転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
タイトルどおりな回です。
ふとした時に、まったく関係のないことを思い出す────なんてことはないだろうか。
その内容がスーパーに買い物に行ってある商品を買い忘れた、くらいならいいんだが、それが過去のもので、しかも自分でも曖昧にしか思い出せないものとなると、まるで喉に魚の小骨が刺さっているような、もどかしい気分を味わう羽目になる。
まさしく今のわたしがそうだ。思い出せず、悶々としている。
始まりは、数日前のこと。
仕事を終えて、軽い運動をしてから夕食を作り、なんだかんだと過ごして時刻は夜の9時過ぎ。
リビングで時代劇を見ているオヤジの横で小説を読んでいた時に、不意に思い出した。
その時に関連する内容を思い出したのであれば、まだよかったのだ。
「この俳優は最近結婚した」やら、「◯◯の番組を見逃していた」やら。
しかし思い出したのは、関係のない事柄。
その内容は幼少期、それも未就学児だった頃のもの。
普段は母親だが、その時は珍しく父親に連れられて歯医者に行ったものだった。
名はたしか「K歯科医院」で、わたしが小学生だった頃にいつの間にか廃業していた。
潰れた理由の真意は定かではないが、歯科医師も務めていた院長の男が高齢だったため、おそらくはその人間が亡くなったことで潰れたのだと思う。
父親がまだ定年退職しておらず、学校関係やそれこそ歯医者といった病院などは、母に連れられて行くことがほとんどだった。
オヤジも休みの日に学校行事があった時は、夫婦そろって来ていたが。
授業参観に父と母に見守られながら、「ヨシカゲちゃん」と言われていたあの苦痛は忘れられない。
それで、だ。
少し話が逸れたが、定期的に虫歯がないか連れられて来たその健診で、オヤジだったこともあり、少し羽を伸ばしたのだ。
「
肉体年齢に精神年齢が合わない中で、子どもらしく、でも“普通”の範疇からはみ出ないようにするのは何とも、息苦しさしかない生き方だ。
そんなコナンくんなわたしが健診を終え、待合室で待っている間に手に取ったのが、一冊の本。
取ったのは人が混んでおり、会計までの時間が長かったため。要するにヒマだったのだ。
院内に置いてあるテレビを見る気はなく、隅っこのソファーで腰かけていたわたしは、横にあった本棚に目を留めた。
下には幼児用のぬいぐるみ。その上には絵本が並べられていて、歯科医院のパンフレットが中央の棚に表紙を向ける形で置かれていた。
テイクフリーの薄いその冊子を読む気はなく、それよりもその上にあった厚い小説……の左横、小説よりも一回りサイズの小さい本を取った。マンガだ。
宇宙人やら、ロボットやらが表紙に描かれていたはずだ。
父に取ってもらった絵ヅラ的に子ども向けではなかったが、止められはしなかった。息子のワガママが尊重されたのだろう。
見たはずの内容については、ひどくおぼろげである。
宇宙人が人間をさらった事例が19××年云々──とあった気もするし、超能力者が動物に念じていた描写があった…ような気もする。
実際に中を父が見ていたら、流石に止められるシーンが多々あった。
わたしがちょうど思い出したのが、そのマンガを歯科医院で読んでいた部分だったのだ。
そこからそのマンガの内容を詳しく思い出そうと当時の記憶をたどって、何がどこにあったかなどを、思い出していった。
にも関わらず、肝心のマンガについては表紙も内容も曖昧にしか思い出せない。
そもそもここまでして思い出せないということは、読んだ当時もその場のキブンで取っただけに過ぎなかったのだろう。興味もなかったに違いない。
しかし、思い出したい。
思い出すマンガの中身やタイトルは、至極どうでもいい。
「
この痒いところに手が届かない感覚。気持ちが悪い。
思い出してスッキリしたいという気持ちが、日増しに強くなっている。
当時使っていただろう「K歯科医院」の診察券はすでに捨てられていたようで存在せず、その場所もとっくの昔に更地になって、今は住宅が建てられている。
オヤジにも万が一という思いで尋ねたが、マンガを息子に取ってやったことすら覚えていなかった。とんだ耄碌ジジイだ。
【そ、そこまで言うことはないじゃろ、吉影……】
歯科医院の医院の親族や、そこに通っていた客など、調べればそのマンガについての情報が得られるかもしれないが、イイ大人がマンガ一つのために調べ回っているという図を客観的に考えてみろ。頭がイかれているのか?と、思われるに決まっている。
このままでは夜にグッスリ眠れない。いや、すでに眠りが浅い。
マンガのことを思い出そうとして、当時の母親のことを鮮明にたどったその夜は食欲もなくなった。
解決策として出てくる人間はいるのだ。岸辺露伴が。
だが、ヤツがスタンドでわたしの内側を見ることはない。少なくとも、わたしが「星ノ桜花」であり続ける限りは。
そもそも、自分のこの内側を他人に見られたくない。ゆえにヘブンズ・ドアーの手は使えない。
それにあの男にこの件を話しただけでも、鼻で笑われるに決まっている。
第一「SF」のマンガなんぞ、今の時代大量に存在する。その一冊を曖昧な記憶を頼りに探せというのか。そこまでにかける労力がムダだ。
しかしやはり思い出したい。最悪のループである。
忘れようと意識すればするほど、あやふやなマンガの存在は肥大化していき、いよいよストレスで気がどうにかなりそうだった。
耄碌オヤジは解決策として、ショック療法がいいのではないか?──と提案してきたが、その具体的なショック方法までは思いつかない。
すでに吉良吉廣は死者だ。したがって爆散させたところで、何も問題はない。
そこまで思考が進んでいた、朝。
眠い目をこすりつつ、縁側の戸を開けてサンダルを履き、夜は中に入れている猫草を日当たりのいい場所に移動させる。
こんな猫か草かわからぬ珍妙な生き物を近所に見られでもしたら、明日の朝にはニュースになりそうだが、家の四方には塀がある。
ついでにしつけもしている。エサのやり忘れさえなければ死人は出ない。
「…………は?」
朝の外気が寝巻き越しに刺さり、思考が浮き沈みしながら上っていく中で、ソイツはいた。
言っておくが、場所は庭である。寝ぼけてわたしがよその庭にいた、なんてトリッキーなことはしていない。
100パーセントわたしの家の庭だ。四方はそれなりに高い塀で囲われている。
そこに、人が大の字で寝ている。わたしの庭の土をベッドと思い込んでいる薬物中毒者なのだろう。
持ったままだった猫草を縁側に置いて、室内に子機を取りに戻った。
不法侵入者の見た目は、北欧系の顔立ちである。前髪もまとめて後ろに流している長いブロンドヘアーで、耳が妙にとがっている。日本人でないのは確実だ。
ぶどうヶ丘高校のものと思わしき学生服を着ており、すぐそばにカバンが転がっているが、学生なわけがない。
自分を高校生と信じてやまない、わたしの庭の土をベッドと思い込んでいる一般薬物中毒者が、これから「1」「1」「0」の導きによって
──────今日病院に行って、睡眠薬を多めにもらってこよう。
「…ん?」
親指がもう少しで「0」を押すところで、止まる。
不法侵入者は体を起こすと、あたりをキョロキョロ見回した。そしてわたしの顔を見ると、言う。
「あなたは誰ですか?」
「わたしの台詞なんだが」
「私ですか?私はヌ・ミキタカゾ・ンシです」
「ヌ、ミキ………何だって?」
「ヌ・ミキタカゾ・ンシです。地球の名では「
「…………要は、外国国籍の名がその「ヌ・ミキタカ……」で、日本国籍の名が「支倉未起隆」ってことだね?」
「
「通報するけどいいね?」
「通報…なぜですか?」
最後の「0」を押した。プルルと、通話音が鳴る。
だが、腕を掴まれた。その瞬間わたしの背後で、キラークイーンが出現する。
「通報はいけません」
「するよ。わたしの家の庭に知らない人間がいる。今通報せずして、いつ通報するんだ」
「通報すると
「………パトカーのことを言っているのか?君はてっきり薬物中毒者と思ったんだが、もしかして精神疾患の方なのか?とすると、病院か……?」
「……!ダメだ!!ヒトが病院へ行く時に、救急車が来るんです!!」
相手が強く手首をつかんだ拍子に、手から滑り落ちた子機。
落ちかけたそれは、キラークイーンでキャッチした。
「!」
その時、不法侵入者が目を丸くする。その先は我がスタンドの方向。
脳裏に「スタンド使い」の文字が並び、腹のムカつきは連日のストレスを伴って、別の感情に昇華されていく。
伸びていく爪。相手に触れようと伸びる、ドクロの手。
一歩踏み出した男はそのままわたしの横を通り、キラークイーンも通りすぎ………。
「えっ?」
男の向かった先は縁側。そこで毛づくろいをしていた珍妙な生き物の前で足を止めると、座り込む。
いったい今、自分の前で何が起きているのかわからない。
狐につままれているのだろうか。それともまだ、夢の中にいるのだろうか。
呆然と立っていると我が相棒は手を伸ばし、人の頬を餅か何かと勘違いしているように、遠慮なく伸ばそうとする。あまりの痛さに眠気が吹き飛んだ。
「これはネコのように見えますが、植物と似た体の構造も持っていますね。非常に興味深いです…」
「………」
「これはネコなのでしょうか?それとも、植物なのでしょうか?」
「……さぁね」
「これに名前はあるのですか?」
「…「猫草」だ。わたしの知人がつけた」
「ネコグサ………猫草」
『アニャ?』
観察するように青年は首を動かして、猫草を眺める。
そして恐々と手を伸ばし、相手が攻撃しないとわかると、葉や幹、花の部分を触り出す。
猫草が呼吸をしているとわかった途端、瞳を輝かせた。
「動物でありながら、この生き物は植物の特徴を有している。とても不思議です」
「……あぁ」
「…?なぜあなたは、そんなに疲れた顔をしているのですか?」
「主に君のせいなんだが」
相手に敵意はない。それだけはわかったため、声のしていた子機を切った。
わたしはともかく、すでにキラークイーンはマナーモードになっている。本人の意思を汲み取ると、「ネコ好きに悪いヤツはいない」という認識なのだろう。
「……どうしてわたしの家の庭で寝ていたか、話を聞いても?」
「えぇと……気づいたらここにいたのです。昨晩わたしが苦手な音を聞いたのですが、それから逃げて、苦しさのまま眠ると、ここにいました」
「その苦手な音っていうのはさっきの言葉を踏まえると、救急車やパトカーなどのサイレンの音ってことかい?」
「はい、そうです」
「それを聞いた後、うちにいたと」
「そのようです」
「……わざと敷地に入ったわけじゃないんだな?」
「はい。そう言えば聞き損ねたのですが、あなたの名前は何と言うのですか?」
「…吉良だ。もういいだろ、この事は不問にするから帰ってくれ」
「もう少しこの猫草を見ていてもいいですか?」
「わたしは「帰ってくれ」って言ったんだが、聞こえていたか?」
「聞こえていましたよ。ですがこの生き物と、もうしばらく触れ合いたいのです……ダメでしょうか?」
「ダメだ。何ならタクシーを呼んであげるから、帰れ」
「…わかりました。帰ります」
青年は深く腰を曲げて「失礼しました」と言うと、落ちていたカバンを拾い、そのまま塀を登って去っていった。
床を叩いて、朝メシのコールをする音が聞こえる。
色々と考えていた内容がすべて吹っ飛び、これがオヤジの言っていたショック療法なのかと、思わずにはいられない。ともかく、すべてがバカバカしくなってしまった。
きっとあの青年の前で“常識”というものを持ち出すことすら愚かで、意味のない行為なのだろう。
「……今日は、休もう」
その日、担当医に事情(と言っても例の青年の件は出さなかった)を話し、普段より強めの睡眠薬を処方してもらい、それを飲んで1日ゆっくりと寝た。
サイエンス・フィクションな夢は、見ずに済んだ。