転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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48話 鏡よ鏡、この世で一番美しいのはこの我だな

 手のケアをしようと泉が訪れたのは、エステ「シンデレラ」。

 探して偶然見つけたのがこの店だった。

 

 ネイルサロンでも良かったが、“手そのもの”をケアするならエステの方がいいだろう。

 

 入店すると、彼女は低血圧の喋り方が特徴的な辻彩(つじあや)という女エステティシャンに促され、店内の鏡面台の前に腰かけた。

 

 辻彩曰く、ここは普通のエステとは少し違うらしい。客に「幸福」をもたらす顔を作るのだという。

 

 

「えっと、手のマッサージとかはないんですか?」

 

「ないわ、ごめんなさいね。フー…でもせっかく来店されたのだし、モノは試しとも言います。ご利用なさってみたら?もし効果がないようでしたら、お代は後で全額お返ししますよ」

 

「そ、そうですか…」

 

 渡されたメニューに記されているのは「恋」に関わるメイク。

 値段は働いている彼女からすれば手頃な値段である。

 

 妹を我が物にできるメイクがあれば──とも泉は考えたが、妹に抱く感情は家族愛であって恋ではない。

 

 では、どんなメイクにすべきだろうか。

 ()の条件があるので、手は論外だ。顔を吉良好みにすることができれば手っ取り早い。

 

「あの、自分を彼好みにすることってできるでしょうか?」

 

「彼って…彼氏好み、ってことかしら?やったことはないけど、可能だとは思うわ。でもメニュー表にはないから、料金は少しお高くつくわよ?それに()()()()()()()()()とは言い切れないわ。それでもいいのかしら?」

 

「構いません。彼にもっと好きになってもらいたいので。それにダメだったらメイクを落とせばいいですし」

 

「フフ、あなたは情熱的な人なのね。愛される相手も大変そうだわ」

 

「そ、そうですか?ちょっと恥ずかしいなぁ…」

 

 彩は通常「幸運を呼び寄せる顔」を機械で測定してから、自身のスタンド『シンデレラ』を操り客の外見を変える。

 

 だが客の“自分が成りたい像”への強いイメージがあれば、シンデレラがその念を読み取りパーツを作り出すことも可能である。

 

 ただこの場合()()()()()()()()が曖昧であればある程、どのような顔ができるのか、辻彩本人にもわからない。

 

 彼氏の好みの女優を知っているならその女優の顔になるかもしれないし、「清楚系が好き」など抽象的なイメージしか知らないなら、客が思う「清楚系」のイメージが反映されたものになる。

 

 金銭が生じる以上、不確定要素の多い注文を受けるわけにはいかない。

 

 

 しかし彩のモットーは客に“幸福”を提供することだ。

 

 彩は悩み、一度試してみることにした。ダメだったら元に戻せばいいし、もちろん代金を取る気もない。

 

 

「あぁ、あらかじめ言っておきますけれど、メイクの効果が続くのは、施術後から30分間です」

 

「30分……って、それじゃあ相手に会う前に終わっちゃうかも…」

 

「それならリップも特別におつけします。効果が切れそうになった時に唇に塗ってください。ただし睡眠中を除いて、30分毎に一回は必ずつけてくださいね。一回でも怠ると、大変なことになりますから」

 

「大変なこと?…はぁ、わかりました」

 

「フゥ……それでは始めましょう、目を閉じて………リラックスなさってね」

 

 瞳を閉じた泉の背後に彩が立つ。現れたスタンド『シンデレラ』の力が発動した。

 

 それから無事、メイクは終わった。

 しかし一向に彩から声がかからない。不思議に思った泉がそろっと片目だけ開けると、鏡に映るエステティシャンが驚きを浮かべていた。

 

 

「何も…変わってない!?」

 

 

 想定外のことが起こった。客の顔に変化がない。

 しかし辻彩には確かに()()()使()()()手応えがあった。

 

「あんまり変わってないような気もするけど…ちゃんとメイクされたんですよね?じゃあ大丈夫ですよ。……あっ、お代はいくらですか?」

 

「あ、いえ、待っ…」

 

「………あ゛っ」

 

 そこで泉は店の時刻を見て固まった。遅刻である。時間にシビアな男の静かな怒りを思い出し、彼女はムンク顔になった。

 

「値段っ!!値段はナンボなん!!?」

 

「あの、ですから…」

 

「早うしてや!!またせんせに怒られる!!!」

 

 幼少期生まれ育ったところの方言を全面に出す泉。

 その圧の強さと、修羅の如き表情に押し負けた辻彩は料金を見せる。泉は財布にちょうどあった紙幣を取り出しリップを受け取ると、魚雷を思わせるスピードで退店した。

 

 

「い、行ってしまったわ……」

 

 

 辻彩は気づかなかった。今回起こったメイクの原因が客の願った条件にあることに。

 

 泉は「吉良()にもっと好きになってもらいたい」と願った。

 つまりこれは、吉良好みの顔になりたい──ということになる。

 

 彼女の想像するその顔は吉良が愛しているであろう相手、「れいみ」だ。

 しかし泉は杉本鈴美の顔を知らない。そして知らない以上、シンデレラが顔を作る際に元とするデータがない事態が発生する。

 

 だからこそ顔に変化がなかった。ただ、()()()()()使()()()という事実は残っている。

 

 

 所謂今回起きたことは、ゲームでいう“()()”に近い。

 

 他人から見れば泉の容姿は変わっていない。それは鏡や写真といった物体を通して見る像も同様。

 

 ただしかし、泉の願う対象にはその力が発揮されることになる。

 

 

 つまるところ何が言いたいのかといえば、吉良にだけ泉が「れいみ」に見えるようになったということである。

 

 

 この場合変化して見えるのは顔のみで、その他の声や手などのパーツは泉のままとなる。

 また触れて見れば、視覚や触覚の情報に差異が出る。

 

 

 

 その事態に気づかず泉は吉良邸に向かい、固まった男の顔を拝むことになった。

 

 いつもの紫目の奥にある感情はドロリと溶け、その色を深くした。

 

 深い、深い────深すぎる深淵の底にある感情を、彼女は掬い上げてしまったのだ。

 

「せ、先生?大丈夫ですか……?」

 

 吉良は口角を柔らかいものにし、微笑んだ。

 泉が今まで見たことがないほど優しく、そして悍ましいその表情。

 

 

「おかえり、鈴美」

 

 

 吉良のネジが数本、地平線へと吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「昨日はごめんね、鈴美。朝ごはんにしよう」

 

 

 昨日吉良邸にきた泉は、物理的に数時間抱きつかれたまま動けなかった。その胸は恐怖いっぱいで、ようやく彼女はそこで自分がやらかしたことを察した。

 

 おそらくあのエステティシャンのメイク(?)によって、今の泉は吉良の想い人に見えている。

 

 果たしてそんな不思議なことがあるのかと思われるかもしれない。

 

 だが彼女は肉が見えていた男の指が綺麗に治っていたり、奇妙な生き物である猫草を見ている。

 そういった、自分の理解に及ばぬものがこの世にはあるのだと理解していた。

 

 

「あの…先生、私会社があるのでそろそろ……」

 

「ぼくは「()()()()」と呼んで欲しいと昨日言っただろう、鈴美?会社の方には都合をつけて、休む旨を伝えておくから安心しておくれ」

 

「……は、はい。よ、吉影……さん」

 

「まぁ、「さん」付けでもいいよ。まるで新婚のようだしね。フフ……あぁ、かわいいね」

 

 吉良はたおやかな手を見つめ、頬ずりをする。そしてじっと泉の顔を見つめ、見てるこちらが惚けるような微笑を浮かべる。場違いに顔が熱くなる泉だが、勘違いしてはならない。

 

 この男は今()()()()()()()

 

 

 彼女が借りてきた猫な状態の傍ら、室内に香ばしい匂いが広がる。それだけで思わず口内に唾液が溜まるが、フライパンの熱の音がさらに食欲を刺激する。

 

 出された料理に口を付けた泉は感嘆の息を溢す。

 

「おっ、美味しいですね!この卵のトロトロ感とハムの食感も、普通に朝ごはんで見かける食材だというのに…何ッ、この美味しさは……!?」

 

「喜んでくれたのなら、よかったよ」

 

 ヘヴン状態の女をよそに、吉良はコーヒーに口をつける。

 

 

 彼の目では泉が鈴美に見えることは確かだ。しかしそれはあくまで顔のみの話で、声や身長など、多少の違いはある。

 

 特に手に関しては、鈴美の方がもう少し健康的でふっくらとしているし、それこそ細かな点を挙げればキリがない。

 

 それにしても、泉がなぜ杉本鈴美の姿をしているのか。まぁ、恐らくはスタンドの影響だろう。

 

 泉はキラークイーンを視認できないことからも、スタンド使いではない。

 よって導かれる答えは、別のスタンド使いによる仕業である。

 

 ただ彼女は自分の姿が変わっていることを自覚している様子だった。頼んで変えてもらったのかはわからないが、両者の同意はあったと推測できる。

 

 何か泉にもそのようなことをする理由があるのだろう。

 

 全部、今の彼にはどうでもよいのだが。

 

 

 ()()()()()()()()のだから、何を他に考える必要があるのだろう。

 

 それに泉は自分から、吉良の依存するオモチャになってくれた。コレは鈴美(ホンモノ)ではない以上、もし壊してしまっても問題ない。

 

 ある程度は思考能力を残しておいて、この女の依存先を妹ではなく自分に変えてしまえばいいのだ。

 

 

 吹っ飛んだネジを回収できぬまま、吉良の思考は進む。

 泉はふと彼がココアしか飲んでいないことに気づき、首を傾げた。料理もそう言えば彼女の分しかない。

 

「せ……吉影さんは、朝食を食べないんですか?」

 

「ぼくかい?朝食はあまり食べない方なんだ」

 

「そ、そうなんですか…?」

 

「うん。君が美味しく食べている姿を見れればそれでいいよ」

 

 

 今食べたら、間違いなくすべて吐く。

 

 歪んだ思考回路とは別に、正常に働こうとする頭がある。その部分が鈴美への感情や殺人欲求、泉の状態の分析や現状の吉良自身の歪さを処理しきれず、ごちゃ混ぜになっている。

 

 その上でなお、普通な人生を望んでいる。

 糖分補給のココアを飲めてるだけ、まだ幸いだった。

 

「…やはり背格好はまだいいが、声が気に食わないな」

 

「え?」

 

「フム……この場合毒がいいんだったか?けど喉を潰すだけ、というのは中々難しいな。致死率が圧倒的に高いし、他の生物で実験するのも手間がかかる。効率的ではないな…」

 

「……せ、せん…………せんせ、ぇ?」

 

 搾り出すような泉の声は、冷蔵庫を視界に入れながらブツブツ呟く男には聞こえていなかった。

 

 少し遅れて“鈴美”が顔を真っ青にしていることに気づいた吉良は、無表情だった顔を柔らかくする。

 

 

「ごめんね、怖がらせてしまったか。でも安心してくれ。泉くん(キミ)鈴美(キミ)のままでいてくれたら、こんなこと考えないで済むから」

 

 

 泉を恐怖の底に突き落としたのはこの男だというのに、甘い声で囁き抱きしめる。そして赤子をあやすように彼女の頭を撫で、背中をさすった。

 

 泉はだんだん、呼吸まで上手くできなくなっていく。

 

「あぁ、御髪が少し乱れてしまったね。手で梳かしてあげるからおいで」

 

「先せ」

 

「………」

 

「よ……吉影さん」

 

「何だい、鈴美?そんな可愛い顔をしないでおくれ、おかしくなってしまいそうだ」

 

 恐怖と、しかし引きずりさ出された快楽も混ざった()()の表情は、彼の歪みを加速させる。

 

 鏡面台の前に泉を座らせた男は、問いかける。

 

 

「君はいったい誰だい?」

 

 

 初めは難しいであろうが、少しずつ彼女の「泉飛鳥」としての土台を崩していけばいい。そして新たに築き上げるのだ。

 

 鏡に映った男の瞳には、月が隠された世界の不気味な空模様が浮かんでいた。

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