転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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後編です。
文字配分完全に間違えてます。


87話 読者とは何たるか【後編】

 吉良邸。

 

 

 陽も暮れ始め、吉良は人目がないのをいいことにスタンドにもぬいぐるみを運ばせ、玄関に置いた。

 一歩踏み出せばニャンニャンパラダイスである。

 どこに置くか考えるのは後にして、庭に出しておいた猫草を取り込む。

 

『ニ゛ャッ──!!』

 

 今日はなぜか、こ機嫌ナナメな様子の珍妙な生き物。

 ぬいぐるみに反応しているのかと、男がその側に猫草を置けば、睨んだあと表情を一変させ、葉っぱの手を使ってじゃれ始める。

 

「何だ、人がいなくて寂しかったのか?」

 

『アニャ、ニャンニャ』

 

 所詮は草のようなネコ。屈んで話しかける家主に目を向けず、ぬいぐるみにかじり付く。

 

 吉良はため息を吐くと立ち上がり、着替えてから日課のランニングに出かける。

 家にいる者は猫草と、吉廣のみ。

 

 

『ニャッ、ニャッ』

 

 猫草が目の前のエモノに熱中している中、カタカタと、かすかに閉じられた玄関の扉が揺れる。

 その音に猫草が意識を向けた時、見えたのは紙。

 

 白いそれが扉のスキマから這い出てくる。

 瞬間、植物でいうところの花弁の部分を萎ませ、つぼみのような顔へと変わった猫草。花弁の奥で瞳を吊り上げ、威嚇した。

 

『ニャッ?』

 

 ズ、ズズと、床を移動する紙。折り畳まれている紙の間から出ているのは、猫じゃらしである。

 

 それが猫草の前に差し出され、右へ左へ揺れる。本能を刺激する動きに、彼は翻弄された。

 

 その目には()()()()()()()()()()が見えているのだが、一匹のケモノになっている猫草には視界に映らない。

 もう一本紙のスキマから生えてきた手が彼の眼前にきた直後、「パン!」と、手のひら同士が合わさって、大きな音を立てた。

 

 驚いた猫草は瞳孔を大きくし、耳(に当たる部分)を垂直にさせた。

 

 

 猫が怯えるものの一つに、大きな音がある。

 

 猫草もまたネコ時代にブイブイ言わせたオスだが、されど猫。

 どんなにケンカが強くて種付けが上手く、スタンドを手に入れ植物の要素を多大に持つ生き物になっても、リビアヤマネコが家畜化されたとされる食肉目ネコ科ネコ属の生き物。

 

 本能から大きな音を恐れた彼は、()()()が適用されるに至る条件を満たしてしまった。

 

 

 

 床に落ちた、一枚の紙。

 対し両手がスキマから出ていた紙が開いて、その正体を現す。

 

 2時間ゲーセンで吉良がクレーンゲームをする姿を観察し続け、男の目が向いていない隙に車へと侵入した人物──────「少年E」。

 

 彼は靴を脱ぎ片手で持ち、もう片方の手で珍妙な生き物を封印した紙を拾い上げ、ポケットに入れる。

 

 

「2時間だ……2時間もオッサンがひたすらクレーンゲームにかじり付いている様子を見させられて、正直気が狂うと思った。でも待った甲斐はあったさ…」

 

 少年の正体にいち早く勘づいた猫のような植物のような生き物は、すでに『エニグマ』の能力によって紙にした。

 猫草は見知らぬニオイがテリトリー内に入ったことに気づき、騒いでいたのである。

 

 少年にとってこの珍妙な生き物もそうだが、他にも少年と似た力を持つ男や、おそらく同じ能力者である学生三人組のことも気になっている。

 

 少年のエニグマが、これまで他者に認識されたことはない。

 彼の見解として自身の精神と繋がっている存在──という風に、漠然とした考えを持っている。

 

 しかしゲーセンでの一件で、彼以外にも似た力を持つ人間がいることや、同じ能力者には()()()()が見えることも知った。

 そして間違いなく、少年よりも男や学生たちの方が、これらの能力について知っている。

 

 ヒトを「人間」と言うように、エニグマにもその種類を表す名が存在するのだろう。

 

 これはその情報を知る大きなチャンスにもなる。

 同時に2時間待たされた気持ちも相まって、イラ立ちも募っている。

 

 

「にしても、大きな家だな…」

 

 古き良き日本家屋といったところか。少年には縁のない広い屋敷である。

 

 廊下を通って、順々に部屋を見る。

 家こそ広いが中にお高そうなツボが飾ってある、ということはなく。どれもごく一般的なラインナップだ。

 

「ん?」

 

 居間に彼が入った時、不意に目にしたもの。

 テーブルに置かれている一枚の写真。()()()()()()()だ、と思っていた折、その写真だけが妙に少年の気にかかる。

 

 綺麗に並べられた靴の中で、一足だけ脱ぎ散らかされたままになっているような。

 

 違和感。その違和感に彼は目を細め、自身の手を伸ばすのを避け、エニグマを使う。

 

 裏向きになっていたそれをひっくり返すと、この家で撮ったものであろう背景が見え、その中央の右側、タンスの陰に隠れるようにして老人が膝を抱えて座っている。場所は寝室だろう。

 

「フム……」

 

 じっくりとその写真を眺めた後、何度か裏と表を交互に見ても、不可思議なところはない。

 だがやはりこの写真から少年は、()()を感じ取っている。

 

「一応紙にしておくか」

 

 そう言い、少年がエニグマで封印しようとした時。

 

 写真の中で座っていたはずの老人が、動いた。見間違いかと目を擦れども、やはり動いている。

 

 膝を抱えていた老人は背後に隠していた包丁を持ち、ゆっくりと近づいてくる。

 まるで某幽霊が井戸から出てくる時のような、ジワジワと迫る恐怖感。

 

 真顔で迫りくる老人に、少年は慌ててエニグマを使った。

 

 

【この家から出て行ッ────!!】

 

 

 振りかざされた包丁は写真の中から外へと出て、彼の顔面直前で落ちる。

 落下した刃先はそのまま畳へと垂直に突き刺さった。

 

「ハァ………ビックリした…」

 

 エニグマの力が効いたということは、“生物”ではない。

 

 彼の力はその生物特有の「恐怖のサイン」を見抜かなければ、行使することができない。

 

 ネコやイヌといった生き物であればそのサインを見抜くのは簡単であるが、人間など思考が複雑な生き物になると、人によって「恐怖のサイン」が異なる。

 そのため見抜くのに、アレコレと手を回す必要が生じる。

 

 逆に言うと見抜いてしまえば、あとは少年の独壇場。

 春先にこの能力を手に入れた彼は、様々な人間を紙にし、ファイリングしてきた。

 

 さらに物質に関しては、無条件で封印できる。

 その大小は問わない。やろうと思えば飛行機さえ可能なのかもしれない(流石にそこまで大きな物は試したことはないが)。

 

 果ては電気や水といったものまで封印できる始末。これには青ダヌキ先生も驚きだ。

 

 

 以上を踏まえて写真の老人の男は、エニグマの封印に対して“物質”の反応を見せた。

 いわゆる幽霊というヤツに間違いない。

 

 その存在が“生物”の枠組みに入るのか難しいところではあるが、少年の力が効いたのだ。今はそれで良しとしておこう。

 

 

「あとは、あの男が帰ってくるのを待つだけだ」

 

 男の「恐怖のサイン」を見つけようと、観察していた少年E。しかしまだわかっていない。

 

 幸い場所は男の自宅。何に恐れるのか、そのヒントが見つかるはずだ。

 老人の幽霊が男の関係者であるかはわからないが、少なくとも猫草がいなくなった以上、不審に思われる。

 ゆえに時間をかけて相手のサインを調べるのは難しいだろう。

 

 そう考え、少年が部屋を探った時。

 

 書斎らしい場所には入った正面から背を向けるようにして、奥の隅に細長い机と椅子がある。その横には背の高い本棚が複数並んでいた。

 結婚している様子もないあたり、この書斎は男のもので間違いない。

 

 本が種類や大きさによって綺麗に整頓されていることから、几帳面な性格であるとわかる。

 その種類は何かしらの論文やら、健康に関する本やら、文豪の小説やら、少年マンガの本やら────てんでバラバラ。

 

 単純に読書が趣味と考えても、中には若い女子が好きそうな恋愛ものもある。

 

「人は見かけによらないってことか……ん?」

 

 中に足を踏み入れ、本棚を眺めていた少年。

 机にたどり着いた彼は、テーブルランプやパソコン、少し散らかって置いてある本や万年筆、そして中央に置いてある茶封筒を目にした。

 

 そこで男が何か書き物を職にしているのではないかと、察した。

 

 でなければ平日の、まだサラリーマンが働いている時間に、出かけていないだろう。単純に仕事が休みの可能性もあるが。

 

 

「こんな家に住んでいるんだから、そこそこ稼げているのか、どれ…」

 

 小説でも批評文でも、読めるのであれば目を通す価値はある。

 少年は最初のタイトルを目にし、次の場所へ視線を移した。

 

 その瞬間彼の中で、ウチュウネコが誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 ランニングを終えて家に帰った吉良は、すぐに違和感に気づいた。

 

 人に反応して点く玄関外の明かり。

 すると中のシルエットがぼんやりと見えるのだが、やけに静まり返っている。

 

 カギを開けて中に入り電気を点けると、ニャンニャンパラダイスはそのままだが、猫草がいない。それも植木鉢ごとなくなっている。

 

 基本的に移動はできないはずだ。単純に不法侵入されただけなら、猫草に簡単に返り討ちにされるはずである。

 血の一つはおろか土一つ落ちていないというのは、不可思議だ。

 猫草の場合暗闇に包まれると活動が鈍くなるが、まだ玄関から陽の光は差し込んでいる。

 

 

「まさか……スタンド使いか?」

 

 であるなら、なぜ吉良が狙われるのか。

 

 人に恨まれるようなことは正直言って、それなりにしている。

 

 彼が一夜限りの関係だと思っても本気になる女性はたまにいるし、どこぞで彼が『星ノ』であることを知った厄介なファンの説も無きにしも非ず。

 ファンが家に押しかけた、ということはないが、あり得なくはない。

 

 どの可能性も思い当たる。仗助たちと関係があるからと、狙われた可能性もある。

 

 伝え聞いた話でしかないが、もし仮に音石明のような一筋縄ではいかない敵なら、隠しているキラークイーンの能力も使わざるを得ない。

 

「……キラークイーン」

 

 と、言う前に、彼の背後から現れた相棒。

 瞳孔が細まっているキラークイーンに、吉良はキレている、と感じた。

 

「家の物は破壊してくれるなよ、絶対にだ」

 

『………』

 

 しかしてスタンドを使っての戦闘経験など、ほとんどない。

 それこそ本格的な戦闘は、かつてアンジェロと対峙した時以来かもしれない。

 

 最悪直すのは仗助に任せて、シアーハートアタックで人がいる場所を突き止め、キラークイーンで叩くべきか。相手の能力がわからない以上、不用意に動くことは躊躇われる。

 

「こう考えると、仗助たちはすごいものだな…」

 

 歴戦の最強のスタンド使い、空条承太郎ともなると、次元が違うのだろう。

 

 空条承太郎を前提にしてスタンド同士の戦いを考えてしまう辺り、やはり吉良は思考が悪側だ。

 

 

 猫草がやられたということはつまり、必然と父──吉廣も敵の手にかかったと考えていい。

 

 家の番犬が猫草なら、吉廣は留守番にしてセコム。

 そう簡単に倒される存在ではないと、何より息子の吉良自身が理解している。

 

 相手はそこまでの手練れであるのか。考えていく中で沸々と彼の中で、たぎる感情。

 

 

「人の家に勝手に入って、それだけで胸糞が悪いというのに……」

 

 

 

 吉良は今、怒っている。

 

 それは家に侵入されたことより、猫草が消えたことより、父親が敵にやられたかもしれないという事実に、殺意が湧いている。

 伸びる爪を他の爪でガリガリと削りながら、眼光鋭く廊下を踏み出した。

 

 部屋を回り、最初に気づいた異変は居間。

 

 畳に何か鋭利なものが刺さった跡があった。おそらく包丁であろう。

 キッチンに行って本数を確認したが、やはり一本足りない。

 

 敵が取って使ったにしては、違和感がある。推測として吉廣が包丁を持ち出したと考えるのが妥当だ。

 となると、これは猫草にもいえることだが、包丁や吉廣はどこに行ったのか。

 

 吉良の脳裏に億泰の空間を削る能力がよぎったが、犯人が億泰であることはない。彼を狙う理由がないからだ。

 

 敵は『ザ・ハンド』に近しい能力を持っているのかもしれない。特定の人物だけを、消してしまえるような。無論その能力も何か制限があるはず。

 でないと無条件で人を消してしまえるなど、強力すぎる。

 

 猫草や吉廣がすでに死んでしまったかはわからない。いや、後者に関してはすでに死んでいるのだが。

 

 

 

 縁側まで見てあと確認していないのは、書斎と風呂場。

 

 先に書斎に入った吉良はそこで、もう一つの異変に気がつく。

 正確には異変というよりはそれは、“変化”である。

 

 机に置いておいた原稿の入った封筒の位置が、少し変わっている。

 これまで敵が残した痕跡がまったく見つからない中で、この変化は十分に警戒するに足りるものだった。

 

 だが何かの罠であったとしても、確認せねば始まらない。

 あるいは触れた瞬間敵の力が発動するかもしれないとして本で叩いてみるが、変化はなし。

 

 不審は拭いきれず吉良は茶封筒を手に取って、原稿を出した。その時斜めにした封筒から滑って、床に何かが落ちる。

 

「紙…?」

 

 見覚えのないものだ。敵が残したメッセージであるかもしれないと考え持ち、中身を開こうとした。

 

 

「………ッ!!」

 

 

 四つ折りになったそれを開こうとした時、のぞいたのは障子から入る赤い陽を受けて、光った切っ先。

 

 飛び出た包丁を咄嗟に吉良はキラークイーンで殴り、吹き飛ばした。

 吹っ飛んだ刃物はふすまに刺さって、落ちた拍子にビリビリと破く。

 

 開きかけていた紙が開き中から現れたのは、褐色肌に、白い髪が特徴的な少年。

 

 その背後には紫色のスタンドがいる。やはり敵はスタンド使い。それも紙を能力として使うようだ。

 

 少年が紙の中から出てきたのなら、しまうことも可能なはずだ。猫草や吉廣もそのようにして、紙の中に閉じ込められているのか。

 

 

「不法侵入だよ、君。未成年者だからって、どんな罪を犯しても許されると思わないことだ」

 

「オトナに口うるさく説教されるのはごめんだ」

 

「……どうやって入ったかはともかくとして、玄関にいた猫っぽい生き物と、写真の老人を知らないか?」

 

 事を穏便に済ませようと、暗に「ここで解放するなら咎めない」とする意思を見せる吉良に、少年は瞳を細めて、懐から紙を二枚取り出す。

 

「確かにヘンな生き物と、写真のユーレイは紙にした。今持っているけど……おっと、近づかないでくれよ。うっかり手が滑って、この紙を破っちまうかもしれないぜ?」

 

「…何が、望みなのかな?」

 

「僕の望み?そんなの、()()()()だったらお見通しでしょう?」

 

 原稿の入った茶封筒に潜んでいたのだ、作家の名前もしっかり見られていたようである。

 厄介なファン説が有力になってきた。

 

 

「一応言っておくと、僕はあなたのファンだ、『星ノ桜花』先生。でもあなたが『星ノ』先生と予め知っていて、狙ったわけじゃない。狙った相手がたまたま先生だったんだ。これを“運命”と言わずして、何と呼ぶでしょう」

 

「運命、か………で、結局何が目的だ」

 

「なに、ちょっとしたゲームをしませんか?」

 

「ゲーム?」

 

 少年曰く、二つの紙のどちらかを選択して行うゲームのようだ。選択肢は猫草か、吉廣。

 

 選んで名を言った紙が正解なら、二人とも解放する。失敗した場合は両者とも破る。

 それ即ち、“死”を意味する。

 

「僕の力は()()()()()()紙に封印することができる。()()()()()()()()()()()()ね。この力────エニグマは純粋な力自体は弱いけれど、能力は強力だ。どうですか、ゲームに乗りますか?」

 

「やらなかったら破るだろう、絶対」

 

「えぇ」

 

 キラークイーンは近距離パワー型。同じタイプの承太郎や仗助のスタンドと比べるとその力は見劣りするが、それでも強い。

 相手を殴ればそれで終わりそうだが、その拍子に破られては元も子もない。

 

 そもそも場所が自宅である以上、吉良はなるべく暴れたくない。すでに畳とふすまが犠牲になったものの。

 

「まぁ、いいよ。その代わり、合っていたのに破くなんてマネはするなよ」

 

「…もししたら、どうしますか?」

 

「信頼をなくすような発言を、自分からするんじゃあない。家に侵入している時点でこれを言うのも変だと思うけどね」

 

 吉良の肩に両手を置き、その背後から少年を見つめているキラークイーン。

 無表情なその顔から感じられる、無機質な不気味さ。ゾワゾワとした感覚に、少年は喉を鳴らす。

 

 

「約束を破ったら、そうだね。当然だが、殺すのはいけない。だから死ぬのがマシと思えるような報復を行おう。それがいいだろ、キラークイーン?」

 

『ニャー』

 

 うっそりと、笑う男。

 

 少年は『星ノ』の狂気的な一面を今、間近に体験しているに違いない。

 背中で冷や汗が流れるのに反して、気持ちが昂っていく。心臓の音もまた、速くなった。

 

 

「じゃあ、選ぼうか」

 

 手入れされていると一目でわかる手が伸び、右へ左へとさまよって、右を選ぶ。

 

「右でいいんですね?本当に」

 

「………」

 

「どうしたんですか?まさか失敗したらと思って、()()なっちゃったんですか?」

 

「いや、そう言えばと思ってね」

 

「…何ですか?」

 

「君、「ヘンな生き物と、写真のユーレイは紙にした」って、言ったな。「今持っている」とも」

 

「それが何ですか?」

 

「少し変じゃないか?普通言うんだったら、「ユーレイは」じゃなくて、「ユーレイ()」って言う方が、日本語として正しくないか?それに今君が持っているのは本当なんだろうが、「()()持っている」とは、一言も言っていない」

 

 そもそも、と吉良は続ける。

 

 

 

「自分でペラペラとスタンドの力を語る事自体、怪しいじゃあないか。わたしは戦闘経験が全くといっていいほどないが、自分の力を敵に伝えることは普通しないだろ。よほど自分の力に自信があるヤツか、()()()()()()()ヤツじゃないとね」

 

 

 平然と嘘を吐く男だからこそ、感じた違和感。

 

 前提としてゲームを始める前から少年が手に持っている紙に猫草や吉廣がいないなら、絶対に当たることはない。

 

「────ふふっ」

 

 瞳を丸くしていた少年の顔が、歪んで。

 まるで欲しかった物を親に買ってもらった子どものように、嬉しそうに笑う。

 

「気持ち悪…」と吉良が率直な感想を抱いていれば、少年は二枚の紙を落とし、懐から『ユーレイ』『ネコ?』とそれぞれ書かれた二枚の紙を取り出した。

 名前が書いてあるのは、見分けが付くようにするためだろう。

 

「さすが、さすが先生。さすがです先生」

 

「…本当に目的は何だ?厄介なファンにしても、まるで試すようなマネをする」

 

 計画的に犯行を起こすなら先ほどのルールといい、もう少しどうにかなったはずである。

 だとすると、狙った相手がたまたま『星ノ桜花』であった──というのは、本当なのかもしれない。

 

 

「僕のエニグマが紙に封印できるのは“命あるもの”じゃあなくて、“生物”だ。他にも本やテーブルなんかも封印できてしまう」

 

「四次元ポケット…?」

 

「でも封印するには、一手間が必要なんです。生物の場合その対象物がみせる「恐怖のサイン」がなくてはならない。そして先生、あなたのサインは包丁が飛び出た後にわかった」

 

 吉良はふすまに刺さった包丁を見ながら、髪に触れようとした。

 実際に「恐怖」したのかはわからないが、「怯え」なども恐怖の内側に入る。

 

 心を宥めようとして思わず髪に伸びかけた手。それが実際に触れれば、あとは少年の勝利である。

 

「言われて、おいそれと髪に触れると思うかい?」

 

「触れますよ。人とはそういうものだ」

 

 少年の手が紙を破こうと動く。

 それに待ったをかけた、吉良。

 

「あの写真の老人は一応わたしの父親なんだ。破られたら最後、気が滅入って小説に手が付かなくなるかもしれない」

 

「僕に脅しはきかない」

 

「…なるべく、家で暴力沙汰は起こしたくないんだがな」

 

 少年に明確な隙を作らせて、紙を奪うにはどうしたらよいか。

 言葉でダメなら、目に見えたショックを与えるのが有効だろう。

 

 

「…そう言えば、わたしがさっき報復云々の話をした時、ビビってたよな。君の「恐怖のサイン」が出てた。片目を瞑ってたね」

 

「報復の脅しも、ききませんから」

 

「まぁ、最後まで話を聞いてくれ。ちなみにわたしは右利きだ」

 

 前に出して、開いた手のひらを見せる吉良。

 

「この手でいつも万年筆を握っているわけだ」

 

「……何かあるのか?近づかせようたって無駄だ」

 

「とは言いつつ、しっかり見ているじゃあないか」

 

 タネもしかけもない。

 あるのは男の背後から手刀を繰り出す、キラークイーンのみ。その手に思わず後方に下がった少年は次の瞬間、愕然とした。

 

 ボトリと、落ちた。

 血が落ちた。畳が赤いシミを作って、いって。

 

 

「先生の………手がッ……!!!」

 

 

 落ちたのは、吉良の手。いや、『星ノ桜花』先生の手か。

 キラークイーンが切り落としたそれに近寄って、少年は震える。

 

 痛みに呻く男はそのまま少年の頭を踏みつけ、紙をひったくる。

 

 中を確認しようと開けば、出てきたのは猫草。落ちかけた植木鉢を寸前でキラークイーンが掴み、二匹(?)は感動の再会を果たした。さながら映画のクライマックスシーンのように。

 

 もう片方は吉廣だ。紙の中でも意識はあったようで、息子の行動に思考が固まっている。

 

 もっとマシな方法があったかもしれないが、戦闘経験が少ないことと、相手の力が信用できないこともあり、ならばと、本体の隙を無理やり作らせた。

 

 どの道、手は仗助に治してもらえる。

 その言い訳をどうしようか考えつつ、吉良は左手で右手首を圧迫させながら、少年の頭から足を離す。

 

 あとは思う存分、気の済むまでいたぶり殺し────否、殺しはダメであった。

 

 

「とりあえず気を失うまで蹴るよ、いいね?スタンドじゃ加減がわからんからな」

 

 吉廣が東方宅に血相を変えて電話を入れにいくのを横目で見て、毎度の精神錯乱の手を使おうと考えた。

 

 あとは能力が相当強力な以上、岸辺露伴に制限をかけさせることも必要だろう。

 ついでに、この件の記憶も忘れさせなければならない。かなり貸しを作ることになるだろう。

 

「君が心からわたしのファンでよかった。いち作家として嬉しいよ」

 

「………」

 

「そんなにショックを受けるな。手は治る」

 

「……え!」

 

「…予想以上に嬉しそうだな」

 

 時折いるタイプの作品に感化されて犯罪を犯した──というような、ファンの中でも指折りのヤバい人間であることは間違いなさそうだ。

 

 吉良は顔を上げた少年の顔を蹴った。

 

 蹴って、蹴って、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 後日談。

 

 

 スタンド使いに強襲を受けたことと、腕を自身のスタンドで切り落とした件や少年に重傷を負わせた吉良は、しばらく精神科に入院することになった。SPW財団と繋がりのある病院である。

 

 この一件で一番の精神的被害を負ったのが仗助であることは、言うまでもない。

 

 少年に重傷を負わせたのは問題であるが、その少年自体露伴が能力を使ってわかったことだが、かなりの悪事を行っていた。

 

 人を殺してはいないが、人を恐怖させ、その人間をファイリングする。

 吐き気を催すド変態な内容を興味深そうに読むのが、さすが岸辺露伴と言うべきなのか、否か。

 

 相対的に吉良はお咎めナシとはなったが、当分は家に帰れないだろう。

 

 入院とはいっても、四肢は拘束されていない。どの道スタンドで破壊できる。その前に十分に意思疎通ができるというところもあった。

 

 

 

 

 

「新刊だ、読めよ」

 

 

 そして何より、書斎に『ピンクダークの少年』があることが少年の記憶を読んだ岸辺露伴にバレたこと。

 またかなりの父親想いだったことが吉廣にバレたのが、今回の汚点かもしれなかった。

 

 差し入れで露伴本人からマンガを手渡された吉良は、苦い顔で土産のモモをかじった。ご丁寧に中にサインまで書かれている。

 

 別にファンではない。

 ただ興味本位で読み始めたら、いつの間にか最新巻まで買っていただけである。

 

 

「で、少年……名前はたしか「宮本輝之輔」だったな。彼やその被害者はどうなったんだ?」

 

「宮本輝之輔は、僕がすでにスタンドを悪事に使えないよう制限をかけたからな。誘拐の件は立件が難しいようだぜ。ただでさえスタンドと法は相性が悪い」

 

 そもそも音石明よりも若い少年に、法が適用できるかどうか。まずそこが問題である。

 

 今のところSPW財団の監視下で入院しているが、退院した後は監視を続けながら、普通の生活を送ることになるだろう、という。

 

 また被害者については、無事解放された。

 

「まぁ、宮本自身が人を傷つけておきながら罪悪感を抱いていない時点で、将来事件を起こしそうではあるな。現にスタンドを使う前からコソコソと、人の“恐怖”を観察していたんだ」

 

 気を失った宮本少年は吉良邸に仗助が駆けつけた後、そのまま岸辺邸に運ばれた。

 

「もっと戦い方はあったと思うがな。どこぞのアホウかは知らないけどね、手首を斬ったらしいぜ?それも、自分のスタンドで。東方仗助から聞いたときは耳を疑ったさ………「商売道具だろう!」ってな」

 

「へぇー、そんなクレイジーな奴がいるんだな」

 

「………」

 

 ジト目で見つめてくる露伴を無視し、吉良はモモを眺める。

 

 

 キラークイーンの能力は、間違いなく強い。それこそ彼自身が言った「自分の力に自信がある」という意味で、他人に能力を話した上で戦えるだろうとも思う。

 

 しかし爆破というのは、あまりに殺傷性が高過ぎる。

 

 スタンドとはその人間の精神が反映されている。

 人を殺す殺人鬼なら、この上なくキラークイーンの能力と相性が良い。だが人を殺す予定は今後もない。

 

 その爆弾の殺傷性の高さと「人を殺さない」という吉良の指針を踏まえると、キラークイーンの能力がヘタに使えなくなる。

 

 露伴に自身の能力を暴露するわけにもいかない。

 話せば過去の片桐安十郎の件が掘り返される。そして“()()”が明るみになるかもしれない。

 

 その真実が明るみになるくらいなら、吉良は自分が殺人鬼であってもよいと思える。

 自分が片桐安十郎を殺したのだと、言うだろう。

 

 彼女との約束は破ってはいないのだ。本当に人を殺さなければまだ、彼は人を殺す鬼にならずに済む。

 

 

「しかしサイコパスの心理ってのは、よくわからないな」

 

「……急に何だ」

 

 カタカナ5文字の並びに反応した吉良に、露伴は視線を送りつつ、宮本少年の記憶を読んだ内容を明かす。

 

「てっきり敬愛する作家の絶望する様子を見たいから、ヤツが行動を起こしたと思った。けど、違ったんだ」

 

「…違うのか?」

 

「あぁ、複雑なファンの気持ち……で済ませるには、行きすぎていると思わざるを得ない」

 

 

 

 宮本輝之輔は、『星ノ桜花』にネタを提供したかった──────。

 

 

 

 それゆえの、凶行。

 

 露伴の口から語られた言葉に、吉良は「ふーん」と、なんとも間伸びした感想を送った。

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