転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
普通の人間なら、この見た目と素顔のわたしが同一人物であると気づくのに時間を要するだろう。
流石は川尻早人といったところか。しかしこの褒め言葉は、できれば今はいらなかった。
固まったままの少年をよそに、その場から逃げ出す。
参ったな。この杜王町に留まっていること自体危険なのか。
この世界のわたしが「悪」だと分かった以上、「正義」側──東方仗助は敵関係ということになる。つまり向こうに助力は望めない。
今とるべき行動は、滞在場所を移すこと。そして「吉良吉影」と似つかぬ格好にすること。
今着ているのがこの世界の本人の私物であるから、余計にわかりやすかったのだ。
「ハァ、ハァ……!」
ダメだ、呼吸が整わない。ホテルへ戻るまでに救急車なんて呼ばれたら最悪だ。
この世界のわたしは「殺人鬼」であった。
それはどこか、家を探っていた段階で予想はできていたのだ。その可能性を抱きつつも、情報を得る方が重要だった。
薬も処方しておらず、平穏とした植物のような日々を送っている雰囲気は感じ取れた。わたしと違い、
しかし、鈴美がいるから安定しているわけではない。この世界のわたしと彼女は関係がないのだから。心理的な、関わりはないのだ。
なら何故、殺人欲求と女の手の執着を持ちながら、「普通」に生きていられるのか。
答えは単純だ。
それ即ち、人を殺していることに他ならない。わたしではないが、わたし自身であるからこそ、わかってしまう。
この世界のわたしは既に作動した爆弾である。人を殺し、その悦に浸る快楽者。
美しい
しかしヤツのせいで今、わたしは不遇な目に陥っている。あと五回ぐらいは爆死しろ。
「……ハァ、クソッ…」
考えたくはなかった。自分の墓へ行った時、『杉本家』の墓を偶然見つけ、その中に
そして墓石に刻まれていた日付けを調べれば、確かに一家の殺人事件があった。
しかも少女の遺体の
誰が殺したかなど、明白である。信じたくは、なかった。
しかし川尻早人の言葉で、現実に叩きのめされる。
わたしが、殺したんだ。この世界の吉良吉影は、彼女を手にかけたのだ。
その事実が狂おしく、自身の脳を揺さぶる。元の世界でもこの世界でも、わたしは結局彼女を犠牲にして生きている。
──なんて、愚かなのだろう。なんて、
冷たい彼女の手はさぞかし美しかっただろう。死に際の表情はどんなものだったのだろうか。
動物ではなく人間を刃物で刺し、殺す時の感覚はいったいいかほどの「快楽」をもたらすのか。
「……ハハハッ!」
そう考えてしまう自分が、一番笑えてしまう。
指一本動かすのが億劫になり、塀にもたれかかるように蹲った。
脳が思考を放棄し始め、いよいよ吐き気が抑えられなくなってくる。
「──と、いうわけなんだ康一くん。読み切りの元ネタはねぇ」
「へー、週間連載の合間に描けちゃうなんて、流石露伴先生というか…」
今出会ってはいけない上位に入る奴らの声が、後方から聞こえた。
こちらが酔った人間だと思ったのか、少年が声をかけてくる。
その合間に何か鉛筆を走らす音が聞こえた。おい、何人のことを勝手にスケッチしてるんだ、殺すぞ。
「吐いてくれればさらに酔っ払いのリアリティが出るんだが……。そういや、吐かせる時は病院だと直接胃に管を通して、胃洗浄をするんだったか?」
「ろ、露伴先生、ちょっと…」
「いったいコイツは何を飲んで、ここまで酔ったんだ?」
まずい、と思う間もなく岸辺露伴のスタンドが発動する。
一瞬意識がなくなった直後、次に見えたのは青年の無表情な顔だった。先までは
「露伴先生、ちょっとだけ読んで、急に何か書き加えて見るのやめちゃったけど……どうしたんですか?」
「…いや、よくよく考えたら吐いた拍子に、僕の服が汚れたらたまったものじゃないと気づいてさ。だから『吐き気が治まる』と書いたんだ」
「ヘェー……?」
「オイオイ康一くん、何だいその胡乱な目は。僕だって偶には人のためになることをするんだぜ?」
「あっ、僕道こっちなんで、また」
あの岸辺露伴をロデオのように乗りこなす広瀬康一。やはりタダモノじゃあないな。
吐き気は全く治まっていない以上、書き込まれたのは違うことだろう。
「おっと…一応僕に攻撃できないよう書き加えたが、下手なマネはするなよ、
「………」
先ほど書いたのはセーフティーロックの類か。
試しにキラークイーンで殴ろうとしたが、相棒は殴る以前に動かない。え…?
まさか前に「黙れ」と言ったことに対して、まだ怒っているのか……?
『ニャー』
背後から人の首に腕を絡めるようにして漫画家を見つめるキラークイーンは、まるで観察しているようだ。
それを奴のスタンドと本体は、訝しげに見ていた。
「一先ず貴様の記憶の続きを読みたいしな、付いてこいよ」
「……今は、無理だ」
「ッハ!さっき少し見た時「精神疾患」とあったが、マジにそうなのか?あのお前が?面白い冗談もあったもんだな。まぁ…観察するにはちょうどいい機会か」
その後、わたしはタクシーを拾った奴に引きずられ、岸辺邸へ訪れる羽目になった。
元の世界でもこの世界でも、他人に自分の内側を読まれるなどごめん被る。
精神的疲労でソファーにぐったりしていれば、バラン小僧が戻ってきた。隣には広瀬康一が………ン?
「僕の読み切り面白かっただろ、康一くん」
「露伴先生の描く漫画は面白いですからね(人間性はともかく)」
「ハハハ!流石クソッタレ仗助と違って見所があるねぇ、君は」
「えっと、それで…」
こちらにチラチラと視線を送る康一少年。黒い心の声が一瞬見えた気がしたが、今は置いておこう。
漫画家に大層気に入られているのは知っていたが、まさか家に軟禁されているのではあるまいな?
岸辺露伴ならばあり得る。
「あの、その…」
視線の正体は「助けてくれ」という意味か。わたしは奴に攻撃できないが、今なら逃げることは可能だ。
警察に連絡して──いや待て、わたしが警察にお縄になる側じゃないか…?
調べられたら色々まずいのはバラン小僧ではなく、わたしの方だ。だからこそ奴による拘束は『岸辺露伴に攻撃できない』だけでも十分なのだ。
そもそも奴が口にしていないだけで、他にも何か書き加えられた可能性はある。厄介この上ない。
「吉良さん……じゃなくて、「
「……!」
この少年は「広瀬康一」でも、わたしと同じ世界の広瀬康一だ。
向こうも同じく──少し前の朝方、愛犬の散歩中に電話を取り、こちらに彼だけ来てしまったらしい。
電話ボックスで起きた現象はこちらと同じである。名前を後ろにいた自分に尋ねられ、答えた瞬間に意識がなくなった。
やはり原因はあの公衆電話か。戻る鍵はあそこにあるだろう。
「自宅に戻ったんですけど、ドッペルゲンガーを見たら死ぬって、よく言うじゃないですか。それで窓越しに朝食を食べてた僕がいて……怖くなって逃げた後、偶然露伴先生と出会ったんです」
「記憶は康一くんの許可を得て見たから、概ねは把握しているよ。流石に最初読んだだけじゃ、別世界なんて信じられなかった。第三者にスタンドで記憶を改ざんされた可能性も大いにあったしな。しかし康一くんがこの世界に二人いる事実と、貴様が現れたことによって、「異世界」の存在が一気に信憑性を帯びたよ」
「貴様で言うところのこの世界の岸辺露伴──まぁ今目の前にいる僕だが、幼少期に杉本家に泊まっていたらしくてな。僕にその記憶はないんだが……杉本鈴美の機転によって、助け出されたんだよ。さっき「人を殺していない」と言った時、貴様は驚いた様子がなかったな。つまり、この世界の現状については大体把握してるってことだろ」
「流石星ノ先生だなぁ……」
「康一くん、気のせいか君の瞳が輝いて見えるんだが?僕よりコイツへのリスペクトの方が高そうに見えるんだが?ナァナァ、康一くん。今とても心外な気分なんだが」
「あ、あの………サインいただいてもいいですか?」
「………わたしは既に、作家は辞めたんだが」
というかかなり精神的に参っている状況で、やめて欲しいんだが。
まぁ辞めたとはいえ「星ノ桜花」であったのは事実なので、渡された色紙に一応書いてやった。恐らく色紙はこの家の主の私物だろう。売れっ子漫画家だしな。
「吉良吉影が作家ね……。それこそネタになりそうじゃあないか。なぁ、星ノ桜花先生?傑作だよなぁ、女みたいなペンネームで。是非とも康一くんだけじゃなく、向こうの僕までもファンになっちまうような、星ノ大先生の御作品を読んでみたいものだなぁ!!……………」
黙った直後、青年は己がスタンドを出した。大丈夫だろうか、コイツ。
「しかし、事情を知っている僕が見つけてよかったな。仮にこちらの康一くんや東方仗助にバレていたら、今頃どんな目に遭っていたかわからないぞ」
「……わたしの記憶を読む気か」
「無論だ。そのために連れてきたといっても過言じゃあない。人を殺していないとはいえ、貴様が「吉良吉影」であることに変わりはない。「殺人鬼」であった男の思考回路を覗けなかった分、今ここで同じ脳を持つ人間を読まなければ、岸辺露伴失格だ」
「………」
「僕の見聞きした吉良吉影はよく自分語りをする奴だったらしいが、貴様は黙ってばかりだな。その違いも興味深い。そも、戻るまで身の安全を提供してやるって、提案してるんだぜ?貴様じゃないとはいえ、吉良吉影に一度殺されかけた──いや、川尻早人からすれば何度か爆破されて死んだらしいが……」
「それって、わたしの
「…あぁ、言うなればそうだな」
詰まるところ、安全面は保証してやるから、記憶を読ませろとのこと。
コイツが岸辺露伴なら問答無用で読みそうだが、そうしないのは康一少年がいるからか?
まさか「勝手に人の記憶を読んではいけない」なんて、常識があるわけがないしな、この男に。
その最たる理由がわからず、判断に困る。
「わからないって顔をしているな、僕が譲歩している理由について」
「…あぁ」
「単純だ。向こうの僕が貴様の記憶を読んでいないことを、康一くんから聞いたからさ。些か信じられないが、何か向こうの僕にも考えがあるってことだろ」
「他人の意思を尊重しているのか、君が……?」
「他人じゃない、「僕」だからだ。あとこちらの知った風な口を聞くな、吉良吉影。…いや、確かあっちの僕は、貴様と古い知り合いだったんだよな?まぁその点も含めて、全て読ませてもらうが」
無慈悲に近づくシルクハットのスタンド。殺せればいいものを。殺せないからこそ歯痒い。
爪が急激に伸びるこちらを観察する青年の視界を遮るように、少年が立った。一気に漫画家の眉間に皺が寄る。
「……康一くん、退いてくれ」
「嫌です」
「…話しただろ。ソイツは、杉本鈴美を……それだけじゃない、幾人もの女たちを己の「欲望」のためだけに殺した、殺人鬼と同じ男なんだ」
「知ってます。でも、「人を殺してはいない」って言ったのは、『ヘブンズ・ドアー』で吉良さんの内側を見た露伴先生じゃないですか」
「ッ……だが!」
────いつ人を殺しても、おかしくはないだろうッ!!!
らしくもなく大声で、岸辺露伴は叫んだ。
確かに、わたしはいつ人を殺してもおかしくはない。むしろ杉本鈴美を手にかけたこの世界の吉良吉影を、羨ましいとさえ感じた。
その感情の中には美しい女の手を得られる「幸福」と、彼女を
この世界のわたしは単純に「欲望」のために殺したんだろうが、鈴美を愛するわたしとしては、少し異なった感情が浮かぶのだ。
「人の本質とは、そう変わらないものだよ」
二人の視線がこちらに向く。漫画家の方は射抜くような視線だ。
彼からすれば、それみたか、といったところだろう。
「この世界のわたしは彼女を殺した。理由は、手が綺麗だったから……だろうな。それ以外の感情などないだろう。そしてわたしもまた、彼女を
彼女はもう、この世にはいない。
その事実はこちらでも、向こうでも、揺るがない真実である。
「読みたければ読めばいい、岸辺露伴。しかし読んだ場合、対価はきちんと払ってもらうぞ。
「なっ!?僕は、面倒を見るとは言ってな──」
「言っていないな、確かに。しかしわたしが「面倒を見る」意味かと聞き返した時、肯定の意をみせた。まさか自分から肯定した内容を、今更「ナシ」になんてしないよなぁ?貴様が──「岸辺露伴」が、そんな
「……!……ッ……」
青年は凄まじい形相を浮かべ、小さく「わかった」と呟く。
割り切るしかない。自身の内側を見られても、元の世界に戻ればこの男とは関係なくなる。
むしろ身の潔白を晴らす上で、記憶を読まれるのは有用な手段ではないか。
「いいん、ですか?あっちの先生は止めたのに…」
「かまわないよ、康一少年。早く平穏な生活に戻りたいからね、わたしは」
そうだ、静かな人生に戻るのだ。一刻も、早く。
平穏で「普通」な日々こそ、わたしの望みじゃないか。
「…読む前に一つ、聞いておきたい、吉良吉影」
「何かな?」
青年はこちらを暫し見つめ、口を開く。こちらの記憶を読む前だからこそ、わたし自身の口から聞いておきたい内容だそうだ。
「貴様は何故、「
不意に「ミンミン」と、セミの鳴き声が聞こえた。かなり大音量で、脳を揺らす勢いで耳元に響いている。この時期の夕方ともなれば聞こえなくなりそうだが、まだ生き残りがいたのか。
「セミが……」
「えっ?」
「ハ?」
側にいた少年は首を傾げ、目の前にいた男はしかめっ面をする。
彼らには聞こえていないのか?セミが鼓膜を破る勢いで鳴いて、脳を揺らして、吐き気が。
「ッ、……う、ぁ?」
瞬間、立っていられないほどの嘔吐感が襲う。小僧連中の前で、いい大人が失態を見せるわけにもいかない。
機転を利かせた少年が、トイレまで引っ張ってくれた。
呆然と突っ立っていた漫画家には、本日何度目かの殺意が湧いた。この世界のわたしは何故殺しきれなかったのだ。
連日固形物を拒否していた胃には何も入っていないはずだが、収縮する感覚が奇妙に体内でその存在を主張している。
「フ、フフ……ゲホッ!………ハハッ」
生きる意味なんて、この世のどこにあるのだろうか。
誰か答えを知っているなら、教えてくれ。
(補足的なもの)
・「何でも知らないわよ。知ってることだけ」な早人くん
母は知らずとも吉良吉影が父に成り代わってた。そして男が死んだ後日SPW財団に秘密裏で事実確認をされており、この過程の中で、元の吉良吉影(顔を変えてない)写真を見せられていてもおかしくはないだろうってことで、元の顔を知ってる設定に。
こっちと向こうの類似点は瞳くらい。黒髪前髪アリと金髪オールバックじゃ印象変わり過ぎるが、そこは一般人ながら鋭い観察眼と「覚悟」で追い詰めてしまった早人くん。楽勝で見抜いてしまうに違いない。そこに痺れる憧れるゥ。