転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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川尻とデッドマンQと電車の話。ネタを思いついたので久々に書いた次第。少しホラー。
あとスマホあるん?ってなりそうだけど、動かないでもあったので見逃シテ…。シテ…。

岸辺露伴の再ドラマ化楽しみすぎて、動かないをネタにした話を何話か書けたら書きたいです……多分書けんと思うけど。


82話 ガタンとゴトン

 ガタンゴトンと揺れる車内。休日の昼間ということもあり、電車にいる客は多い。

 

「やっぱピンクダークの少年は面白いよなぁ」

 

「…あっ、最新刊の発売日もうすぐじゃん!」

 

 午前の部活帰りであろうか、制服を着た二人の少年が漫画雑誌を見ながら話している。

 

 他にも杖を握りしめたまま居眠りする老人や、読書に耽っている女性────さまざまな人間がこに電車内にいる。特にスマホを触っている者が多い。近年普及し始めた文明の利器だ。

 

 

「………」

 

 そんな中、一人ぼんやりと虚空を眺める男がいた。

 

 針のむしろな黒髪に、ラフな服装。その瞳は光を一切通すことなく死んでいる。否、死人よりも死んでいる。

 

 歳は実年齢より十歳ほど若く見えるが、男の年齢は四十を過ぎている。仮に大学生のような服を着れば寡黙な見た目も相まって、そこそこモテる男子大学生に見えるだろう。

 

「………」

 

 男の視線の先は吊り革よりも先の場所、荷物置き場に向いている。

 

 

『もしかしてあんた、オレのことが()えてるのか?』

 

 

 そこにあったのは、()()、としか言いようのない光景だった。

 

 電車内の座席の上に設置されたそのスペースは、あくまで荷物を置くための場所だ。

 

 しかし、その場所に人間がいる。しかも子供であればまだイタズラで済むが、成人の男が広々と使い寝転がっている。いや、「広々と」いうのは語弊があるか。

 

 それでもその場所に収まるようにして、その男は前方に座る人間を観察している。

 

 そして向こうは死んだ目の男の視線に気づき、お互いに「何だコイツ?」と見つめ合う状況が出来上がったのだ。

 

 無論「何だコイツ?」どころか、通報されるべきは荷物置き場の男だ。そもそもの話、三高帽にやたら胸元のはだけたスーツというのもヘンテコだ。

 しかし死んだ目の彼以外に、その男に気付いている者はいない。

 

 ゆえに川尻浩作は、一つの結論を出す。

 まるでその答え合わせをするように、三高帽の男は薄く口角を上げた。

 

 

『わたしは所謂“幽霊”という奴らしい。となるとあんたは、霊感がある人間……と言いたいところだが、少し違うようだな。理由はわからないが、あんたは片足をこちら側───幽霊側に踏み入れているらしい』

 

 

 幽霊は荷物置き場から身を乗り出し、ちょうど空いていた川尻の隣に座る。

 

『あんた、名は何と言うんだ?』

 

「…川尻浩作」

 

『ふーん、川尻浩作ね。どこにでもありそうな、平凡な名前だな』

 

「……はぁ」

 

『わたしは………そうだな。“死んだ人間”だから、「デッドマンQ」とでも名乗っておこうか』

 

「………」

 

『おいおい、反応が薄過ぎやしないか?まぁ…わたしとしては好感触の人間だよ。あの女坊主よりはね』

 

 

「女坊主…?」と、一瞬川尻の中で疑問がよぎり、そのまま流れて行った。

 

 川尻浩作は確かに普通のサラリーマンだ。嫁がいて、妻に似た大学生の一人息子がいる。

 

 ただ彼には普通の人間と少し異なる点がある。それは一度記憶を失ったことだ。そして、その記憶は未だ戻っていない。今まで自分がどのように育ち、そしてどんな生き方をしてきたのか、丸々と抜けていたのだ。幸い一般教養は残っていた。

 

 何もわからない中、記憶喪失の男を一心に支えたのが妻である。その妻がかつて愛した女であることも、川尻は忘れてしまっていたのだが。

 

 最初は苦労の絶えぬ──というよりぼんやりし、そのまま迷子になるような男の世話をする、妻と息子の苦労が絶えない毎日だった。

 

 だが今では普通の家族のように、幸せな毎日を送っている。何故なら彼には、()()()妻と息子がいるのだから。

 

 

 

 複雑な事情がある川尻に、死人の男(デッドマン)はあえて深入りせず世間話をする。

 

 主に幽霊が、幽霊として暮らす上で苦労する愚痴。川尻はそれに曖昧な返事を返す。

 

『あんた機械みたいだな。「そうですか」とか「はぁ…」とか。まだSNSのbotの方が気の利いた返事をするよ』

 

「…よく言われます」

 

『こちらとしては視える人間で、それもこうやって話ができるだけで、いい気分転換にはなるんだがね』

 

「オレも喋りかけてくるタイプは初めてです」

 

『ッハ、わたしを電柱や茂みに隠れているような、バラバラのヤツらと一緒にしないでくれ給え』

 

「………」

 

 川尻は徐に、幽霊に背後にいる()()を見つめた。その視線に気づいたのか、デッドマンも後ろを向く。

 

 そこにいたのは幽霊の肩に手を置き、川尻を覗き込んでいる獣人型のネコである。

 幽霊の表情が驚きに変わった。

 

『あんたコイツが視えるのか!?』

 

「……?えぇ、まぁ…」

 

『おぉ!初めてだよ、コイツを視える人間ってのは!…まぁ、視えたところで何だという話だが……』

 

「生前のペットですか?」

 

『ペット?こんな不気味な猫をわたしが飼っていたわけが──』

 

 

 幽霊の言葉は続かず、デカ猫ちゃん(川尻の認識)のねこぱんちが決まった。威力は恐ろしく、幽霊の叩かれた上半身が吹っ飛んで床に転がる。猫は猫でも、ネコ科のパンチだった。

 

『クソカスがッ……なんてヤツだ!!』

 

「やっぱり愛猫だったんですよ」

 

『いや、絶対に違う。生前のことなんぞ微塵も覚えちゃいないが、コイツは絶対にわたしのペットじゃないね』

 

「…覚えてない?」

 

『幽霊なら割と多いんじゃないか?同類と語ったことなどほとんどないがな』

 

「そういうものなんですか」

 

 記憶のないデッドマン。対し、記憶を失った川尻。幽霊の「こっち側に足を踏み入れている」というのは、川尻に記憶がないことが影響しているのかもしれない。

 

 身体を直した幽霊は、再び川尻の横に座る。そしてまた周囲の客を観察し始めた。

 

『本当に流行っているよなぁ、スマホ。幽霊のわたしには持ち歩くのに実用的でないし、必要ない代物だが。ただ電話を使うにしても、数の減った公衆電話を探さなくちゃいけないから不便だ』

 

「仕方ないですよ。幽霊なんですから」

 

『ハハ、生きている人間が羨ましいものだよ。無いものねだりってやつだ』

 

 ところで、と幽霊は足を組み替える。

 

 

『不思議に思わないかい、川尻浩作』

 

「何がですか?」

 

『側から見れば、あんたは今ブツブツと独り言を呟くヤバい奴だ。しかし他の人間はあんたのことを一ミリも目に留めちゃいない』

 

「影が薄いからじゃないですか?」

 

『それもあるかもね。だがわたしはこういった時、思うことがある。普通に考えれば一人で呟いている人間がいたとして、明らかにソイツは“異常”なわけだ。果たしてその時、幽霊のわたしとこうして話しているあんたが“異常”なのか、それともブツブツ話している男に気づかない、周囲の人間たちが“異常”なのだろうか?────ってね』

 

「オレに気づかないフリをしている人間もいると思いますよ」

 

『そうかい?周りをよく見てみろ。あんたのことなんかこれっぽっちも、意識の片隅にも置いちゃいない』

 

「……何が言いたいんですか?」

 

『何が言いたいというか…本題は別だ。さっきスマホの話をしたが、わたしはあんたに気づかない人間に注目して欲しいんだ』

 

「…あぁ、スマホしてますね」

 

『そうだ。随分と熱心に見ているだろ?』

 

 

 川尻はそこでふと、近年問題になっている歩きスマホの件を思い出した。

 画面に意識を取られて事故に遭った──なんて話を、ニュースで目にしたこともある。

 

 

『もしスマホを見ていたせいで何かが起きてしまっても、それは見ていた連中の自業自得ってことだ』

 

「確かに……そうですね。けれど電車に乗っている時くらいはいいんじゃないですか?」

 

『まぁね。わたしとしてはよそ見してくれている方が、荷物を奪いやすくてありがたいよ』

 

「………」

 

 川尻は横に置いていた荷物を膝の上に移動させた。泥棒はすぐ側にいるらしい。

 

『時に川尻浩作。今この電車はS市杜王町内を走っているわけだが、この町が行方不明者が多いことは知っているかい?』

 

「…いえ」

 

『仮にスマホを見続けていて、開いていたマンホールに落ちちまった……なんてマヌケな人間も、この町だったらいそうだよね』

 

 そう言い、デッドマンは嘲るような笑みを浮かべる。

「幽霊ギャグだろうか?」と川尻が見当違いなことを思った時、気づいた。

 

 

 ────人が、少なくなっている。それも、スマホを使っていた人間たちがごっそりと、最初から電車になど乗っていなかったように。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 咄嗟に彼は幽霊へ視線を戻す。相手は三高帽を目深にかぶり、片目だけ川尻に向けていた。

 

 黒い瞳。それは川尻と似ているようで、彼とは一線を画す深淵を宿している。それこそ、生者と死者を線引きする決定的な違いなのかもしれない。

 

 漠然とした恐怖が、川尻の内に襲う。

 

 

 

『どこに、()()()()()()たんだろうね』

 

 

 

 瞬間、川尻は立ち上がり外へ出ようとした。しかし電車が走っている今、降りることなどできない。

 

 いや、それ以上に窓から外の景色を見れば、いつの間にか真っ黒に染まっている。夜というわけではない。一寸先が闇、といった具合に、先の景色が見えないのだ。

 

 彼の頬に冷や汗が伝い、死んだ目の瞳孔が焦りを見せる。別の車両へ移ろうと扉を開けようにも全く開かず、川尻が目の前を通り過ぎても、他の人間たちは見向きもしない。

 

 恐怖一色に染まった川尻は、近くにいた男の肩を揺すろうと手を伸ばした。だが、横から伸びてきた手によって阻まれる。ヒヤリとして、触れられた部分からゾワゾワと鳥肌が立つ。

 

 実際には触れられていないにもかかわらず、視える彼には視覚的な、あるいは聴覚的にその感覚を生々しく感じてしまう。

 

『まぁまぁ、少し落ち着こうじゃないか。わたしとしてはもう少し、この雑談に興じていたいんだがね』

 

「……離してくれ」

 

『あまり表情が変わっていないが、内心恐怖でいっぱいというところか。そんなあんたにサプライズだ。後ろを見てみろ』

 

「後…ろ?」

 

 促された先に広がるのは、無数の青白い手と顔。窓ガラスに張り付き、ソイツらは川尻を凝視している。電車は相変わらず走っているはずだ。だのに、ソイツらが消えることはない。

 

 生唾を飲んだ川尻は、幽霊を振り返った。

 

 

「えっ」

 

 

 幽霊がいなくなっている。それどころか、スマホをいじっていた人間たちも元に戻っていた。外を包む暗闇も、窓ガラスに張り付いていた無数の顔や手もない。

 

 あるのはウロウロと辺りを見渡す彼に向く、周囲の怪訝な視線だ。

 

 耐えきれなくなった男は、目的の駅に着く前に降りた。

 

 全く何がなんだかわからない。そもそもかなり前に杜王駅で乗ったというのに、ずっと次の駅へ着かなかったのも奇妙だ。いつも通勤に使っている線路ゆえ、だいたい一駅にかかる時間は把握している。

 

「…考えても仕方ないか」

 

 一先ず気分が落ち着いてから、電車に乗ろう。

 

 恐ろしい目に遭ってもなお電車を利用するその根性は、肝の据わっている川尻浩作らしいと言えば、川尻浩作らしい。

 

「早くプレゼントを買って帰るか…」

 

 明日は夫婦の結婚記念日だ。夫が今日出かけている理由を察しながら、妻はルンルン気分で待っている。それを息子が見たならば、「はいはい、リア充」と言っているだろう。

 

 

 川尻家の日常は、多少スリリングな時もあるが、それでも穏やかに進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 場所は神社の境内である。そこに箒を持ち、掃除をしている女坊主がいた。

 彼女は側にある灯籠の上に視線を向ける。

 

「依頼、終わったんですね」

 

『あぁ、すぐにな』

 

 灯籠に腰掛けている、三高帽の男。幽霊たる彼は一つ、ため息をこぼした。

 

 

 彼が女坊主に頼まれた今回の依頼。それは人を誘い込む電車の怪奇事件の解決である。この事例に近いのは、都市伝説の「きさらぎ駅」であろうか。

 

 事件の内容は大体こうだ。

 

 

 電車に乗っていると、いつの間にか窓の外が異様に暗くなり、人の数も減っている。

 

 それに驚いた人間が次の駅で逃げるように降りると、謎の駅に着く。おまけに看板に書かれた駅名は黒く塗りつぶされていて、読むことができない。

 

 周辺は真っ暗で、線路はない。というより、線路の下にある地面すらない。

 向かい側のプラットフォームも存在せず、頼りになるのはその人間がいるフォームの明かりだけ。

 

 ホーム唯一繋がるのは地下への階段だ。その先も真っ暗で、スマホなどの明かりがなければとてもじゃないが歩けないし、その先に行こうとする猛者もいない。

 

 そうやって悩んでいると、音が聞こえてくる。グチャグチャと、泥を踏み潰すような音が続く。そして気づくのだ。その何かがゆっくりと、地下から地上へのぼって来ていることに。

 

 その後ガタンゴトンと音を出し、電車がやって来る。迷い込んだ人間が死に物狂いで乗り込むと、いつの間にか元の場所に戻っていた────というような話だ。

 

 

 こんな相談がいくつも女坊主のもとに来ていた。先に言っておくと、彼女の神社は()()()()()怪奇ごとも請け負っている。

 

 また似たような相談で、電車に乗っていた最中に外が暗くなり、無数の手と顔が窓に張りついていて、恐怖にずっと震えていたら元に戻っていた、という話もあった。

 

 これに関しては電車を降りなかったパターンだ。

 

 

 

『あんたの言うとおり、行くだけで終わった。気づいたら電車の中に戻っていたしな。それよりも一番大変だったのは、人と接触しないよう電車に乗ることだったよ』

 

「君に憑いているネコくんの能力は、本当に凄まじいですね」

 

『あぁ、一瞬で爆発して消えた。我ながら恐ろしい……よくわからんヤツだが』

 

 幽霊はついでに、誘い込まれそうだった死んだ目の男についても話した。

 

 最近歩きスマホが原因で人間の視線や動作が読みにくくなり、人とぶつかることが多くなってしまった幽霊の身としては、「殲滅すべしッ!スマホォ!!」な意見である。

 

 ゆえにつらつらと、川尻に愚痴を言ってしまった。

 ちなみに尼僧はすでに何度もこの話を聞いている。

 

『概ね誘われるのは波長の合った人間だ。あの人間は恐らく一度死にかけた経験があったゆえ、半分あの世に足を突っ込んでいたんだろう。逆に電波を扱っている人間──スマホなんかをいじっていると、向こうの飛ばしている波長が阻害されるのか、真っ先にスマホ人間は除外対象になった』

 

「私もガラケーから変えましょうかね。……というか、そういう君はいつまで現世(こちら)にいるんですか?」

 

『さぁね』

 

 幽霊は女坊主から視線を外し、夕焼けがかった空を眺める。

 

「ところで、人を誘う正体は何でしたか?」

 

『ン?……えっと、何だっけな…そうだ、アレだアレ。タタリ神っぽいやつだ。アシなんとかの』

 

「もののけ姫ですね」

 

『そうそう、そのタタリ神のイメージだ』

 

「なるほど。中々に強烈だったのですか」

 

『そのイメージを巨大な人間の肉塊に変えて、そこから人間の手足を無数に生やした感じだ』

 

「………」

 

『ホォー…尼僧でも顔を青ざめさせることがあるのだな。まぁ、あれは…なんだ。人を殺す類でなかったのは確かだ』

 

「…そうですか」

 

『あれは人を誘い、そして伝えたかったのだろうな』

 

 瞳を閉じ、幽霊はまた一つ、ため息ともつかない息を零す。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()──────と。

 

 

 

 

 


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