転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
翌朝、漫画家の青年は魚や野菜の料理が並んだ膳を見つめた。
数は一人分だけ。同室の男の分はない…というか、その本人もいない。敷かれた布団もそのままで、忽然と消えた。
ちょうど睡魔が襲ってきた頃、吉良が厠に立った音は聞こえた。
しかしまだ戻って来ていないのは明らかにおかしい。
「連れがいないみたいなんだが、何か知ってるか?」
前日二人を案内した女は、じっと露伴を見ると口を開く。
「吉良様は少々体調が悪いとのことで、別の場所で休んでおられます」
「ふーん…まぁかなり疲労が溜まっていたようだし、仕方ないか」
──と、口では言いつつ、内心彼は舌打ちした。
正直怪しさしかない村で突然ツレが「病気になりました」と言われても、信じられるわけがない。
だが「目」を避けるのは難しそうだ。部屋以外の移動には基本女がついて回る。
トイレに向かうだけでも、誰かに見られている気がしてならない。
「そう言えば…」
相手が去ったのを確認してから、露伴は懐に入れていたメモ帳を取り出す。
誰かが見ることのないよう、四六時中隠し持っている物だ。
『入神』島≠犬神(イリガミ)
【独自の文化】
・裏に作られた玄関→入口は犬神の通り道であり、村の人間は裏から出入りする。
・服装→着物、村の習慣。祭事中は男を含め、みな女物の着物を着用。理由は男=「不浄」扱いとなるため。
・言語→若い女たちは遜色ない標準語を使うが、やや古めかしい言葉を使うこともある。言葉を教えた人間は船の老人。教育はされておらず、常識が欠けている。
・村→周囲が森で中側に民家や畑が点在する。食料は魚や野菜、またはその物資と交換で得られた食物など。ヤギやニワトリなどの家畜もいる。家の外装は旅館に近く比較的大きい(少し違う気もする)。人が暮らせる最低限の条件は揃っている。
・娯楽→古臭い。今時の娯楽の知識はなし。また物資の取り決めは上の人間たちで行なっている。その「上の人間」たちが誰なのかは不明。
・住人→女たちの身長は低い。島外に出ることを嫌う節が見受けられる。容姿が似通っているのは、恐らく前記の理由で同族交配が多かったからかもしれない。やたらと美形が多い。男は村の奥側に住んでいるが会えていない。
これを踏まえつつ、露伴は本島の人間がなぜ入神島を避けるのか考える。
「治外法権」という言葉を踏まえて、人が行方不明になっているならば、事件にされないだろうか。
いや、人が消えればいくら何でも事件にせざるを得ないだろう。恐らくはこの島が治外法権になった理由が、この村の闇と繋がっている。
老人の言葉が嘘の可能性もあるが、それをするとキリがないのでひとまずは信じよう。
そう考えると、露伴たちの食事に何か盛られた、ということはないはずだ。
狙うなら二人まとめて狙うはずだからだ。
片方を狙っても、残った片方に怪しまれるのは目に見えている。次狙おうにも、過剰に警戒されてしまう。
露伴の眠りが深かったのも、単純に疲れていたのが原因だ。
「もしかしたら厠に向かった時に何か見たか。あるいは村の核心に近付きすぎた…か」
村の中央はまるで隠された作りをしている。
建物の年季は大正や明治ほど。立派な旅館の如き造りから、外からの出入りがなければ建てるのは難しいだろう。造るにしても、建築の「知識」は必要になる。
それをわざわざ隠すのは、当時の密事に使用されていたからか。
「どこかで見た造りなんだが…」
しばらく唸っていた青年は、何か思い出したように「あ」と呟く。
美しい女たち。旅館。男。
そう言えば露伴が東京に住んでいた頃、京都の取材で訪れたことがある。
そこで観光がてら大阪に立ち寄った彼は、似た様式の建物を見た。『百番』と書かれた看板に、ついと目が行ったのだ。
「そうだ、
後から看板の意味を調べたが、『百番』というのは屋号で、遊廓でも最上級の格を表す。
ここの造りからして、かつて男が集まる場所であったのは確かだろう。
見目のよい女が多いのは、かつて遊郭として栄えていたからだ。
しかし遊郭が廃れていった結果、女たちはこの島に取り残された。
去らなかった理由は不明だが、身を売る女たちに行き場がなかったのは想像に難くない。
逆に孤島であり、最低限自分たちが暮らしていける環境があったからこそ、残ったのかもしれない。
実際1872年(明治5年)には、日本の近代化が進む中明治政府によって「芸娼妓解放令」が発令されている。
実態はほとんど変わらなかったが、都市化が進み遊廓の存在が問題になり、遊郭が郊外へ移転させられる事例もあった。
根津遊廓が深川の洲崎に移転したのがその一例である。
この辺鄙な場所にあるのも、当時別の場所にあった遊郭が移転されたと考えるのが妥当だろう。
「ならば『イリガミ』とやらは、どこから来たんだ?」
そうだ。最も気になる問題がまだ解けていない。
男が不浄とされる所以や、治外法権になった理由などもわからない。
「……やはり、調べないことには始まらないか」
露伴が到達した考えに、既にあの男は到達していたのだろうか。
そう考えると、無性に腹が立つ。
そもそも露伴がヘブンズ・ドアーを使っていないのも、推理気分を味わう他に、吉良の存在があるからだ。
露伴はスタンドを使えば簡単にこの島の秘密を暴ける。
しかし向こうは違う。少ない情報から推測し、答えを導き出さなければならない。
最初は土俵が違うというのに、到達する場所が同じというのは屈辱的である。
それは「おねえちゃん」を奪われた過去も相まって、余計に闘争心を抱かせるのだ。
普段の彼であれば、さっさと真相を暴いているだろう。
らしくない。実に、「岸辺露伴」らしくない。
「だが、ガキみたいに意地張ってる今の僕も、「岸辺露伴」だ」
とりあえず陽の出ているうちはどこに「目」があるかわからない。
行動に出るなら夜かと、露伴は思考を巡らせるのだった。
◻︎◻︎◻︎
「目を覚まされましたか?」
やけに響く女の声が聞こえ、目を覚ました。
同時に聞こえたのは、「ジャラリ」という音。
見れば手と足に枷が付いている。床に身を投げ出す形でわたしは倒れていたようだ。後頭部がひどく痛む。
座ったり歩いたりはできそうだが、激しく動くのは無理そうだ。
お世辞にも体調の良くないこちらを木の柵越しに見つめるのは、この村を案内していた女だ。
中はひんやりとしていて、触るとゴツゴツとした感触がする。
大きな岩を掘り、その中に作られた牢…だろうか。
位置的に山の急勾配に作られた場所か。それも恐らく祠の近くだ。
女の額に付いたヘッドライトが、着物とミスマッチでなかなか面白い。
「自分が何をされたのか、お忘れのようですね」
「すまないが、精神疾患持ちでね。薬を飲み忘れると、時折自分でも何をやったのか忘れてしまうんだ」
無表情な顔は人形のように愛らしい。写真で見た「入神唯」と非常に似ている。
それは目の前の女には劣るが、この村の女全体に当てはまるのだから、異常である。
「……首を、絞めていたのですよ。夜伽中のあの子の首を、絞めて…」
「頭を殴って気絶させただけじゃ飽き足らず、人の行為中に耳を側立てていたのかい?趣味が悪いね、
「………!」
露骨に女の表情が変わった。治外法権と言われていたこの村の住人に、戸籍があるかはわからない。
だが少なくとも「入神」という苗字は存在する。
種子島がルーツとされているが、本当はこの島だろう。島の名前にもなっているくらいだ。
似ているにしてはあまりにそっくりなこの女に鎌をかけたが、やはり入神唯の血縁者か。
「…何故私が「入神」という苗字だとおわかりになったのですか?」
「君と似た少女を写真で見たことがある。理由は知らないが、捨て子だったそうだよ」
「………」
「わたしをこの状態にしたってことは、生かして帰す気はないんだろ?教え給えよ、
「………まぁ、いいでしょう。あなたは知り過ぎた上に、私たちの家族を傷つけた。特に後者は許されざる蛮行でありんす。『イリガミ様』の供物に致しましょう」
そうして語られ始めたのは、『イリガミ様』の話。
もとい、かつて絢爛の裏で暗い闇を抱えた遊女の、悲しき末路である。
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昔──とは言っても、今からおよそ100年以上前のこと。
近代化に伴って移転させられた、一つの遊郭があった。
美しい遊女たちが多いその遊郭は、同じ九州ではあれど、人が全くいない辺鄙な島へと移された。これには女たちも戸惑ったが、そこには大きな裏があったのである。
まず島に人が住める程度には、最低限の要素があったこと。
そして遊郭のトップに当たる楼主が、政治に関わる人間と
ちなみに「楼主」とは、現代で言う経営者のことを指す。
例えば「明治維新」の成立に多大な功績を残した西郷隆盛、大久保利通は、薩摩藩の下級武士の出身だった。
さらに、政治に携わる人間の中でも当時は九州、あるいはそこに近い地域の出が多かった。
ゆえに楼主は、移転させた遊郭を政治関係者の
露伴が気づかなかったのも、造りが通常の遊郭とは違い、旅館に似せていたことに理由がある。中を隠されるように作られた島の構造も、その名残だ。
また、それに伴い遊郭で働く
然して遊女たちは、知らずともよい国の裏の部分を知ることになってしまった。
そして時が流れ遊郭が廃止の流れになる中、
その中には数人、腹の膨れた女もいた。
青い海と澄み渡る空のすぐ側で、女たちを温かい血潮が包む。
それは隣で斬られていった、他の遊女たちの鮮血であったのかもしれない。
次々と殺されていく中、一人の腹の膨れた女もまた、殺されようとした。
────腹の子供
だが、現実は非情だった。
男の一太刀は女の首を刎ね、次の一太刀は女の腹の子もろとも切り裂いた。
女は宙を舞った首のまま、その顔を子へと必死に伸ばした。
そして、
そのままでは子に当たって首が跳ね返ってしまうがゆえの、女の行動だった。離れてしまわぬように、歯を柔肌に食い込ませた。
最期に我が子に寄り添った女の顔は、憎しみと愛情をごちゃ混ぜにした、壮絶な形相だったという。
そして────
畳に転がった女の死体の影が蠢き、その姿を変貌させる。
影は
それは本体の死後に発動したスタンド、『ノトーリアス・B・I・G』と似ている。
恨みを糧に発動したこの能力は強力なものであったが、
スタンドでは間違いないのだろう。
しかし伝承の「犬神」と似た末路を辿り生まれた能力が、果たして絶対的なスタンドであるかと問われれば、疑問も残る。
これは後に岸辺露伴が遭遇することになる、調べてはならない【 】にも似ている。
スタンドであり、スタンドではない。
出会ってはいけない。知ってはならない。人が、踏み込んではならない領域にある
この事件から暫くして、他の者たちが女たちの暗殺に乗り出た。
その度に生まれていた赤子の影から“ソレ”が現れ、その者たちを殺していった。
以降その島は「神がおはす(
ただし地図に表記されることはなく、治外法権となった。
これは当時、その場にいた官僚が多数殺されてしまった影響が大きい。
だが社会で暮らす上で必要となる戸籍については、一部の人間限定で苗字と共に与えられた。
村の人間が言う「上の人」が、この人間たちに当たる。
そしてこの事件があったこともあり、本島の人間たちは入神島を「忌地」とし、その存在そのものを認識しないよう、また、させないように努めた。
何故ならあの島には、「イリガミ」がいるから。
イリガミは人の願いを叶える。しかし願いの裏には代償が必要となる。
願った分の代価を、イリガミが憑く人間は己の命で払うことになる。
またイリガミは
もし憑かれた人物が死んだ場合は、血の濃い者に優先して影の中に入る。
幾度と女たちの命を食らいながらも、それでもイリガミは存在し続け、そして女たちもそれに
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「この村は、そうして生まれたのです」
「…なるほどね」
川尻浩作の日記から、「犬」の存在が人に憑るスタンドではないかと考えていたが、概ね当たりだったようだ。
しかし能力については多少異なる部分もある。恐らくは最後に憑いていた人物──入神唯の死が起因して、変質したのかもしれない。
この無闇と思われる根拠も、やはり日記によるものである。
「君、『入神唯』を知らないかい?」
「……それは、カカ様のネネ様の娘。でも、死んだはずよ」
「死んだ?」
曰くそのネネ様は、この村で禁じられている客への恋に、身を落としてしまったらしい。
だが当時イリガミ様が憑いていた彼女は村から出ることを許されず、腹に子を抱えたまま精神を病んでいった。
そしてある日、生まれたばかりの赤子を抱いて、村一番の高台から飛び降りた。
「…そうか。ネネ様は赤子の命が惜しくなって救ったのね。だから、ネネ様が死んだ後イリガミ様は……」
「この村からいなくなった、かな」
「……お前は、唯の居場所を知っているんですね」
「知っているさ、ほら」
不自由な手を使い、頭上を指差す。すると女はキョトンとした顔をし、入神唯が死んでいることを理解した瞬間、手を伸ばしてわたしの肩を掴んだ。柵の隙間に入るほど細くて、かわいらしい……………じゃなくて。
ようやく起こした身体が、激しく揺さぶられる。
「い、イリガミ様ッ!!イリガミ様は、イリガミ様はどこ!!?」
「イリガミはもういないよ」
イリガミではない。いるのはさらに変質した「影犬」だけだ。
息を荒くしていた女は、徐に手を離す。真っ黒な目が、ドロドロと溶けるように深い闇を覗かせる。やはりコミュニケーションは大事だと思うんだ。ずっと島に引きこもっていては、人間の感性が歪んで育ってしまうだろ。
女は鍵を開けると、出るよう命令する。
大人しく出ればこちらの後ろに立ち、壁に立てかけておいたらしい薙刀を向けた。
「歩きなさい。お前を捧げてやる」
「…おやおや、おやおやおや」
道の左右には自分が入っていたものと同じ牢がいくつもあり、その中では子供や大人など、大小様々な男たちが鎖付きで入れられている。
連中は何も身に纏っていない。なるほどなぁ…
ついでに汲み取り式の意味も理解したが、わたしは何も見ていない。
薬を飲んでいないせいか、頭が少しハッピーになっている。
「さながら犬というわけだ。目が空だけど、あれ精神が死んでないかい?」
「あれはただの供物です」
「いや、聞いてることが違うんだが」
村人が男という存在を嫌う以前に無関心であるのは、話している間にわかった。
人によるが、どうにも村の男を自分たちと同じ人間として見ていない。言葉にするなら、「
まぁ、イリガミが生まれた話を聞けば納得もいく。
彼女たちは男を
そう考えると、わたしたちは
でなければもっと嫌悪か、無視されるぐらいのリアクションをされていなければおかしい。
また、外の人間に友好的な態度を取っていたことも理由があるとみていい。
内側の交配だけでは疾患が多くなる。だから外の
やたらベタベタしていたのは、夜に誘いやすくするためだ。
その点あの小僧は避けていたので、女連中も上手い口実を作れなかったに違いない。
言葉についても話ができなければ、誘うことができない。
それに加えてまともな教育をさせず、外部の情報を取り入れさせないのも、女たちを村に依存させやすくするためだ。
それ以前に戸籍がないのだから、外で暮らすのは難しい。
まぁ、そうなると、あの老人もグルということになる。
「行方不明者が二名。事件にならないはずがないと思わないかい?すでにイリガミの加護がないとわかっているのなら、尚更」
「イリガミ様はいます。供物を捧げればいらっしゃいます。きっと、今度こそ」
……話にならないか。
後ろのかすかな明かりを頼りに時折転びそうになりながら、地上に繋がる不揃いな石段を上がること少し。
見えてきた外の景色はすでに暗い。星が綺麗だ。
「そう言えば男と言っても、あの老人は信用しているのだね。娘たちに言葉を教えているって言うじゃないか」
「……あの方は違いますよ」
女の雰囲気が変わった。その表情を言葉にするには難しい。
愛おしさか?あるいは……虚しさ、だろうか。
ここの女連中の意識が変わるほどのことを、あの老人は為したのだ。
「お前に言う義理はない。少なくとも、イリガミ様の供物になるお前には。イリガミ様ではなく、
その言葉が耳を掠めた直後、わたしは一歩、洞窟の外へ出た。
「ヘブンズ・ドアー」
瞬間、女の身体が本になる。
横に息を潜めていたらしい男の隣には、
青年が何を言いたいか、聞かれずともわかる。
「色々と話を聞かせてもらおうじゃあないか、吉良吉影」
あぁ早く、我が家に帰りたい。