転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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いつも何回か見直すようにしてるけど、誤字脱字に気付けないこともあるので、教えてもらえると嬉しいです。

エヴァは綾波ちゃん贔屓なんだ…ついでにコナンは哀ちゃん。ただ真綾様のマリも度し難い。


8話 二色の境界線

 冬休み期間、いつもは染めている髪を放置した。

 

 使っている染料材は髪への刺激が少ない代わりに、デメリットとして色落ちしやすい。

 放っておけば一ヶ月ほどで元の色に戻る。

 

 そして一週間ほど放置した現在。色は薄まり、茶髪に近いこげ茶になっている。

 鈴美のピンクがかった茶髪はまだわかるが、保健医の亜麻色の髪はミステリーだ。

 

 

 不良は普段見慣れている。あとは学生時代ヤンチャだったらしい鈴美の父親から、「スカマン」と呼ばれる裾が細く絞り込んであるズボンを拝借し、おまけにマスクを付ければ、ツッパリ野郎が完成した。メガネは邪魔なので外してある。

 

 鈴美に何に使うのか聞かれたが、そこは言葉を濁した。

 彼女はぼくが何か悪いことに使うと察したのか、口止め料として要求されたのがこの格好の写真である。人の顔を見てニヤニヤしていたのは気持ちわ…少々引いた。

 

 

 

 

 

 最近休日に家を出る理由として、自学目的や習い事以外に、「彼女」の件を持ち出すようになった。

 

 男友だちなら家で遊ぶよう言われるが、彼女となると母は何も言ってこない。ただこちらを見る目が気持ち悪くなる。

 

 あまり方法として使いたくないが、使い勝手はいいため時折利用した。

 

 朝から吐き気を覚えながらも家を出て、途中のコンビニで着替えてから交番の前を通る。

 背を曲げてポケットに手を突っ込む歩き方は、姿勢を悪くしそうで二度としたくないものだ。

 

「おうおう、こんな真っ昼間から、そんな辛気臭い(ツラ)してどうしたんだ」

 

「………別に」

 

 吐き気と不良姿の嫌悪感のせいで、今のぼくは側から見れば近寄りがたい顔つきだろう。

 

 中年ほどのガタイのいい警察官が、交番から出てきて人の頭に手を置いてくる。

 中にいるもう一人の警官は机で作業をしながら、「やれやれまたか」といった様子で、ガタイのいい警官を見ていた。

 

「まったく最近の不良ときたら、一昔前と比べて随分派手に暴れやがる。若さってのはいいもんだが、他所様に迷惑をかけるもんじゃあないぜ」

 

「離せオッサン」

 

「おっさ……俺は確かにお前より年上の娘がいるが、まだおっさん呼ばわりされるほど老いちゃおらんわ!」

 

「東方さん、子どもにムキにならないで。というか早く巡回に行ってきてください」

 

 デスクにいる警官に指摘され、「東方」と呼ばれた警官は渋々と、交番の傍の駐車場から自転車を取り出した。

 ぼくの目当ての警官はどちらなのか。最悪すでに少年Kを捕まえた警察官が辞めている可能性もある。

 

「おい、若造」

 

「……何?」

 

 立ち止まっているぼくに警官は豪快に笑って背を叩き、巡回に付いてこいと言う。

 男の内心を計りそこねていると、先ほどの笑みは一転して、柔らかいものに変わった。

 

 

「何か悩みがあるなら、俺が聞いてやるぞ?」

 

 

 その言葉が、妙に胸に刺さった。冷えた氷が太陽の下へ放り出されて、溶かされていくような。そんな感覚を覚える。

 

 この男がぼくの苦手なタイプであると同時に、少年Kと関わりがある人間だと、妙な確信を持った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 東方良平は、かれこれ20年以上交番に勤め、杜王町の平穏を守っている。

 

 娘も今年大学生になり、あと数年もすれば社会人となる。

 親の役目もそろそろ終わるという寂しさの傍ら、今日も一日街の平和を守るために働いていた。

 

「片桐がまた娑婆に出るのか……」

 

 彼は近々少年院を出る、かつて捕まえた「少年K」────片桐安十郎について、思考を巡らせていた。

 

 12歳で強姦と強盗という非道をなした子どもは、一度少年院へ送られた。

 そして更生後、また犯罪を犯し少年院送りになり、春ごろ俗世に戻ってくる。

 

 更生の見られない少年……否、青年に、良平が感じるのは一抹の不安。

 

「若者が道を外さんようにするのが、大人の役目だが…」

 

 片桐は導火線が点いた爆弾だ。もう止まることはないと感じている。

 ゆえに警官として来るべき時は、命を賭して町の人々を守る所存だ。

 

 

 そんなある日、良平は一人の少年を見つけた。

 

 格好こそこちらの仕事を増やす不良であったため、軽く声をかける程度に止めようと考えた。

 しかし少年の()を見て、一瞬背筋に悪寒が走った。

 

 ────似ている。

 

 彼は似た経験を、少年Kを初めて見た時に体験した。

 今でこそ自分の快楽を満たすだけの腐った目をしているが、最初見た時はヘドロよりもドス黒い目をしていた。

 

 人生というものを諦めていて、人間というものを嫌っていて、すべてを憎んでいて。溜まりに溜まったそのヘドロは、あらゆるものをぶち壊す狂気を秘めていた。

 

 到底少年が浮かべていい目ではない。

 その子供の虐待の過去を知った良平は、警官ではなく娘を持つ一人の親として、やるせなさを抱いた。

 

 

 茶髪の少年は気分が優れない様子だった。不穏を感じた良平は少年に関わることを決め、半ば強引に見回りへと連れ出したのである。

 

 少年は素っ気ない態度が多かったが、次第に口数が増える。

 話は良平の娘の話から少年の好き嫌いの話になり、その悩みへと移っていく。

 

「…悩み聞いてくれるって言ったよね、あんた」

 

「あぁ、俺に話せるなら、聞くぞ」

 

 少年はポツポツと、「親の愛情が重く生きづらい」と、語った。

 

 その中身は、今まで不良たちから聞いてきた内容と同レベルのもの。

 中には虐待を受けてグレた子どももいるので、少し拍子抜けしたくらいだ。

 

「愛情……虐待とかは、受けてないんだな?」

 

「受けてない」

 

 虐待を受けている場合は、本人が隠したがる傾向がある。しかし他人に助けを求める心理はあるので、別の理由を付けることも多い。

 少年もその類かもしれないと、腕や腹を許可を取って見たが、特に何もない。

 

 むしろ傷一つない、()()()()()印象に、多少の気味の悪さを覚える。

 

「まぁ、若いうちは多少グレちまうのも、仕方がないのかもしれん。俺も警察官を目指そうと思うまでは、ヤンチャだったからな」

 

「だからその歳で大学生の娘がいるのか」

 

「ハハ…俺も若かったってことだ。嫁には逃げられて、それでも娘と二人三脚でやってきたよ」

 

「そう……」

 

 少年は何か続けようとして口を閉じ、真っ直ぐに良平を見据える。

 

「なぁ、おれみたいな奴は、どうやって生きればいい?どうやったら真っ当に、()()に生きられる?」

 

「そうさなぁ…」

 

 普通に生きるとはいっても、例えば良平自身を例に挙げればいいのか、同僚の警察を例に出せばよいのか悩む。

 極論働いて飯を食べて寝れば、それが真っ当であると言える。犯罪に手を染める奴らを多く見てきたからこそ、普通の尺度を決めるのは難しかった。

 

「ひとまず悪さをしないで生きるんだったら、今少しぐらいグレてても、俺はいいと思うぜ」

 

「……難しい」

 

「重苦しく考えることはねぇよ。お前さん、かなり考え込んじまうタイプだな?」

 

「………」

 

「どうした?」

 

 少年は立ち止まって、じっと何かを見ている。

 良平が視線を同じ場所に向けると、高校生らしき女子が二人、並んで歩いていた。

 

「なんだ、女のケツでも見てんのか?」

 

「……いや、何でもない」

 

「そういう年頃なのはわかるがなぁ、女ってのは結構視線に敏感なんだ。気をつけた方がいい」

 

「………」

 

 今度は完全にそっぽを向いてしまった少年に、良平は仕方ないと、コンビニの肉まんを奢った。

 少年は湯気の出ているそれを凝視し、相手に視線を向ける。

 

「冷めないうちに食っちまいな」

 

「……いただき、ます」

 

 おずおずと少年は肉まんを口にし、目を丸くして感嘆の声を漏らす。

 何ともあどけない表情をした少年に、良平は微かに笑みを浮かべた。

 

「美味いか?」

 

「…うん」

 

「デヒヒヒ〜そうだろそうだろ、よく娘も子どもの頃買ってやったら喜んでたもんだ」

 

「……貴方は、()()()だね」

 

 少年の言葉に良平は目を見開き、自転車を押しながら静かに空を仰ぎ見た。

 

「…なぁ、お前さんよ、もう少し時間空いてるか?」

 

「大丈夫だよ、あまり家にはいたくないし」

 

「……そうか」

 

 二人はゆっくりと歩き始めた。

 

 子供を虐げる理由は何も暴力だけではない。

 そんな当たり前のことに気付けなかった自身に良平は、一人歯噛みする。

 

 

「まぁ軽く聞いてくれればいい、お前さんに似た子どもの話だ────」

 

 

 空からはほろほろと、雪が落ち始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 吉良が東方から解放されたのは、時刻も5時を過ぎた頃。

 

 その間何があったかというと、「少年K」の話について聞いたり、娘の自慢話を聞いたり、巡回中に乱闘騒ぎになっている不良たちを抑える手伝いをさせられたり、娘の自慢話を聞かされた。

 

 圧倒的な娘の自慢話率である。

 

 

 それから別れてコンビニで服を着替え、帰りに頼まれていたおつかいを思い出し、スーパーで卵を購入した。

 

 帰りは6時過ぎになるだろう。伝えておいた帰宅時刻よりもかなり遅くなってしまうことに、気が憂鬱になった。

 

 また()()()の下に我が身が晒されるのかと思うと、昼に食べた肉まんが、胃から迫り上がってくる気がする。

 

「クソッ、せっかく落ち着いていたのに…」

 

 朝から吐き気を感じていたが、東方という警官と接している間に、自然とその気持ち悪さは収まっていた。

 

 少年にとってあの警官は初めてといっていいほど、()()()()()に感じられた。

 

 一方で鈴美の両親とは、少し話した程度しか付き合いがない。

 いや、自身の親と比べてしまうからこそ、吉良自身が意図的に避けている。

 

 

「少年K……名を「片桐安十郎」か」

 

 

 東方は真面目な警官であるが口が滑りやすく、何度か少年Kの本名を出してしまっていた。

 

 吉良が少年Kについて探っていたのは知らないため、仕方ないとも言える。

 相手の心につけ込みやすいよう、わざわざ不良の格好をしたかいがあった。

 

 片桐には母親がおらず、杜王町で父親と二人暮らしだったらしい。

 

 父親は普段から連れ込んだ女から金をせびり、働きもせず酒に溺れる毎日。

 少年だった片桐は毎日のように、男から暴力を受けていたそうだ。

 

 東方は少年の吉良に配慮しボカしていたが、暴力の中に性的な意図があったことも話の中で読み取れた。

 

 新聞の内容で初犯時に強盗に入った家が男のもので、そこに「強姦」というワードがあったことが常々疑問だったが、片桐少年の過去をつかんだことでパズルがそろう。

 

 人生には吉良や保健医のように、手フェチや眼球フェチがいるのだ。バイという奴もいる。

 そんなマイノリティーな連中の生き方を模索していた彼だが、結局は答えを見出せずにいた。

 

 警官は最後「もし辛い時は、いつでも大人に助けを求めていい」と言っていた。

 

 

 ────ぼくは別に虐待を受けてるわけじゃない、親の愛情が重いだけだ。

 

 

 両親は少し他の親と違うだけで、ごく普通の人間だ。

 母親は息子に対して少し変質した愛情を抱いているだけであり、父親もそんな母に口を出さないだけ。

 

 ()()の親なんだ、だから自分も()()の子どもなのだ。

 

 

 自分に言い聞かせるように小さく呟く彼の手は、白くなるほど握られていた。

 

 

 

 

 

「あれ、吉良くん?」

 

 のろのろと彼がスーパーの駐車場を歩いていた時、後ろから声をかけられた。

 

 振り返るとそこにいたのは、スーパーの袋を両手に提げた佐藤保健医。

 普段は白衣だが、今日はベージュのコートを羽織り、下は黒いジャージと素足にサンダルを身につけている。何ともものぐさな格好である。

 

「…先生」

 

「メガネを取ってるし髪も上がっているから、一瞬誰かと思っちゃった。体調悪そうだけど、大丈夫?家まで送ってあげようか?」

 

「………大丈夫です」

 

「あはは、そんなフラフラで言われてもにゃあ」

 

 抵抗らしき抵抗ができない吉良の背を押し、保健医は自身の黒い車に乗せた。

 彼女の袋は荷台に置き、彼を助手席に乗せる。

 

「あらあら、そんなに強く握っちゃって」

 

 保健医はエンジンを入れつつ、卵の入った袋を握りしめている少年の手を見つめた。

 白くなっている手に触れれば、雪でも触ったかのように冷たい。

 

「風邪、ってわけじゃないか。冬休み前からあんまり食べられていなかったみたいだけど…」

 

「…………るな」

 

「え?」

 

「ぼくに、さわるな」

 

 その言葉に彼女は一瞬目を見開き、愛おしげに微笑むと、手を絡ませるように距離を詰める。

 

「そりゃあ学校が休みで一週間以上経てば、溜まってきちゃうよね」

 

「犯すぞ」

 

「ふふ、いいわよ。私の家ここから近いから、いらっしゃいな」

 

「…冗談です、自分で歩いて帰ります」

 

 彼女はシートベルトを外し車から降りようとした少年の手を掴み、引き寄せた。

 吉良がその行動に虚を突かれている隙に、お互いの距離が縮まり、呼吸が間近になる。

 

 

 キスを、された──────。

 

 

 そう彼が思った時には、すでに離れていた距離。少年は顔を真っ赤にするでもなく、眉間に皺を寄せて口元を拭う。

 

「私とのキスははじめてだったよね、吉良くん」

 

「……生徒の初体験の次はファーストキスまで奪うなんて、とんだアバズレ女ですね」

 

「あら、私がはじめてだったの?てっきり杉本さんと、もうしたかと思ったのに」

 

「やっぱりぼくと鈴美が付き合ったのは、知ってたんですか。彼女とは手を繋いだまでですね。結構向こうは純情なんですよ」

 

()()()()──ってことは、少なからず私が二人のことを知っているのか、気になってたってことね」

 

「……一応、あなたと利害関係はあるので」

 

「その感情は罪悪感から来るの?それとも、別の感情?」

 

 いつもと雰囲気の違う保健医に、吉良はたじろいだ。

 細腕のどこにそんな力があるのが、握ってくる手の力は骨を軋ませる。

 

「あぁ…そうね、君は恋愛感情がわからなかったのよね。杉本さんと付き合ったのは、大方その感情を理解するための方法かしら?」

 

「………」

 

「吉良くんらしいなぁ、でも一つ君は見誤っている。「恋心」が何たるかを知らないまま、彼女と付き合うべきではなかった。私の感情も知らないで……本当にひどい男の子ね」

 

「…おっしゃってる意味がわからないんですが」

 

 

 彼にとって佐藤保健医との関係は、利害が一致しているが故の付き合いでしかない。

 

 それは本人が卒業する間までの関係になるだろうし、彼女が別の場所へ移った際は、彼は()()()となる女性を見つける。

 ストレス発散の方法として便利だと彼女との付き合いで知ったため、新しい関係を築くのは確実だ。

 

「君は見目がいいからその気になれば、私の代わりはいくらでも見つかるでしょうね」

 

「それは先生にも当てはまるんじゃないですか?」

 

「ふふ、以前は()()()()()()の男が何人かいたけど、今は君だけよ」

 

「……」

 

「んもう、そんなに嫌そうな顔しないでよ。きっと君の眼ほど美しい人間とは、そうそう出会えない」

 

 白いしなやかな手が少年の両頬に触れる。

 

 吉良がその手に恍惚とした表情を浮かべている間、彼女は快楽に浸る目に紅い舌を伸ばし、ねっとりと、舐め上げた。

 呼吸を乱しつつ糸が引いた先の女の顔は、普通の男なら思わず息を呑んでしまうほど卑猥で、蠱惑的で。

 

 保健医は彼の耳元で甘く囁く。

 

 

「私は君の眼が好き、でも君自身も好き。嫉妬する女は何を仕出かすか、わからないものよ」

 

 

 吉良はしかし、白い手に頬ずりしながら見つめ返す。

 

「ぼくに鈴美と別れろとおっしゃりたいんですか?」

 

「本音を言うならそうね、別に私でも構わないでしょ?杉本さんと同じくあなたに好意を抱いているのだから、条件は同じだわ」

 

「ダメですね、だってあなたは()()じゃあない。ぼくは鈴美が()()の人間だったからこそ、了承したんだ。普通でないあなたといれば、今みたいに欲に溺れるだけの関係になる」

 

「あら、人間は快楽を享受する生き物でしょ?なら、今の行為だって普通だわ」

 

 また顔を近づけキスをした佐藤。吉良は顔を顰めたが、避けることはない。

 荒波を立てないようにしつつ、この状況を冷静に対処しようと鈍った頭を動かしている。

 

「吉良くんが付き合ってくれないのなら、君の性癖みんなに言っちゃおうかなぁ」

 

「先生はよっぽど強制わいせつ罪に問われたいんですね」

 

「合意の上じゃない〜!」

 

「いくらでも言いようはあるので」

 

 佐藤はあざとく頬を膨らまし下から目線で相手の目を見るが、無視される。

 彼女はワントーン声を落とした。

 

「ならいいわ、私は誰よりも快楽に忠実になれる。私の欲のために君の周囲が壊れようとも、構わない」

 

「あなたはぼく以上に失うことになりますよ」

 

「失うものなんて……これ以上、ないわよ」

 

 

 ────吉良吉影、あなたは私と関わった時点で、己の欲望を知った時点で、堕ちているのよ。

 

 

 暗として譲らない意思をみせた彼女に、吉良は小さくため息を吐く。

 当初は秘密を言わないだろうと考えていたが、女の恋心を理解できないのが誤算となった。

 

 つのる苛立ちと、溜まっていた手の欲望。母の目に対する気持ち悪さ。

 

 すべてが脳をかき混ぜていく。無意識に片手に持っていた卵のパックを握り潰した。

 だがそのことにも気づかず、ゆっくりと視線は()()()に向かう。

 

 その時暖房のきいた車内の曇った窓ガラスから、一滴、雫が溢れた。

 

 

()()()

 

 

 この白い手は美しい。しかし()()()()()()()()()()()()と感じた。

 爪が「ギギ…ギ」と不快な音を立てて伸びていく。少年の手の変化を目に留めた保健医は、そこに意識を取られる。

 

「邪魔だ」

 

 再度呟かれた刹那、爪の伸びる両手が細い首へと近付いていった。

 

 吉良は身を竦ませた女の下半身に膝を乗せ体重をかけて、両手に力を込めていく。

 その瞳孔は完全に開いており、本人の無意識の内に口角が上がっていた。

 

 一瞬佐藤は腕をつかみ抵抗をみせたが、なぜか自分の首を絞めている相手の両頬に触れる。

 

 

「きれい、な…め」

 

「………ッ!」

 

 

 その言葉と同時に、激しくぶつかる音がした。我に返った少年が自分の行動に驚き身体を起こした拍子に、車の扉にぶつかったのだ。その衝撃で車内が大きく揺れる。

 

「──ゴホ、ゴホッ!!」

 

「……ぁ」

 

 深く咳き込む彼女の横で、吉良は顔を青くし、自分の両手を見つめながら小さく震え出す。

 佐藤は喉を抑えながらその姿を見つめ、緩く笑んだ。少年は彼女の首を絞めたことにより、隠された()()()()()を垣間見た。

 

 彼女は抑えきれない興奮のまま、少年の乱れた前髪を耳にかける。

 

「かわいそう、こんなに震えちゃって」

 

「ぼ、ぼくは……ぼくは…」

 

「大丈夫よ。ほら、この跡があなたの欲望の表れよ。すごくステキね」

 

「……ぼくは…」

 

「ねっ、私の家にいらっしゃいな」

 

「………」

 

「私を、あっためて」

 

 佐藤の言葉にゆっくりと吉良は顔を上げる。青白かった顔はさらに血の気が引いて死人のようだ。

 何も喋らない少年を、彼女は熱を分け合うように抱きしめた。

 

 

「好きよ、吉良くん」

 

 

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