転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
────人を殺してはならない。
何故、人を殺してはならないのだろうか。
人を殺したら罪になるからだろうか?
それとも被害者やその遺族が苦しむからだろうか?
それはいわゆる、人間が人間として育つ中で育まれる「道徳心」から来るのだろうか?
ならばその人に“殺す”以外の選択肢がない場合で、人を殺害したらどうなるのだろうか?
例えば目の前で妻や子供たちを無惨に殺され、復讐に駆られた男がいたとして。
それでも、人は人を殺してはいけないのだろうか?
そもそも人は社会の中で生きていて、その中には「殺人」を罰する法がある。
殺人を罰する考えは今に始まったことではない。
現代は秩序を乱すために殺人を禁じているが、かつては「道徳」と「法」は同居していた。
宗教を基盤とした独自の法が一般的だった時代では、殺人は人倫や神の秩序を乱す行為として厳しく罰せられた。
近代はその二者は分離して存在する。
法があり、その上を人の道徳が飛び交う。
また、何故「人を殺してはならないのか?」という疑問が生まれるかについても考えてみよう。
「殺人」という行動を抑圧させているのは「法」だ。
人を殺したら捕まる、だから殺さない。
その抑圧を越えてしまった時こそ、人は人を殺す。
しかし不思議なことに、現代ではテレビや小説で人殺しのシーンが多く見られる。
これはきっと、人が感じる死の重みが昔と違うからだろう。
戦時中ならともかく衛生環境もよくなり医療も発達して、人の寿命が伸びた。
時代は平和で、死が人びとにとって遠い存在となった。
だからこそ一種のスリルを求める気持ちが生まれ、それがテレビや小説などの人殺しのシーンと結びついたのかもしれない。
さらに今は個人の「自由」な社会化が進んでいる。
タブー視される「殺人」という行為も、
そうして実際に人殺しが起こった時のためにも、法とはやはり必要不可欠だ。
人は「道徳」や「法」、「社会的存在」などに板挟みにされ、抑圧されている。
この世には、「誰かを殺したい」と思わない人間がいるだろうか? いや、いないだろう。
ゆえに人は欲望を抑圧するための道徳意識を刷り込んで、法制度を敷いて、己の理性を保っている。
自制心は高い知能を持つ人間の特権だ。
これらを踏まえて考えると、人は徐々に「人間」という生き物になるのかもしれない。
そうなると子供はまだ完全な「人間」とは言えない。
何せまだ、十分な倫理観が育っていないのだ。
だからこそ平然とダンゴムシを足で潰し、アリの巣に水を入れ、無邪気に笑っていることができる。
大人はそんな子供の行動を残虐だと思えども、基本は虫に同情などしない。
大抵は親からすれば虫は気色悪く感じるだろうし、すき好んで触りたくもない存在だからだ。
あくまで「殺し」の倫理は、人間や、彼らと関わりのある家畜やペットであるからこそ働く。
たとえ自分と関係のない存在が殺されたと知って嘆くことがあっても、その感情は少し経てば別の物事に意識を取られ、あっという間に消えてしまうだろう。
ならばである。
人を殺す行為に何の躊躇いもなく、罪悪感さえ抱かない「吉良吉影」という男は、「人間」なのだろうか。
真っ当な倫理観を持ちながら、人殺しには何の感慨も抱かない。そんな矛盾した男を「人間」と呼んでいいのだろうか。
彼は母親から受けた虐待同然の過去があり、さらに歪むべき人生を送ってしまっただけで、中身は「人間」である?
否────。
それこそ、その考えこそ「倫理観」が問われる問題だった。
ユダヤ人虐殺を行った彼の男を、本当に「人間」と言っていいのだろうか?
ホラー映画のモデルにもなったピエロのシリアルキラーを、「人間」と言っていいのだろうか?
他にも洞窟に隠れながら長年にわたり人間を襲っていた食人鬼の集団や、神経ガスの一種が地下鉄にまかれた事件の首謀者たる人物を、「人間」と言っていいのだろうか? 本当に?
彼らのなした非道を詳しく知れば知るほど、「彼らは人間ではない」と思うはずだ。
彼らの悲惨な過去を踏まえても、お釣りがあまりすぎるくらいには「悪の所業」がかわいそうな過去を上回る。
では
彼は、本当に「人間」であるのか?
真っ向から否定してももちろん構わない。
所詮彼は血に飢えた「鬼」だ。人を殺し、そしてその快楽でしか生きることができない。
だがそんな男を杉本鈴美は「人間」として愛した。
そして彼もまた彼女の「愛」によって、まだ人の皮を崩さずにいる。
ならばその「愛」に敬意を称して、こう呼ぶことにしよう。
────吉良吉影は、「人間」である。
⚪︎⚪︎⚪︎
「それはね────
────貴様を殺すことだよ、犬畜生」
そう吉良が呟きキラークイーンが出現したのと、犬が影から出現したのは同時だった。
彼は既に、
脅された風を装って山中まで運転する。この時キラークイーンで川尻の手をそれっぽく動かし、指紋をつけることを忘れない。
服についてはフード付きの服を自身のスタンドに着せる。ついでに包丁を持たし、俯いた感じで助手席に乗せれば人間のように見える。暗さもあるから余計にわかりづらくなるだろう。
これで駅での一件や運転手の目撃情報があっても、脅されて──と、理由がつく。
話は大体こうだ。吉良は川尻に脅されて車を運転する。しかし山中でヘッドライトが運悪く切れ(無論爆破させて壊す)、横道の急斜面に車が横転するのだ。
車はそのまま落ちて行き、炎上(こちらも爆破する)。
命からがら爆発前に逃げた吉良は、そこで逃げて行く川尻を目撃したのを最後に倒れる。
重傷を負うだろうが、今後の平穏と引き換えなら安い。
観察眼のある承太郎たちがいるが、川尻浩作と戦っていた以上、敵だと認識しているはずだ。
最初は絶対に怪しまれるだろう。だからあえて最初は自分が完全に「白」だと主張する。
それから途中で「逃げるチャンスを作るために、車をわざと斜面に落とした」とでも言えばいい。
そうして自分が多少悪かったことを印象付けることで、相手に納得させる。
特に承太郎は吉良を「性質悪」ととらえているからこそ、有用な手段になる。
少しのボロも出せない作戦だ。
だがやるのだ。
「キラークイーン!」
吉良がスタンドを使い殴るモーションを取った瞬間。
「えっ?」
頓狂な声を出した吉良。川尻もまた驚きの表情をみせた。
いや、引っ張られたというより、一瞬にして移動したという方が正しい。
長い廊下の奥に、誰かいる。薄暗いせいでその人物が誰かはわからない。
この間、川尻が動かされてからほぼ一瞬の出来事である。
「まさかこんなところで出くわすとはなぁ……犬ッコロ!!」
その声に吉良は聞き覚えがあった。
なぜ我が家に──と彼が思ったのも束の間、激しいラッシュの音が響く。
犬は逃げる間もなく殴られ、玄関をブチ破り吹っ飛ばされた。
「玄関の戸が…」と呆然とする家主の横に、学生服を着たチンピラ二人が現れる。
「……不法侵入だろ、貴様ら…」
「え? ……あっ、これにはちゃんと理由があるんスよ!」
「写真のオヤジには許可ァ取ってんだぜェ? なっ、仗助」
何故幽霊の父の存在を知っているのか、吉良の眉間にさらに皺が寄っていく。
「それはジジイがなんか知り合い? だったみたいで……って、それより早く犬ッコロを倒さねぇと!」
「ジョースター氏が? ──あぁ、そうだ」
キラークイーンの親指がスイッチを押そうとする。
影犬が殴られた時、川尻にもそのダメージがフィードバックしていた。そのことから、川尻を消せば犬も始末できると判断できる。
ここに「人を殺してはダメだ」と、認識している二人がいることを吉良も理解している。
だがその上で今ここで殺さなければ、さらなる被害者が出る──と、建前上の理由を頭で考えた。
彼は知っていた。承太郎やジョセフと違い、仗助たちは誰かを殺したことがないということを。目を見ればわかる。
吉良自ら動いたのは自分の平穏のためもあったが、仗助たちが「殺せない」とわかっていたこともある。
仗助や康一は「人の命を奪う」行為をできないだろう。
対しジョセフは歳も考えて無理がある。承太郎は娘や仲間がいる中で、「殺し」の選択肢を取らないと判断した。
そしてもう少しで始末できるという時、
【ボク うまれ たい しにた く ない ママ ママ】
それはまるで幼い子供のような声だった。
ゆっくりと起き上がった犬は、一瞬のうちに影に沈む。日が沈んできた中で、闇に混ざったその姿がわからなくなった。
「……っ、あ」
吉良の意識が強制的にブラックアウトする。
彼が倒れる最中、自身の影が水面のように揺らぐのが見えた。
男二人の声がどんどん遠ざかって行く。
そしてついには、何も聞こえなくなった。
⚫︎⚫︎⚫︎
いつの間にか吉良の視界に広がっていたのは、途方もない暗闇。
周囲を探るように手を伸ばせば、壁と思わしき冷たい感触があった。
「………」
道には点々と、赤い跡が続いている。
吉良は一歩、足を踏み出した。
真っ黒な、一筋の血が指し示す世界へ。