想いを馳せる行事があるくらいだ。
ジョセフとて、かつての思い出に浸る時がある。歳を経てからは特に。
しかし生きる者の前には、先に続く「道」がある。或いはその道は、亡き者たちが託した未来への道筋だ。
だからこそ後ろばかり見続けていてはならない。進まぬことは、彼らへの侮辱にもなってしまう。
「君にとって生きることは恐ろしいことかね?老い先短いわしじゃが、楽しいことも辛いことも単にあるよ」
「…わたしは普通に、平穏に生きたいんだ。怖いわけがない」
「ならば何故君は、前に進まない?」
「……ぼく、は…」
紫目がうろうろと宙を彷徨う。迷子の子供のように。
単純な話、吉良はわかっていないのだ。鈴美がいないこの世界で、どう歩んで行くのかを。
ただ彼は縋るものがなければ生きていけまい。そして縋る先はもうない。
生き方がわからない上に、生きる糧もない。
「…辛いか?」
「………それをぼくが、言葉にするとでも?」
生きていれば絶対に幸福なことがある────とは、すべてを絶望した人間にかける言葉としては、これ以上ない皮肉だろう。
ジョセフはそれを理解している。だから口にすることはない。
しかしそれでも、と続ける。
「もしも君が心の安らぎを得られる人間がいたならば、縋ってもいいんじゃよ」
星の如く人々を優しく照らす微笑みを、吉良はじっと見つめた。
誰かに縋ってもいいのだろうか。心を移してしまえば、それは鈴美への裏切りになるのではないだろうか。そもそも吉良にとって誰かを愛することはとても難しくて、愛せたとしてもその人間を壊しかねない。
それでもいいのなら────吉良吉影は、救われるのだろうか。
「……青い鳥は、いるんですかね」
老人の視線を避けるように窓を向いた男の瞳から、一滴の水滴が溢れた。
きっと雨だ、もう梅雨の季節だから。
冷たい殺人鬼の性を持っておれど、彼もまた「熱」を知る一人の人間だ。
過去に囚われ進むことを躊躇している。その根幹には杉本鈴美のいない未来を未だ信じられない自分がある。
目が覚めればすべては夢の中の出来事で、ココアを淹れた彼女が先に起きていて、彼に「おはよう」と言う。喉元を通る熱は甘ったるいが、それが一つの「幸福」の形になる。
────それは、あり得たかもしれない未来の話。
そんな普通の人間の心も持つ彼を、果たしてあの海洋学者は垣間見た。
「理解」することは難しい、しかし歩み寄ることはできる。吉良がまだ人間を殺していないからこそ。
「…かつてわたしの父が旅行先で、“エンヤ”という占い師に出会った。その時エンヤは「運命」を口にし、矢を親父に託している。曰くその矢は、「星を打ち砕く鍵となり得る」────らしい。わたしはいわゆる超常現象や幽霊の類を信じちゃいないが、恐らく何かがあるのだろうとは思っていた」
吉良は今まで……厳密に言えば、仗助と会うまではエンヤの言葉を信じていなかった。
しかし市内のプールに遊びに行きたいと仗助にねだられ、朋子の許可を得て二人で行った時、彼は少年のうなじにある「星」のあざを見た。
そのためエンヤの指した存在が東方仗助だと考えていた。
ただ
だが空条承太郎と、仗助の父であるジョセフと出会い彼は確信した。
正義を持ち、何より彼らは運命に翻弄される「
仗助ではない、目の前の老人も違うだろう。その輝きは既に燻ってきている。
ならばあの海洋学者はどうだ。ジョセフが口にした男のスタンドにあったのは、「
「“ダイヤモンド”は硬い。しかしね、指輪において通常合金加工される“プラチナ”は
「…エンヤが指したのは仗助くんではなく、承太郎ということかね?」
「恐らくは。所詮、わたしの憶測でしかないが」
「君は先程わしの前でわざわざ孫を嫌っておると抜かしたのに、随分と優しいんじゃな」
「単なる気まぐれですよ。老人に心労ばかりかける奴への意趣返しだ。まぁ本音を言えば、とっととこの町から出て行って欲しい」
「正義」のために自己を犠牲にするのは、勝手にしろ、という気持ちだ。しかし失ってからでは遅いのだ。
全くもって、普段の吉良らしくない。上手のジョセフに上手く丸め込まれている感が否めない。
「ッハ!貴様は太宰をなぞらえたつもりか?『
「オーオー、随分いい度胸しとるのぉ。わしが伝えるからって、オブラートに包みもせんのじゃな」
「再三言うが嫌いなんだ、あの男は」
誰もが恐れる孫に対し好戦的な男が珍しいのか、ジョセフはニコニコと笑っている。
そして何かを思い出したようで、懐からあるものを取り出した。吉良はそれを見た瞬間、今日一番の苦い顔を見せる。
「最近孫が本を読んでおっての。若い女性が好きそうなものを読んでいたから驚いたんじゃ。また、わしが今日君に会うこともわかっておったんじゃろうな、「暇になったら読め」と言われたよ。それでのぅ…」
しわがれた手が、新品の紙をめくって行く。
間には二つ折りにされた小さな紙が挟まっていた。
「……ハハッ」
思わず、といった風に漏れた吉良の笑い声。
紙には一言、思ったよりも綺麗な文字で書かれていた。
──────会うならサインを頼む。
祖父が本人に見せないと思い書かれた文字はしかし、ジョセフの手によって暴かれていた。
【その頃のトニオさん】
「オウ、またカオスな雰囲気デース…」
料理を持って行けず、厨房で困り果てている。