転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
作家続けてる40代になった主人公が、ひょんな事からアメリカに行くことになり、色々と騒動に巻き込まれる話です。三本仕立て。
*「」内で使われている言語は、基本英語か日本語です。
突然だが、わたしは自由の国アメリカに来ていた。
事の発端は、自宅にSPW財団を名乗る黒服の男が訪ねて来たことから始まる。
21世紀に入りすっかり平和を取り戻した我が
その裏では変わらず奇々怪界とした事件が蔓延しているが、平穏に暮らすことをモットーにしているわたしに不足はない。要は関わらなければいいだけの話。
しかしスタンド使いである以上、奇ッ怪な事件・事象を避けるのは、どだい無理な話である。
それでもこういった厄の多くは、あの漫画家を筆頭に広瀬康一などが引き寄せている。
さらに杜王町には頼れる新米警察官もいる。
さすがに髪型はガチガチのものから、ソフトなものへと変わった(社会人として変えざるを得なかったとも言う)。だが逆に、生粋のハーフの顔立ちと両親譲りの端正な顔立ちがソフトリーゼント革命を起こし、ついでにあのヒトデ博士程ではないものの、190近い長身から特に女性の間では杜王町で知らぬ者がいないほど有名になっている。
この街だけで限定すれば、岸辺露伴に匹敵する知名度。これで新米警官は人柄もいいのだから、もはや無敵である。
話を戻そう。
我が家に訪れたSPW財団の男は、一通の招待状をわたしに届けに来た。
内容はジョセフ・ジョースターに関するもの。一瞬「とうとうあの老人も…」と失礼千万な考えが過ぎったが、予想は違った。
どうやらアメリカでジョースター氏の米寿祝いを行うらしい。還暦はともかく、果たしてアメリカに日本のように米寿を祝う文化があっただろうか。
「
「吉良様にもぜひパーティーに参加してほしい旨を、ジョースター氏から受け賜っております」
「ありがたいお誘いですが、突然話を持って来られても困ります」
書き物を主にした自由業の仕事と、渡航にかかる費用。その他もろもろを理由に行くのを渋る。とにかくわたしは忙しいのだ!────と。
聞けば、仗助にも招待状と共に話が回っているらしい。
これはジョースター氏が直接頼んだわけではなく、財団の職員の手違いで渡ってしまったとのこと。
当然、世間の体裁がある。仗助もそれを考慮し話を断った後、手違いがあったことが判明したようだ。
ただ、それでも仗助はジョースター氏にお祝いの言葉と、ささやかな装飾品のプレゼントを贈ったそうだ。本当にデキた人間である。というか稀代の聖人である。
後日ミスを起こした職員が土下座しに行ったそうだが、それも「誰にも間違いはありますよ」で返したらしい。生ける御仏か何かか?
一方わたしの方は、パーティーの開催自体はまだまだ先であることと、渡航費用や宿泊費などの一切をSPW財団が肩代わり致します────と述べられ、退路を塞がれていった。
次第に断れる空気ではなくなって行き、社会を円滑に生きるために必要な社交性を重視する考えと、「めんどくせぇ!!」の考えで脳内が二分する。
アメリカの不動産王を祝うパーティー?魔の巣窟に決まっているだろう。著名人も世界レベルだ、格が違う。
ハリウッド関係者が道端の石ころのようにゴロゴロいそうな場所にわたしのような一般人が存在してみろ、浮くなんてもんじゃない。
何よりジョースター氏を祝うなら、当然その孫も来る。天敵たる人間に遭遇する場所に、好き好んで行きたいわけがない。
「返答はすぐにではなくとも構いません。決まった場合はお渡しした名刺の番号にご連絡ください」
「はぁ……」
覇気のないこちらに深々と頭を下げ、財団の男は帰って行った。
そして日が経ち、ホームグラウンドの居心地の良さに不参加の意思が頑なになりつつあった頃。
SPW財団と度々関わりがあるらしい広瀬康一にも件の話が回っていたようで、その際わたしの話も出たらしい。
広瀬康一は恐縮して断ったようだが、伝聞された情報が歪に伝わって、いつの間にかわたしが参加する方向で話が広がっていた。広瀬→虹村間で歪んだようだ。
後日、たまたま巡回していた仗助と出会った結果知った。
仗助は虹村億泰から「吉良さんアメリカ行くらしいぜ、羨ましいよなぁ〜〜!」と聞いたそうである。
あの小僧、広瀬康一の話をきちんと聞いていなかったに違いない。
「まぁ俺は行けないし、一人ぐらい杜王町の知り合いが行ってほしい気持ちはあるんスよねぇー…」
頬をかきながら、若干気まずに仗助は話していた。こちらに視線を送ることも忘れずに。
仗助の内心は察せた。大方、血のつながる父親の現状がどうなのか知りたかったのだろう。
しかし、私生子の己が行ける場ではない。センシティブな問題を康一らに話すのも中々、気が引けるものだった。
それで白羽の矢を、わたしに立てたわけだ。
「…ハァ、いいだろう。君には時折世話になっているわけだしな」
「……!本当っスか!」
世話というか、面倒ごとが起きた時になすりつけているだけである。
イイ大人として、年下にこれくらいの器量の良さは見せてやるべきだろう。
その時東方仗助は笑い、そして。
「あっ、お土産も頼みます!」
と、ちゃっかりしていた。
⚪︎⚪︎⚪︎
そうしてこの吉良吉影が、アメリカに馳せ参じたわけある。
オヤジについては置いてきた。わたしが自宅に不在の間、猫草の面倒を任せるためだ。
別に知り合いに任せればそれで済む話だが、わたしとてこの年で親と旅行なぞごめんである。
ちなみに旅費については丁重に断った。向こう持ちとなれば、飛行機や船など指定の場所を選ばれそうであるし、海外旅行一つで金に困るほど懐が寂しいわけではない。
プレゼントについては……相手が相手だ。悩みに悩み、漫画にした。
どんな高級なものも、ジョースター氏からすれば簡単に手が届くものであり、そんな人物に例えばデパートに売ってそうな菓子折りを持ってくのも言語道断。「気持ちだけでもありがたい」と、彼なら言うと思うが。
そこで思い出したのが、ジョースターの趣味である。漫画を集めるのが好きだった。
色々とどんなものがよいか出版関係の人間にも聞きつつ、有名どころではない、かつマイナーながら確実に面白いものをいくつか選んだ。有名なものならすでにジョースター氏が持っているだろうしな。
言語は日本語であるものの、“漫画を集めること”が趣味ならさほど問題にはなるまいし、そも、ジョースター氏はある程度日本語の読み書きができていた。
ついでに、岸辺露伴に米寿祝い用の色紙をもらいに行った。
────そう、最近破産したばかりの岸辺露伴くんのもとに。一時、奴は広瀬康一の家に居候していた。
破産の話を聞いた時笑いのツボに見事に刺さり、わたしは人生で一番笑った。涙を流して、笑い死ぬところだった。これほど愉快痛快なことはなかった。
話を聞いたのは岸辺露伴本人からである。
奴は最初住まいに困り、年下である広瀬康一に頼むか、年上のわたしに頼むか悩んだ。
以前ほどではないが、それでも人付き合いがよろしいとは言えない奴が頼れる人間はハナから少数であったわけだ。
広瀬康一に頼むには年上としての面子が邪魔をし、わたしには頭を下げること自体嫌という二択。だが、わたしの家にはじめに来た。わたしが爆笑したのち、すぐに帰ったがな。──ーいや、この表現は少し違うな。何せその時は帰る家がなかったんだからな……フフッ。
このわたしが爆笑した一件以降、さらに小僧の視線が鋭くなったが構うものではない。視線で人は殺せないからな。
色紙をもらいに行った時もスタンドバトルが起きる勢いだったが、奴との付き合いは長い。扱い方は心得ているゆえ、無事プレゼント用の色紙をゲットした。
とまぁ、プレゼントも量が多いためSPW財団経由で先に運んでもらい、気持ち身軽に空港に到着。
それからホテルのチェックインを済ませ、着替えてから予定時刻に待ち合わせの場所で財団の人間と合流し、目的地まで運んでもらった。
住む世界が違うな──と呆気に取られる豪邸と、だだっ広い庭園。パーティーはその広大な庭で行われ、人がとにかく多かった。
着ている物も上質で、ドレスを着ている人間なんぞ特に身につけた宝飾が日光を浴びて輝いていた。
これがバルスなのか。知る必要もないムスカの気持ちがよくわかった。
わたしの服装は眼鏡はそのままに、染めてある髪はオールバックにし、衣装はドレスコードを意識しつつ、フォーマルなセットアップスーツにまとめた。しかし周囲が煌びやかなせいで、逆に浮く恐れがある。それは杞憂に終わったが。
飛び交うのは当たり前だが英語。もしくは違う言語。
肝心のジョースター氏が前日体調を崩してしまったらしく、主役が不在での開催となった。
それでもこの規模のパーティーだ。ジョースター氏の快方を願う言葉もありつつ、各界の交流の場として機能している。
わたしはジョースター氏の婦人に挨拶したのち、パーティーの中央から離れた。人に話しかけられることもあるが、職はライター関係ということで適当にぼかし対応する。
嘘で「ビジネスマンです」とも言えないだろ。この場にそんなド一般人がいるのが違和感過ぎる。
かと言って別の職にしても、専門の知識を聞かれたら返せるわけがない。
だから嘘にならない、そして多少専門の話もできる「ライター関係」で通すのが一番無難なのだ。「無職です」は論外である。
(帰りたい…)
慣れない場である。すでに気疲れし、出されているビュッフェ形式の食事を取る気も起きない。
だが気を紛らわすために酒を飲むにしても、下手な酔い方をしそうでアルコール類は避けている。
今のところ、人混みの中に白い学ランの姿は見えない。一方で、スージー・Q婦人とお会いした後、その娘のホリィ婦人とは話した。
還暦を過ぎているらしいが歳の割に若々しく、言葉にすると「ふわふわ」している印象の女性だった。
彼女は日本住まいらしい。もちろん日本語は流暢。夫は空条貞夫と聞いて驚いた。有名なジャズミュージシャンである。旦那はジョースター氏によって半永久的に出禁らしい。
曰く、大事なワシの
とんだ親バカの一面もあったんだな、ジョースター氏は。
ホリィ婦人は空条承太郎とも、ジョースター氏とも対照的な性格だが、妙な鋭さは血を感じさせた。
顔に出しているつもりはなかったが、「疲れてそうね」と言われたのだ。
空条承太郎とはまた別のベクトルで苦手な人物。
あの、“母親”という生き物を感じさせるところが特にダメだ。母親といっても、正常な、それこそ理想像の母親らしいという意味である。
だからこそ、近づき難い。畏怖に近い感情が湧き起こってしまったがゆえ。
まぁ、納得できたな。一見すると寡言な男の母親が彼女であるというのは。
逞しい
そんな思わぬ接触も、余計に気疲れする原因になっている。
だがこれで終わりなわけがない。あぁ、知っているとも。
「あっ、キラさーん!!」
緑を基調とした、体の線がくっきりと出るドレスを身につけた少女。
こちらに気づいた少女は手をブンブン振り、ドレスであるのも構わず駆けてきた。ヒールでよく走れるものだ。
視線がついと手の方で固定されかけたわたしは、少女の顔に移した。
⚪︎⚪︎⚪︎
「久しぶり!あたしのこと覚えてるゥ?」
「あ、あぁ……」
随分と曖昧な返事になってしまった。体格のよい、それでもしなやかな線の手に魅入っていたが、近づくと別のことにも驚いた。
高い、身長が。ヒールの分わたしが見上げる形になっているが、それ抜きにしてもほとんど同じ目線ではなかろうか。
これが遺伝か…。あの白い悪魔も2メートル近い巨躯だしな。
「空条徐倫、空条博士の娘の……以前日本で会ったね。君が幼い時に」
「そう!あたしもうハイスクールに通ってるのよ!」
「……たまげたなぁ」
時が経つのは早いな。白い学ランの中に潜んでいた子どもが、ここまで大きくなったのか。
「日本語も流暢だ。勉強しているのかい?」
「えぇ、日本の文化に興味があってね。中学の頃おばあちゃんの家にステイして、短期留学していたこともあるのよ」
「そりゃあ…さぞその期間は、お父さんは寂しかっただろうね」
「ふふっ、そうね。ダディは口にしなかったけど、帰った時長いことハグされたから」
身長のほかに、親バカも遺伝するようだな。ホリィ婦人も息子の話になった際、花を飛ばしながら語っていた。
「そう言えば、空条博士はお見えになっていないようだが……」
「ダディは仕事の都合で少し遅れるみたいよ。ダディが来たら、吉良さんが会いたがってた、って伝えておいてあげるわ」
「やめてくれ」
「え?でも、ダディと吉良さんって友人じゃないの?」
「いいや。知り合いというか…………赤の他人だな」
「……もしかして仲悪かった?ケンエン、ってやつ?」
「仲はあまり…良くはないね。娘の君に言う話ではないだろうが」
「フーン、そうだったんだ」
空条娘は大仰に頷いたのち、じっとこちらを見つめてくる。そしてしばらく何か考えるような素振りを見せ、わたしを手招きした。少し怪訝に思いつつ近づくと、耳打ちしてくる。
「えっーと…偶然さっき向こうで話してるの聞いたんだけど、キラさんってさ、ライター関連の人なんでしょ?」
「あぁ、そうだよ。あまり有名ではないけどね」
「どんなの書いてるの?」
「先も言ったが名乗れるほど知られているわけじゃない。恥ずかしいんだ、そこは察して欲しい」
「えぇー…まぁ、じゃあ仕方ないわね」
一歩離れて、徐倫ははにかむように笑う。
表情筋が死んでいそうな父親とは対称的である。
「じゃあ、わたしはそろそろ…」
さっさとこの場から離れた方が良いと、適当に話を終えようとした。だがその前に遮るように圧をかけて、少女は続ける。
「さっきさ、あたしが日本文化に興味があるって話はしたでしょ、キラさん?」
「…あぁ」
「興味が出たきっかけがあって、それがダディが持ってるには意外すぎる恋愛小説だったの。趣味とかお仕事系の本の中にあったから、見つけた時はメチャクチャ驚いたわ。マジで」
徐倫はその筆者の名前を調べ、かなり有名な恋愛小説を書く作家であることを知った。
のちにドロついたものを書いていることも知ったようだが、そちらは肌が合わなかったらしい。
「はじめはただの興味だったけど、読んだらさ、面白かったわけ。愛の力って偉大なのよ!」
「そうかい」
「それで、日本語の生の文から伝わる雰囲気を知りたくなったから、日本語も勉強したの!今じゃスラスラ読めるわ。でね、ここからが本題!」
彼女は父親の日本語版の蔵書を改めて読んだ時、気づいた。本に作者の直筆と思しきサインがあったことを。
調べればその作家が一切表舞台に出ず、そのためサイン会なども開かないから直筆サインのある本が希少なことが知れるわけで。
空条徐倫は一つの可能性に気づいた。父親がもしかしたら、直接作家本人から本をもらった可能性を。
それは寡黙な、恋愛小説など絶対持っていなさそうな男が持っていたという事実を踏まえ、より強固な可能性として浮上した。
「あたしは考えたの。もしかしたら今日、ひいおじいちゃんのこのパーティーにだったら、その先生が来てる可能性があるかもって。財団の人やダディに聞いても情報は得られなかったけど。でも、可能性はゼロじゃないじゃない?」
「君はそれで、その先生を探しているわけだね。見つかるといいね」
「ちょっと待ってよキラさん、まだあたしが話してる途中よ」
「すまない、体調があまり良くないみたいだ」
「おねがぁい!もうちょっとだけだから!」
「……わかったよ」
徐倫は考えた。コナソくんに憑依された気持ちで。
先生を「X」と仮称して、「X」はまず日本人であることは確実である。
サインに書かれていたサインの筆跡からその性別を考えようともしたが、これは流石に無謀だった。
唯一面識であるだろう父親に聞いても、「さぁな」と流されて終わり。
ならば曽祖父にも探ってみるが、ボケた様子で「知らないの〜〜」と返され、情報を得られそうになかった。
承太郎が持っていた本の発行日から、何年前にもらったのかは予想できる。
ただ、年がら年中世界中を回っているような父親が「X」と日本で会いサインをもらったとして、国一つの中から一人を探すのは不可能な話。それも個人で探すなら。
結局色々考えた彼女は、このパーティーに賭けることにした。
対象は日本人で、書き物を生業にしている人間。なおかつ、その「X」の徹底的に表を避けている性格上、作家名や書いている作品名は絶対に語らない。
「X」が書き物をしている職であることを言わない可能性が高かったが、彼女は見つけた。該当する人間を。
そうつまり、わたしだ。すべては空条承太郎のせいに違いない。あの白い悪魔め。
「ねぇ〜セ・ン・セ・イ」
「ちょっと吐き気がしてきた。君のその綺麗なドレスを汚す前に離れてくれ」
「この秘密は墓場まで持ってくから!だから…………その、握手して、ほしいな〜〜って!!」
「………」
「お、おねがい!本当にファンなんですっ!」
「………」
──────手。手。
「手」を「握」ると書いて、「握手」。
触れられるのか、この手に。
美形で、肉体にも巡られたの一族であるジョースターの人間の少女は、
だがわたしも未成熟の手に高ぶるほど節操がない人間じゃない。成熟した時こそ、女の手は一段と愛らしくなる。幼さと成熟の間の両方を持った少女の手もいいがね。
この話をし出すと欲求が加速するからやめておこう。
必要なのは冷静さだ。あぁ、喉が渇く。
幸い手袋をしているため、爪の伸びには気づかれていないだろう。雰囲気の変化には気づかれたかもしれない。
努めて、笑う。相手に本能的な恐れを抱かせないように。わたしの衝動的な欲求に気付かれないように。そしてそれを表面に決して出さないように。
細く息を吐いて、息を深く吸った。
「サインの方がいいんじゃないかい?可憐な少女が、わたしのようなおじさんに不用意に触るというのもね」
「え、キラさんって幾つなの?」
「君の父親よりは年上だよ」
「へ〜30代くらいと思ってたけど、もしかして40越えてるの?」
「まぁ、それくらいだよ」
と、ちょうどその時。普段のわたしなら死神にさえ見える姿が目に入った。今は助け舟である。
少女の後方、そのはるか遠くで頭一つ飛び抜けた男の姿が見えた。あの学坊は間違いない。色が白ではなくなっているが、あの学ランをこの自由の国で堂々と着こなすのは一人しかいない……と、思いたい。
「あれは……空条承太郎か?」
「えっ、ダディやっと来たの?」
さぁ今だと、空条徐倫の視線が後ろに向いた隙にとっとと逃げようと、歩を進めて──────、
「体が、動かな────ッ!?」
少女が、振り返る。悪びれもなく、少しジト目でこちらを見た。
「あぁ、あたしってダディと同じ特別な力を持ってるの、知らなかったわよね。肉体を解いて糸のようにできるの。気付かれないようあたしの足元から地面に忍ばせてたんだけど……やっぱり、逃げようとしたわね。保険をかけといてよかった」
見れば、確かに少女のドレスの下、長い布地からかすかに見えた足元は一部が不自然に欠けている。
通常の人間ならどう見えるかわからないが、普通の足の状態には見えないだろう。
「まぁ、あたしも色々危ない目に遭うことがあって……。でも自分の身を自分で守れないのって、辛いじゃない?それこそダディに守られてばっかりじゃ。だからあたしはこの力を得たの。自分自身の、意志で」
「………」
「ふふ、じゃあ握手ね、センセイ!」
大人びていた少女は年不相応にあどけない笑顔で、嬉しそうに笑った。
そして、わたしの手を────握った。
手袋の上からでも柔らかい女の手の感触が伝わる。むしろ布地があるからこそ、その生々しい感触に直に触れてみたい衝動に駆られる。
脳が手から伝わった刺激に痺れるようで、息を詰めた。
お分かりいただける通り、わたしの女の手への欲求が年齢と共に薄れた…なんてことはなく、変わらず殺人欲求に付随して存在する。
いや、一層餓えている。
女を殺せれば話は変わるが、人類のほとんどが理解しているように、殺しはいけないのだ。理解できないのはそのうちのごく一部の、異常とされる存在。
まぁ、わたしは決して異常ではないがね。異常であっても、それを認める気はない。
本当に人を殺してしまった時は認めざるを得なくなるが、まだ、殺してはいないのだ。
足掻いているとも、いうのさ。殺虫剤をかけられて苦しみもがいているような、害虫のようにね。
「キラークイーン」
脳内が真っ黒に染まり、もう己の意志をまる無視して我がスタンドの名を呼んでいた。キラークイーンは目を細くし、手を伸ばす。
女の手が。ほしい。喉が渇いた。
多分もう殺気も抑えきれなくなっている中、手を切ろうと動いた。
この場合「手を切る」のは物理的な意味である。そして切る対象は少女ではない。
頭がろくに回らずポンコツ具合に磨きがかかっている中、わたしが狙ったのは自身の手。
女の手を切る前に、殺す前に。美しい手が触れているなら、その触れている部分を切ってしまえばいい。
もっとマトモな方法はいくらでもあるが、都合のいい手段を今この時、頭は毛程も見出してくれそうになかった。
きっとわたしの行動が終わりきる前に、奴ならば娘を助け出すだろうとは思ったが。
「………ダ、ディ?」
不意に気づいた時には少女は目の前から消え、少し離れた場所で父親の腕の中にいた。
わたしが狐につままれたような心境になり、一周回って冷静を取り戻した中、我が相棒はというと。
『ニャー』
空条徐倫に手を伸ばしていたキラークイーンは、彼女から伸びている糸をつかみ荒ぶっていた。
「「………」」
気のせいだと思いたい。最強のスタンド使いと、その腕の中にいる娘の生温かい視線が突き刺さっているという事実が。
娘に手を出されかけ、怒り心頭だった男の毒気が抜かれたのは幸いである。
いや、結果的にわたしがあらぬ辱めを受けている。全くもって幸いじゃない。
「何してんだ、テメェ……」
「わたしに聞くな。
「えっとぉ………キュートな猫ちゃんねぇ!」
最後に娘の方からトドメを食らい、己の口角がひくつくのを感じながら、この一幕は幕を閉じる。
ただし空条承太郎には娘に手を出しかけた件に対し、問い詰められた。
これについては現状溜まっているストレスと精神疾患を引き合いに出し、どうにか容赦された。
奴はわたしから殺気が漏れていたことを、しっかり感じていたようである。
娘には丁寧に謝った。大して気にした様子もなく、徐倫は「いいのよ。もしやられたらセンセイでも倍にして返すから」と笑顔で話した。
あぁ、確かに、この父にしてこの娘あり。わたしよりよっぽどスタンド使いとの戦いに場慣れしているようだ。
パーティーの人のほとんどいない隅で起こっていたこの一連の出来事は、人目を集めず大事にはならなかった。
目立たずに済んだ。それだけは、よかった。