転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
ただしドキドキは動悸の音に変わり、いつものごとくシリアスになってます。
【
性転換が地雷な方はこの話の閲覧をお控えください。また同性に引っかかるかもしれないのでそこも。読後感は保証できません。
苦手意識を考慮して場合によっては下げます。
いただいていたリクを粗方消化し終えたので、次回からはデッドマンQを書くかもしれないし、力尽きるかもしれないです。まぁのんびりお待ちください。
世界が巻き戻った後、わたしに待っていたのは苦難の連続だった。
まず身体のコントロールが利かぬ乳児時代だ。それを乗り越えて保育園、幼稚園と過ごしてきたわたしに立ちはだかるさらなる難関が今、目の前にある。
両隣にはわたしの両親がいる。
「来年で我が子も小学生か。感慨深いなぁ…」
両親に連れられて訪れた場所は百貨店。そこでランドセルを買おうというのが、本日のミッションである。
使い勝手がよく、身体に合えば何でもいいので、さっさと済ませたい。済ませたい──が、なにぶん足取りが重い。
「これなんていいんじゃないかしら?」
手に取ったランドセルを、母は徐にわたしに背負わせる。フィット具合はいいが、首を横に振った。
「色がイヤだ」
「でも見た感じ、すごく似合ってるわよ?」
「イヤ」
頑なな我が子に、両親は顔を見合わせて困った表情をする。
これまでは規定された黄色い帽子を被り、青い制服とチェックの入ったこげ茶の短パンを着ていた。しかし小学生ともなればその規定がなく、普段着での登校となる。
特にランドセルは六年間ずっと使うもので、小学生の象徴たるものだ。
「
────そう。今世のわたしは、あろうことか性別が変わっていた。
周囲がほとんど変わらぬ中、明確にわたしだけ性別がオスからメスになっていたのだ。
あるべきはずのものがなかった衝撃といったら、凄まじいものだった。
幸いこれまでは女のように振るまわずとも、少し変わった子供として認識されるだけだった。
こちらとしても犬の
しかし小学生になれば、次第に子供にも“個性”が出てくる。同様に己の「性」に従った男と女の精神的、また肉体的差異も如実になってくる。
身体的変化は胃が痛いものがあるが、慣れるしかない。
ただ最も危惧すべきことは、身体の変化とともに己の精神も変わる場合だ。
面倒な「サガ」は変わらずだというのに、「性」についても悩まなければならないのは本当に苦痛だ。
そもそもこの世界のわたしは「吉良吉影」ではあるが、吉良吉影ではない。
性別が女のわたしに付けられた名前は、「吉影」ではなく、「
『名は体を表す』──と言うが、その理屈で言えば「吉能」であるわたしは、「吉影」ではないということ。
自分の存在が真っ向から否定されているような気分だ。
当初、女っ気のない娘を心配した母が、気を利かせて可愛らしい服やおもちゃを買って来たこともあった。
だが殺人欲求が溜まっていたわたしがブチ切れて以来、両親は気を遣うようになった。
あちらの認識は性同一性障害と似たものだろう。
今の時代まだ一般的でない考えだが、父が色々と調べ、かような認識へと至ったようである。
何故、己の性別が女になったのか。
これは彼女に会うことのできなかった「運命」のなす
「吉能ちゃん…」
渦巻く黒い感情に俯いていたわたしに、母が柔らかな声をかける。
前回は散々人を苦しめたというのに、「息子」が「娘」になった途端これだ。鼻で笑いたくなる。
いや、ある意味このことを見越して、運命はわたしを女にしたのかもしれない。
とんだお節介だ。まだ男であった方が上手く立ち回った。要らぬ「性」の悩みまで抱えさせて、何が目的なんだ。
この先女のように振る舞わなければ好奇の目に晒される。「性」への理解が深まっていく未来ならともかく、この時代は女が男の──男が女の格好をしていれば、後ろ指を差される。そして異分子として扱われ、社会で生きづらくなるだろう。
この上なく「普通」に生きたいわたしの人生を、否定するかのようだ。
「………」
不意に感じた、急速に爪が伸びる感覚。
皮肉だ。殺人欲求と手フェチシズムがわたしを、「吉良吉影」であることを表している。
「じゃあ緑にしないか? 少し目立ってしまうと思うが」
父がそう口にする。赤や黒しかいないガキどもの中で、緑は絶対に浮く。
いじめられることは別に痛くも痒くもないが、
母も娘がいじめられるのは避けたいようで、父に反発している。
父はそれに、なら──と、付け加えた。
「お前が決めなさい、自分がどうしたいか」
娘が年不相応の聡明さを持っているとわかっているからこその、父の言葉だ。
時折オヤジが見せた、本当の、
わたしは少し考え、口を開く。
「茶色にする」
それに両親は、瞳を丸くした。
⚪︎⚪︎⚪︎
それから数年後。吉良吉影、もとい吉良吉能は高校生になった。
何度も精神をえぐられつつ、何とか日常を過ごしてきた。
そんな彼女は“平穏”を第一目標に、自尊心を犠牲にして女のように振る舞った。
といってもそれは仕草や行動のみで、服装や言葉遣いは中性的にした。
しかし「吉能」のように振る舞えど、彼女はやはり根底は「吉良吉影」だった。
中学時代は“文学少女”な見た目で、三つ編みの黒髪を二つ揺らした。
見た目のイメージは、某猫耳委員長である。違う点は目元を隠す長い前髪だろう。
そうして地の顔を隠し、目立たぬように過ごしていた吉能。
男子生徒に告白されたことも何度かあったが、全て断った。想い人は今も変わらず、杉本鈴美一人である。
しかし当時彼女が通っていたのは、ぶどうヶ丘高校の中等部。やけにヤンキー率が高い学校だ。
無理に詰め寄ってきた輩には、物理的(キラークイーンを重ねて殴る)に黙らせた。
また男子トイレに連れ込みゲスの極みな顔をしていた奴らはボコボコにした後、さらに相応の報復をした。
この時彼女は人生で一番キレ散らかし、同時に生き生きしていたかもしれない。キラークイーンが思わずドン引きするくらいには。
かくあれ、吉照は平穏に過ごしている。
彼女に────吉良吉影に、乗り越えられぬ「試練」などないのだ。
現在はそれなりに現状を楽しんでいる。考えてみれば女であるということは、同性に近づきやすくなるということ。
小学はさておき中・高となれば、
それを踏まえ、吉能は好みの手を我が物にした。
そんな乱れきった人間関係を送っていた吉能にも、春がきた。
杉本鈴美────
彼女が本を取っていた時、その後ろを通ろうとした男とぶつかった。
どうやら運命的な出会いを感じたのは、向こうも同じらしい。
しばしお互い、呆然と魅入った。
少年の、中性的な顔立ちに男ものの制服はかなり違和感があった。
それでも吉能よりすこし高い身長が、今世の「杉本鈴美」が男性であることを物語っていた。
顔のつくりは元の鈴美の面影を強く残していて、声色も少年と女性の中間にある。
唯一大きく違うのはベリーショートな髪型で、スポーツ少年といった印象を受ける。
なんと今世の名前も「杉本鈴美」なのだから、吉能は驚かざるを得なかった。
聞けば検査で“女の子”と思われていた彼は生まれたらあら驚き、男の子だったらしい。
その後、家族内でいろいろとミスや勘違いが重なり、今の名前で出生届が出されてしまったそうだ。
当の鈴美は昔こそ気にしていたが、今は良い名前だと感じている。
話を戻し、運命的な再会を果たした二人であるが、杉本鈴美には世界が巻き戻る前の記憶がなかった。
しかして「杉本鈴美」であれど、彼の性別は“男”である。
精神は男である吉能からすれば同性。
容姿が女の時の面影を強く残しているとはいえ、骨格やアルトな声が男であることを証明している。
鈴美の言葉遣いや行動も、当たり前であるが男性的である。
何より男にしては細く白いものの、骨張った手が決定的に違った。
彼女が受け入れるにはやはり、難しいであろうか。
「鈴美、鈴美鈴美、鈴美────」
「お、落ち着いてよ吉能ちゃん」
否、そんな心配など必要なかった。
むしろ心配すべきは、吉良の精神の方だった。
長年にわたって摩耗した心。ろくに癒す術がなかった彼女は、ようやく依存先を手に入れたのである。
彼女が心を本当の意味で潤せるのは、殺人と、女の美しい手と、杉本鈴美しかいない。
性別の壁がいったい何であろうか。肉体的に考えればオスとメス。人類に用意された二つの種類だ。
「週末デートに連れて行ってくれよ、鈴美」
放課後の図書室。勉強を共にする中、鈴美を眺めていた吉能は不意に呟いた。
年上のメンヘラ気質ただよう女は、そのメガネの奥で十数年溶かし続けた狂気を瞳の奥で燻らせている。
願わくば一分一秒、一瞬でも鈴美との時を刻んでいたい。そうして、自身を蝕む全てのしがらみを頭の隅に押しやりたかった。
「で、でで、デート……?」
「そうだよ、デート。わたしをデートに連れて行きたまえよ」
「僕が、吉能ちゃんを…? 付き合ってもないのに?」
「何を言ってるんだ。付き合ってるじゃないか」
「………付き合ってないよ?」
これが運命の出会いを果たして、まだ二日目の会話だ。
吉能は鈴美と出会った衝撃で、頭のネジを数本落としてしまっている。
彼女が少し
彼が「じゃあ付き合おうか」と呟き、軽く吉能の頭に触れた。黒髪は細く柔らかいが、元々ハネる髪質なのか、所々元気に飛び出ている。
「吉能ちゃんはちょっと、男の子っぽいよね」
「そんなわたしが嫌いだ……ってことかい?」
「ううん、違う。どんな吉能ちゃんでも僕は好きだよ」
「……それは、わたしが「吉良吉能」だからか? 「吉能」でなければ、わたしはいけないのか?」
「………? なんか、急に哲学的なことを言うね」
結局彼女は、吉良吉影は、この世界において
男の精神に女の肉体は、大きな違和感にしかならない。どんなに受け入れようとしても、心の底では否定が勝ってしまう。
果ては自分の存在意義がわからなくなってしまった状態で吉良は今、日々を過ごしている。
「僕は吉能ちゃんが好き。
「…うん」
「だーいすきです」
「……あぁ」
「だから、笑ってる吉能ちゃんが僕は見たいです」
性別は変われど杉本鈴美の笑顔はそのままで、春の日差しに当てられた布団のような温かさと匂いで、無性に吉能の涙腺が緩む。
ホルモンの影響に振り回される体は、涙腺の蛇口をも緩めてしまうのでいささか困りものだった。
運命に翻弄される人生ではあるが、それでも確かに変わらないものはある。
「これが「運命」なら、わたしは受け入れるよ。君が────、一緒にいてくれるのなら」
吉能はそう言い、笑った。
その
絶対に自分が彼女を、「幸福」にすると誓って。