転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
全部の推敲はまだですが、書き終わったので出します。間に合えば連日続けて投稿予定。これと前回の含め計6話。
誤字脱字報告もいつもありがとうございます。それと後書きにヒロインズのイメージ図載せてるので、興味あったらどうぞ。4分の3がオリキャラっていう。言いにくいけど、保健医が個人的に、好きなんだ…。
起きたら視界に白い天井が広がっていた。
飽きるほど拝んだ光景に辟易しつつ、上体を起こそうとして胸部に激痛が走った。頑張れば立てそうだが、その前に全身脂汗まみれになる。
部屋は個室で誰か呼ぼうにも、細く息をする分なら違和感程度で済むが、声を出そうとすると途端に激痛が襲う。肋は骨折しているようで、胸部を覆うように固定具のベルトが巻かれていた。
頭と首元にも包帯が巻かれている。点滴の水音が耳障りだ。
「医者、呼ぶか…」
このまま看護婦が来るのを待つ必要もない。ナースコールを鳴らすと、程なくして廊下から騒がしい音が聞こえた。
⚪︎⚪︎⚪︎
医者から聞いた話によれば、首の血管が切れたものの動脈ではなかったらしい。それでも首の血管だ。応急処置により失血死は免れた。
肋の方も骨折こそしているが数週間もすれば回復に向かうとのことで、内臓に刺さってもいなかった。
運はわたしに味方してくれてい………いや、味方もクソもないな。どの道一ヶ月以上は入院が確定だ。ここが地獄だ。
命が助かっただけマシと思うが、まずガキを助けなければ重傷を負っていなかった。愚の骨頂である。
しかしあのまま見捨てていてもな。この病院は今後も利用する。訪れる度に今回の件を知っている人間に後ろ指を差されるかもしれない。
子供を咄嗟に助けろ、なんて無理な話でも、やらないよりはやった方がいい。
常識に──「普通」に振り回されて死ぬなんて、本末転倒で馬鹿馬鹿し過ぎる。涙が出そうだ。
「いいですか?ぜっったい安静です」
見覚えのある歳をとった看護婦がいっそ清々しい笑顔で忠告し、去って行った。まさかわたしが病室から逃げ出すとでも思っているのだろうか?
部屋も人通りが多い場所だし、窓の位置も高く、イスでも用意しなければ身を乗り出せない高さにある。その前に横に広く縦に狭い造りで、成人の大人では通れそうにない。
「婦人には感謝しないとな…」
入院にあたって必要になる用品は、朋子婦人が準備してくれた。と言っても、家主不在の自宅には入って欲しくなかったため、婦人の出費である。
かかった費用は必ず返す。おんぶに抱っこで我ながら顔を覆いたくなった。「イヤねぇ、気にしないでちょうだい!」と語った彼女の肝っ玉ぶりに、実は自分の母親だったのではないか…?とさえ思った。
冗談でそれを告げると、「あらじゃあ養子にでもなる?」とさらに冗談で返されたが。全く敵わない。
見舞いに来た仗助はクレイジー・ダイヤモンドで治す気満々だった。でも考えてみて欲しい。重傷の患者が一日で全快したら、それはもはやホラーである。丁重に断った。
その代わり入院している間、わたしが指定した本を図書館から借りてくる任務を与えると、への字だった口もいつもの笑みに戻った。
そして肝心の飛び降り少年の方だが、まさか、と思ったがそのまさかだった。
どうやらあの日、三階から自殺を図ったらしい。
わたしと違い、少年は植え込みの枝で少し手足を切っただけで軽傷だった。少年を助けたわたしは多数から感謝されると同時に、「無茶しやがって…」な呆れをもらった。主にわたしが過去に色々とやらかしていることを知っている面々から。
少年の保護者も謝罪に来た。ただ、その子供の実の親ではない。担当医が語らなかった込み入った内容が、訪れた女性が少年の母親ではないことから察して頂けるだろう。
訪れた中年女性は深々と頭を下げ、見舞いの品をわたしに渡した。
少年の方は窓のない部屋に変えられ、病室から出ることも禁止になったらしい。
自分から関わってしまった以上、わたしは女性に気になっていたことを尋ねた。
事前に看護婦たちにそれとなく探りを入れて話は聞いていたから、此方が大まかな情報を知っていても不自然ではない。
「少年はなぜ、自殺を図ったのでしょうか」
「えぇと……」
「あぁ…すみません。赤の他人が突然不躾に。それでも、どうしても気になるのです」
「それは…どうしてかしら?」
「ぼくと似ていると思ったからでしょうか」
「あなたと?」
「ぼくも昔、死にたいと思ったことがあるんです」
ヒュウ、と引きつったような音が聞こえた。女性とは視線を合わせず、本の置かれたテーブルをじっと見つめる。
そこには頼んだ翌日、早速仗助が借りてきた『初心者向け 栄養管理本』と、ノートにボールペンがある。他の本は正面のテーブルとは別のサイドテーブルに、貸し出し用の袋ごとデン、と乗っている。
女性の職業を意識して、少し陰りのある雰囲気で会話する。同情されやすいように。いくらかあどけなくなる前髪も下りているから、殊更取り入りやすいだろう。
案の定、女性はわたしに同情し、少年の情報を話し始めた。
それは担当医が語っていた内容より、さらに発展したものであった。
「お医者様にはどうしても話せなかったの。言えば白い目で見られると思ったから。状況が違えば人目を引く特別なものであっても、今のあの子の惨状を見てはマイナスな印象にしかなりません」
「特別なもの、ですか」
「あの子は記憶力がいいんです。それも、常識では考えられないくらい。神様の贈り物に違いないと私も最初は喜びました。でもそれは勘違いで、むしろ呪いとしてあの子を蝕んでいる」
一瞬見たものを瞬時に記憶できる。聞いた事がある。実際にそのような能力を持つ人間と会ったことはないが。
瞬間記憶能力。目から入った情報をそのまま記憶できる能力で、見たものをソックリそのまま思い浮かべることができる。一見すると素晴らしい力にはしかし、欠点も存在する。
「忘れる事ができない。それはたとえどんなに嫌なことであっても」
「…ご存知だったのね。そうです。あの子を苦しめるのは、確かに事故の記憶もあります。でもそれは一部でしかなく、あの子が経験した記憶自体があの子の首を絞めているの」
「だから、自殺を」
「お医者様にも謝罪して、包み隠さず全てお話ししました。現状解決は難しい、とのことでしたが…」
「そうでしょうね。忘れる事ができないなら、トラウマはいつでも少年を襲ってくる」
「代われるものなら、私が代わってあげたいわ……」
涙ながらに女性は話した。慈愛深い人物だ。
わたしは急速に冷めていく自分の心を引き留めながら、ありきたりな慰めの言葉を返す。お涙一つで起こる奇跡があったら、それは何とも薄っぺらくて、軽いものだろう。
「ごめんなさいね、本当はあの子も一緒に連れて来たかったのに…」
「いえ。大丈夫ですよ」
女性は最後にもう一度頭を深々と下げ、部屋を出て行った。
「ハァ……」
話を聞いたが、わたしの愚行が徒労でしかなかったとわかった。むしろ助けない方が結果として良かっただろう。
上手くいけば少年は大怪我、もしくは望みどおりに死ねる。わたしも一ヶ月以上入院なんてバカなことにはならなかった。
少年の心の根本的な解決が望めない以上、今後も自殺を図るだろう。この怪我を代われるなら代わって欲しいよ、彼に。
「我が家が恋しいな」
病院の電話でこっそり自宅に電話を掛けたから、オヤジは大人しく留守番している。
時間はたっぷりある。そして肋が折れていても書き物はできる。入院中は休むことになっているが、何せ暇だ。ついでにフラストレーションも溜まっている。
栄養管理の本を立てかけ、ベッドごと状態を起こした体勢でノートに文字を連ねていく。早弁を教科書で隠す男子生徒のような図だ。看護婦が来たら「栄養士の資格を取りたくて…」などと話す。
その間、時折キラークイーンは窓から顔を覗かせて、猫の姿を探しているようだった。
元はと言えば全部コイツのせいだ。
『ニャー』
ニャーじゃない。
◻︎◻︎◻︎
少年は記憶の海で溺れていた。
荒れ狂う波の中必死にもがけど、それは子供に捕まった虫のように愚かなあがきにしかならない。
この苦しみから逃れたかった。だが頭の中で起こる記憶の再生は少年の意思ではどうにもならなかった。
記憶は生々しく、ずっと新鮮だ。視界だけでなく、五感全ての情報がリアルに残されている。
そして限界に達した時、少年は思った。己の救いは、この世から命を絶つ方法以外にないと。
だから鉛色に煌めく鋏を手に取って、両の腕に突き刺した。
その時は痛みよりも、地獄から解放される安堵の方が強かった。でも少年は死ねなかった。
次は窓から飛び降りた。
子供でも工夫すればどうにかなる高さで、同級生と比べれば背の低かった少年でも身を乗り出せた。
半狂乱だった。記憶の洪水は止まることを知らない。頭では負の記憶が延々と繰り返されているのに、現実の時間も並行して流れている。「自分」は頭の中に存在しているのか、それとも現実に存在しているのか。それとも両方に存在しているのか、いないのか。
自分の存在さえ、少年は分からなくなった。
そしてまた、少年は死ななかった。たまたま居合わせた男に助けられたのだ。
軽傷な自分とは対照的に、男は重傷だった。他人の血がピューッと噴き出すのを少年ははじめて見た。その血は自分の体にも掛かって、生温かかった。
瞬間、記憶の海で溺れていた少年は現実へ引き戻された。
男は自分を助けた。すぐに助けを呼ばなければいけなかったが、動けない。噴き出る血もそうだが、気が狂ったとしか思えない様子で笑う男が恐ろしかった。ホラー映画にありそうな感じだ。
動けたのは男が意識を失ってからで、幸運にも男の一命は助かった。
よかった、という気持ちもあったが、少年はまたすぐに記憶の海へ落ちてしまう。
しかし一冊の本と出会ったのを機に、少年の精神は見る見るうちに安定した。医者も看護婦も驚いた。
ダークブラウンの革製で、所々表面に傷のあったその本は、一瞬のうちに消えてしまった。
それが何処に行ったのか、少年にはわからない。病室を訪れた看護婦にも尋ねてみたが、首を横に振った。
「“アレ”はいったい、何だったんだろう…」
疑問は残るものの、見つからないならば仕方ない。
それより一つ、彼には気になることがあった。それは自分が男に助けられた時のこと。落ちる寸前に目を強く瞑った後、背中に感じた硬い感触。その次に先程よりは柔らかい感触が触れて、激しい音がした。
そして瞳を開けて視界に入ったのが、血を首から噴き出しながら笑う男だった。
「二回目のあの感触はヒトの腕だ。でも、一回目の感触が分からない…」
精神が安定している今なら思い出しても、雪崩のように記憶の決壊が起こることはない。それでも目を閉じていた影響が大きく、感触以上の情報は得られなかった。
「……やっぱり聞くしかないかぁ」
それにまだ自分はお礼も言えていない。代わりに行ったのが院長だ。
状態も安定してから退院も今週中に決まり、数日後には施設に戻る。その前に再度院長と会いに行こう──という話になっていたが、少年はその男とどうしても一対一で話したかった。
二人きりでなければあの硬い感触の正体は知れないと、確信があったのだ。
ゆえに少年は約束を破り、病室を出た。一人、それも夜に。時刻は深夜の十二時。いつどの時間帯に看護婦が見回りに来るかは入院中に把握した。
病院で、しかも夜という特殊な空間で漠然とした恐怖はあったが、記憶の海より恐ろしいものはないと首を振る。
窓から差し込む月明かりを頼りに、院長から聞いていた部屋の情報を頭に浮かべて歩く。スリッパでは足音が目立つから、素足で盗人のように抜き足差し足。明るい時間とは違いひっそりとした空気感が、自分が悪いことをしているんだと自覚させ、妙に胸が高鳴った。
「ここだ」
扉横のネームプレートには『吉良 吉影』と書かれている。おみくじで見る『吉』が二つもあるとは、運の良さそうな名前だった。少年の自殺に巻き込まれたのだから、一概に良い、とは言い切れないが。
慎重に扉を開けると、まず薄明かりが視界に入った。天井に届きそうな位置に窓があり、少し進むと開けた室内が目に入る。
ベッドの上は人型に盛り上がりがあって、掛け布団で覆われた顔はうかがい知れない。耳を澄ますと微かな寝息も聞こえた。
「あれ、髪色が少し変わってる…?」
黒かったはずの男の髪は少し色落ちして、茶に近い色合いに変わっていた。
しかし、ここまで来たはいいものの、少年は起こし方を考えていなかった。
揺すって起こすのは血を噴き出しながら笑っていた姿が脳裏に過り、どうしても躊躇われる。怖いのだ。
悩みながら視線を彷徨わせていた黒い瞳は不意に、サイドテーブルに止まる。
そこには図書館の貸し出し用のバッグやペットボトル、ティッシュなどがあり、栄養学の本もあった。バッグの中は文学が多めで、かなりの読書家らしい。
少年は一瞬見た本のページだって、次々と映像が変わるアニメだって、そのまま鮮明に思い出せる。
読書は覚える意味合いが強かった。得た知識は必ず役に立つから。そうして次々とページをめくってしまうと、物語に心を没入させることができなくなる。
だからこそ、最近は読書で「楽しむ」という感覚が薄れつつあった。
確かに後から思い出してじっくり読み返すこともできるが、「楽しむ」のだったら前に見たアニメを頭の中で再上映する方が面白い。
「うわぁ、ボクより薬が多いぞ」
サイドテーブルにはまた、処方薬も置かれている。睡眠薬や痛み止めに、精神安定剤など。薬を飲むだけで水で腹が膨れそう──と少年が呑気に思っていた時、横から伸びてきた腕に悲鳴が出た。
「────ッ!!」
しかし口は大きな手で覆われて、くぐもった声しか出ない。
「しーっ」
少年の口を押さえる手とは反対の方の人差し指が、男の口元に添えられる。
閉じていたはずの目は開いていて、細まった紫目がパラパラと落ちた長い前髪から覗いている。
少年の心は恐怖で震え上がった。頭の映像ではなく、本当の幻覚として男の首元から血が噴き出ている気がした。
「人の病室に、それも夜中に勝手に侵入しておいて、何だその顔は」
「こっ、こ……」
「こ?」
「殺され、る…」
目を丸くした男は次の瞬間笑い声を上げようとして、肋を押さえた。痛みでジットリ汗をかいている。
「殺すだなんて人聞きが悪いな。それも君の「恩人」に向かって」
「……ボクが誰か気づいてたんだ」
「ん?…あぁ、病院服の袖の隙間から腕の傷が見えたから」
「………」
少年は男から離れるようにして、隠すように両腕を押さえる。鋏を刺した傷の他にも、深く爪で引っかいて痕になった傷もある。他人が見ればその痛々しさに、思わず顔を顰めるだろう。
「わたしにお礼を言いに来たのかな?」
「そ、その件は、ありがとうございました」
「噂に聞いていたが、本当に心が安定したようだね。良かったよ」
「はい…」
男は微笑んでいる。でも、その笑みが少年には少し恐ろしく映った。夜の冷たい雰囲気に、彼自身の心が呑まれているせいかもしれない。
「それで、夜の小さなお客さんは、お礼とは別に何か用があったのだろう?でなきゃこんな時間に訪れんだろう」
「……少し、話がしたくて」
「そうかい。わたしも少し嫌味でも言ってやろうかと思ったんだ。危うく死にかけたからね」
「………」
「嘘だよ。そう縮こまらないでくれ。子供をいじめる気はないんだ」
男は病室を抜け出し、同じ階層の西側、廊下の行き止まりの場所へ移動しようと提案する。
その場所には自販機があり、休憩用のベンチもあった。
「飲み物を買ってやってもいいが、音でバレる。実はね、次勝手に病室を抜け出していることがバレたら「精神病院送りにする」と医者から脅されているんだ。ひどい話だろ?」
悪びれた風もなくあっけらかんと話す男に、少年はどうリアクションしたものか悩む。
ひとまず寝ていたところを起こしたことを謝り、男の後を追った。
「気にするな。病院だと元々寝つきが悪いんだ」
そう話す男の顔は、少年を助けた頃よりも明らかに窶れていた。
存外こういう人間が夜中にトイレに立った患者に幽霊と間違われるんじゃないかと、少年はぼんやりと思った。
左から順に、保健医→編集→ヨル→鈴美ちゃんです。
キャラメイクに使わせていただいたのは、Picrewの【やわらかめのネコヤギ】。
ヨルは入神島の人の顔が大体これで、ユイやイリガミくんも同じ感じです。
【挿絵表示】