転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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9話 安心してください、履いてませんよ!

 妙に肌寒さを感じ目を開けると、視界に広がっていたのは見知らぬ部屋。

 

 アパートらしき部屋は多少散らかっているものの、白でシンプルに統一されている。サイドテーブルのデジタル時計が表示するのは、『AM05:35』。日付は翌日になっていた。

 

「…何が、あったん………」

 

 妙な寒さの正体がようやくわかった。この真冬にいくら毛布が掛かっていたとはいえ、下着一枚じゃそりゃあ寒い。

 自分の服や荷物は床に散らばっていた。普段のぼくじゃ絶対にあり得ない。

 

「んにゃ…」

 

 そんな間の抜けた声と共に、腰に柔らかく温かい感触がした。

 

 下に視線を向けるとシーツに広がる亜麻色の髪が目に入り、布団でギリギリ見えないが、おそらく全裸の女の身体が見えた。人の腰に腕を回して抱きついている。

 寝ぼけながら「んん、ニャンちゅうだにゃん…」と曰う彼女の白い手に、身体の温度が上がる。

 

 しかし普段はセーターのとっくりに隠れている()()()を見て、一気に下がった体温。

 

 

「う……っ」

 

 

 昨夜のことを思い出し、頭が無理やり揺らされた感覚に陥る。

 自分の意思とは反対に湧き起こる吐き気に、壁に手をつきながらトイレを探った。

 

 何とか床を汚す失態は避けつつ、胃の中身が完全になくなった状態で、しばし放心する。

 そのまま床に座り込めば、下から熱が一気に奪われていった。

 

「結局…そうだ昨日は、保健医の家に連れられて…」

 

 学校づてに電話で親には、「倒れていたので保護した」とか、そんな嘘八百なことを言っていた。強ち間違いではないのだが。

 

 両親は迎えに来ようとしたようだが時間も遅かったため(普段は二人が既に寝ている時間だ)、押し通す形で翌日家まで送る算段を、ベッドの上のものぐさ姫は立てていた。

 

 よくぼくの両親に意見を通せたものだ。保健医という地位も、押し通せた理由の一つだろう。

 

 

 吐き気が落ち着いた後、口の酸味に気色悪さを覚え、水道へと向かった。

 

 口をゆすいでいれば、背後に気配を感じて振り向いた。同時に肩に厚手の毛布をかけられる。

 また首の跡を見て嘔吐きそうになり、咄嗟に逸らした視線。

 

「おはよー吉良くん」

 

「一生おやすみなさい、先生」

 

「やだなぁ、朝から冬のフローリングのように冷たいんだから。愛を確かめ合った翌朝は、もっとこう……甘くならなくちゃ。女の子に嫌われちゃうよ?」

 

「人によるでしょう。というかあなたは、自分が女の子という年齢だとお思いで?」

 

「まだサンタクロースを信じてるくらい純情よ」

 

「サンタは死にました」

 

「え…?」

 

 なぜか本気でショックを受けている女を無視し、布団小僧になりながら冷蔵庫を探る。

 

 意外と料理はするらしく、パックに詰めるなど、きちんと整頓されている。

 そう言えば卵を見て、おつかいを失敗したことを思い出した。

 

 牛乳は胃的に躊躇われ、麦茶を取ろうとした瞬間。背後から腕が伸び、目の前の冷蔵庫が大きな音を立てて閉められる。

 佐藤保健医は行為中でも見たことがないほど顔を真っ赤にして、ぼくの前に立ち冷蔵庫を隠した。

 

「…どうしたんですか、急に」

 

「いや、あの、えっと、あはは……」

 

「…もしかして他人に冷蔵庫の中を見られると、恥ずかしいタイプなんですか?」

 

「うぅ…だって「意外に料理してるんだなぁ」とか、「(嫁力高いんだ)結婚しよ」とか、思われちゃうじゃない」

 

「前者は思いましたが、後者はまったく思いつきませんでした」

 

 ぼくだったら部屋を散らかす人間とは付き合えない。

 障子の枠の些細な埃やシャンプーボトルの裏の滑りなど、親の仇レベルで絶対に許せない。

 

「というかまず、全裸の人間に言われたくない」

 

「……あっ」

 

 彼女は先以上に顔を赤くして、ぼくの装備を奪い布団女になった。おかげで一気に寒さが肌に突き刺さる。

 

 イライラが勝り、「男の前でも平然と肌を晒してそうな商売女のくせに」だとか、口汚く罵ってしまった。

 こういう時彼女はマゾなのか知らないが、顔を紅くする。

 

「もう、しょうがないなぁ…じゃあ一緒にお布団に入る?」

 

「一緒に入りませんが、お風呂沸かしといてください。服も洗っといて欲しいですが無理なので、そのまま着て帰ります」

 

「仕方ないな、覗くので勘弁してあ・げ・る」

 

「………」

 

 睨むように見れば、向こうはわざとらしく怯える。子兎のように見えて、中身は蜂の巣を襲うラーテルのごとき女だ。

 

 ()()()()()はすべて、ぼくでさえ知らなかった一面を見せるための演技だったのかと思う。

 

 しかし、一瞬見せた怯えは本物だった。すぐに()()()()を見て恍惚とした表情をみせたのが、変態の鑑だと思うが。

 

 

 その後、一回洗ったコップで麦茶を飲んでから、沸かしてもらった風呂に入った。

 女の部屋に来たらドキドキするものだとクラスの男子が言っていたが、甘酸っぱさの欠片も感じられない。むしろ汚れを発見する都度、嫌悪感が増す。

 

 7時頃朝食になった時のぼくの顔はひどいものだったらしく、いつものとっくりを着た彼女は心配してきた。貴様のせいで不機嫌なんだ。

 

「汚い汚い、汚すぎる……」

 

「あ、あんまりそういうこと言わないでよ…」

 

「風呂の天井の換気扇も汚かった……」

 

「やだッ、どこまで見てるの!?」

 

 一先ずボールペンを拝借して、チラシの裏に『掃除しておけリスト』を書いて渡した。

 二度と来たくはないが次にもし掃除されていなかったら、強制的に掃除して捨ててやる。

 

 一方用意された朝食はというと、食べられるか不安だったが、胃に優しく作られており半分は食べられた。

 料理の腕前はいいんだ、掃除もできればカンペキだというのに。

 

 フォークを置いたぼくを見て、彼女は柔らかく微笑む。

 ふいに手を見ていたら箸の持ち方が気になり、席を立って背後から持たせ直した。

 

「……吉良くんってまさか、私のお母さんだった?」

 

「気になると我慢ならない性分なんです、黙って直せ」

 

「その丁寧からの乱暴な感じも好きだなぁ…」

 

 この女は何をされても、すべて自分に都合よく変換してしまうのか。

 

「そう言えば結局、杉本さんとは別れてくれるの?」

 

「別れないと言ったはずだが?あなたが眼球舐めをやめて()()になるなら、考えてあげますけどね」

 

「それは無理かにゃあ。吉良くんだって女性の手への執着をやめること、無理でしょう?」

 

「…そうですね」

 

 ぼくのフェチは多分死ななきゃ治らない、一生つきまとう欲求だ。

 伸びた爪を彼女に見せ、口角を上げる。昨日見ていたのだから、爪のことはもうわかっているはずだ。

 

 

「ぼくの爪、伸びるの早いんですよ。女性の手への欲が抑え切れなくなった時に、特に伸びが早い。先生は自分の「爪」が伸びるのを止められる人間がいると思いますか?……えぇ、無理ですよね。本当に、困ったものです」

 

 

「フフ」と、小さく息を立てて笑い声を漏らすと、息を呑む音がした。

 黒い目がぼくを凝視している。人の目にまた欲情しているのかと思ったが、違うようだ。

 

「君は、ちょっと…怖いな」

 

()()()()じゃあなく?」

 

「目も冷たい色の中で光る虹彩がとても綺麗で悍ましくて、ステキよ。でも君は私の思った以上に怖いと…感じちゃったかな。そこがまた、好きなんだけど」

 

「………」

 

 首元を触った彼女に思わず視線を逸らした。

 昨日の感覚がリアルにフラッシュバックする。

 

 

 指に食い込む肌の感触も、熱い体温も、掠れた呼吸も、全て背徳的で。

 忌まわしい行為であるべきなのに、甘い痺れとなって背筋を伝い、全身に広がる。

 

 女の手に触れている時以上に、()()()()()ような感覚。緩む顔を隠すように、口元を覆う。

 

 

「…吉良くん、今私に「悪いことをした」って、思ってる?」

 

「えぇ、思って…ますよ。とても罪悪感で、いっぱいだ」

 

「本当に?」

 

「本当に。だってそうじゃなきゃ、ぼくは……()()じゃ、ないですから。あなたに罪悪感を覚えていて…それで、謝りたいと思ってる。罪の意識に苛まれてる」

 

「……吉良くん」

 

「だから…だから、ごめんなさい、ごめんな、さい…」

 

 

 ()()に囚われて、実際は罪悪感なんてこれっぽっちも感じていない自分に、途方もない気色悪さを覚える。

 

 自分の感情に折り合いを付けることができず、冷静を努めていた脳は焼け焦げていった。

 頭の異様な重さに保健医に向ける謝罪は途切れ途切れになる。

 

「大丈夫だよ」

 

「………」

 

 抱きしめられて感じた熱は温かく、余計に頭の中が歪められる。

 彼女は幼児にでも話しかけるように、優しい声で話した。

 

「別に、もういいよ。君が杉元さんを選んだのは事実なんだから。それに私たちは、もっと人間的な欲求で繋がっている。ふふ、セフレってのに似てるのかしら」

 

「………」

 

「腹を見せ合えるからこそ、寄りかかるにはとても安心できるでしょう。あなたが求めてくれるなら、私はそれでいいわ。あなたのことが好きだから、いくらでも捧げられる」

 

「…アガペーのようなことを言う。神にでも…いや、この場合は聖母にでもなったつもりか?」

 

「私は神なんて柄じゃないよ。寧ろ悪魔ね、与える代わりに求めるの」

 

「悪魔より悪霊だろう。例えばリリスだ、サタンの嫁になった説がある」

 

「あら、いいわね。じゃ今日から佐藤・リリス・安希恵(あきえ)にしようかしら」

 

 

 リリス(彼女)は無邪気に笑い、対価として肉体関係を求めてきた。

 作動しない頭はゆっくり縦に動く。鈴美に対して罪悪感よりバレたら大変そうだと考えている頭が、浮世離れして感じられた。

 

 

 そう言えばリリスはユダヤの伝承だと、男児を害すると信じられていた女性の悪霊だったと思い出した。

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