転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
むしろ由花子ちゃんの恋模様がメインになってた今話です。まぁ彼女の出番少なかったし、コレくらいはいいじゃないかーーってことで。
その日は、はるか遠くまで青空の広がる快晴であった。
「ハァ…」
しかしそんな天気の良い一日の昼下がり、カフェ・ドゥ・マゴにあったのは、憂いた表情を浮かべる一人の女性の姿。
テラス席で緩慢とした動きで紅茶を口に運ぶ様に、通りがかった男は思わず振り向く。
美しい顔立ちは元々吊り眉ということもあり、冷たい印象を抱かせる。例えるなら深冷の美少女であろうか。
「康一くん…」
彼女──山岸由花子は現在、彼氏の広瀬康一のことで物思いに耽っていた。
彼と付き合い始めてから、かれこれ数年。由花子の愛の指導もあり、お互い同じ大学に通い来年成人式を迎える彼らは、相変わらずラブラブである。
社会人になったら結婚するという考えは、二人の総意だ。子供に関しては結婚しても数年は儲けないだろう。長い目線で考えると、子を育てるにもお金がかかる。大学まで、と考えれば尚のこと。
ゆえに専業主婦ではなく由花子も会社に勤め、頃合いを見て三人、四人の幸せを育んでいくだろう。
理想は女の子一人に、男の子一人だ。いやでも、康一くんが望むならもっと────、な心境の彼女だ。
「ハァ……」
人生の理想図(老後まで事細かに彼女の中では作られている)ができあがっているというのに、何故由花子はため息を吐いているのだろう。
それは単に、彼氏との距離感にある。
高校生ならばまだしも大学生のカップルともなれば、最後まで
由花子も康一とキスはしたし、手も繋いだ。「あーん」をやったりいろんな場所へデートに行ったり、互いに時間を多く共有し、「幸福」の時を過ごしている。
しかして未だ、“行為”にまで至ったことはない。
理由としては、二人で決めた「結婚してから」という約束があるからだ。
康一の部屋に彼女が初めて訪れた時
そしてお互いのために
彼女はけして、今の現状に憤っているわけではない。むしろ毎日のように彼氏と共に過ごす日々は、幸せの連続である。
ただやはり、付き合い程度の女たちから彼氏との情事に関するあれやそれやを聞くと、焦りのようなものが生まれる。
もちろん由花子と康一の繋がりが、そこらの女どもに負けるわけがない。
だが目に見える繋がりが、彼女はどうしても欲しくなった。
彼氏が出した“約束”であるので、自分から「しましょう?」とは言えない。康一の意志を曲げさせるのは、彼女も本意ではない。
「…あら?」
そんな時偶然通りかかったのは、ヘアバンドを付けた黒髪のボブヘアの女性。
年齢は二十代後半か、三十代前半そこらに見える女は、ヒールの音を鳴らし由花子の元まで近づく。
ピンクの長袖シャツに白いパンツルックスは、スタイルの良さを物語っていた。
由花子とは違い女性から醸されるオーラは、“オトナの女”──といったとことか。
手に持たれた複数の紙バッグと本日が休日であることから、導き出される真実は、いつも一つ。
「えっと、仗助くんのお母様……ですよね。お買い物帰りですか?」
「あら、覚えててくれたの?そうそう、休日だからちょっと奮発して買っちゃったのよ。あなたは確か仗助の高校の頃の友達の、康一くんの隣にいた女の子よね」
「はい。広瀬康一くんとお付き合いをさせていただいております、山岸由花子と申します」
「へぇー、礼儀正しい子ね〜」
プッツン、もしくはヤンデレ要素を持つ由花子は、意外にも常識はしっかりしている。康一の友だちその一……程度の認識しかない仗助の母親にも、しっかりと挨拶を交わす。
いや、むしろ社会の常識に関しては、康一よりも上である。
「由花子ちゃんは康一くんのこと待ってたの?」
「いえ、今日は一人で…」
「ふーん…あっ、じゃあ私も同席しちゃおうかしら。お代は持つから……ちょっとぉー店員さーん!」
「えっ、あの…」
「いいのよいいのよ!偶には女二人で女子トークでもしましょう」
由花子は押し切られ、朋子とアフタヌーンティー(二杯目)と洒落込むことになった。
仗助の母親とは話したことがなかったが、意外にも接しやすく、普段彼女が感じる他人への気苦労のようなものがない。
間違いなくそれは朋子の人柄の良さと、職が“先生”であることが大きな理由だろう。
話の内容は愚痴ばかりだったが。
「本当さー、仗助ったら心配だから定期的に電話しろ──って言ってるのに、いっつも忘れた頃に連絡してくるのよ!」
「仗助くんは今、東京の大学に通っているんですよね」
「そう、一人暮らしでね。もう少し近場に警察官を目指せる学校はあったと思うんだけど、アイツったら頑ななんだから」
「はは…」
「まあ、本人が自分の意志で決めたんだから、全力で応援してやるわよ」
そう言い笑った朋子の目は、「母」の目であった。
由花子はつい、その表情に見入ってしまう。
東方家の家庭環境が複雑なのは、康一から少しだけ聞いたことがあるので知っている。
確か以前、街に訪れていたジョセフ・ジョースターと大学時代の東方明子が懇ろな仲となり、仗助を授かったとか。
朋子は今でも、ジョセフ・ジョースターのことを愛しているのだろう。
その気持ちは由花子にもよくわかる。万が一彼氏と別れることになっても、彼女は広瀬康一を愛し続ける。
「ねぇ、由花子ちゃん」
「…はい?」
朋子は手のひらを口元に当て、ナイショ話をするように小声で話す。
「何か悩みがあるなら、話を聞くわよ?」
「…!」
「伊達に人生経験が倍なわけじゃあないから。多分悩みは彼氏……康一くんのことかしら?」
「……!!」
図星だ。一瞬話すべきか迷った由花子は、思い切って話すことにした。
「実は────」
そうして由花子は彼氏との悩みを打ち明けた。
「あー、なるほどねぇ。
「…はい」
「由花子ちゃんが望むなら、康一くんも快くOKしてくれると思うわよ」
「……で、でも、康一くんの意志を私のせいで曲げたくないし…」
「なら、どうする?」
「……うぅ」
康一と、イチャイチャしたい。ものすごくイチャイチャしたい。
きっとそれができた時、彼女は人生で一番幸せになるだろう。
そして、その幸福をさらに塗り替える出来事が二人の人生に待ち受けているのだとしたら、武者震いがする。
でも────
「由花子ちゃんは、怖いのね」
「こわ…い?」
「えぇ、怖いのよ」
性行為は愛情表現の一つだ。
だが愛の表現方法は、別にそれだけではない。
何のために「愛」を囁く口が、言葉があるのか。
何のために相手を抱きしめる腕があるのか。
そして何のために、相手の喜怒哀楽を捉える瞳のカメラがあるのか。
由花子は怖いのだ。愛情表現たる性行為を遠ざけた康一が、もしかしたら自分のことをその分だけ遠ざけているかもしれないと、考えてしまうことが。
康一は平凡だ────否、
スタンドを手に入れ、この杜王町の中でも最も大きな成長を見せた少年。
その姿にあの岸辺露伴は一番に目を留め、最強のスタンド使いがその成長ぶりに感嘆した。そしてついには杜王町の平穏を守る一翼を担った。
既にカノジョの座は由花子がいるので狙う輩はいないが、もし彼女が康一と付き合っていなかったら、絶対に他の女がアタックしていた。
それほど康一は凛々しく、
「セックスしないからって、「愛」がない──なんて、思ってないわよね?大体セックスしないと愛情がない、なんて考えがおかしいのよ。今じゃ昔の「結婚してから行為」って考えが古臭くて笑われるかもしれないけど、私はその考え、とてもステキだと思うわよ」
「…本当ですか?」
「えぇ。それに
ジョセフみたいにね──と、艶っぽい笑みを溢した朋子。
脳内お花畑に移行しようとしたアラフォー女性を、由花子は慌てて引き止める。
これは絶対に『ジョセフと私の出会いのエピソード♡』が始まる流れだ。勘でわかる。
「つ、つまり!康一くんは、私のことを思って“行為”をしない選択を選んだ……っていうことですか?」
「多分初めてイイ雰囲気になった時、あなたが怖がったんじゃない?それが理由だと思うわよ」
「あ…」
確かに由花子は康一に押し倒された時、期待と興奮と、恥ずかしさを感じた。その反面、自分がこれから体験する
それを感じ取り康一がやめたのなら──いや、やめたのだ。だったら、そうなのだとしたら────。
「こういちっ、くん……!!」
真っ赤にした顔を手で覆い、いつもの淑やかな皮を脱ぎ捨てて足をバタつかせる由花子。
彼女の彼氏はとんでもないイケメンだった。既に由花子はその事実を、かつて彼女自身が起こした監禁事件で知っていたはずなのに。
乙女全開な女に、朋子は優しく微笑む。
一人の迷える女性を救った彼女はやはり、東方良平の娘であり、東方仗助の母であり、あのジョセフ・ジョースターが惚れてしまった女である。
その後も女子トークは続き、予想以上に盛り上がった。
別れ際、スッキリとした表情の由花子に、朋子は一つ置き土産を残すことにした。
「そう言えばこの町の霊園の方にね、神社があるらしいの。知ってる?」
「…あぁ!知ってますよ」
「最近学校の女の子たちが…何か、恋愛成就する?──ってので、盛り上がってるの。お守りとか買って来てね。元々あそこは、恋愛運アップのご利益があるらしいわ。二人なら全く問題ないと思うけど、もし興味があるなら行ってみたらどう?」
「わかりました、時間がある時に行ってみます」
「じゃあ今日はありがとね、由花子ちゃん」
「はいっ、朋子さん」
今の
ただ純粋に興味を抱いた彼女は、その神社へ訪れることにした。内容が「恋愛運」に関する場所なので、康一を誘うのはやめ、一人で。
そして由花子は、目にしてしまう。
夕方の神社。人の少ない時間帯の境内。
そして紅く染まる世界と鬱蒼と生い茂る森をバックに、
周囲の人間がその存在にに気づかぬ中、彼女は認識してしまった。
人々を観察していたらしいソイツは、由花子が凝視していることに気付くと、地面に降り立ち彼女に近づいた。一定の距離を置いたまま顎に手を当て、興味深そうな視線を送る。
吸い込まれるような黒い瞳に、思わず彼女の背筋が寒くなった。
「……あなた、何なの」
黒い髪が風に吹かれながら、微かにうねりを上げる。
向こうはその様子にさえ好奇心が湧くようで、マジマジと見ていた。
『へぇー、面白い。まるで生きてるみたいな髪の毛だな』