転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
「わんわん!!」
穏やかな朝の日差しが、縁側に差し込む。そこにドダバタと、元気な足音が響いてきた。
ニット帽をかぶった子供は床に寝ると、そのまま転がり出す。
その騒音についさっきまでイイ気分で日向ぼっこしていた猫草は、瞳孔を細くした。
一方、同じ場所で新聞を広げた上に爪を切っていた男は、完全無視だった。
『シャーッ!!!(オレの側に近寄るんじゃあねェ──ッ!!!)』
「わうん?」
興奮する猫草と、それに首を傾げる子供。
二者の戦いの火蓋が今切られる……ことはなかった。獣人型の猫が砂浜に打ち上げられた魚のような子供をさっさと回収したからだ。
「さて、朝食を作るか」
「ごはんごはん!」
「
「……ご、ごめんなしゃい…」
「ハァ、全く……。ほら、手を洗っておいで。服も着替えてきなさい」
「はーい!」
子供はまだパジャマ姿のままだった。
顔立ちこそ端正な男と違い、愛らしい造りをしている。
長い髪も相まって、恐らくほとんどの人間が“彼”を見たら「少女」と思うだろう。
今年で6歳になった子供は、男と似た金髪や薄紫の瞳を持っている。その容姿は愛らしい容姿を伴い、一つの芸術品のようでさえある。
少年が動く度にサラサラと、帽子から溢れたストレートの髪が揺れる。
太陽に照らされるだけで、美しく色を輝かせる。正しく少年が持つ名の「照」を体現している。
少年は毎朝母、またはこの男に櫛で髪を梳かされるのが好きだ。
ちなみに保育園や幼稚園には行っていない。通うにしても、色々と問題があるからだ。
「クシクシしてー」
「料理が終わってからね」
「やだやだ!!いま!いまでしょとかすの!!」
短パンとシャツに着替えた子供は、また転がり始めた。
男は腕を一振りし、フライパンで卵焼きをひっくり返しながら、邪魔者たる少年が足にぶつかる寸前で器用に避ける。
そのまま大人と子供の格闘が10分ほど続き、二人分の朝食が出来上がった。
「皿は気をつけて運ぶんだよ」
「はぁい」
「コラ、頭に乗っけて運ぶんじゃない」
子供が落としそうになった皿を男の背後から現れた獣人が掴み、テーブルへと運ぶ。子供はピンク色の獣人が運ぶ様子をじっと見つめた。
そして、ようやく少年の待ち望んだ「クシクシタイム」である。
ニット帽を取り男の膝に座った少年は、尻尾を揺らすがごとく嬉しそうに笑う。
口の隙間から覗いた歯は一部鋭く尖っており、その中でも特に犬歯は下の歯を覆うほどに長い。
「きもち〜」
「バタバタさせるな、鬱陶しい」
少年の尻に空けられたズボンの穴から飛び出すのは、金色のフサフサした物体だ。
埃を取るにはちょうどいいモップになりそうだ──と、男はその物体を捕まえて思った。
対し尻尾を捕まれ、驚いた少年の頭にある
「ゔぅー……」
男は唸る子供を抱きかかえ、立ち上がる。
そしてやっとこさ朝食の時間である。少年がいる間は、普段の二倍は疲れる。
「手をきちんと合わせなさい。ソワソワしない。食べたり箸を持ったまま席を立たない、あと──」
「ごはんたべたいー!!」
「……わかったよ、じゃあいただきます」
「いただきます!」
暴れていた少年であったが、箸使いなど、マナーはしっかりしている。食べカスも滅多にこぼさない。それも全て男の教育の賜物だ。
母親が監督では、こうはいかなかっただろう。
「………」
男────吉良吉影は、頰を赤くさせて、半熟の目玉焼きを頬張る少年を見つめる。
名を「吉照」という子供は、吉良と泉飛鳥の息子である。
DNA鑑定もしたため間違いない。しかしこの二人は籍を入れていなかった。
ちなみに子の名をつけたのは、母親の方だ。
結婚という考えも、泉が妊娠を伝えた段階で吉良は考えた。
途中のエコー検査で、子供に
イヌ、犬、DOG。
彼の脳内で過ったのは、言わずもがな「影犬」である。
「生」まれることを願い、「死」ぬことを恐れていた存在。
スタンドであるのか、はたまた妖怪の類なのか、掴みどころのないものだった。
犬は吉良の中に入った後、最後に自分自身に願うことを決めたのだ。
その時の願いが叶いこの世に生を受けたのが「吉照」ならば、吉良にとってこれ以上なく迷惑な話だ。
そもそも女性遍歴を遡ればキリがない。特に作家になってからは。
相手を孕ますなんてヘマは一度だって犯したことはないし、そうならないように過剰なまでに注意は払ってきた。
殺人欲求を紛らわすために女を抱く彼には、子など不必要なものでしかない。
さらに言えば、ガキは嫌いだった。自身が子供を持つなど、絶対にあり得ないと思っていたくらいだ。
だというのに、運命は吉良ではなく、ワンちゃんの方に味方した。
「……ハァ」
科学がすでに血縁関係を証明している。どうあがいてもワンコな少年は彼の血を継いだ子供である。
吉良は固まりきっていない卵白が唇から伝っている子供を見て、ティッシュで拭う。それを丸めてゴミ箱に捨てた。
妊娠当時は、母体の影響が少ないうちに泉に中絶を提案しようかとも考えた。
しかし腹をさすり幸せそうに笑む彼女を見て、吉良は息を飲んだ。
幸福を享受する泉飛鳥の姿は、彼が生涯で何度か体験したことのある「美しい」という感性をもたらした。
無論美しい
それを抜きにして、手以外のものに心を奪われた。
その感覚は保健医が最期に浮かべた表情を見た時や、鈴美に対して抱いたものとそっくりで。
────紛うことなき、「恋」の感情だった。
それを自覚した男は、悩んだ末に自分の感情を受け入れることにしたのである。
「鈴美」の代わりとしてこれまで泉と関係を続けていたが、それに区切りをつけるべきだと考えた。
自分が代替品だと理解した上で男に笑いかけながら、影で暗い表情を浮かべる飛鳥に心を動かされていた時点で、彼の恋心は確かなものとして確立されていたのだろう。
だから泉が子を産むことに何も言わなかった。ただ書類上「父親」になることだけは、認めなかった。
新しい誰かを好きになることがあっても、吉良の中で
それはずっと、彼が生きている限り引きずる、杉本鈴美への想いだ。
あり得たかもしれない彼女との未来。子を作ったかはわからないが、少なくとも結婚はしていた。
ゆえに鈴美以外の女と結婚することは、考えられなかった。例えそれが好きになった相手だとしても。
これが、吉良が泉と結婚していない理由である。
「ねーねー」
「なんだい?」
コップに入った牛乳を両手で持ち、チビチビ飲んでいる少年が彼をじっと見る。
もしこの子供に「影犬」時代の記憶があり、他人の願いを叶える能力が残っていたら、吉良は自身の平穏のために泉には悪いが殺していた。
だが吉照には当時の記憶がない上、能力もない。恐らく人としての命を得る代わりに、自身の力や記憶を代償として払ったのだろう。
今でも残っているのは犬のような見た目や、若干の要領の悪さだろう。
考えれば泉が意図せずつけた「吉
「ヨシカゲは、ボクの“おとーさん”なんだよね?なのに、なんで「パパ」っていっちゃダメなの?」
「わたしはお前の父親じゃあないよ。前にも言っただろ」
「そーだっけ?おんなじにおいするのに」
子供は椅子から立ち上がって、スン、と男の匂いを嗅いだ。ふんわりと石鹸みたいな匂いがする。
そのまま遠慮なくスンスンしていたら頭を掴まれ、マジのトーンで「やめろ」と言われ、少年の耳と尻尾が下がった。
「ボク、「ヨシカゲ」じゃなくて「パパ」っていいたい」
「君のパパはパパじゃない」
「キレてるの?チャーシューリキ*1みたいに?」
「変な知識はつけてくるんだな……。それより早く食べてくれ。皿が片付けられない」
話を流された少年は朝食をかき込むと、お怒り
「ハァ……早くアイツを連れ帰ってくれないかな、泉くんは…」
ちなみに吉良と泉は未だにお互いを「泉くん」「先生」と呼び合っている。
もう長いこと仕事の関係がある二人だからこそ、続いている呼び方だ。「星ノ桜花」の一声で編集が代わっていない。
しかし情事中はお互いの名を呼ぶこともある。「飛鳥」と初めて呼ばれた泉の衝撃といったら凄まじく、暫くニヤニヤしてしまったほどだ。
妹は、姉がずっと星ノの編集を続けているとは知らない。上手く飛鳥が過激派の星ノ桜花ファンの妹を騙しているからだ。
チョロいは妹だがやはり、可愛いものである。
「ママー!!」
瞬間、玄関先から吉照の大声が聞こえた。
吉良は子供のはしゃぎ声に無意識に口角が上がっていることに気づかぬまま、皿を水切りに置き、手を洗って玄関へと向かう。
泉は仕事の都合で、M県の近くに一週間ほど滞在していた。
午後に戻るとのことだったが、どうやら仕事が早く終わったらしい。連絡の電話を入れ忘れているところが、うっかりなところのある女らしい。
「ママー!!おかえりなのだぁーっ!」
「ただいま吉照くん!あぁぁ……ほんとうちの子って世界一可愛い…!!」
息子の方は尻尾をちきれんばかりに振って、母親の方はそんな子供を抱っこしながらデレデレな顔で頬擦りする。
そんな二人の元へ歩み寄った男は、腕を組んで壁に寄りかかった。
「おやおや、帰って来たら家主に一言くらいないのかい、君」
「あっ、ドモ」
「ドモ、じゃないよ。子供のついでに声をかけるような感じはよしてくれないか」
「ははっ……じゃあただいま、
子供を抱いたまま
鼻を鳴らした男は一度瞼を閉じ、視線を床に移した。
そして、彼女の方をもう一度見やる。随分と、挑発的な笑みを交えて。
「おかえり、飛鳥」
午後の──雲がゆったりと流れる世界のような二人の「幸福」が、確かに今、ここに存在していた。
【IF泉飛鳥√】− Happy end −