転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
あとスマホあるん?ってなりそうだけど、動かないでもあったので見逃シテ…。シテ…。
岸辺露伴の再ドラマ化楽しみすぎて、動かないをネタにした話を何話か書けたら書きたいです……多分書けんと思うけど。
ガタンゴトンと揺れる車内。休日の昼間ということもあり、電車にいる客は多い。
「やっぱピンクダークの少年は面白いよなぁ」
「…あっ、最新刊の発売日もうすぐじゃん!」
午前の部活帰りであろうか、制服を着た二人の少年が漫画雑誌を見ながら話している。
他にも杖を握りしめたまま居眠りする老人や、読書に耽っている女性────さまざまな人間がこに電車内にいる。特にスマホを触っている者が多い。近年普及し始めた文明の利器だ。
「………」
そんな中、一人ぼんやりと虚空を眺める男がいた。
針のむしろな黒髪に、ラフな服装。その瞳は光を一切通すことなく死んでいる。否、死人よりも死んでいる。
歳は実年齢より十歳ほど若く見えるが、男の年齢は四十を過ぎている。仮に大学生のような服を着れば寡黙な見た目も相まって、そこそこモテる男子大学生に見えるだろう。
「………」
男の視線の先は吊り革よりも先の場所、荷物置き場に向いている。
『もしかしてあんた、オレのことが
そこにあったのは、
電車内の座席の上に設置されたそのスペースは、あくまで荷物を置くための場所だ。
しかし、その場所に人間がいる。しかも子供であればまだイタズラで済むが、成人の男が広々と使い寝転がっている。いや、「広々と」いうのは語弊があるか。
それでもその場所に収まるようにして、その男は前方に座る人間を観察している。
そして向こうは死んだ目の男の視線に気づき、お互いに「何だコイツ?」と見つめ合う状況が出来上がったのだ。
無論「何だコイツ?」どころか、通報されるべきは荷物置き場の男だ。そもそもの話、三高帽にやたら胸元のはだけたスーツというのもヘンテコだ。
しかし死んだ目の彼以外に、その男に気付いている者はいない。
ゆえに川尻浩作は、一つの結論を出す。
まるでその答え合わせをするように、三高帽の男は薄く口角を上げた。
『わたしは所謂“幽霊”という奴らしい。となるとあんたは、霊感がある人間……と言いたいところだが、少し違うようだな。理由はわからないが、あんたは片足をこちら側───幽霊側に踏み入れているらしい』
幽霊は荷物置き場から身を乗り出し、ちょうど空いていた川尻の隣に座る。
『あんた、名は何と言うんだ?』
「…川尻浩作」
『ふーん、川尻浩作ね。どこにでもありそうな、平凡な名前だな』
「……はぁ」
『わたしは………そうだな。“死んだ人間”だから、「デッドマンQ」とでも名乗っておこうか』
「………」
『おいおい、反応が薄過ぎやしないか?まぁ…わたしとしては好感触の人間だよ。あの女坊主よりはね』
「女坊主…?」と、一瞬川尻の中で疑問がよぎり、そのまま流れて行った。
川尻浩作は確かに普通のサラリーマンだ。嫁がいて、妻に似た大学生の一人息子がいる。
ただ彼には普通の人間と少し異なる点がある。それは一度記憶を失ったことだ。そして、その記憶は未だ戻っていない。今まで自分がどのように育ち、そしてどんな生き方をしてきたのか、丸々と抜けていたのだ。幸い一般教養は残っていた。
何もわからない中、記憶喪失の男を一心に支えたのが妻である。その妻がかつて愛した女であることも、川尻は忘れてしまっていたのだが。
最初は苦労の絶えぬ──というよりぼんやりし、そのまま迷子になるような男の世話をする、妻と息子の苦労が絶えない毎日だった。
だが今では普通の家族のように、幸せな毎日を送っている。何故なら彼には、
複雑な事情がある川尻に、
主に幽霊が、幽霊として暮らす上で苦労する愚痴。川尻はそれに曖昧な返事を返す。
『あんた機械みたいだな。「そうですか」とか「はぁ…」とか。まだSNSのbotの方が気の利いた返事をするよ』
「…よく言われます」
『こちらとしては視える人間で、それもこうやって話ができるだけで、いい気分転換にはなるんだがね』
「オレも喋りかけてくるタイプは初めてです」
『ッハ、わたしを電柱や茂みに隠れているような、バラバラのヤツらと一緒にしないでくれ給え』
「………」
川尻は徐に、幽霊に背後にいる
そこにいたのは幽霊の肩に手を置き、川尻を覗き込んでいる獣人型のネコである。
幽霊の表情が驚きに変わった。
『あんたコイツが視えるのか!?』
「……?えぇ、まぁ…」
『おぉ!初めてだよ、コイツを視える人間ってのは!…まぁ、視えたところで何だという話だが……』
「生前のペットですか?」
『ペット?こんな不気味な猫をわたしが飼っていたわけが──』
幽霊の言葉は続かず、デカ猫ちゃん(川尻の認識)のねこぱんちが決まった。威力は恐ろしく、幽霊の叩かれた上半身が吹っ飛んで床に転がる。猫は猫でも、ネコ科のパンチだった。
『クソカスがッ……なんてヤツだ!!』
「やっぱり愛猫だったんですよ」
『いや、絶対に違う。生前のことなんぞ微塵も覚えちゃいないが、コイツは絶対にわたしのペットじゃないね』
「…覚えてない?」
『幽霊なら割と多いんじゃないか?同類と語ったことなどほとんどないがな』
「そういうものなんですか」
記憶のないデッドマン。対し、記憶を失った川尻。幽霊の「こっち側に足を踏み入れている」というのは、川尻に記憶がないことが影響しているのかもしれない。
身体を直した幽霊は、再び川尻の横に座る。そしてまた周囲の客を観察し始めた。
『本当に流行っているよなぁ、スマホ。幽霊のわたしには持ち歩くのに実用的でないし、必要ない代物だが。ただ電話を使うにしても、数の減った公衆電話を探さなくちゃいけないから不便だ』
「仕方ないですよ。幽霊なんですから」
『ハハ、生きている人間が羨ましいものだよ。無いものねだりってやつだ』
ところで、と幽霊は足を組み替える。
『不思議に思わないかい、川尻浩作』
「何がですか?」
『側から見れば、あんたは今ブツブツと独り言を呟くヤバい奴だ。しかし他の人間はあんたのことを一ミリも目に留めちゃいない』
「影が薄いからじゃないですか?」
『それもあるかもね。だがわたしはこういった時、思うことがある。普通に考えれば一人で呟いている人間がいたとして、明らかにソイツは“異常”なわけだ。果たしてその時、幽霊のわたしとこうして話しているあんたが“異常”なのか、それともブツブツ話している男に気づかない、周囲の人間たちが“異常”なのだろうか?────ってね』
「オレに気づかないフリをしている人間もいると思いますよ」
『そうかい?周りをよく見てみろ。あんたのことなんかこれっぽっちも、意識の片隅にも置いちゃいない』
「……何が言いたいんですか?」
『何が言いたいというか…本題は別だ。さっきスマホの話をしたが、わたしはあんたに気づかない人間に注目して欲しいんだ』
「…あぁ、スマホしてますね」
『そうだ。随分と熱心に見ているだろ?』
川尻はそこでふと、近年問題になっている歩きスマホの件を思い出した。
画面に意識を取られて事故に遭った──なんて話を、ニュースで目にしたこともある。
『もしスマホを見ていたせいで何かが起きてしまっても、それは見ていた連中の自業自得ってことだ』
「確かに……そうですね。けれど電車に乗っている時くらいはいいんじゃないですか?」
『まぁね。わたしとしてはよそ見してくれている方が、荷物を奪いやすくてありがたいよ』
「………」
川尻は横に置いていた荷物を膝の上に移動させた。泥棒はすぐ側にいるらしい。
『時に川尻浩作。今この電車はS市杜王町内を走っているわけだが、この町が行方不明者が多いことは知っているかい?』
「…いえ」
『仮にスマホを見続けていて、開いていたマンホールに落ちちまった……なんてマヌケな人間も、この町だったらいそうだよね』
そう言い、デッドマンは嘲るような笑みを浮かべる。
「幽霊ギャグだろうか?」と川尻が見当違いなことを思った時、気づいた。
────人が、少なくなっている。それも、スマホを使っていた人間たちがごっそりと、最初から電車になど乗っていなかったように。
「……ッ!?」
咄嗟に彼は幽霊へ視線を戻す。相手は三高帽を目深にかぶり、片目だけ川尻に向けていた。
黒い瞳。それは川尻と似ているようで、彼とは一線を画す深淵を宿している。それこそ、生者と死者を線引きする決定的な違いなのかもしれない。
漠然とした恐怖が、川尻の内に襲う。
『どこに、
瞬間、川尻は立ち上がり外へ出ようとした。しかし電車が走っている今、降りることなどできない。
いや、それ以上に窓から外の景色を見れば、いつの間にか真っ黒に染まっている。夜というわけではない。一寸先が闇、といった具合に、先の景色が見えないのだ。
彼の頬に冷や汗が伝い、死んだ目の瞳孔が焦りを見せる。別の車両へ移ろうと扉を開けようにも全く開かず、川尻が目の前を通り過ぎても、他の人間たちは見向きもしない。
恐怖一色に染まった川尻は、近くにいた男の肩を揺すろうと手を伸ばした。だが、横から伸びてきた手によって阻まれる。ヒヤリとして、触れられた部分からゾワゾワと鳥肌が立つ。
実際には触れられていないにもかかわらず、視える彼には視覚的な、あるいは聴覚的にその感覚を生々しく感じてしまう。
『まぁまぁ、少し落ち着こうじゃないか。わたしとしてはもう少し、この雑談に興じていたいんだがね』
「……離してくれ」
『あまり表情が変わっていないが、内心恐怖でいっぱいというところか。そんなあんたにサプライズだ。後ろを見てみろ』
「後…ろ?」
促された先に広がるのは、無数の青白い手と顔。窓ガラスに張り付き、ソイツらは川尻を凝視している。電車は相変わらず走っているはずだ。だのに、ソイツらが消えることはない。
生唾を飲んだ川尻は、幽霊を振り返った。
「えっ」
幽霊がいなくなっている。それどころか、スマホをいじっていた人間たちも元に戻っていた。外を包む暗闇も、窓ガラスに張り付いていた無数の顔や手もない。
あるのはウロウロと辺りを見渡す彼に向く、周囲の怪訝な視線だ。
耐えきれなくなった男は、目的の駅に着く前に降りた。
全く何がなんだかわからない。そもそもかなり前に杜王駅で乗ったというのに、ずっと次の駅へ着かなかったのも奇妙だ。いつも通勤に使っている線路ゆえ、だいたい一駅にかかる時間は把握している。
「…考えても仕方ないか」
一先ず気分が落ち着いてから、電車に乗ろう。
恐ろしい目に遭ってもなお電車を利用するその根性は、肝の据わっている川尻浩作らしいと言えば、川尻浩作らしい。
「早くプレゼントを買って帰るか…」
明日は夫婦の結婚記念日だ。夫が今日出かけている理由を察しながら、妻はルンルン気分で待っている。それを息子が見たならば、「はいはい、リア充」と言っているだろう。
川尻家の日常は、多少スリリングな時もあるが、それでも穏やかに進んでいた。
⚪︎⚪︎⚪︎
場所は神社の境内である。そこに箒を持ち、掃除をしている女坊主がいた。
彼女は側にある灯籠の上に視線を向ける。
「依頼、終わったんですね」
『あぁ、すぐにな』
灯籠に腰掛けている、三高帽の男。幽霊たる彼は一つ、ため息をこぼした。
彼が女坊主に頼まれた今回の依頼。それは人を誘い込む電車の怪奇事件の解決である。この事例に近いのは、都市伝説の「きさらぎ駅」であろうか。
事件の内容は大体こうだ。
電車に乗っていると、いつの間にか窓の外が異様に暗くなり、人の数も減っている。
それに驚いた人間が次の駅で逃げるように降りると、謎の駅に着く。おまけに看板に書かれた駅名は黒く塗りつぶされていて、読むことができない。
周辺は真っ暗で、線路はない。というより、線路の下にある地面すらない。
向かい側のプラットフォームも存在せず、頼りになるのはその人間がいるフォームの明かりだけ。
ホーム唯一繋がるのは地下への階段だ。その先も真っ暗で、スマホなどの明かりがなければとてもじゃないが歩けないし、その先に行こうとする猛者もいない。
そうやって悩んでいると、音が聞こえてくる。グチャグチャと、泥を踏み潰すような音が続く。そして気づくのだ。その何かがゆっくりと、地下から地上へのぼって来ていることに。
その後ガタンゴトンと音を出し、電車がやって来る。迷い込んだ人間が死に物狂いで乗り込むと、いつの間にか元の場所に戻っていた────というような話だ。
こんな相談がいくつも女坊主のもとに来ていた。先に言っておくと、彼女の神社は
また似たような相談で、電車に乗っていた最中に外が暗くなり、無数の手と顔が窓に張りついていて、恐怖にずっと震えていたら元に戻っていた、という話もあった。
これに関しては電車を降りなかったパターンだ。
『あんたの言うとおり、行くだけで終わった。気づいたら電車の中に戻っていたしな。それよりも一番大変だったのは、人と接触しないよう電車に乗ることだったよ』
「君に憑いているネコくんの能力は、本当に凄まじいですね」
『あぁ、一瞬で爆発して消えた。我ながら恐ろしい……よくわからんヤツだが』
幽霊はついでに、誘い込まれそうだった死んだ目の男についても話した。
最近歩きスマホが原因で人間の視線や動作が読みにくくなり、人とぶつかることが多くなってしまった幽霊の身としては、「殲滅すべしッ!スマホォ!!」な意見である。
ゆえにつらつらと、川尻に愚痴を言ってしまった。
ちなみに尼僧はすでに何度もこの話を聞いている。
『概ね誘われるのは波長の合った人間だ。あの人間は恐らく一度死にかけた経験があったゆえ、半分あの世に足を突っ込んでいたんだろう。逆に電波を扱っている人間──スマホなんかをいじっていると、向こうの飛ばしている波長が阻害されるのか、真っ先にスマホ人間は除外対象になった』
「私もガラケーから変えましょうかね。……というか、そういう君はいつまで
『さぁね』
幽霊は女坊主から視線を外し、夕焼けがかった空を眺める。
「ところで、人を誘う正体は何でしたか?」
『ン?……えっと、何だっけな…そうだ、アレだアレ。タタリ神っぽいやつだ。アシなんとかの』
「もののけ姫ですね」
『そうそう、そのタタリ神のイメージだ』
「なるほど。中々に強烈だったのですか」
『そのイメージを巨大な人間の肉塊に変えて、そこから人間の手足を無数に生やした感じだ』
「………」
『ホォー…尼僧でも顔を青ざめさせることがあるのだな。まぁ、あれは…なんだ。人を殺す類でなかったのは確かだ』
「…そうですか」
『あれは人を誘い、そして伝えたかったのだろうな』
瞳を閉じ、幽霊はまた一つ、ため息ともつかない息を零す。