転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
「わたしの推測はこうだ」
まず警戒心の薄い旅行客をこの家に連れ込み、睡眠薬で眠らせる。
その点、子どもで、しかも少女というのは相手の警戒心を緩める上で非常に有効な手段だ。
そして眠らせたら注射器で血を抜き取る。客には次の日起きた後、「旅の疲れで眠ってしまったようだ」とでも話せばいい。多少の貧血も「疲れ」で誤魔化せる。
これで客の私物が盗まれていなければ、相手は怪しみもしないだろう。
「ふふふ…でも、注射器の痕は残るんじゃありません?そうしたら怪しまれるでしょ」
「確かに、ね。だが治す手段はあった」
「へぇ、そうなのね」
「白々しい言い方をするな」
アタッシュケースに注射器とは別にあった、複数の小瓶。
赤い液体が月の光越しに見てとれ、まさかと思い使ってみた。無論自分を人体実験よろしく使う気はない。少女を使った。
「小さい切り傷を作り、瓶の血を垂らしてみれば治った。結果、血に再生能力を促す効果があることがわかったよ。それで少女が吸血鬼になった様子はなかったが……」
「吸血鬼が作れるのは、吸血鬼の下位互換のゾンビくらいよ。その作り方も血ではないわ」
「その気になればゾンビパニックが起こせるのか……恐ろしいな。まぁ、貴女はそのようなことは起こさないだろうね」
「へぇ?」
「人間社会に溶け込むようにして生きている。血の確保の仕方からしてもね。
つまり、目立たないように、生きている。わたしの人生の指針とよく似ていると思ってね、親近感が湧く」
「そうねぇ…人間社会は昔と違って戸籍だの何だのと、とにかく生きにくくなった。
昔は森に潜んで人間を襲い殺しても、悪魔や魔物の仕業にされたのに。
近代革命が起こったと思えば、あっという間に銃だの戦車だの、果てには核兵器だの、私でも死ぬブツを生み出して恐ろしいったらありゃしない」
「………」
「レディーに失礼ね、今私の年齢のことを考えたでしょう」
姿とは対照的に軽快に立ち上がった老女の容貌が、変わっていく。
黒い影のようなものに全身が覆われたかと思えば、服装はそのままに麗しき女へと変身した。
死人の如き白い肌。骨と血管が浮き出ていた手が、目も眩むような美しさで。
思わずわたしは口を開けて固まってしまった。
この世で一番美しいカノジョはモナリザの手だと思うが、この手も素晴らしい。人間でない以上、合法的に爆殺し奪うことができる。
────待て、手だけでも再生してしまうか?不死性にも個体差があると思うが、手から再生してしまうなら諦めるしかないのか………?
「おい、キサマ、おい」
「…………」
「おいっ!」
頬を叩かれ、ハッとした。警戒して吸血鬼から距離をとっていたはずが、わたしはいつの間に近づいて、剰えアイドルの握手会に来たファンのように両手を握っていたんだ?スタンド使いの仕業か……?
「吸血鬼は身体変化もできるのか、驚いた」
「いやらしい目で私を見ないで欲しいわ。……まぁ、“人間の神”と呼ばれるようになった存在を、この目で見たことがあるくらいだからねぇ。それくらい容易いわ。だから、あなたの服についている血の匂いも、誰のものか分かるわよ」
「取り乱さないと思っていたが、気づいていたか」
わたしの服についているのは少女のものではない。小瓶に入った吸血鬼の血をキラークイーンに持たせぶちまけた。
肝心の少女は意識を刈り取り、ベッドの上で眠ってもらっている。
「変なマネをするのね。それはあなたが“普通”の人間と違うからかしら?よっぽど“
「勘違いしないでくれ、わたしはいたって普通の人間だよ」
「フゥン、殺したくて殺したくて、しょうがないって目をしているのに?」
「あぁ」
「……そう」
「貴女の疑問に答えるとしたら、純粋に気になったからだよ。
貴女が吸血鬼だと確信に至った時に、その捕食者の瞳が人間の少女へ浮かべていた穏やかな色。
捕食者と被食者がひょんなことから共生している例はなくはない話だが、それは果たして、吸血鬼と人間という構図でもなり立つのか。私的な好奇心が湧いた」
「怒った私に殺されるとは、思わなかったのね」
「
「………本気でそう、思っている目ね。なら、本当にあなたはできるのかもしれない。分かるわ、そこらの
「仙道…?」
「いえ、こちらの話。気にしないで」
吸血鬼はそう言うと、歩き出した。わたしの横を過ぎ、そのまま少女が眠る部屋へ向かう。
ついて行けば、寝息を立てている少女の側に女は近づく。
また、吸血鬼の瞳は穏やかな、春の陽気の如き温度を保っている。
「この娘を偶然拾ったのは本当よ、人間」
「わたしにも名前があるのだが」
「ハッハッハ!お前など、「人間」で十分よ。小さかった死にかけの命を拾ったのは、本当に気まぐれだった」
一年、二年と、この吸血鬼が生きている年月からすれば短い年月が過ぎていき、だがその日々の積み重ねは濃厚で、不思議と充実したものだった。
それこそ、空虚だったこれまでの人生と比べれば短いのに長く感じ、その上で、なぜか短いと思う年月だったと。
「非常食兼、利用道具程度にしか考えていなかったのに────そして、私がそれを説明した上で、この子は私に懐いているのよ?ふふ、可愛らしいでしょ」
「…それが、貴女とその少女の関係性というわけですか」
「いえ、そんな単純なものじゃあないわよ」
吸血鬼は、少女の頭を撫でる。
美しい、カノジョが……とまた気が狂れかけて、こちらに気づいた女に足を踏まれた。割と容赦なく。
「
「前者の質問については、匂いで分かったわよ。同属を殺す人間は、血の匂いをプンプン漂わせている。それがあなたには全くなかった。だからこの子に手を出せども、殺しはしないと確信していた」
「“予想”ではなく、“確信”ですか」
「経験則の賜物よ。それでももし本当にこの子が殺されかけて、私が助ける前に死んでしまった時は………それがこの子と私の、「運命」だったということでしょう」
「………運命、か」
「生物は始まりがある以上、終わりがある。それは吸血鬼である私とて同じである。大いなる運命の流れがこの世界を支配し、統轄している。少なくとも私はそのように感じているわ」
「嫌な話だ」
「ふふふふ、確かにねぇ。──で、先ほどの質問に戻るけど、後者についてはバラされたら困るわね。ここにはそれなりに長くいるけど、場所を移さなくちゃならなくなる。結構気に入っていた街なのだけれど」
「貴女の平穏をかき乱す可能性のある根本を、先に断つという考えはないのだな」
「過激に生きることほど、平穏とは程遠い。人生回り道をすることが長生きのコツよ」
都会はダメで、田舎がいい。だが、あまりにも辺鄙すぎると利便性に欠ける。
その按配がこの街はちょうど良かった、と語るこの吸血鬼は、一体どれほど長くここに居着いているのか。
少なくとも、都市伝説になるくらいは長くいる。
「ならばその時は、少女を置いて行くのだな」
「いやね、置いて行かないわよ」
「……そうかい」
「意外、止めないのね。人間なら正義の理論を持ち込んで来そうなのに」
「いや、貴女たちのような在り方も肯定したいのだよ、わたしは」
「……やっぱり変わっている人間ね、あなた」
吸血鬼の撫でる手つきに、一瞬少女がむずがるようにして、また寝息を立て始める。
夜、ひっそりと寄り添い合うように存在する、双子の星のような。
そんな隔離された世界が、わたしの目の前にあった。
「おまえは、おまえがシワクチャになっても、私の非常食。私のもの、
悪い吸血鬼だ、とわたしが言うと、女は少しバツの悪い顔をした。
これが吸血鬼と出遭ってしまったわたしの、事の顛末である。
その後、この一人と一匹がどうなったかは知る由はないが、恐らく場所を移してこの世のどこかで仲良く暮らしているのだろう。
深い愛を抱えて、ひっそりと。
⚪︎⚪︎⚪︎
アメリカを発つ日の朝。
わたしは空港で手荷物を預けた後、まだチェックインまで時間があるため、空港内にあるカフェで時間を潰していた。
人混みは多く、頼んだサンドイッチを食べながら本を読む。
途中店員に相席を求められ、視線は文字を追ったままなぁなぁで承諾した。
パン類を食すと必然、口内の水分が奪われる。サンドイッチ同様頼んでいたコーヒーを飲む。悪くない味だ。
「何の本を読んでいるんだい?」
「………ン?」
唐突に声がして、視線を前に向ける。
どうやら相席になった男が話しかけてきたらしい。男の手には新聞紙がある。
付けていたブックカバーを外しタイトルを見せると、男は眉を寄せた。
「『魚を殺した情婦』……?」
表紙には女性下着に絡まった魚の絵が描かれている。表紙と内容を見ただけでは一体何が何なのか分からないだろう。
「内容がとても気になるね」
「情婦が魚を殺す話です」
「……そのままだな」
「侮っちゃあいけませんよ。作品を読めばこの「魚」が何を例えているのか、情婦がなぜ「魚」を殺したのか、分かってきますから。かく言うわたしもまだ途中までしか読んでいませんがね」
女性下着に「魚」が絡まっているこの表紙の絵も、とあることを暗示していたりする。
「ギャグのような表紙でも、中身は全く違う風味なのですからよくできていると思います」
「面白そうだ。私も後で読んでみよう」
男はそう言うと、新聞に目を通し始めた。
その後も、ポツポツとわたしたちの会話は続く。相手は仕事の都合で出かけた帰りらしい。
不意に男を見ていたわたしの中で、此度の旅で体験した吸血鬼の話が頭によぎった。
今日知り合ったばかりの人間に、この話を出すのも如何なものか。だが今後の人生でもう出会うことはないだろうからこそ、話してもいいのでは?──と思ってしまう。
何より、相手の「私に話してみるといい」という気持ちにさせる不思議な、この独特の雰囲気が、わたしに口を開かせる。
「実は、わたしは書き物の仕事をしているんですがね…」
と切り出し、吸血鬼の話を“今練っている物語の構想”として話した。
男は新聞から目を移し、興味深げにわたしの話を聞いた。
相槌の打ち方や時折挟んでくる質問のタイミングなど、やはり聞き上手である。
「吸血鬼が出るならば、物語には悪魔祓いも出すのかい?」
「…確かに、退魔する聖職者を出すのも展開としては良さそうですね」
「物語の主軸が少女と吸血鬼の二人なら、聖職者は悪役になってしまいそうだ」
「あぁ…そのような意図で言ったわけじゃなかったんですが……気を悪くしたなら申し訳ない」
「いや、ありきたりな「聖職者=正義」ではなく、悪として出すのは創作物としては真新しく、面白いと思うよ、私は」
それに、と男は続ける。
「その者のあらんとする場所が正義か否かなど、他人が軽率に推しはかれるものではないからね」
穏和そうな顔とは裏腹に、瞳の中に強い意志を宿す男。
会話の中でわたしの作家名も聞かれたが、言葉を濁した。こちらの様子を窺うと、あの空条の娘とは対照的にすぐに引き下がった。
むしろ「詮索されるのは嫌だったようだね」と、謝罪を受ける。こういうデキた人間はリスペクトに値する。
「おや……そろそろチェックインが可能な時間だ」
「そうか。アメリカの旅はどうだったい?」
「疲れましたね」
「ハハッ!これはまた正直な感想だ」
「事実ですから」
ようやくわたしは日本に帰れるのだ。
さらばだジョースター。白い悪魔に、イジの悪い老人。それと、厄介ファンの娘。
「では、束の間の相席でしたが失礼しますよ。えぇと……」
そこでわたしは、相手の名前をまだ聞いていなかったことに気づいた。
取り敢えず無難に相手の服装を見ながら、「神父」と話す。
「私はプッチ、エンリコ・プッチだ」
「そうですか、プッチ神父。わたしは吉良吉影。どうぞ良い一日を過ごしてください」
「あぁ、君もね、吉良」
しかし、これまた十字架をデカデカとあしらった祭服だな。
服装はまぁいいが、聖職者が坊主の頭に剃り込みを入れていいものなのか。日本の坊さんだったら非難されそうだ。
そして、わたしは日本に帰って来た。
家に到着してすぐ死人のように倒れ、復活してから知り合いに土産を配りに行った。
『アイラブNY』Tシャツを渡しに行った岸辺邸では門前払いを受けたので、通りすがった編集らしき女に渡した。
「えぇと、露伴先生に直接渡されなくていいですか?というか、どういうご関係で?」
「古い知り合いです。露伴くんのことは彼が幼い時から知っていますよ」
「へぇー、先生にも子ども時代があったんですね。…いや、そりゃ当然誰にもありますけど、想像が付かないっていうか」
この女がS英社から来ているということは、わざわざ東京から時間をかけてここまで来ているということ。
パソコンの普及も高まり、わたしもすでにアナログからデジタルに移行し作業している。編集とのやり取りの多くもパソコンだ。
対し岸辺露伴はアナログ。漫画作業用のデジタル機器もあるようだが、奴の執筆速度に機械の処理の方が追いつかないらしい。人間をやめていないだろうか。
「あの…露伴先生ってぇ、どんな感じのお子さんだったんですか?」
「今と変わりませんよ」
「アッ(察し)……何か私の想像通りのイメージかも」
編集の女との雑談も程々にして、岸辺邸の前に停めてある車に向かおうとした矢先。
編集の悲鳴が聞こえたので振り返ると、玄関の扉がほんの僅かに開いていた。ご丁寧にチェーンがかけられている。
その隙間から、こちらを覗く人影があった。ホラー映画の一幕に出てきそうなシーンである。
「やぁ、泉くん」
「あ、こっ、こんにちはー、露伴先生」
「……泉くん?」
妙に見覚えのある顔だと思ったが、なるほど。
確かに彼女は妹も編集になった──と話していた記憶がある。しかし妹の担当が岸辺露伴とは、世間も存外狭いものだ。
「そしてそこにいるのが、吉良吉影」
わたしは今にもスタンドをけしかけて来そうな勢いのこの青年から、さっさと退散すべきだろう。
「いや、──────星ノ桜花先生?」
瞬間、己の歩が止まった。何を馬鹿なことを、と軽口を挟んでやるつもりが、ガッツリと腕を掴まれたことで失敗する。
編集の女が、もの凄い形相でこちらを見ていた。
「星ノ桜花先生…………?」
「いや、違っ」
「星ノ桜花先生!!!??」
「人の話を聞いてくれ」
一体どこからそんな力が出せるのか、編集の女に半ば引き摺られる形でわたしは岸辺邸に連れ込まれた。
色々質問責めを受けたが、途中から記憶がない。
その原因は漫画家のスタンド攻撃を受けたからではなく、残っている旅の疲れの上にさらに疲労を重ねられる形になって、早々に考えるのをやめたからだった。
その間岸部青年は、それはもう楽しそうにニコニコしていた。
一方で、アメリカ土産はなぜか編集の女が持って帰ることになった。
そして、さらに後日。
平穏な生活に戻っていた我が家に一本の電話が入った。仗助からである。
用件はわたしが渡した「土産」に関してだった。
本当はジョースター氏からのプレゼントであるコレについては、「仗助には普段から世話になっているから」と、前置きして渡した。
これならば中身がいくらか高いものであっても誤魔化せる。
「あの、おっ、お袋に指摘されて、ししっ、調べたんスけど……」
「何だい?」
「い、頂いたやつが、す、すすす、数千万の時計ってマジすか……?」
「数千万………??」
あぁ、と思った。
今頃アメリカにいる米寿を迎えた老人は、イジ悪い笑みを浮かべているに違いない、と。