転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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68話 一億年と二千年前からスタンバってました

 吉良は走った。

 

 かの邪智暴虐の王に激怒し、友人のため走ったメロスのごとく。

 

 しかしこの男にメロスのような正義に満ちた心は全くと言っていいほどない。

 

 

 

 彼はまず人目を盗み、病室を抜け出した。

 

 そしてトイレにいた中年の男をキラークイーンで気絶させ、個室に引きずり込みスーツと現金を奪った。

 

 病院服は消し炭にして、内側からスタンドでカギをかければ完璧である。

 

 いずれバレるが、病院を出る時間さえ稼げればいい。

 

 

 髪は撫で付けてオールバックにした。

 

 染める暇がなかったその髪はすっかり地毛の色に戻っている。

 

 鏡に映った顔はブラック企業に勤めているサラリーマンのような。

 お世辞にもいいとは言えない。

 

 スーツは背丈こそ合っているが丈が短く、かなりぶかついていた。

 

 

 

 それから病院を出た吉良はタクシーに乗り込んだ。

 

 病院の中は堂々と歩いていればバレることはなかった。

 

 こういうのは大抵、こそこそとするから怪しまれるのだ。

 

 それと、髪を上げると大きく印象が変わるのもバレなかった理由だろう。

 

 

 

 

 

 そして「オーソン」で下ろしてもらった男は、コンビニと薬屋の間にあるその場所を見つめた。

 

 普通はこの場所に道などない。

 

 しかし時折、ここに小道が現れる。

 

 入ったら最後、二度と出て来ることは叶わない──というのが、この『振り返ってはいけない小道』の噂話である。

 

 

「………」

 

 

 彼の視界にある、一つの小道。

 

 

 吉良はその場所へ一歩足を踏み入れ、駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

「ゲホッ、ゴホッ!!」

 

 

 走り続けたせいで呼吸がまともにできない。

 

 それだけでなく、走りに適していない服で探し回った結果靴ズレを起こした。

 オマケに脱水症状が重なって、身体を起こすのも難しい。

 

 現状のわたしは、電柱に背を預けて座り込んでいる。

 

 この小道は走れども走れども、気付けば同じ場所に戻ってしまう。

 

 

「ここに来ていたのは確か広瀬康一と…そのカノジョだったか?」

 

 

 仗助は説明の中で「幽霊の女がいた」とは言わなかった。

 わたしが病院を抜け出し、ここに来てしまうと分かっていたから伏せていたんだろう。

 

 広瀬康一とその彼女がこの場へ来た時も、わたしと同じように迷ったはずだ。

 その上で抜け出せたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 そもそも噂にあるとおり出られないのなら、『小道』の噂が広まるわけがない。

 

「一時間以上、迷っているんだが……」

 

 わたしが探しているから出てきてくれないのか?母親とはぐれて泣きわめく子供のようにしていればいいのか?

 

 生憎泣こうと思って泣けるタイプじゃない。両親の葬儀の時も、こっそり目薬を使ったというのに。

 

 

「鈴美、鈴美、れいみ……」

 

 

 お願いだ、出てきてくれ。ここにいるのなら………。ぼくは、君に会わなきゃ。

 

 

 頭の中が支離滅裂とし出した。それでも立ち上がる。

 もし今犬畜生がいたなら、彼女に会わせてくれ、と喜んで願っただろう。

 

 性悪な部分があったといえど、彼氏が精神的にも肉体的にも疲労困憊になるまで出てこないのはおかしい。

 

 わたしの何かが悪いのか?霊感があるから見えないのか?生きているから見えないのか?

 

 

 だったら、死ねばいいのか?

 

 

「……!!」

 

 

 不意に背後から伸びた両手が、わたしの視界を覆った。

 

 幽霊に感触があるのかは知らない。だが冷たい感触がする。正しく死人、とでもいうのか。

 一瞬目に入ったか細い手首に完全に目が奪われた。頭がクラクラする。

 

『ふふ、だーれだ』

 

「……わたし、子供の頃、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」ってありますよね」

 

『えっ?』

 

 

 後ろから「急に何を言ってるんだコイツ?」というニュアンスを含んだ声が上がる。

 

 わたしの理想は女の美しい、手の部分“だけ”を切り取ったもの。

 

 ()()()()()がこの上なく愛らしく、こちらを享受するしかできない様に劣情を感じざるを得ない。

 

 

 我ながら自分の性癖がやばいと感じるが、広い目で見ればそういう人間は意外といる。

 

 例えば性欲は人をダメにする──と言っていた宮沢賢治は、春画コレクターだったらしい。

 

 “神童”と謳われたモーツァルトも恋人への手紙に下ネタを書くような男だったそうだし、かのナポレオンも匂いフェチだったとか。

 

 あの偉大なるレオナルド・ダ・ヴィンチも同性愛の容疑をかけられたどころか、生涯にわたって女の気配が少なく、割と本気で同性愛者の可能性があったのだ。

 

 歴史の、それも偉人たちが突出した性癖エピソードを持っているんだ。

 

 わたしの手フェチもかわいいものだろう。多分。

 

 

「小学生の頃、図書館で画集を見たんですがね。膝に置かれたあのふっくらとした手が、とても綺麗で。手の部分だけ置いておきたかったんですけど、母の目が怖かったから、買ってもらった画集をこっそり眺めてました」

 

『う、うん?それは……初めて聞いたけど…』

 

「えぇ、話したことがないから当然ですよ。むしろこんなことを他の人間に話したら正気を疑われる」

 

 それで、と付け加える。

 

 

 

「初めて見た時、その…フフ、下品なんですけど────「勃起」しちゃいましてね」

 

『……ぼ、ぼ、簿記…?』

 

「書く方じゃあない。わざわざわたしがこれを話した意味、わかりますよね?」

 

『へえっ!?じゃあ、今………ッ!!』

 

 視界を覆っていた手が、ゆっくり離れた。

 後ろを向けば、顔を真っ赤にし女が視線を彷徨わせた後、人のスラックスを凝視する。

「なんだ嘘か…」と、少しガッカリした声が聞こえた。

 

 幽霊の女が動く度に、その()()()の髪が揺れ動く。

 

 

 

「それで、何故あなたがここにいるんだ、()()()

 

 

 

 佐藤は気まずげに視線を逸らした。本当に何故コイツがいるんだ。成仏したんじゃなかったのか?

 

 実績のある強制成仏(爆破)の手段があるから、さっさと消すことはできる。

 しかしこの世に残っているからには、何か未練があるのだろう。消すのはそれを知ってからでも遅くない。

 

『あ、あはは。本当に吉良くんだぁ…』

 

「おいおい、逃げるなよ。あなたの大好きなわたしだぞ?」

 

 

 素手では触れないので、キラークイーン──精神エネルギーである「スタンド」は人間の魂、即ち精神の塊である幽霊にも触れることができるのは実践済み──で、奴を引き寄せた。

 こういう時は普通に動く我がスタンドだ。気まぐれすぎる。

 

 当の保健医は見えない存在に手を引っ張られ、首を傾げていた。

 

「貴様、人がずっと探し回っていたというのに、高みの見物をしていたわけか? ()()()()だったらかわいいイタズラだと許せたが、貴様なら別だ」

 

『だ、だって』

 

「だってもクソもない、この変態が」

 

『吉良くんがそれを言うの…?さっきの自分の発言を思い出してみてよ』

 

 すでにキラークイーンで爆弾化させた。あとは爆破して成仏させるだけだ。

 不穏な空気を察知した女が、慌てて声をあげる。

 

 

『わ、私より、歳上になってたから!!』

 

「それで…姿を見せなかったのか?貴様が死んでから15年以上経ってるんだ、当たり前だろ」

 

『当たり前のことでも、実際に目にするのとじゃ違うわよ……』

 

「あぁ、そうか。少年趣味のあなたでは今のわたしだと物足りないか。きっとあの世には少年がたくさんいるだろうね。さようなら」

 

『ま、待って待って!伝えたいことがあったから呼んだの!!』

 

 どうやら広瀬康一が現れる前から、彼女は人が来るのを待っていたそうだ。

 

 だが、迷い込む人間は滅多に現れなかった。

 

 

『というか、基本的に怖がられちゃってね。だから隠れて脱出の仕方を教えるしかなくて………随分と時間がかかっちゃったのよ』

 

 

 保健医がこの小道に縛られる前は浮遊霊だったらしい。

 

 その姿は水死体だったそうで、自我もなかったと。

 

 

 ちなみに水死──ドザエモンとも呼ばれる遺体は、腐敗過程がグロテスクそのものであり、たとえどんな美男美女であろうがバケモノへに成り果てる。

 

 かつては入水がロマンチックに取り扱われ、男女で海や川に身を投げる者たちが多かった。

 しかし結末は不気味な変身にしかならない。カフカのようにな。

 

「あなたのことだ、どうせ広瀬康一たちに会った時も猫を被ってたんだろ」

 

『うん。せっかくのチャンスだったんだもの』

 

「そうかい。で、いい加減用件を言え」

 

 

 当時の記憶が喉から迫り上がってきて、吐き気がする。

 

『その前に、少しいい?』

 

「ダメだ」

 

『大人気ないな、君。ここは年下に譲りなさいよ』

 

「ッハ、生きてたらアラフィフも寸前だったあなたが何を言っている」

 

 しかし結局、この女が三十路前で死んだのは事実だ。

 

 10年以上この世に留まっている父の姿を見ているからこそ、死者が年月の感覚に鈍くなることを知っている。

 

 

『アンジェロくんは、どうなったの?』

 

()()()()()ということは、「死んだ」と考えているのか?」

 

『復讐…したのよね?そこまで愛されていたなんて、知らなかったけど……。君が殺していないのは、目を見ればわかる。まだ堕ちてないのが正直驚きだったわ。生死については、まだ確証がないから半々ってところ』

 

 あぁ、鈴美を失った元の元凶は結局、この女の死で片桐のトリガーが引かれたからだ。

 渦巻く黒い感情が爪に直結する。聞こえる話し声が段々と、耳から遠ざかっていった。

 

「佐藤安希恵」

 

『…は、はい』

 

「黙れ」

 

 死んでも尚、この女はわたしの地雷を踏み抜く気か。やはりさっさと消すべきだった。

 

『……そっか、やっぱり………ごめんね』

 

「………」

 

 無言で、キラークイーンのスイッチに手を伸ばす。

 帰れぬ場合はここでくたばっていれば、いずれ行方不明になったわたしに気づき、誰かが来るだろう。

 

 というか影犬が重清少年を追いここに迷い込んだと聞いたが、殺された少年はともかく犬自身は出る方法がなかったはずだ。……となると、この女が脱出を手引きしたのか?

 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 寸前のところで、手が止まった。視界が異様に明滅する。

 何も考えるな。嘘つきの女の言葉など、聞く耳を持つ方が愚かだろ。

 

『海で漂っている時に見たの。いつも崖にいる女の子がいてね。寂しそうに海を眺めていたの』

 

「………」

 

『だから、行って。今も待っているあの子の元へ』

 

「……ッ、誰が、そんなことを信じると…」

 

『じゃあ、あの場所であの子が待っていないから、行かないで』

 

 もしその言葉が本当だとしても、この女が言う義理はないだろ。姉弟揃って人の人生をかき乱したクセに、何を、何を今更。

 

 どうしてぼくの心をかき乱すんだ。どうして……、

 

 

『ここにいるとね、死んだ者の魂がたくさん通るのよ。幸せそうな者からこの世に悔いを残して去っていく者。本当に…たくさんね。そんな場所にずっといると、不思議とこんな私でも思ってくるのよ。「幸せ」って、なんだろうなって。死んだ人間の表情を見るとどうしても考えてしまう』

 

 

 彼女は自身の死に方に悔いはないらしい。

 わたしに殺されて死ぬのが一番良かったが、海に身を投げた死に方も悪くなかったという。

 

『結局死んでしまえばみな同じだもの。だからこそ──「死」を享受する存在だからこそ、「生」きていた頃の価値について考えてしまう。人の人生に差ができるのは結局、その人が「幸福」だったか否かなの』

 

「だからあなたの行動は、わたしの「幸福」に繋がると思って言ってるのか?…笑わせる、人の人生を乱しておいて」

 

『私が乱さずとも乱れたわよ、君は。そして君といたあの子もまた、別の形で命を亡くしていたに違いないわ』

 

「………」

 

『そこは否定……しなくちゃダメよ』

 

「………知ってるさ。結局わたしという存在と関わっていなければ、鈴美も……あなたも、平穏に暮らせていただろう」

 

 

 初めからわたしが、「吉良吉影」という存在がいなければ、この物語はハッピーエンドだったに違いない。

 

 とことん上手く生きられないのだ。そんな自分を哀れとも思えず、ただただ、滑稽だと感じる。

 

 

「いいですよ、貴様の妄言に付き合おうじゃないか。いなかったら、足が滑ったことにしますよ」

 

『……本当よ。自殺なんてしないでね』

 

「さてね。それはあなたの言葉の信憑性次第ですよ」

 

 彼女はわたしの手を引き、歩き出した。ここからの抜け方を教えるらしい。

「振り返ったらダメ」と言われた言葉に、この小道の名前の理由を理解した。

 

『後はここから、自分で行って。もう一度言うけど、抜けるまでは決して振り返らないでね』

 

「そうやってあなたは、犬も案内したのか」

 

『……仕方ないわよ。()()()()()()()()()()()だから』

 

 “存在”の否定は魂の形でしかない彼らにとって、重大な問題を引き起こすのだという。

 

 

「あぁそう言えば、最後に言い忘れたことがある」

 

『何?』

 

 後ろの声を聞きながら、郵便ポストまで歩いていく。彼女は小道に縛り続けられるのだろう、今後も。

 死を希求した女が幽霊として────「死」に続けている存在として、この世に残っているのは僥倖じゃないか。どうでもいいが…もう、あの女のことなど。

 

 

 

「ぼくの初恋はあなたでしたよ、佐藤先生」

 

 

 

 指定の場所を過ぎ振り返った時にはすでに道は閉ざされ、保健医の姿はなかった。

 

 一生そこで死んだことを悔やんでろ、バカな女め。

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