転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
シリーズもの。しばらく続きます。一週間に一話投稿できたらする予定ですが、全部書き終わったら連続で出します。
これ書くために十年ぶりくらいに「本」を読んだ。当時四部未読で最初に出てきた康一くんが主人公かと思ってた。小説の露伴先生虫ペロ全然しなさそうで脳バグ起こってたけど、一分で原稿一ページ終わらせてたからやっぱり人間じゃない。
キャッキャと騒がしい音が痩身の男の耳に入った。
彼は今子供向けのアミューズメント施設にいる。自宅から車で小一時間程で来られるこの場所は、最近オープンしたばかりだった。
その施設内の一角、遊具が立ち並ぶ隅で男は自動販売機で買った水をチビチビ飲む。親が子供を見守れるようにと設置された複数のベンチ。男が座る横では赤子を抱き抱えている女と、ママ友らしい女が雑談に花を咲かせている。
「葛西さんとこの旦那さん、浮気したんですって」
「あら本当?子供もまだ小さいのに」
丸聞こえなその声に、男は内心舌打ちした。そもそも場違いな場所に来ているのだ。それもこれも知人の女性に、仕事の都合でどうしても一日家を空けなきゃいけないの──と、その息子を預けられたのが原因だ。
本当なら家で本を読んで、クラシックでも聞きながら穏やかな一日を過ごすはずだった。しかし女性の頼みを断れなかった。相手の複雑な家庭事情を理解しており、さらに男と遊ぶために息子を押し付ける女性ではない事も知っていたからだ。女は尚も「じょせふ」の虜である。
「ハァー…」
家に帰りたい。
男が少年をチラ見すると、仲良くなった子供と楽しそうにボールが敷き詰められたプール(水はない)で遊んでいる。
少年が友達からこの場所の話を聞き、「つれてって!」とねだられたことで訪れたが、はしゃぐ子供の声を聞くほど萎れていく錯覚さえ覚える。こう、内側から精気が奪われる。
「まぁ、預かったからには怪我しないよう見てやらんとな」
ほんの一瞬と、そして予想だにしないキッカケが大怪我に繋がる。
ガキは予測不能の生き物だ。男の経験則である。
「あのバラン小僧と比べれば、仗助は何倍も利口だしな…」
制御不能の人間魚雷の如きキテレツなヘアバンドを付けた少年。その子供をあしらえるのは彼女くらいだった。
男は散々振り回され、脳の血管が切れる音と共に何度置き去りにしてやろうと、或いは殴ってやろうと思ったか分からない。いや、むしろ保護者を置き去りにするのが子供の方だった。
「吉良さん!俺のジュースちょうだい!」
子供ながら将来有望なご尊顔を匂わせる少年が駆け寄り、男が片手に持っていたペットボトルを受け取った。
炭酸のソレは口に含むとパチパチと弾け、少年は思わず口をすぼめる。
「すっげぇ、シュワシュワした」
「いつまで遊ぶつもりだ、仗助」
「あと五時間!」
「無茶を言うんじゃあない」
すでにアフタヌーンティーでも嗜むような時間だ。
男はあと一時間、と約束を取り付け、再びボールの海に飛び込む少年を見送る。
「元気な奴だな……」
「あのぉ〜」
「…はい?」
隣で談笑していた女二人が好奇の色を滲ませて男を見ている。
面倒だな、と思う間もなく会話に巻き込まれ、男の目はついに死んだ。それでも幼少期から培った愛想笑いだけは崩さず、適当に受け答えする。
そして帰り道、熟睡する少年を乗せた車は杜王町へと向かった。
⚪︎⚪︎⚪︎
月一の薬の処方と、経過観察。
エネルギッシュな仗助を連れ出かけた数日後、仕事を休んだ午前中に病院を訪れた。
担当医とは長いもので、もう十年近い付き合いになる。わたしが過去に体験した事件の特殊性ゆえか、特に目に掛けてもらっている。
「何か表情が暗いですね」
「あ、わかる?」
医者の男の目元にはうっすらと隈があった。
「本当は他の患者の情報は言っちゃダメなんだけどね。君ならいっか」
「いえ、やはりいいです」
「そう言わず聞いてきなよ」
医者曰く、最近自殺を図った少年が病院に運び込まれたらしい。一度事故で重傷を負った事もある少年は、仗助とさして歳の変わらない子供だった。
「少し前から学校にも行かず引きこもっていたようでね。同級生から虐められていた、っていう話を保護者側から伺っている。まだ幼い子供が自殺を図った事実がね、キツいんだ…これが中々」
「内容を聞く限りだと、わたしに話したのには理由がありそうですね」
「あぁ。少し君の意見を聞きたい」
少年の事情を詳しく知る医者からすると、わたしと重なるものがあるそうだ。
担当医は「医者は万能ではない」と語る。
「僕は精神科医だが、カウンセラーではない。症状を診断して薬を処方したとしても、患者の根幹にある問題を解決するに至らないことは多い。勿論その手助けは最大限に行うよ。しかし絶対に心の病が治るとは限らない」
わたしのように生きている間は治らない
「その点、僕が思っていた以上に君は君自身の内面と上手く向き合えている。正直言うと五年前を思えば、もう助からないとさえ思っていた」
「患者を諦めていたってわけですか?とんだ医者も居たものですね」
「……そうだ。僕は何の役にも立てなかった」
「ハァ……湿っぽい話は置いといて、話の続きをしましょう」
他人が助けられるなら不治の病な“コレ”だってすでに治っている。医者に勧められて心療内科に通った事もあったが、過去の出来事をズケズケ他人に踏み込まれると、無性に殺意を抱いてしまう。
だから早々にカウンセリングは捨てて薬に絞った。そもそも効率のいいストレス解消法はすでに知っているからな。人殺し以外の方法で。
「その少年は意識を取り戻したが、暴れるんだ。これには看護婦も僕も参っている。この腕の傷も押さえようとして引っかかれた痕だよ」
そう言い担当医が白衣の袖を捲ると、最近ついたばかりであろう生傷があった。
少年はその他に自傷行為も目立つらしい。
「なるほど。先生は自分の心と上手い付き合い方を知っているわたしに、何か案を出して欲しいということですか」
「軽いアドバイスでいい。僕も色々と考えているが難しくてね。それに……」
「それに?」
「虐められて精神が不安定になっているにしては、様子が少し違うようにも感じるんだ」
耳を覆ってブツブツと呟いたり、大声で叫び近づいた看護婦を殴る。食事は食べられることもあれば、途中で吐いてしまうこともあるらしい。かなり重症だ。
これはあくまでわたしの個人的意見だが、確かに子供が虐めで自殺を選ぶにしては精神的に追い込まれ過ぎな気がする。
未成年の自殺において確かに小学生の自殺は亡きにしもあらずだが、中高生と比べればその数は圧倒的に少ない。
それは成長するに連れて子供に個性が生まれ、彼らを囲む社会が複雑化していくからだろう。大人になるにつれ必然生じる軋轢だ。
しかし同時に彼らは子供が持つ無邪気さも抱えている。子供の社会を知っているが、大人の社会はまだ知らない。
子供が素顔のまま学校に向かうとしたら、大人は会社に行く前に自分の顔を覆う“マスク”を被る。そのマスクは大人が社会を生きる上で必ず必要なもので、それを被らなければ忽ち他者に異物扱いされてしまう。
「何か他にトラウマとなる出来事があるのでは?例えば少年が遭ったという事故ですとか」
「それも考えたよ。彼は約二年前の事故以降から様子が一変したと聞く。でも事故が原因で他人との関わりを恐れるようになるだろうか?」
「普通なら事故のトラウマを思い出して震えそうですね」
「そうなんだよ。だからこそ分からないんだ」
親に虐待されている可能性も考えたが、それはないらしい。「だって彼は……」と言いかけて、医者は口をつぐんだ。そこは完全にプライベートな部分らしく、話すのは躊躇われたようだ。
話せない部分は流させて、しばし考える。だが解決の糸口になりそうな案は思い浮かばなかった。
強いて言えば、「熱中できる趣味を見つけろ」くらいだ。ストレスを軽減させ、少年が苦しむ記憶を一時的にでも忘れさせる。
「例えば先生の給料で高い寿司を奢ってあげるでも、トラウマから遠ざける良い方法になりますよ」
「HAHAHA、君の方が稼いでいるだろう?簡単にこの病院に勤める職員全員に高級寿司を奢れるくらい」
「さて、何のことやら」
とぼけてみせると、カルテに書き込みながら担当医が笑う。この医者の言葉を真に受けなければ、わたしは今頃素晴らしいサラリーマンライフを謳歌していたのに。
「あっ、これあげるよ」
と、何故か最後に医者が子供に渡すシールを押しつけられ、診察室を後にした。ドラえもんがその存在をこれでもかと主張している。わたしが子供に見えるとは、いよいよ耄碌してきたな。まだ若そうなのに残念なことだ。
ドラえもんの行き先は仗助にするとして、待合室で処方箋の受け取りまで本を読み待った。それから会計も済ませて外に出る。
それなりに大きい病院ということもあり、予約をして朝から並んでも時刻はお昼近くになっていた。昼は外食で済まそうかと駐車場に向かおうとしたところで、体がつんのめるようにして止まった。
「ハ?」
病院の敷地の奥側、人気のない日陰の場所に視線が釘付けになっている。わたしの、ではなくキラークイーンの、だが。
「いいか、わたしは帰る。ただでさえ嫌な病院に来て気疲れしているんだ」
『………』
「そんな見つめたって無駄だ。わたしが主人なんだから言うことを聞け」
『………』
キラークイーンの視線の先にはベンチの下で丸くなる猫がいた。
無視して歩こうとしたが、やはり一定の場所から進めない。コイツとわたしが離れられる距離が限界だ。
『ニャー』
結局獣人型のヤツに負け、ベンチを占拠することになった。正面には植えられた樹木とよく手入れされた花壇がある。木で陰になってこの場所は夏ならちょうどいい涼みスポットになるだろう。
ベンチの後ろは建物に隣接した植え込みが生い茂っている。猫はどこかの飼い猫なのか、鈴のついた首輪をしていた。キラークイーンはベンチの下に潜って猫をじっと見つめている。何なんだろうか、コイツは。
「しかし子供も自殺を選ぶとは、闇深い時代だな」
自殺未遂の少年がどのような経緯で死を望んだのか、作家をしている手前気になりはする。だが作家として調べるならまだしも、個人で関わる気は全くない。面倒だろう。
「もういいかい、キラークイーン」
『ニャー』
時計を見れば一時間が経とうとしている。途中何度か引っ込めようとしたが無理だった。本当に何なんだコイツ。
「あっ!」
そうだ。コイツが動かないなら、その元凶を移動させればいい。
普段から持ち歩いている手袋を鞄から出して、身に付ける。これで引っかかれたり噛まれても素手よりはマシだ。
「みゃぁ〜……ん」
寝ぼけた声を出した食肉目ネコ科ネコ属の生きものが持ち上がった。脇を掴まれる形でだらしなく伸びきっている。これが野生を忘れた獣の末路だ。
ベンチの上に置いたソイツは逃げるでもなく、呑気に毛繕いし始めた。このお間抜けさじゃ毒入りの餌を与えられたら簡単に食っちまうな。
「ほら、猫も昼寝から起きた。──おっと、「昼」と言えばまだ昼飯にもありつけていないな、わたしは」
『………』
「いい加減にしろ」
渋々、本当に渋々な様子でキラークイーンは引っ込んだ。
これでようやく帰れると思った矢先、腹を舐めていた猫の視線が上に向いた。
「鳥か?」
つられてわたしが上を向いたのと、視界の隅で猫がベンチからジャンプしたのは同時だった。
一瞬体が固まったが、脳がすぐに動いて最適解を見出す。ベンチから数メートル横に逸れた場所。そこに向かって走り、腕を伸ばす。咄嗟の判断でキラークイーンと自分の体が連動した。
常識的に視界に入れておきながら、無視を決め込むわけにもいかなかった。
いくら階層が低かろうが、打ちどころが悪ければ死ぬ。逆に高くても命が助かる場合だってある。飛行機事故で数千メートルから落下しつつも一部の乗客が奇跡的に助かった、なんてのがその例だ。
「っ……!!」
小柄な物体が植え込みに衝突する前に、体に触れることができた。
最初はキラークイーンで衝撃を緩和して、次に己の腕にその肢体が収まった。勢いは殺しきれず、額が硬い壁にぶつかった。受け止めた衝撃は当然あり、植え込みに自分の体が沈む。しかし幸いにも植え込みがクッションになった。
────ミシッ。
いや、肋に嫌な音がした。ついでに視界が急速にブラックアウトしていく。
「ははっ……」
首に触れたら生ぬるい感覚がした。植え込みの枝に血管を掠ってしまったらしい。プシュ、という明らかにやばい音がする。まさかここで死ぬのかと、もはや笑いしか出なかった。
まぁでも、鈴美に会えるなら悪くない。だがもしあの世があるとして、彼女がいるなら天国だ。ならばわたしが堕ちるのは地獄で、会うことはできないだろう。そもそも死後なんてもの無いだろうが。
それでももし彼女に会えたなら、こんな愚行を犯したことにも意味ができるというものだ。
「なんでっ…!!」
起き上がった子供と目が合う。深淵を映すような瞳は驚愕に染まっていて、病院服から覗く細い手足には至る所に包帯が巻かれていた。哀れなほどその肢体は震えている。
そこまで考えて、わたしの意識は落ちた。