転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
長い乗り物旅を経て、吉良は杜王駅に戻ってきた。
睡眠薬でぐっすり朝まで熟睡さ、な男はホテルの部屋に捨てて行った。そして自分だけさっさとフェリーや新幹線、電車を乗り継いで帰った。
漫画家が寝てからのことは後で教えればいいだろう、という考えである。
そもそもあちらは飛行機での帰りなので、残りの日数は向こうで過ごさなければならない。
とにかく吉良は一分一秒でも早く家に帰りたかった。
さらに台風が近づいていたので、ことさら船が運休する前に乗りたかった。
帰りの道中では仕事の件で出版社に立ち寄った。それから一旦ビジネスホテルに泊まり、杜王町に着いたのは翌日の夕方ごろ。
ホテルには泉を呼んだので多少は眠れている。
「ちょっと老けました?」と彼女に言われ、思わず舌打ちが漏れたが。
「…ん?」
サラリーマンの帰宅ラッシュを眺めていた吉良はふと、人だかりの中心に目を留めた。
ある人物はその光景に気づくと足を止め、またある人物はチラリと見ただけで足早に去っていく。
人の視線を集める正体は、血まみれの男だった。
髪は染めているのか否か、白黒混交した髪をオールバックにしている。その一部はひどく乱れていた。
満身創痍な様子だが男の顔は無表情で、何を考えているのか側からだと分からない。
「おやおや…昔会った時と髪型が変わっているが、川尻くんかな?」
「………」
今まさにタクシーを呼び止めた吉良の目と、無機質な瞳がかち合う。
川尻はそのまま彼に近づくと、相手を押し込み自身も中に入った。
「病院に行った方がいいんじゃないかい、それ」
「オレ今、知らない人間に追われていて…助けてくれませんか?」
「そうなのかい? だったら病院に……」
「病院は……ちょっと苦手で。匿ってもらえると、助かるんですが…」
「別に構わないが………何故わたしの家なんだい?」
川尻の中に入っている影犬と吉良は、今回初めて対面した。
その時不意にスンと、鼻を鳴らす音が聞こえた。吉良が音の出所を探れば、川尻の影から真っ黒な犬の鼻が突き出ている。それが匂いを嗅ぐたびに、鼻先の部分が動く。
(──なるほど。川尻浩作の部屋に残っていたわたしの匂いと同じだと気づかれたわけか)
川尻ではなく影の方が匂いを嗅いでいるということは、本体の方に関しては普通の人間と機能は変わらないのだろう。
ただし吉良が川尻の周囲を調べていることに、この犬はすでに勘づいているはずだ。
つまり、この状況は吉良にとって危険な状況である。向こうは自分の秘密を探る存在を始末しようとするに違いない。
「オレと、同じ匂いがするからですかね」
「同じ匂い?」
「
「おやおや、猫が嫌いなのか? 私は世間一般で言う『イヌ派かネコ派か』問題に対して、「どちらかと言えばネコ派」と答える人間だからね。猫嫌いな君は犬派かな? これでは旧知の中であれど、道を分つしかないな。犬猿の仲になるしかない──いや、この場合なら「
「どうでもいいので、さっさと行ってもらっていいですか?」
「だが断る………と言いたいが、生憎これはわたしの台詞じゃあない。断ったらその犬が怖そうだし……運転手、わたしの家まで頼む。住所は…」
恐らくスタンド使いであることはバレている。影犬は人間ではない。
ゆえに、感覚的に誰がスタンド使いなのかがわかるのだろう。
吉良が影から出た犬を見た時も、影犬の警戒心は変わらなかった。
普通スタンドが見えた時点で、「スタンド使いはスタンド使いにしか見えない」という性質を知っているなら、警戒するだろう。
知っている場合は途中から警戒しなかった理由がつかず、知らない場合でも最初から警戒されていたことに説明がつかない。
そもそも吉良も後から気づいたが、『影犬』は一般人にも見えるらしい。
ルームミラーに映った運転手の顔が青ざめていた。男の視線はちょうど川尻の足元に固定されていて、影から出た犬に向いている。
その確証が強まった瞬間である。
「…!」
タクシーが発車した際、吉良は路地裏から大通りに出てきた凸凹コンビの姿を見つけた。空条承太郎と広瀬康一である。
二人は周囲を見渡し、何かを──いや、誰かを探している。
どうやら彼らは影犬の正体にたどり着いていたようだ。
やはり「運命」というものなのだろう。
そしてその運命は今川尻浩作と出会ってしまったことで、吉良にも降りかかっている。
──大人しくしていればよかったか。
いや、承太郎たちも詳しい『影犬』の情報は知らないはずだ。
「人に憑る」という性質を知らなければ、犬を取り逃してしまう可能性が高い。それは吉良の望むところではない。
確実に「殺した」という事実が欲しい。スタンド使いが集いやすい奇妙なこの町の性質上、影犬がこの町から出て行かない可能性があるからこそ、自分の手で始末し、ぐっすりと眠りたい。
普通に、植物のように平穏に暮らしたい。それが今の吉良の原動力であり、逆に言えばそれしか生きる理由がない。
けれど、それでも生きていく。
それが「吉良吉影」という男。
死神に愛され、他人に不幸を振りまきながら自分も闇の中で生きている、滑稽な男である。
「笑ってるんですか?」
「あぁ、笑っているよ。偶にどうも、無性におかしくなってしまうことがあってね。自分でもどうしようもないんだ」
「おかしくなる理由があるんですか?」
「あるよ。自分がおかしいのさ。普通に生きたいにも関わらず、中々平穏を得られない自分が愉快でね」
「そうなんですか」
「………」
非日常に巻き込まれた運転手が完全に沈黙する中、タクシーはアスファルトの道を一定の速度で進む。
その時ふいに、川尻が口を開いた。
「
「わたしの願い? まぁそうだね。ただ自分で叶えるから、別に誰かの手を借りることはないかな」
「そうですか」
「あぁでも、あるにはあるよ…おっと、愛しの我が家に着いたようだ」
タクシーの中で影犬には、家に連れて行かなければ殺す──という、暗たる黒い意思があった。
それを読み取り、吉良は家に招くことを選んだ。
「先に怪我の治療をした方がいいね。にしても本当に血まみれだな」
玄関を閉じ、吉良は靴を脱いで上がった川尻を見る。
犬が吉良の願いを聞いてきたということはつまり、新しく隠れるための宿主を探しているのだろう。
(しかしなぜわたしを選んだんだ…?)
承太郎たちに正体がバレた時点で川尻の肉体を捨て、逃げることもできたはずだ。そして他の人間に憑いてしまえばいい。
だが今の影犬はそれをしていない。
考えられるのは川尻浩作の肉体から逃れられなくなった可能性だ。
元々犬は人の願いの末に何度も変質してきた。
そうしてまた変化した結果、出られなくなったのかもしれない。
あるいはもっと単純に、影犬の波長に合う・合わないということなのか。
その点、吉良は川尻浩作に妙なシンパシーを抱いている。
殺人鬼のサガとかそういったものを抜きにして、「コイツは自分に似ているな」と本能的に感じた。
だからこそ影犬は吉良を選んだのかもしれない。
「それで「願い」ってなんですか、吉良さん」
吉良は玄関に向いていた身体を川尻に向ける。
何でも願いが叶う。それは果たして、死者を蘇らせることも可能なのだろうか?
少し乾いた、薄い唇が開く。その姿は逆光を受け、闇に包まれた。
「それはね────」
ただほの暗いシルエットの中で、その妖しい紫目だけは光っている。
まるで、猫のように。