転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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そんなに怖くないホラーネタが混じった回です。学生三人と吉良がホラースポット巡りする話。


84話 ヤツらの心霊探訪記 in S市

 季節は夏。

 

 全くもって関係のない話から始めるが、()のノストラダムスが残した 『予言集』の中にある「恐怖の大王」というものをご存じだろうか。

 

 1999年7カ月に空から恐怖の大王がやって来るだろう、と続くものだ。

 

 日本では五島勉が著者の『ノストラダムスの大予言』を受けて、さまざまな憶測が飛び交った。

 宇宙人であったり、天体の衝突であったり、核ミサイルであったり────。

 

 それから1年以上経ち、世界が滅んだ、なんて事はない。

 

 でなければわたしも当然死んでいるし、こうして仕事をしているはずがない。そもそもそんな話を信じること自体、バカバカしい。

 

 しかし知り合いの青年はその内容を真に受け、内心恐れていたようだ。

 ただし虹村形兆の“矢”の件やスタンド使いとの戦いで、そんなことを考えている暇はなかったと聞く。

 

 かく言うわたしも、昨年は「1987年」の再来と言うべき厄年だった。

 いや、本来の厄年はおろか、前厄や後厄に当てはまる歳でなかったにも関わらず。

 厄についても信じていないが、本当の厄年が来た時わたしは死ぬのかもしれない。

 

 

 

 さて、そろそろ話の本題に入るとして、時期は8月。

 東北だろうと茹だるような暑さが襲来している一方で、改造学ランを着た青年が今、目の前にいる。

 

 特徴的なリーゼントを見ているだけで暑苦しい。だがこの男にとって髪への発言は地雷である。踏んだら最後、わたしの明日はない。

 

 唐突に、アポもなく我が家に押しかけた青年、東方仗助。

 

 図々しく思いながら客間に通し、扇風機をつけ、麦茶と菓子を出してやっている。

 ただでさえすでに暑さで機嫌が悪いこちらに、青年は広い肩を狭くさせた。

 

「何の用件だ。夏休みを謳歌している学生さまと違って、わたしは仕事があるんだ」

 

「いつにも増して()がキツい…」

 

「課題を教えてほしいとかだったら、殺すからな」

 

「いや、宿題の方は大丈夫っス。実はお願いがあってですねー…」

 

「お願い?」

 

 どうやら学生たちで夏の思い出を作ろうということで、心霊スポット巡りをしよう、という話になったらしい。

 昨年の七不思議の件を思わず思い出したが、もっとメジャーな場所を回ろうという魂胆のようだ。

 

 

「なぜわざわざ心霊スポットなんだ。杜王町には海に川に、山もあるだろう。貴様らの目は節穴なのか?とっとと虫かごとアミでも持って遊んでこい」

 

「そんな、小学生じゃないんスから…。夏といえばやっぱしホラーでしょ?億泰や康一と行こうって話になったんですよ」

 

「お前たちの中で一番マトモな広瀬少年も賛成なのか…?というか、学生どもで行けばいいだけの話で、わたしは不必要だろ」

 

「それはちょっと、俺たちだけじゃ怖いっつーか……」

 

「じゃあ行かなければいい」

 

「そこを何とか、頼みますよォ〜!こういうのって一応、保護者がいた方がいいと思うんで」

 

「岸辺露伴」

 

「──は、康一が最初に話したみたいなんですけど、俺がいると知って断ったみたいです」

 

「………待て、お前がいなければ行ったということか?」

 

「お、気づいてくれたっスか、そこに」

 

 得意げな顔で持っていた学生カバンから、何か雑誌のようなものと、地図を取り出す仗助。

 扇風機の風を受け、少し乱れた髪をクシで直しながら、まず仗助は雑誌の表紙を見せる。

 

 ホラースポットの特集らしく、折り目のついたページを開くと、M県にまつわる心霊スポットがランキング形式で載っていた。

 他のページにも似たような形で県ごとの心霊スポットが書かれており、その内容についても記載されている。

 

「俺たちじゃバイクの免許もないし、他県には行くのは難しいっつーことで、県内の心霊スポットにまず行こうってなってですね」

 

 ページに載っているM県の心霊スポットの場所を調べる中で、コイツらはS市に異様に心霊スポットがあることに気づいた。

 

 20個ほどある中で、うち7カ所がランキングに入っている。しかも上位10位の中に6つもだ。

 

「一つや二つは知っている名前があったんですけど、知らなかった場所も含めて流石にここまでS市内にあるってなると、「じゃあS市の全部回ってやろうぜ」ってノリになって…」

 

 せっかくならランキングの順でS市のホラースポットを回ろうと、仗助たちはコピーして用意した地図に、その場所を記していった。

 

 その結果を見て、一同は戦慄した。同時にこの内容が、岸辺露伴の興味を誘うものにもなった。

 さらにコイツらが三人だけで回る勇気をなくした、理由の一端にも繋がる。

 

 

「随分とまぁ、杜王町に集中しているね」

 

 

 中心から外れているものが多いが、それでも杜王町に吸い寄せられでもしているように、ホラースポットが多い。

 

 意外とそこに住んでいる者でも、興味がなければ知らない──という人間も多いだろうが、まさかここまで多いとは。7つのうち6つも集中している。

 

 もはやここまで来ると、逆に多過ぎて目立っていないとさえ思える。

 いや、その考え方が正しいのかもしれない。

 

 しかしこの内容も岸辺青年にとっては、仗助の存在を前にしては劣るものだったのだろう。

 そもそもヤツなら、後で一人で行きそうだが。広瀬少年も連れて。

 

「で、再三言うが、行く前からビビってるなら、行かなきゃいいだろう」

 

「けど行きたいんスよ、思い出作りに」

 

「ビビって絶叫して、半ベソかいてる君の未来しか見えないな」

 

「イイネタになると思うんですけどねェー…?」

 

「わたしをどこぞの漫画家と同じ思考回路をしていると思ったら大間違いだぞ、東方仗助」

 

 コイツや虹村億泰は高校二年。来年は三年である。つまり、就職か受験。

 

 ゆえにまだ最後ではないが、思い出作りをしているのだろう。

 また海や山で遊ぶのは何度も経験しているため、一風変わった内容を行おうとしていることも。

 

 しかしわたしには関係がない。薄情で悪いが。

 

 ちなみに影犬の件でわたしが作家であることを、単細胞コンビのコイツと虹村億泰は知ったが、作家名までは知らない。

 どの道小説なんぞ読まない奴らだ。

 

 それでも一応、火の無いところに煙は立たぬというように、わたしが作家とわかってしまうような発言が他者の前でできぬよう、漫画家に制限をかけてもらっている。

 

 

「第一お前の母親でも何でも、他に頼れるオトナはいるはずだ。わたしでなければならない理由がない」

 

「…その、聞いたんですよ、吉良さんがそーいうの()えるって」

 

「誰の証言だ、ソレは」

 

「岸辺露伴」

 

「岸辺露伴………」

 

 あの小僧、適当なことを言ったのではあるまいな。

 幼少期など関わることが多かったため、何か勘づいていたのかもしれないが。

 

「ハァ……たしかにまぁ、オヤジの存在もあるし、幽霊が存在することは認めている。だからってわたしが視ているものが絶対的に幽霊とは限らない。何せオヤジは視える他人が、視えていないものなのだから」

 

【呼んだかい、吉影?】

 

「どわぁっ!!」

 

 ヌルッと、襖の隙間から出てきた写真。

 わたしの冷めた目にお呼びでないことを察したのか、静かに戻って行った。

 

 父が霊感のないコイツにも視えているのは、偏にオヤジがスタンド使いであるからなのか。

 しかしあの小道の保健医を、広瀬康一やその彼女は視えたという。ゆえに、一概には言えないのだろう。

 

「ちなみにお前の後ろに下半身のない女が生えていて、お前を見ていると言ったらどうする?」

 

「え?………ギィヤァッ!!」

 

「嘘だよ」

 

 仗助は部屋の隅に逃げ、頭を抱える。念仏を唱えているが意味はない。

 というより、このビビり具合で7つも回ろうと考えているのか、この少年?よっぽど星の入った玉を集める方が楽そうに思える。

 

「俺も引くに引けねェんだ、億泰のヤツと度胸試しになっててよ……」

 

「男の度胸を試すなら、女の数にしたらどうだい」

 

「じょ…………仗助くんは一途なんス!!」

 

「君まだ経験がないのか…?その両親譲りの見目の良さで?」

 

「……俺今貶されてんのか?それとも、ホメられてんですか?」

 

「両方だ」

 

 肩の力を落とし、ハァーと、深い息を吐く青年。

 仗助は両手を頬に当ててしばらく襖の絵を見つめ、立ち上がった。

 

「行きましょう、吉良さん」

 

「嫌だと言っているんだが」

 

「ヘェー……もしかして()()ですか?」

 

「何?」

 

「いや、いいんですよ、アレなら。俺たちは三人で行くんで」

 

「……まさかわたしが怖がっていると思っているのか?」

 

「いや、いやいや、そんなぁ、思ってないですよォ〜!そりゃあ一回りも年の離れた俺たちに情けないトコ見せるのイヤでしょうし……ねぇ?」

 

 見えすいた挑発だ。岸辺露伴ならまだしも、まさかわたしが安い挑発に乗るわけがない。

 だが少々気になるところはある。

 

 杜王町ならばもっとホラースポットはあるだろう。それこそ人々に知れ渡っていないだけで、そのような場所が多くありそうなものだ。

 

 それを踏まえて、仗助たちが挙げたS市にあるホラースポットは7つ。

 

 偶然だろうが、この「7」の数字に、思考が七不思議へと引きずられる。

 

 

 気のせいだとは思う。だが怪談というものには『百物語』というものもある。その内容の場合は100話語り終えた後、本物のモノノケが現れるという。

 

 それが本当かどうかはともかくとして、時にこの決まった数字というものは侮れない場合がある。

 

 それは日本人が「4」の数字に「死」を連想するように。

 あるいは西洋で「13」を忌み数として、階数に「13」という数字を使わず、「12a」と表記したり、13を飛ばして14階にしているように。

 

 人間というものは数字に縛られる側面がある。

 

 仗助たちで回りそれで何もなく終わるかもしれないが、もしかしたら、の場合もある。

 

 だからといって思い出作りにホラースポットへ行くアホウどものお守りなど、してやる義務などわたしにはない。

 ましてや心配してやる必要など。何かあったら自業自得だ。

 

 

「………ハァ、わかった、行くよ」

 

 

 仗助はわたしが挑発に乗ったと思ったのか、ガッツポーズを取る。

 

 別にそれに、腹だたしさを覚えたわけではない。ほんの冗談というヤツだ。

 帰り際、靴を履いて歩き出す少年に「足元には気をつけてね」と言うと、血相を変えて叫びながら走り出した。

 

「フン、ザマァない」

 

 玄関の戸を閉めて振り返った直後。天井からぶら下がっていたソレをすり抜けて、わたしは仕事へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 本来なら家でゆっくりしている日曜。

 

 昼食を済ませた後家を出て、集合場所の杜王駅に移動した。運転はわたしだ。当然のことだが自分の車に乗せる気はないため、わざわざレンタカーをこの日のために借りている。普段は左ハンドルということもあり、右ハンドルの運転に少々のやりにくさを覚えた。

 

 経路についてはここから西に向かい、ランキングと近い順を考慮して回っていく。

 

 シャツとジーンズのこちらに対し、助手席に座った広瀬少年は、パーカーとゆるいスウェットパンツだ。

 後ろは半袖短パンの男と、革ジャンにジーンズな男のコンビ。

 

 なぜ億泰の方は高校生にもなって、小学生のようなスタイルなんだ。

 なぜ仗助の方は革ジャンが、ピンクと水色のツートーンなんだ…?似合っているからとやかく言う気はないものの。

 

「だ、大丈夫ですか吉良さん?目が死んでますけど…」

 

「別に、元気だよ」

 

「絶対嘘だ……」

 

 というか待て、一瞬広瀬少年が頬をかいた時に、何か腕に巻いてあったんだが。

 見れば明らかに髪の毛だ。それも見間違いというわけじゃなく、ナマモノ。

 

 

「あ、これですか?由花子さんがお守りってことで、渡してくれたんです。数珠代わりになるって」

 

「ホラースポットとか、君は好いていないと思ったんだがね」

 

「いや、怖いですけど、まぁ思い出作りには悪くないかもなぁ、って」

 

「君の彼女は来なかったんだな」

 

「由花子さんは結構霊感があるらしくて、僕も止められはしたんですけど行きたかったんです。そしたら髪の、毛を………」

 

「お守りになるのかい、本当にソレ」

 

「マーキング?みたいなものにはなるそうです。「康一くんに手を出したら殺す…」って念を込めたから、万が一があっても僕()大丈夫だそうです」

 

「……億泰や仗助はどうなるかわからないと」

 

 広瀬康一の彼女と面識はないが、噂どおり彼氏以外にはかなりドライらしい。

 後ろで騒いでいた二人も、前の話を耳にして固まった。まだ一ヶ所目に到着もしていないというのに、その調子でいいのか。

 

 

 

 

 

 そして、一ヶ所目に来たのが沼。沼自体は公園内にあり、初冬になると白鳥やカモなどの水鳥が越冬のための休息地として使う。

 

 雑誌では入水自殺が多く、特に雨の日は霊が出現しやすいという。

 

「い、いかにも出そうって感じだよなァ、仗助ェ…」

 

「な、なな、なんだ、もうビビってんのかよ億泰?」

 

 暑さではない汗を流している二人。仲良くくっ付いて震えている様に、暑苦しさしか感じられない。

 水辺は比較的涼しく感じるが蚊が多い。愚かな半袖短パン男は局地的な被害を受けていた。

 

 

 二ヶ所目はランキングどおりではないが、先ほどの沼から近い場所。また沼である。

 

 ここもまた水鳥の休息地だ。前の沼より美しい風景の印象を受けつつ、周辺を回る。

 白装束の人間が現れるというが、真相は定かでない。大抵こういった内容は、後から尾ひれがついたものがほとんどだ。

 

「し、白装束の人間は視えたっスか?」

 

「いや、白装束の人間は、視えないよ」

 

 わたしの言葉に仗助はホッと、息を吐く。

 対し康一少年だけウラの意図を察したのか、顔を青くしていた。

 

 

 三ヶ所目はかつてのS藩の刑場跡。幾千もの人間が処刑されたといわれ、地蔵が建てられていた。

 すぐ近くに民家もあり、高校生三人はそろって地蔵に手を合わせていた。

 

 

 四ヶ所目は、Y県に近い山奥にあるトンネル。

 

 他六ヶ所と比較すると場所が離れており、時間がかかる。陽も傾き始め、近くの停められる場所に車を置き、舗装されていない道を歩いていった。

 

 体力的に疲れたこちらと違い、若者たちは森の中を歩くだけでもビクビクとしている。

 頭上で鳥が飛んだ音にさえ反応し、ガタイのイイ男二人が抱き合っていたので、置いていこうとした。泣かれた。

 

 中は柵で塞がれ通れないため、外から中を見て引き返す。

 帰りは逆に仗助たちに置いて行かれた。もっと体力をつけなければならなさそうだ。

 

 

 五ヶ所目は、これまたトンネル。

 建設途中に多くの犠牲者が出たらしい。

 

 この時点で辺りが薄暗くなり始めたので、一旦近くの店に寄って夕食を取ることになった。

 年下に払わせるわけにも行かず、奢りと知った途端に覇気の無くなっていた様子はどこへやら、学生たちは美味そうに食べていた。

 

 わたしもあと二ヶ所巡るのに差し支えない程度の量を食べる。

 

 

 夕食を食べたのち、訪れた六ヶ所目は霊園。

 

 わたしの両親や虹村億泰の兄、それに仗助の祖父のお骨がある霊園とはまた別の場所であり、S市最大の霊園である。

 ライトは用意しておいたが、流石にお骨が実際にある場所は不謹慎だろうと、外から眺めるだけとなった。

 

 ホラースポット巡りをしている時点で不謹慎もクソもない気がしたが、先ほどの取り戻した元気をなくした学生たちを見て、言及するのは避けた。

 

 噂については、霊園内の頂上にある塔の周りを3〜5周すると何か起こるらしい。

 

 

 そして最後は、ランキングの一位でもある場所。S市にある橋のひとつだ。

 

 テレビの類でも特集された、屈指の自殺スポットの名所。

 雑誌には「霊能力者も二度と行きたくないと語った!」とあった。

 

 自殺名所となっている所以はかつて吊り橋であったこともあり、昭和初期は特に身投げが多かったことで名が知られるようになった。

 

 やがて自殺防止の欄干を設けたにも関わらず自殺は止まらず、現在では2メートルを越えるフェンスと、それだけでなく鼠返しや有刺鉄線までも設置されている。

 

 だが結局死のうと思う奴は、フェンスも有刺鉄線も意に介さず死ぬのだろう。

 

 自殺の方法は人それぞれだ。首吊りが一番ラクに死ねるそうだが、薬を多量に摂取して自殺を図る者もいるし、他にも入水や飛び降りをする者もいる。

 

 死ぬ人間には、死ぬだけの理由がある。

 

 

 

 昼はそれなりに通勤や通学で人通りが多いであろう道も、夜はさっぱり、といった様子。

 

 車を橋から少し離れた場所でハザードランプを出したまま止め、橋を渡り、そして帰ってきて終わりにしよう、という流れになった。

 

「じゃあ一人一人で行こうか」

 

 と言ったわたしに、億泰と仗助は首を横に激しく振る。

 

 ならばペアにして行こうかと提案すると、誰がわたしと行くかで争いになった。

 唯一ビビっていないため頼りにされているんだろうが、確か億泰と仗助は度胸試しを行っていたはずだ。

 だったらやはり、この二人だけ一人一人で行って、わたしと広瀬少年で最後に行けばいい気もする。

 

「だってさ、仗助くん、億泰くん」

 

「「ヤだよッッ!!!」」

 

 結局わたしが先に一人で行って、次に学生三人が続く。

 そして彼らが戻った後にわたしも戻る、という流れになった。なぜだ……?

 

 まぁ、元々今回のホラースポット巡りは、この三人の思い出作りが本題だ。ならば間にオトナが入るのも邪魔だろう。

 

 だったら最初から三人で行けばいいだろ、と最初の考えに戻ってきてしまうが。

 

 

 

 そして先にライトを持ちながら歩いて行き、橋を渡る。

 距離は短めで、中央部分に明かりはなく、ここから見ると暗闇の先に街灯のある橋の終わりが浮かんで見える。

 

 隅を歩きながら時折フェンスの下を覗いて、渡り終えるまであっという間だった。

 

 学生たちは怖いだなんだ──と騒ぎながら、車の通りがないのをいいことに、中央に三人ひしめき合いながら歩いてくる。

 間に挟まれた広瀬少年もこれまで比較的怖がっていなかったが、悲鳴を上げている。

 

 短い距離にも関わらず遅い奴らを見かねて、疲れた足を屈伸させて解した。明日は絶対に筋肉痛になっているだろう。

 

「早くしろ、学生ども」

 

「だ、だだ、だってめっちゃ怖いんスよォォォ!!」

 

「仗助くん、僕の足踏んでる!」

 

「怖ェよ兄貴ィィ!!」

 

 阿鼻叫喚とした図。ここに岸辺青年がいたら、嬉々としてこの三人の情けない痴態をスケッチしそうだ。

 

 中々進展がないので仕方なく、持たされていた雑誌を開く。

 

 表紙は恐怖を煽るようなフォントが赤文字で並べられていて、中央に長い髪の女の青白い顔がアップで載っている。

 その他、特集の項目がいくつか書かれており、適当にページを捲っていく。

 

 そして最後のページを開き、固まった。

 

 

「初版発行、7月7日……」

 

 発行年のところはなぜか油性ペンのようなもので引かれ、読むことができない。

 気のせいだと思いながら本を閉じる。バーコードが右側の上にあり、その横には“本体価格+税”と書かれていた。

 

 740円+税。

 

 

「おい、仗助」

 

「な、なんすか…?」

 

 ようやく橋の半分まで渡り終えた奴ら。

 この雑誌の持ち主が誰なのか聞くと、持ってきたのは億泰だそうだ。

 

 曰く、買ったものではなく、コンビニの前にあるベンチで置かれていたものを学校帰りに拾ったらしい。

 その時すでに折り目は付いていて、開いたらちょうど、M県のホラースポットのランキングの載っているページを見つけた。

 

 そのあと帰りながら、広瀬少年と帰っていた仗助と出くわし、自然と話が雑誌へと向かったという。

 

 

「高校生の君たちに問題だ。本体価格が740円の雑誌を税込みにすると、いくらか答えろ」

 

 戦力外の億泰は除いて二人は暗算に苦心しながら、仗助の方が少し早く「777円」と答えた。

 

 

 ──────そう、777円だ。

 

 

 しかも7月7日に刊行されているにも関わらず、雑誌は7()月号。

 普通なら日付的に、8月号であるはずなのに。

 

 それに一応作家をやっている職業のため、出版社にはそれなりに詳しいが、雑誌の裏にある「×××社」という出版社は聞いたことがない。

 

 興味がないと思わず、もっと最初からしっかりと雑誌に目を通すべきだったのかもしれない。

 今回何が一番()()かと言えば、この雑誌だ。ここまで「7」が揃うと気色悪い。

 

 

 キラークイーンの能力をコイツらの前で見せるのは憚られるため、空間を削る能力を持つ億泰に任せるべきか。

 

 途中まで渡りかけていた奴らに戻るようにうながして、自身も道を引き返す。

 

 いくつかすれ違いながら中央の暗闇を通りすぎて、わたしの奇行に首を傾げている奴らが目に入る。

 

 詳細について語るのはやめておいた方だいいだろう。知らぬが仏だ。

 億泰には二度と拾い物をしないように、岸辺露伴にこのネタを提供する代わりにヘブンズ・ドアーを使ってもらおう。

 

 

「億泰くん、ちょっとい──」

 

 

 橋と道路の境界線へ一歩、足を踏み出した時。

 

 比喩ではなく、世界がグルリと、回った気がした。

 地球の自転が狂っちまったと言われても、納得が行きそうなほどの目眩がして、たまらず座り込む。

 

 ドッと汗が流れて、コンクリートにシミが作られる。

 

 

 

 その時、人間のような足が見えた。

 

 なぜ、「ような(、、、)」なのかと聞かれると、形は人間の足そのものだが、色が赤いからである。

 

 視線を上げていくと、駆け寄ってくる仗助たちが見える。

 目の前にいたのは人間の形をしたもの。全身が赤い。

 

 服も何も着ていない。人間の形をしていて、目や鼻はない。唯一顔の部分に口があり、それが弧を描いて開き、真っ黒な口がのぞく。

 

「あ………」

 

 次の瞬間には、意識が落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

 吉良が目を覚ました時、彼は教室の中で、机に突っ伏すようにして寝ていた。

 

 窓からはキラキラと輝くような光が、室内を照らしている。

 彼は首元の襟を引っ張りながら、自身が学生服を身に纏っていることに疑問を覚えつつ、辺りを見回す。

 

 どうやら中学当時にいた教室らしい。体もいくらか小さくなっているようだ。

 

 

『……まさか死んだのか?』

 

 最後に見たのは赤い人間。信じる・信じないの曖昧な存在に殺されるなど、情けない話だ。

 

 ふと視線を感じて教室の扉へ向けると、上と下の窓に赤い色が見える。

 例の人間もどきが、へばり付くようにして彼の方を見ていた。

 

『キラークイーン』

 

 すると、男の背後から喉を鳴らすキラークイーンが現れ、机の上で丸くなる。

 その様子から死んではいなさそうだと、吉良は判断した。

 

『始末してこい』

 

『ニャ』

 

『「やだ」じゃあない、早く行け』

 

 キラークイーンは、主人の言うことを聞く気分ではないらしい。彼が深いため息を溢すと、背後から何かに突かれる感覚がした。

 

 窓が開いていないはずな中で、桃色を乗せた茶髪の髪が、ふわふわと揺れる。

 瞳を丸くして男は固まり、頬をかいた。

 

 

『……やっぱり死んだのか、ぼくは?』

 

 後ろにいた少女はそれに少し怒ったような顔を浮かべ、また吉良の頬を突く。

 

 眼前に晒された生白い肌に男の喉仏が動き、薄紫の瞳の中に熱が生まれた。獰猛な色だ。

 彼はそれを、無理やり飲み込む。

 

『君が守ってくれた…というわけかい?』

 

 少女は首を横に振る。彼女は両手をまごの手にして、顔の横で招き猫のようなポーズをとる。

 猫の手も借りたい思っていた吉良だが、肝心の猫はどうやらすでに、仕事をしていたようだ。

 

 

『となると、ここが仮に現世と常世の狭間だとして、あのヤツは消えていくのか』

 

『ニャ、ニャッ、ニャ』

 

『わ……わかったから、褒美はやるよ』

 

 吉良に顎を撫でられ、ご満悦そうなキラークイーン。

 こんな時でも共有される感覚に男は半目になりながら、今この場にいるピンクの猫が見えているのか、少女に尋ねる。

 

『…視えてはいないのか。じゃあどうしてコイツが仕事をしたとわかったんだ?』

 

 少女曰く、いつも男のことを守っているのは猫だから────と。

 

 的を射た発言ではないが、まぁいいかと、吉良は椅子ごと後ろに向け、少女の机に突っ伏す。

 

 

 2歳離れている少女と、同じ教室になったことはない。それこそ、この一連の出来事は夢なのかもしれない。

 

 しかし男に笑いかけるその笑みは、鮮明に残る記憶の、彼女の姿そのもの。

 

 不意に視界にピンクの花が映り、吉良は視線を移す。

 いつの間にか開いていた窓から、チラホラとサクラの花が吹き込んでいた。

 

『フフ……綺麗だね、同じ桃色だ。君に似合っているよ』

 

『ニャー』

 

『お前には言ってない』

 

 たしかにキラークイーンも全身ピンクの珍妙な猫……いや、スタンドだが。

 

 少女は手で口元を隠して、クスクスと笑う。

 たおやかなその白くて美しい()()()()も、手の隙間から覗くほんのりと紅い口元も、瞳も、風に吹かれてたなびく髪も、少し甘い匂いも。

 

 感覚のすべてに刻まれる内容に対し、男の中で出てくるのは、「好きだなぁ」という感情。

 

 教室内の甘い雰囲気に、完全に廊下の赤い人間もどきは忘れ去られ、吉良は感じる眠気にまぶたを下ろす。

 

 

『もう会えないと思ってたけど……イイ時間だったな』

 

 彼の中で蘇る、少女が成長した姿の女性。

 

 崖の上で会った彼女は待っていた。誰でもない、吉良を。

 

 待ち続けるその悲しみはやがて人を呼び寄せる、立ち入ってはならない魔の場所へと変貌させた。

 

 その場所に居続ける女性は、さながら疑似餌。()()()は彼女を人を呼び寄せるエサとして使い、人を取り込んでいくことで肥大化する。

 いわゆる地縛霊に、彼女はなっていたのだ。

 

 

 

『君は…ずっとここにいるのかい?』

 

 首をまた、横に振る少女。

 

『成仏するって言ってたのに、詐欺にあった気分だ』

 

 吉良と会い、男としては十年以上の空白の分を語って、彼女は消えた。

 

 彼が一度辞めようとした作家を続けているのも、少女があまりにも意外すぎる職業を知り、続けてほしい、と告げたから。

 半ば冗談だったそれを、男は真に受けた。相手の発言が冗談であるとわかりつつ。

 

『繋がりだから…ね。君との……寝てしまいそうだ……』

 

 少女は吉良の金髪を撫でる。いよいよ睡魔に耐えきれなくなりそうだ。

 

 

 

『鈴美、すきだよ』

 

 

 

 そこは「愛している」じゃないのか、と少女は苦言を呈す。

 

 しかしすぐに笑った。その表情を見たのが吉良の最後で、瞼に柔らかい感触がしたと同時に、意識は暗闇へと吸い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 今回の後日談というか、オチ。

 

 

 わたしが目覚めたのは心霊探訪をした翌朝で、起きた場所はS内にある、とある寺の一室だった。

 

 そこの女坊主曰く、昨晩心霊スポットでぶっ倒れたわたしや、血相を変えた学生どもがお祓いを受けたという。

 女坊主は広瀬少年のカノジョのツテで、紹介されたらしい。

 

 

 まずわたしが倒れた後、仗助たちは近くの民家に行ってわたしを病院へ運ぶか、お祓いのため寺に運ぶかの二択になった。

 そしてカノジョに相談した広瀬少年が紹介されたこの寺の住所をメモして、タクシーを使い移動した。

 

 レンタカーの方は、電話を借りた民家の人間に頼み移動してもらったという。

 

 お祓いを受けた学生三人もそのまま、寺に泊まったそうだ。

 

 

 

 そのあと仗助たちが寝ている部屋に行き、雑誌や赤い人間のことについて尋ねたが、雑誌の方はいつの間にか消えていて、赤い人間はそもそも奴らには見えていなかったらしい。

 

 とんだ目に遭った腹いせに詳細を語ると三人は震え、もう一晩寺に泊まる──とまで言い出す始末。

 

 怯える根拠として、わたしが倒れた際に広瀬少年が腕につけていた髪が、切れたことも理由の一つに挙げられるようだ。

 

 先で述べた二つについては、キラークイーンがこっそり始末したと思われる。

 

 

「御三方はもうしばらく、この寺に泊まって行かれた方がよいでしょう」

 

 結局、女坊主に太鼓判を押されてしまった三人。

 広瀬少年の方は二人より早めに穢れが取れるだろう、とのことである。これがカノジョのパワーか。

 

「俺たちって、そんなにヤバいもんに憑かれちまったんスか…?」

 

「いえ、憑かれてはいません。その瘴気に当てられてしまっただけです。しかしそれだけでもその付いた残り香に釣られて、よくないものが寄ってきます」

 

 億泰と仗助は白目を剥いていた。イイ思い出になってよかったな。

 

「憑いた……といいますか、憑こうとしたのは貴方のようですから」

 

 女坊主はそう言い、わたしを指す。

 赤い人間の正体が何なのか、雑誌の件も話し、女坊主に見解を求めた。

 

 

「……わかりません。しかしよくないものである事は確かです。杜王町にはそういった、()()()()()()()ものが多い。それらは幽霊とも、妖怪とも言えない存在です。私もいくらか心構えがありますが、対処しきれないものもしばしばあります」

 

「そ、そういうのってよォ、どうしたら避けられんだ?」

 

 億泰が尋ねる。

 正体不明の存在を避ける方法は、「見ざる・聞かざる・言わざる」────だそうだ。

 

「でも、何で一番重症だった吉良さんがもう帰れるのか、納得いかねぇ…」

 

「君のようにわたしがビビりじゃないからだよ、仗助」

 

「な、ニャにをォ──ッ!!」

 

 さっさと帰って風呂に入ろう。

 その前に世話になった民家に礼を言いに行き、その家に置きっぱなしのレンタカーを返しにいかなければならない。

 

 朝食を断って、呼んだタクシーがそろそろ来るだろうという帰り際、女坊主が見送りに立つ。

 

 

「吉良吉影さん……でしたよね?」

 

「えぇ、そうですよ」

 

「一つ、よろしいでしょうか」

 

「…何ですか?」

 

 どうやら寺に入った()()()()依頼の解決する手伝いを、お願いしたいらしい。

 きちんと謝礼と、協力のお願いがそこまでの頻度ではないことも告げられて。

 

 答えはもちろん「ノー」だ。

 

 

「そうですか……もし気が変わりましたら、ご連絡ください。名刺は差し上げますので」

 

 もらった名刺を胸ポケットに入れて、境内を後にする。

 何ともまぁ、疲れた。しかし悪いことだけでもなかった。

 

 階段を降りていれば不意に、甘い香りがした。

 

 

 

 

 

 

 

 後日「×××社」という名前を調べたが、やはりそのような出版社はなかった。

 

 あの雑誌が一体何だったのか、別段調べる気もない。

 これを知った岸辺露伴は、大層悔しそうな顔をしていた。




崖で幽霊鈴美ちゃんと出会って、作家続けてる世界線の吉良の話でした。
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