転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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『“彼女はキラークイーン”』

日本語訳では斯様な歌詞になるメロディーが車内に流れる。これは一人の殺人鬼が、朝日に照らされた一人のネジの外れた女の微笑みを見て、「美しい」と感じた話。

そして、自身が抱いた感情の正体を自覚した世界線の可能性である。


76話 IF保健医√【悪魔は誰だ】

 身代金目的で未成年を誘拐した罪で、刑務所に服役していた佐藤安希恵(あきえ)容疑者。

 

 数年後、出所した彼女の元に現れたのは愛する弟──ではなく、ブランドもののスーツを身に纏った、かつて彼女が誘拐した相手だった。

 

 社会人となった男は黒髪から金髪に戻し、スーツと同じ色の瞳が彼女を捉えている。

 

 そのケモノの如き紫目の奥に宿るのは、思ったよりも凪いだ色だった。

 

 まぁ薄々、あの崖の上で少年に「好きです」と伝えられ、生きてほしいと説得されたので、来る可能性があるとは思っていた。

 

 佐藤はどう切り出せばいいか悩み、ひとまずいつものテンションで行くことにした。

 

『シャン!』『スタッ』『グゥゥン』『バァ────ン』のディオ手順を踏み、ムショから娑婆に降り立った女。

 

 

「君は吉良吉影だね?」

 

 

 だがしかし、その台詞はディオ()の方ではなく、ジョナサン(肉体)の方である。

 

 男は佐藤の言葉を無視し、その手を引くとさっさと駐車場に連れて行った。そして女を助手席に乗せ、運転を始める。

 

 助手席の位置は右側だ。外車である。

 

「ねぇほら、久しぶりの再会なんだし〜先生とお話ししようよ、ねっ?」

 

「懲役に処された時点で、養護教諭の免許は失効してるだろ」

 

「おぉ、詳しいね!さっすが吉良くん!」

 

「褒められてるのに、貶されてる気しかしないな」

 

 そうだ。このふざけた感じのやり取りこそ自分と彼の間柄だと、佐藤は大袈裟に頷く。

 

 

 だがすぐに沈黙が訪れる。

 気まずさに彼女が視線を外の景色から運転席に移すと、男の横顔が見えた。

 

 学生時代に()()()で通していた容姿は一転して、エリートっぽい気品ただよう顔と物腰になっている。

 前髪と眼鏡で秘されていた瞳は、今や晒し放題だ。

 

「ほーんと……キレイな顔」

 

 他の女たちはこの容姿を普通に拝めていたのかと思うと、彼女の中で黒い感情が生まれる。

 

 

「何だい。不機嫌そうな顔をして」

 

「別に、嫉妬なんてしてませんけどぉ?」

 

「…あぁ、わたしの見た目か。社内ではそれなりにモテているとは思うよ」

 

「うわぁ、ソレ自分で言うの?アッキー引いちゃう」

 

「そんなわたしがあなたは好きなんだろ?」

 

「えぇ、そうね。好きよ」

 

 佐藤の喉元からスルリと出た言葉に嘘はない。

 

 数年経っても変わることはなく、むしろ時が経つほどに恋焦がれた。またあの青年に会いたいと。彼女自身の手で乱して、乱された相手に。

 

 まぁそれ以外で、生きるために縋るものがなかったと言えようか。

 

 

 他の女受刑者がいる中で、その美しさから嫉妬された佐藤は、中々に壮絶な目に遭った。

 トイレに顔を突っ込まされたり、虫を食事に……なんてことはしょっちゅうだった。

 

 同部屋の女たちはその後、暴力沙汰を起こして厳重に罰せられた。

 どうやらいじめていた仲間内で揉め事になり、争いになったようである。

 

 唯一無関係だった彼女だけ罰を免れた。

 

 

 もちろん、意図的に同部屋の女たちの陰口をそれとなく周囲に流させ、暴行沙汰になるよう仕組んだのは佐藤の仕業である。

 

 人心掌握に長けた彼女は、誘拐事件にもその手腕を発揮した。

 

 そのため疑われてべきだったが、彼女が「いじめられた」立場であったことと、精神的に憔悴していた様子。そして何より疑われることなく騙し通すことのできる技量から、周囲の目を欺いた。

 もし佐藤が女優になっていたなら、天職でだっただろう。もしくは詐欺師か。

 

 

「相変わらずあなたは、死にたがりのようだね」

 

「死にたがり?私はいつだって前向きに生きてるわ」

 

「地平線に向かって走るくらいか」

 

「えぇ。でも今は恋の逃避行中みたい」

 

 

 このまま向かう先は、男の自宅だろう。

 

 スーツを着ていたので、てっきり仕事の合間に来たのかとも考えたが、今日は休暇を取ったらしい。

 スーツは仕事着で、着てきたのは単純に気分から。そういう気まぐれなところが()()のようだと、彼女は前から感じている。

 

 

 して、高速道路を乗り継ぎ、車窓を眺めること一時間と少し。

 

 男の家に着いた彼女は、外から開けてもらった扉から降りた。

 このムーブを佐藤に求めたのは向こうである。吉良は細い手を見つめ、小さく息をこぼした。

 

 何気に彼女と会ってから変わらなかった表情筋が動いた瞬間だ。

 

「今、()()()()()()()()()()()()──って、思ったでしょ」

 

「あぁ、そうだが?しかし殺す気はないから、安心し給えよ」

 

「うーん…そっかぁ」

 

 少々残念な気持ちになりながら、佐藤は屋敷へと足を踏み入れた。

 

「靴が吉良くんの分しかないみたいだけど、ご両親はもう亡くなったのね」

 

「わたしが大学四年の時に、二人とも亡くなったよ」

 

「ふーん。君のしがらみは無くなったんだ」

 

「しがらみ、か」

 

 居間の中を、外から差し込む光がぼんやりと照らしている。

 障子に遮られ一部光の当たらぬ場所に、吉良は佐藤を手繰り寄せた。

 

 

「美しいね、相変わらず。ここまで耐えたわたしが素晴らしいよ、本当」

 

「私に言ってないわね?」

 

「フフフ、フフ…………舐めていいですか?」

 

「えっ、嫌」

 

 何故再会して早々、舐められなければならないのだ。

 

 いやまぁ、別に構わないのだが。

 

 

 佐藤の()きる目的が、「吉良に求められること」になっている時点で、どのように扱われてもいい。

 

 それはけして、自己犠牲ではない。もっと別の問題だ。

 彼女の根幹にある“自己”は極端に薄い。

 

 病的な嘘つきであるのも、彼女の意思そのものがフラフラと彷徨っているからだ。

 

 

 己という存在が何者なのか、佐藤は三十路を過ぎた今でもよくわかっていない。

 

 佐藤安希恵とはいったい、何なのだろう。

 何のために生まれて、今こうして生きているのだろう。

 

 

「まぁ、キスぐらいならいいけれ……」

 

 

 彼女の言葉が終わる前に、可愛らしいリップ音がした。吉良は白くしなやかな手を堪能していく。

 

 見目の良い男が跪き取るその行動は、まるで姫に誓いを捧げる従者のようでもあった。

 

 倒錯的な光景に、思わず佐藤は視線を逸らす。

 

 直視できないほどに相手の興奮が見て取れて、少々気恥ずかしくなってしまった。異性との接触がそもそも久しぶりだ。

 

 こそばゆさに身じろぎすると、逃さんとばかりに腕ごと絡み取られる。両者の息はすでに荒かった。

 

 異常な空気が、部屋を支配している。

 

 ドロついて、ムワッと匂い立つような、そんな狂気でできた蛇の交尾のような情景。

 

 

 

「え」

 

 

 吉良がかしずいている中、不意に彼のスーツ裏の胸ポケットから何かが落ちた。

 

 ゴロンと、転がった物体。数滴の畳を染めた紅い液体が、彼女の目を引く。額から流れた冷や汗を拭ったのは、男の伸ばした手だった。

 吉良は落ちた物体に視線を移し、もう片方の手でそれを撫でながら、艶めいた表情で笑う。

 

 

「君もかわいらしいよ。やだな、ぼくに嫉妬したのかい?浮気をして悪かったよ、でも彼女の手の方が君より綺麗で、美しいんだ」

 

 

 ────だから、()()()()()ね。

 

 

 直後、青白い女の手らしきものは、跡形もなく消えた。

 目を白黒させる佐藤に、吉良は視線を戻す。震えた彼女の唇から、押し殺すような息が漏れた。

 

「……君は、何を」

 

「わたしが、なんですか?」

 

「………ダメ、だったのね。君は……そうか」

 

 

 

 

 

 ()()()、しまったのだ。

 

 

 

 

 

 しかして佐藤が震える理由は、恐怖ではない。

 ならば自分が吉良を堕とした原因になったことを後悔している?──いや、それも違う。

 

 ()かれてしまったこの男の瞳は、この上ないほど綺麗だった。

 

 過激なまでに()()()を愛する。底の見えぬドロドロとした狂気の覗く人間の目は、うっかりするとこちらがぶっ飛びそうなくらいには悍ましく、美しい。

 

 そして堕ちてしまった男がこの上なく、()()()()()()

 

 

「初めて殺したのは、誰だったの?……いえ、予想はできているけど」

 

「あなたの弟だ。鈴美が奴に殺されてね、抑えが効かなくなった。初めては手の美しい女がよかったが…」

 

「……そう、やっぱりそうなのね。アンジェロくんが亡くなったのは悲しいけど……あぁ、でも今この時、あなたのその瞳が見られたのなら、いいのかもしれない。彼の犠牲が、今の君を生んだのなら、喜ばしいことなのかも…しれないのかな?」

 

 

『S一家殺人事件』は今から数年前、吉良が大学四年の時に起こった。

 

 その一件で杉本鈴美は死に、彼の依存先がなくなった。

 

 佐藤はだからこそ、自分が()()()()()()()()に選ばれたのだろうと考えている。

 もちろん、“代わり”の自分が一番にはなれないだろう、とも。

 

 

 ちなみに事件については、刑務所にいた頃ニュースのテレビを見て知った。

 

 

 吉良が自身を「好きだ」と言った時、相手が恋愛感情を理解できたのだと察した。

 

 ならば杉本鈴美を愛することも予想できた。また出所した弟が、自身が捕まったことを知り、何かしら行動に移すことも。

 

 しかし流石に杉本鈴美を含め、一家を全員殺してしまうとは思わなかった。

 

 恐らく吉良も同様に狙われたのだろう。…いや、むしろメインは吉良で、杉本鈴美の方がオマケか。

 

 心理学を学んだ佐藤でも、片桐安十郎という男の内側を完全に理解することはできなかった。

 

 

「何か、勘違いしているようだが」

 

「…うん?」

 

「わたしがあなたを鈴美の代わりにしようと考えているとでも、思っているのだろう」

 

「………違うの?」

 

 ならやはり、佐藤は殺されるのだろうか。ついと彼女は、手首だけになった自分を愛でる男の姿を想像した。

 

 

「鈴美の代わりにあなたがなることはないし、逆を言えば、あなたの代わりに鈴美がなることもあり得ないんだよ」

 

 

 そして、吉良は乾いた笑みをこぼす。彼女の手に釘付けだった視線を、佐藤の瞳に向けて言う。

 

 

 

「ぼくは、「普通」に生きたいだけなんだ」

 

 

 

 だが、もう()()は外されてしまった。外したのは誰でもない、吉良自身の手によって外されたのだ。

 

 人を殺す快楽を、冷たく美しい()()()()の愛らしさを、何より人を殺し満たされる感覚を知ってしまった。

 

 

 もう誰かを殺さずには生きられない。

 

 誰かを不幸にすることでしか、彼は生きられない。

 

 そしてその中に「罪悪感」など一切なく、ただただあるのは、「普通」に、平穏に生きたい感情のみだ。

 

 

 既に()()()()()()()()「普通」になど、生きられるわけがないというのに。

 

 

「ぼくは、どうすればいいんだろうね、保健医。……あぁ、もう「保健医」じゃあないんだった」

 

「………」

 

 佐藤の手に頬擦りし、微笑みながら静かに涙を流す男は、壊れていた。

 

 元より壊れていたが、完全に精神の方がボロボロになっていた。

 自身の矛盾した生き方。「平穏」と「殺人欲求」の狭間で、その心は長年雨風に晒された錆びた鉄の如く、腐食している。

 きっとそこには、依存先にしていた杉本鈴美を失った影響も強くあるのだろう。

 

 

「貴様は悪魔(リリス)なのだから、わたしに救いの手を差し伸べなければならないんだよ」

 

「……断ったら、殺してくれそうね」

 

「なら、死ぬよりももっと悍ましい生き方を、強要させてもいい」

 

「………そうね」

 

 佐藤は、吉良の頰に手を伸ばした。随分と冷たい体温はそのままで、以前よりもさらに頰が痩けた。まだ二十代だというのに、彼女と同年代に見えるかもしれない。

 

 

「これじゃあどちらが悪魔か、わからないわね」

 

 

 リリスは微笑んだ。さながら、あの時────朝焼けの元で浮かべたものと同じように。

 美しいその姿に、吉良はゆっくりと口元に顔を近づけた。

 

 

 相変わらず口紅を付けない唇は、妙に甘かった。




「She's a Killer Queen.」と出たならば、訂正箇所がある。
「She」を「He」に直すべきだ。
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