転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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岸辺露伴は「動かない」とは言ったものの、正確には動かないようにしつつ動かすという面倒な内訳となっております56話です、どうぞ。


56話  尾を振る犬は叩かれず

 

「思ったより広いな…」

 

 吐き気が収まり持参したミネラルウォーターで口を濯いだ後、吉良は島の周りを回っていた。

 

 

 

 島の大きさは1㎢に満たない面積であり、一辺「1km×4」と計算すれば、歩くのに1時間もかからない計算となる。

 砂浜には漂流物が多く、島は奥側に行くほど急斜面かつ深い山となる。

 

 途中で一周するのは諦め、吉良は元来た道を引き返した。

 

「山の一番奥側に鳥居があったな…」

 

 スタート位置ではわからなかったが、少し歩いた木々の隙間から祠のある場所が見えた。

 

 妙な違和感が彼の内にある。

 

 二人を出迎えた女はウェルカムな様子だったが、家は島の中央に作られている。

 そしてその周囲にあるのが森だ。

 

 

 これは単純に潮風を防ぐためのものとも考えられる。

 

 ただ、女店主が言っていた「人を拒んでいた」という話もある。

 それが現在も続いているのか。はたまた単純に昔の名残を残しているだけなのか。

 

 この矛盾を感じさせる裏には、確実に何かがある。

 

 それは村の人間が使う標準語や建物の建築、服装なども相まって、さらに深まっていくことになる。

 

 

「…あっ、見つけたよぉ!」

 

 

 船着場に戻ってきた男に、露伴を案内した女や数名の若い娘たちが駆けてくる。

 

 女たちは平均身長を考えてもかなり低い。150cmあるかないかだ。

 似た雰囲気のため姉妹なのだろうか──と吉良が考えた矢先、両腕を娘たちに絡み取られた。

 

 一瞬、可愛らしいその手を見た紫目が鋭くなる。

 

「もう!どこ行ってたの、吉良様!」

 

「びっくり仰天しちゃったんだから!」

 

「お手洗いを借りたくて民家を探していたら、迷子になってしまってね」

 

「村はこちらでございます。厠もそちらにございますよ」

 

「いやはや、申し訳ない…」

 

「いえ」

 

 厠については水洗ではなく汲み取り式で、トイレットペーパーはあるらしい。吉良はこの村に滞在する上での説明を色々と受けた。

 

 適当な理由を言っただけだが、潔癖な男としては有用な情報を得られた。

 

 

「着物を着ているのは理由があるのかい?言葉も訛りがなくて綺麗だ」

 

「吉良様が着てるのは洋服よね?着物を着るのはこの村の慣習なの。私たちが着ているのはね、ご先祖様のお下がりなんだ!それに私たちは教えられて普通に話せるけど、ババ様やカカ様たちの中には何を喋ってるかわからない人もいるのよ」

 

「そうそう、()()可哀想だからって、教えてもらったのよね」

 

 教育については、言語を除いて教えられていないのだろう。彼が「9×9は?」と尋ねると、少女たちは首を傾げた。

 また言葉を教えているのは、船を操縦していたあの老人らしい。

 

「君たちは村の外に出ようとは思わないのかい?」

 

「私たちはいいの、だってこの村に生まれたんだもの」

 

「そうそう、イリガミ様の元に生まれたんだもの。()ないのよ」

 

「興味深いね。そういう文化なのか」

 

「そうなの、文化なの」

 

「そうなのよ、文化なの」

 

 女たちの目が一瞬、無機質なものに変わった。

 何の感情も宿さないその瞳は、まるで日本人形のようだ。

 

 しかしすぐに愛らしい笑みに戻った娘たちに、吉良も表情を変えることなく質問を続けた。

 

 ここにはテレビやラジオなどの娯楽がない。

 だが木で作れるコマやお手玉、石で代用しているおはじき遊びはある。

 

 安定した電気供給がないため情報を得る手段がないのはわかるが、()()()()外部の情報を遮断している感じが否めない。

 

 オセロやトランプなど、電気を使わずとも得られる娯楽はあるだろうに。

 

「村に持ってくる物は、みんなで決めてるのかな?化粧とか、興味はないのかい?」

 

「ううん、上のお方たちが決めてる。だってそう沢山村に持って来れるわけじゃないもの」

 

「それに私たちってお化粧しなくても可愛いでしょ、吉良様?」

 

 確かに、綺麗な顔立ちの者が多い。村に入れば老婆や少女を含め、ほとんどの者が美人だった。

 

 

 地域によっては当時の時代の事情で、見目の良い者が多い傾向がある。

 ここも何かしら昔の理由があったのだろうと吉良は思い至ったが、あえてこの疑問は置いておいた。

 

 この村人はあまり詳しく村の情報を聞かれることを良しとしていない。

 一定まで公開できる範囲があるのだろう。そしてそれを超えると、先程彼が見たような無表情に変わる。

 

 ハッキリ言って気味が悪い。それを物ともしない二人組がここへ来てしまったのだが。

 

 

「ではどうぞ、ごゆっくりとお過ごしください」

 

 

 宿泊場所に着いた吉良はメモ帳に何かを書いている露伴を無視し、渡された着物に着替え──ようとして、フリーズした。

 漫画家が「康一くん!?」と食いつきそうだが、違う『ACT3』じゃない。

 

「女物…?」

 

 気づかなかったが、露伴もまた女物の着物を着ている。

 吉良が彼に事情を聞くと、一応理由はあるらしい。

 

 

 祭り期間中は外から持ち込まれる気を「不浄」とし、身体を清めたりお神酒を飲まされるなど、少々面倒がある。

 

 露伴が部屋に着いた際に“手間”があったと称したが、これが上記の内容に当たる。

 

 よく神聖な祭りでは女を不浄とする場合があるが、ここでは逆に、男が不浄となる変わったルールがある。

 元より分かれて暮らしている男衆は、一ヶ月間は一箇所に集まり閉じこもって暮らすらしい。

 

 それを流石に客人に強いるわけにもいかない。そのため例外的な手段としての、女物の着物だった。

 

 吉良はそこまで漫画家から聞いて、考えることをやめた。

 

「…まぁいいや。そう言えば君、着物が右前じゃなく左前になってるけど、それじゃあ死装束だよ」

 

「マーライオンになってた奴が、僕にとやかく言うな」

 

「……あれれぇー?死体が喋ってるぞー」

 

 森川の声帯を持つ男が裏声になった瞬間、「シュッ」と音を立てて、鉛筆が投擲される。

 威力のおかしなそれは吉良の頰を掠め、壁にめり込む。

 

「気色の悪い声を出すな、僕が吐きそうになる。ふざけるにしても大概な服を寄越したんだ、意趣返しだよ」

 

「君の腕力はどうなってるんだ…?取り敢えず相手への嫌味はいいから直せ、腹が立つ」

 

 年上の圧を受け、渋々露伴は着物を直した。

 

 それから間もなく廊下から声がかかり、襖が開く。

 礼儀正しく座っていたのは、二人をここへ連れてきた女だ。

 

 どうやら祭りの詳細を含め、村を案内するらしい。

 

 恐らく裏の部分までは見せないだろうと考えながら、吉良は女に続いた。露伴も荷物を置き、それに続く。

 

 

 新旧の文化が入り混じってはいるが、村の様子は至って普通である。

 

 祭りの際は食べてはいけない物があったり、立ち入ってはならない場所があったり、毎日家にある小さな祭壇で『イリガミ様』を拝んだりするらしい。

 

 最後は村の奥にある階段を登った先の、神社の手前に来た。

 石ではなく木製の鳥居は、かなり劣化している。

 

「申し訳ごさいませんが、男性の方はここから先へは入れませんので悪しからず」

 

 中は祠があるなど、特に通常の神社と変わらない。ただ祠の左右に置かれた木製の犬の像に、二人の目が向く。

 

「…犬だな」

 

「犬だね」

 

 小声で会話する二人。女はここに『イリガミ様』が祀られていると語った。

 

 その後、村に戻った二人は自由行動になったものの、外部の人間に好奇心があるのか、少女や若い女に絡まれろくに調べることができなかった。

 

 

 気づけば時刻はすでに夜である。

 晩飯を食べた後は温泉だ。周囲は柵で囲われている。

 

 男二人は疲労の色が強く、特に少女にあっちこっちと振り回され、体力を全部持って行かれた吉良は死んでいた。

 なまじ露伴が毛嫌いを隠さずあしらっていたのに対し、押されると断りづらい性格が余計に追い打ちをかけた。

 

「ハァ、疲れた…願ってもないのにキャバクラに来た気分だ……」

 

「………」

 

「おい、第一被害者になる前に意見交換といきたいんだが」

 

「………明日」

 

「…ッチ、貧弱だな。もっと鍛えた方がいいぞ」

 

 露伴はこの時点で、村の奥にいる男たちなら何か知っているかもしれないと、当たりを付けている。

 

 祠についても、その裏に何か小道があるのが見えた。恐らくその奥にいるのだろう。

 

 なぜなら森を歩いた際、男共が住んでいそうな家屋がなかったからだ。

 

 理由を付けて二人を立ち入らせなかったのは、彼らと会わせないために違いない。

 

 まるで良作のサスペンス小説に出会ったかのような。

 そんな推理する楽しみをこの時、岸辺露伴は感じていた。

 

 

 ────この村は、例外的に治外法権となっている。

 

 

 それは船で入神島へ向かう時、老人が語っていた言葉だ。

 この村に何が隠され、そして『イリガミ様』とは何なのか。完全に『影犬』が、忘れ去られている。

 

「フフフ………フハハハハ!実に最高のネタになりそうだッ!!」

 

「………」

 

 不気味に笑う漫画家を、吉良はジト目で見る。

 

 願わくば何も起こらないで欲しい。しかし何かは必ず起こる。

 今まで事件に巻き込まれてきた勘と奇妙な運命の巡り合わせから、彼はそう感じざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 そして、時刻は流れる。

 夜、吉良が外の厠から戻ろうとした折、彼の前に一人の少女が現れた。

 

 高校生ほどの少女は、彼が引っ張り回されている時に目にした少女の一人。

 特に綺麗な()()に、ついと見入ってしまったのを覚えている。最近隠すこともままならない欲求だ。

 

 少女は吉良の視線に気付いて目を丸くし、恥ずかしそうに顔を逸らす。

 

「あ、あの……」

 

「………うん?何かな」

 

「吉良様、でしたよね?厠に行かれていたのですか?」

 

「あぁ、君も……と言いたいが、女性に聞くのは失礼だね」

 

「いえ、平気でございますよ。私は少し眠れなくて、歩いていたものですから」

 

「そう……」

 

 吉良の言葉は、絡みついた手に意識を奪われたせいで続かなかった。

 

 しなやかな頰が熟れた瓜の如く染まる。少女の黒い瞳は男の顔に向かった。

 

 しかし眼鏡の奥のその色を、少女は窺い知ることはできなかった。吉良の口角は、艶を帯びてゆっくりと上がる。

 

 妖しい香りに、少女の心音はどんどんと上がって行った。

 

 

「ちょうどいい。わたしも眠れなかったんだ」

 

「しょ…っ、そうですか!………その、よければ私の部屋で少しお話しされませんか?」

 

「いいのかい?」

 

「は、はい」

 

 少女は嬉しそうに微笑んだ。人形のような顔立ちが表情を変える様はどこか不気味で、しかし愛らしい。

 

 

 ただ彼女が丸眼鏡の奥を見ずに済んだのは、これ幸いか。

 

 その目は完全に獲物を食い殺す前の、肉食獣の如き瞳だったのだから。

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