転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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52話 みみみみみ

 平日の午後、川尻しのぶは鼻歌混じりに花壇の花に水をやっていた。

 

 ちょうど今は艶やかな薄紫が美しいラベンダーが咲いている。

 その花に吸い寄せられるように辿り着いたチョウが、蜜を吸いフラフラと飛び去っていく。

 

「ハァ…羨ましいわ」

 

 今の彼女には“自由”がない。毎日家事をして、気づけばあっという間に一日が終わる。

 

 偶にはショッピングの一つくらい行きたいものだが、気軽に行ける友人もおらず、夫も休日は部屋に篭りっきりで動こうとしない。

 だからといって息子を誘えるはずもない。これが娘だったらまた違ったのだろうが。

 

「刺激が欲しいのよねぇ。もっと、こう…」

 

 彼女の心理は今まさしく、夫がいない昼間に若い男を家に連れ込むような女のソレだった。

 

「あら?」

 

 その時庭の手前、塀と塀の間に取り付けられた門扉に、やたら目につく髪色が見えた。

 

 見覚えのあるその色に、慌てて彼女はジョウロを落とし駆け寄る。

 まさか、そんな都合のいい話があるわけない。

 

 過去の日々に浸る中で彼女が抱いた幻想。

 浩作ではなく()と付き合うことができていれば、もっと刺激的な日々を送れたかもしれない、と。

 

 

「き、吉良くん…!?」

 

 

 彼女に声をかけられた男は、その声に反応し振り返った。

 

 金髪に丸眼鏡という出立ちが昔の面影を残している。

 

 髪の長さは相変わらずだが、普段は目にかかるように伸びていた前髪がワックスで綺麗に整えられていた。それでも数本落ちて緩くうねっている。

 

 あと変わったことといえば、痩け具合が増しているところか。

 

「おや、誰かと思ったらしのぶくんか」

 

「そ、そうよ。えっと…こんな時間にどうしたの?仕事は…」

 

「あぁ、今はフリーライターをやっていてね。取材帰りなんだ」

 

 ここを通りかかったのは吉良が意図的に仕組んだものであるが、しのぶが知る由もない。

 

 

 住所については早人が荷物を置いたまま家を見回ろうとした隙に、キラークイーンでリュックの中身を調べた。

 

 その中にあったマーク付きの地図を見て、自宅の住所を把握したのである。

 

「へぇ、花を育ててるのかい。綺麗だね」

 

 一歩庭に入った男に、露骨にしのぶの顔が朱に染まる。

 

 話が花から過去へと移り変わっていき、彼女は上目遣いで視線を送る。

 

「そ、その…よければお茶でも飲んでく?前にいただいたお菓子があるんだけど…まだ結構残ってて」

 

「いいのかい?川尻くんが怒ると思うけれど」

 

「旦那は怒りやしないわよ。それより、吉良くんは大丈夫なの?相手の方とか……」

 

 吉良には彼女がいたはずだ。今も同じ人物かはわからないものの。

 

 薬指に指輪を付けていないので、結婚はまだしていないのだろうか。

 

 吉良は人差し指を口元に当てて微笑む。

 

 

「ナイショだよ」

 

 

 ラベンダーに交わるような妖しい色がその瞳に浮かんだ瞬間、しのぶの心臓が早鐘を打った。

 

 正しく()()だ、彼女の求めているスリリングな刺激は。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 それから小一時間程度、吉良はしのぶの会話に付き合った。

 

 途中彼が紅茶のお代わりを頼み彼女がキッチンに向かい、戻ってきたところで話は進む。

 

 

「そう言えば息子は今年で小学六年生だったよね?早いものだな」

 

「え?えぇ、そうだけど……早人(アイツ)って容姿は私に似てるけど、性格とかどこか不気味なところは旦那に似てて…ちょっと怖いというか、近寄り難いのよね」

 

「昔は復縁してから甘い雰囲気だったけれど、やはり結婚生活ってのは難しいものなんだな」

 

「…まぁね。正直昔に戻りたいわよ。あの頃は毎日が楽しかったもの」

 

 時間はあっという間に流れていく。

 

 吉良との再会でそれを痛感したしのぶはそこで、ふと思った。

 

 

「あぁ、でも……そうか。アイツも来年で中学になるのね…」

 

 

 今まで考えもしなかった事実を目の当たりにし、彼女の中で不思議な感情が生まれる。

 

 いつも家の中の仕事で忙殺され忘れていた、息子の成長に対する感慨深さ。

 

 いつから自分は息子の背を注視しなくなったのか。いや、顔さえまともに見たのはいつ以来だろう。

 

 飲んでいたティーカップを持ったまま、しのぶはぼんやりと色付く水面を眺める。

 彼女の変わった様子に気付いた吉良は視線を向けた。

 

「そう言えば前に仕事の都合で図書館で調べ物をしていたんだが、君の息子に会ってね」

 

「え?」

 

「一人で随分と遅くまでいるから、少し心配していたんだ。親について聞いたら苦い顔をしていたよ」

 

「……アイツが帰って来るの遅いと思ってたけど、図書館にいたんだ」

 

「自分の息子のことなのに、君は何も知らないんだな」

 

 トゲのある言葉に、しのぶの表情が強張る。吉良の冷えた雰囲気を感じ取ってしまった。

 

 子供とは親の愛情を享受する生き物で、親もまた子の成長を享受する生き物だ。

 

 この相互関係が成り立たないならば、果たしてそれは親子と言ってよいのだろうか。

 

 

「私もあまり親には恵まれなかったからね。早人くんの気持ちも少しわかるんだよ。あの子供は君の言うとおり、不気味でとても天邪鬼だ。だが、親の愛情を求めていることに気づけない姿を見ていると、哀れに見えて仕方ない」

 

「アイツが?親の愛情を?そんなわけ……」

 

()()って、君は絶対に言い切れるのかい?」

 

「………それ、は」

 

 昔は早人も幼稚園で描いた両親らしき絵を見せ、屈託のない笑顔を浮かべていた。

 

 しかしいつからだったか。夫が彼女や息子に無関心になっていき、彼女もまたそれに呼応するように夫を嫌っていった。

 その時はまだ、息子は笑っていた。でもあの笑顔はもしかして、辛さを隠してわざと明るく振る舞っていたのだろうか?

 

 次第にしのぶは家事や夫のストレスで、甘える息子を適当にあしらうようになった。

 

 ズキ、と彼女の胸が痛んだ。

 ズキズキと、その痛みは増していく。

 

 

「あれ、私……早人の笑った顔なんて、いつから見てないんだろう」

 

 

 しのぶの頰から一滴、涙が溢れる。

 紅茶を胃に流し終えた吉良は、テーブルにカップを置いた。

 

「しのぶくん、これ」

 

 男が懐から取り出したのは一枚の写真である。それは両親の話を聞き終えた少年が帰る時、彼に渡したものだ。

 

 曰く、自分が持っていても仕方ないし、父親にバレたら面倒だから──と。

 吉良とて自分の名前に『♡』が付いたものなど渡されても困る。

 

「え、そ、それ何で…!?」

 

「早人くんがリビングに落ちていたのを見つけたらしくてね。普段の両親の様子を見て何を思ったのか、川尻浩作が本当の父親ではないと考えわたしの家まで来たんだ」

 

 はい、と彼がわざとらしく裏面を向けて渡すと、しのぶは顔を真っ赤から真っ青にさせ慌てて引ったくった。

 そして吉良の生温かい目を見るなり、ソファーの背もたれにズルズルと下がり、顔を覆う。

 死ねる。これは普通に死ねる。

 

「あんっのバカ!!なんてモノを吉良くんに見せてんのよ…!!」

 

「君、何で息子がそれを持って私の元へやって来たのか、わかってるよね?」

 

「……知りたかったのね。本当の親が私たちかどうか」

 

「自分が愛されて生まれた子供なのかどうか、知りたかったそうだよ」

 

「そう…なの」

 

「ニャーン」

 

 しのぶの言葉を遮るように猫の声が聞こえた。川尻宅で飼われているトラ柄の猫である。

 

 あくびをこぼしたしのぶ(主人)を他所に、客の膝の上を陣取った。

 すかさずキラークイーンが勝手に現れ猫を凝視する。トラ猫はスタンドが見えないため呑気に毛繕いし出した。

 

「………」

 

 吉良は無言で相棒を引っ込めようとして拒否を食らい、仕方なくしのぶに視線を向けた。

 

「本当バカみたい!勝手に吉良くん家に行って、写真見せるだなんて……」

 

「しのぶくん?」

 

「…でも、今日はアイツの好きな料理にしてやって…も、いいか………」

 

「大丈夫かい?少し眠そうみたいだが」

 

 そして、とうとうしのぶはソファーに身体を預けて眠り始めた。

 

 吉良は膝にいる猫を撫でつつその様子を見て、シャツの左ポケットに入れていたピルケースを取り出した。

 眠れないことを理由に、医者から処方された睡眠薬である。彼が薬が効きにくい体質ということもあって、かなり強めのものだ。

 

 しのぶがキッチンに向かった間に、予め粉状にしておいたものを彼女のカップに混入させた。

 

「しのぶくんが紅茶のお代わりを淹れてからさほど経っていないが、中々効き目があるな」

 

『ニャー』

 

「せめて遊ぶなら猫草とにしろ、キラークイーン」

 

 再度無理やり引っ込めれば、今度こそ相棒は出て来なかった。

 

 それから吉良は目的の場所に向かう。

 

 川尻早人の話を聞いてから彼が感じていた疑問。それはしのぶの話を聞き、さらに深まった。

 

 川尻浩作という男は一見して何を考えているかわからない男ではあるし、中身も少しズレているが、普通の人間の感性を持っている。

 

 陰鬱な過去と、それに伴い生じた正義感を除いては。

 

 

 彼は家族に対しては、人一倍強い愛情を抱いていたはずだ。

 

 

 それが何があったのかは知らないが、息子と妻から「家族に無関心」という認識を抱かれている。

 

 ただ家族に対して、無関心なだけなのか?────と吉良は考えていたが、それも手袋をして川尻の自室に入った時点で変わる。

 

 ちなみに髪をワックスで整えていたのも、念のため髪の毛を落とさないためである。

 色についてはしのぶに気づかれやすくするためにあえて染色しなかった。

 

「…おいおい、奴はヒーロー物が好きじゃあなかったのか?」

 

 部屋の中は書棚やベッド、テーブルなど必要最低限の物はある。ただあまりにも()()()()()()といった印象だ。

 吉良はてっきりコレクション棚があり、そこに川尻の好きそうな少年向けのものが収められていると考えていたのだが、違った。

 

「わたしの推測が正しければ…だが」

 

 彼が思い出すのは、鈴美の墓参りに向かう電車で川尻浩作と出会した当時の出来事である。

 それこそ最近過去を思い出すことが多くならなければ、気づかなかったことだ。

 

 川尻の独特な会話の間合いに胃をやられた吉良は、精神緩衝材に一つ分空いていた席にキラークイーンを座らせた。

 その時川尻は首を傾げ、ほんの一瞬()()()()()()()()()()()()()()()

 

 単にキラークイーンが座った風圧を疑問に思い、その場所を見ただけなのかもしれない。

 

 しかし連日スタンド使いに遭遇している吉良の脳は、その出来事さえ今この時──自分の平穏を乱す「()()」のようなものに感じられて、おちおち安眠もできやしないのだ。

 

 それ以外にも、白い悪魔や高校生連中や変人漫画家や元担当のせいで、割と本気で睡眠薬を処方してもらっている。

 

 

「………ん?」

 

 

 彼が目をつけたのは、クローゼットの奥にしまってあった数冊の卒業アルバム。小学校から大学のものまである。

 大抵この類のものは実家に置いてきそうだが、川尻は持っていくタイプだったらしい。

 

 ふとに気になったのは中学時代のもの。

 

 吉良はそれを手早く見ていき、川尻がいたクラス写真を見つけた。例の自殺した少女が誰か探してみたが、人数が多いため判断がつかない。

 いや、そもそも転校していたので調べても意味がないことに、ページを捲りながら気付いた。

 

「ん、屋根裏…?」

 

 視線を上げた時、屋根裏に繋がる場所を見つけた。

 階段が出る部分に普段使わないような荷物が置いてあるため、長らく人の出入りがないと思われる。

 

 スタンド飛ばし上の様子をうかがうと、使われなくなった家具や段ボールが置いてあり、埃も随分積もっていた。

 無闇に開けなくて正解だっただろう。

 

「……!」

 

 キラークイーンが見つけたのは、テーブルの上にあった十冊を超えるノート。

 

 こちらも埃がかなり被さり、長いこと放置されていたようだ。そこにはタイトルも何もない。

 しかし中身を見ると、どうやらそれが川尻の手記による日記だとわかった。

 

 大学に入ってから始めたらしく、一番古いものは十年以上前の日付けだ。数冊辿った後には喪服を着た吉良と出会ったことも書かれていた。

 それから仕事や家族のことが書かれ、順風満帆な様子であった。ここら辺は完全にパラ見である。

 

「………」

 

 しかし途中で川尻の同僚──吉良の大学時代の友人らしい──と二人で飲みに行った話に目が止まる。

 

 大学が同じこと、さらに合コンを共にしたらしい(川尻は吉良以外の参加者を覚えていなかった)こと、また共有の知人がおり所帯を持つ者同士、自然とその知人が結婚しているのか?という話になった。

 

 きっと吉良は杉本鈴美と結婚しているに違いない。

 そう答えた川尻に、同僚は難しい顔をして言った。かつて杜王町で起きた『S一家殺人事件』も挙げて。

 

 

 ────アイツの彼女は、亡くなってるよ。

 

 

 意外にも交友関係が広い同僚だからこそ知っていた情報だった。

 その事実を知った川尻は、()()、選択を誤ったと考えた。

 

 幸福の中にいる自分は、不幸の元にいる男に何を宣ってしまったのか。

 

 深い、深過ぎる罪悪感が川尻を襲ったのは言うまでもない。

 元々彼は強い人間ではないのだ。弱いからこそ自分を歪めて、上手く生きる術を身につけているだけなのである。

 

 そんな彼は罪悪感に縛られ、かつての想い人への罪悪感も吹き出した。

 

 その頃の日記はひどくネガティブなものが多い。文字もまるで己の感情をぶつけているように歪んでいる。

 

 

 そして日記には、こう続く。

 

 

 

【今日オレの前に、()が現れた】

 

 

 

 吉良はこの一文を目にした瞬間、後悔した。

 突っ込まなくていいものに己は足を踏み入れてしまったと、自覚したからだ。

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