転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
黒い世界に、点々と続く血の跡。
わたしは転ばないように気をつけながら、一歩ずつ進んだ。
長い廊下を歩き階段を上がっていくと、途中で血痕が途絶えた。
一寸先は闇の状況でおもむろに手を伸ばすと、キィと音を立てて扉が開く。
どうやら血痕は屋上に続いていたようだ。
吹き込んだ風に異様なまでの血生臭さを感じた。
空には無数の星が輝いている。
手を伸ばせば届いてしまいそうだ。
「……っ!」
何か足にぶつかったと思ったら、骸骨が転がっていた。いや、それだけだったらそこまで驚かないが、骸骨には胴体が繋がっていて、その体がどう見てもキラークイーンだった。
というか、この頭はシアーハートアタックの
違うのはピノキオのような長い鼻がなく、白骨化した人間と同じ逆V字型の穴があることか。
「………」
無言で通り過ぎると、仰向けで寝転がっていたキラーク……本当にキラークイーンだよな?ーーが腕を伸ばして、人の足をパンチしてきた。
「お前は猫じゃない」という気持ちを込めて睨むと、奴は渋々立ち上がり人の首に腕を絡ませる。
仗助やその他のスタンドを見たからこその感想だが、コイツらには距離感というものがない。
確実に猫としての自我を得つつあるコイツに、いったいわたしはどうすればいいというのか。
「というか、何故わたしの夢の中にお前が出てくるんだ?夢だからか……?」
そもそもわたしは何故夢の中にいるのだろうか。
確か川尻くんに取り憑いている犬を家に連れて行き、殺そうとして──、
『ニャー』
キラークイーンの腕がスルリと伸び、前方を指す。
血溜まりの中に転がっていたのは一人の幼児だ。歳は3、4歳であろうか。髪は黒く着物を着ていて、顔は人形のようだ。
入神島の女たちと容姿が酷似している。
中性的でわかりにくいが、性別はおそらく男だ。
『ぎゃ あ がっ あ゛ ヤダッ い゛だぁ イダイ』
幼児は必死に地面に爪を立て、もがきながら前へ前へと逃げていた。
包丁で何度も刺される体からは血が面白いように噴き出ている。
対して子供を蹂躙している存在もおどろおどろしい姿をしている。
顔には赤黒いタオルがこびりついていて、激しく動いても取れる様子がない。
身体は特に腹の部分がミンチのようにグチャグチャになっている。
あきらかに刺し傷によるものだ。
紛うことなき
あの傷はわたしがかつて夢の中で刺してつけたものだ。
奴はまるで食肉加工する精密機械のように、淡々と子供を刺し続ける。
『ニャー』
相変わらず同じ三文字しか話さぬキラークイーンは、もう一方のわたしに近づくと頭に触れて爆破させた。
首なしになったソイツは包丁を落とし、地面に倒れる。
アレがわたしと理解しているはずなのに躊躇いなく殺したんだが?正気かお前。
『ニャー』
こっちに来いとのことなので、仕方なく犬の方へ近づいた。途中、邪魔になった首なしの方は蹴り飛ばした。
「コイツは…」
あぁ、ようやく思い出してきた。自分が倒れた時の状況を。
東方仗助と虹村億泰は理由が何であれ不法侵入で訴えてやるとして、問題はその後。
犬がわたしの影に侵入したのだ。
そして取り憑くために願いを言わせようとしたが、もう一方のわたしによって反撃を受けた────と。
正直言って、あのわたしとは自分でも対話できない。
この夢は所詮夢でしかないが、わたしの精神ともリンクしている。殺すことに取り憑かれたあの自分は、だからこそ「
猫化が見るに耐えないキラークイーンもまた、わたしの精神が具現化されたものだからここにいるのだろう(だからって自分が猫っぽいとは認めない、絶対に)。
「影犬………いや、あえて「イリガミ」と言った方がいいのか?」
『いたい いたいよぉ いたい…』
「あの首なしに願いを聞こうとしたのか?残念だがアレと対話を望むのは不可能だよ。アレはわたしの人生に永劫まとわりつく“枷”なのだから」
『おねがい いのって…ボクに いのって…』
「そう言えば君、何で子供の格好をしているんだ?犬じゃなかったのか?まぁ犬神伝承と混じったのか、それとは全く違う
結局この存在について、正解を見出すのは難しいのだろう。
しかしそれでもこれが男児の姿であるのと、自分が意識を失う前に聞いた「うまれたい」の言葉の裏には、確かな意味がある。
てっきりイリガミとは腹の膨れた遊女が殺され、その女の恨みから生まれたものなのかと思っていたが、違った。
コレは、女の腹の中にいた赤子だ。
生まれることなく殺され、外の世界を知ることができなかった子供。
そう考えれば入神島の「玄関が家の裏にある」という風習の見方が少し変わる。
イリガミは前から入り、女たちは後ろから入る。
解釈の仕方でこれは「
また、イリガミが村の女にしか取り憑かなかった理由も分かった。
「
はじめは別の女の腹の赤ん坊に憑いたというが、結局生まれてもイリガミ自身が生まれることはない。
すでに、その本体は死んでいるのだから。
この事実を村の女は知っているのだろうか?
いや、知らないだろう。
そもそも村の女たちはイリガミを「神」として認識している。伝承を伝え聞く入神家の人間も、イリガミの元の正体は「殺された遊女」と考えている。
ある意味村から出ることのできなかったイリガミが解放されたのは、皮肉だったのかもしれない。
生まれたいが、すでに死んでいる。犬は生きる喜びも、死ぬ虚しさも知ることができない。
結局、死んだ存在が生まれることなどできないんだ。
その矛盾を抱え、ずっと他人の願いを叶え続ける。自分の願いは永久に叶うことがないというのにな。
哀れだ、と思う心はない。残念ながら。
「自分の願いを叶えようとは思わないのか、君?」
『……そんなことしたら ボクは ボクじゃなくなる ボクは「ねがいをかなえる」そんざい それいがいにはなれない』
「おやおや、長いこと存在しているのに、消滅を恐れて試したこともないのかい?」
『ボク しにたく ない』
「………ッハ!笑わせる」
生まれてもいない奴が、死にたくないだと?
人間の命を奪ったこともある奴が、「死にたくない」とほざく矛盾を理解していないのか?
「この畜生がッ……生きる苦しみを知らない貴様が、「生きたい」だの「死にたくない」だの、偉そうな口を利くなよ!!」
途端に犬の目から涙がこぼれて、わんわん泣き出した。ついでに頭から黒い耳が生え、着物を押し上げるようにして尻尾も生えた。さっさと殺そう。
『うわぁぁん……!! ひどい ひどいよぉ…!!』
「キラークイーン、殺れ」
すると相棒は「正気かコイツ…?」と言いたげな眼差しを送ってきた。いや、骸骨なので目玉はないんだが。
そもそもお前だって、もう一人のわたしの首をふっ飛ばしていただろうが。
『…ボク いのる』
そう呟いた犬畜生。
まずい──と思ったのも束の間、奴はヤケにすっきりとした表情を浮かべた。
『ヒトは よく わからない でもいきればきっと ボクもわかる きえちゃったらこわい でも ボク いのるよ』
「キラークイーン!始末しろ!!」
本体の命令を無視し、いよいよ絶対零度の視線を送る我がスタンドに諦め、転がっていた包丁で犬畜生の首を刎ねた。
予想以上に簡単に切れた首はそのまま吹っ飛び、建物の外へ落ちる。
慌てて下を覗けば、首は赤い海の中に沈んでいく。覗いた瞬間に漂った匂いに、血生臭さの元凶はこれかと思い至った。
「………気色の悪い奴め」
犬畜生は首だけでありながら、最後に笑っていた。
自分の冒した現状が、犬神の作り方と類似していることに気づき冷や汗が流れたが、もうどうにもならない。
川尻浩作に憑いた状態で始末できなかった時点で、詰みだったのだ。
振り返った時には、犬の首から下の部分も消えていた。
胸の内につっかえていた奇妙な感覚も消えたので、わたしから離れたのだろう。
現実で影犬を爆破すれば、取り憑かれた自分に傷がフィードバックされる可能性が高かったため、精神世界で消せたのは幸いだったか。
「本当に…疲れた」
しかし奴が願いを叶える存在なら、そうだな。
「願わくば二度とわたしの前に現れるな。わたしの──平穏のために」
相棒はこの時も『ニャー』と鳴き、毛づくろいを始めた。やめろ。