転生したら殺人鬼ポジだった件   作:クリーニング黒兎

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95話 ねれない子たち。

 蓮見琢馬(はすみたくま)。それが飛び降り少年の名前だ。

 仗助の一つ歳上で、背は奴より少し低い。無表情が基本のようだがそこはまだ子供、若干変化がある。

 少年は生後間もなく神社の境内に捨てられていたところを拾われ、児童養護施設で育った。

 

「隣、座るといいよ」

 

「…うん」

 

 横を促すと、おずおずと少年はベンチに座った。

 

「えっと…ボクは記憶力がいいんだ」

 

「いきなり自慢かい?驚いたな」

 

「………それで、おじさんに助けられた時、ちょっと変な感覚があったんだ」

 

 もしかしなくとも、衝撃を緩和するためキラークイーンで最初に触れた時の感覚が、この子供は気になっているらしい。「気のせいだろう?」と誤魔化せど、引く様子は見られない。

 

「ちょっといい?」

 

「何だい?」

 

 初年は無遠慮にわたしのパジャマの袖を捲って、小さな手で何か確認するように掴んでは離し、掴んでは離し…を繰り返す。そして満足したのか頷き、袖を元に戻した。

 

「やっぱりこの感触だ。ボクに二回目に触れたのは」

 

「あの時は此方も咄嗟だったからね。わたしに君が抱いた違和感を尋ねられても分からないさ」

 

「本当に?ボクに最初に触れたのは、硬い……それも手みたいな感触だった。人間の手じゃなかったのは確かなんだ」

 

「それこそ幽霊なんじゃないか?」

 

「本の中ならまだしも、お化けが人を助けるもんか」

 

 ど正論だ。わたしだって信じちゃいない。

 相当少年は頑固で、「教えてくれないと出歩いてたことをバラす」とまで言ってきた。向こうも同罪だろう。

 

 別段キラークイーンの存在を明かしてもいいのだ。何せコイツは他人に見えない。

 不可視の存在を信じろ、というのは難しいし、信じさせる手間も面倒だ。最悪「意味不明なことを言っていた」で、本当に精神病院に送られる。担当医の冗談が現実になってしまう。

 

「じゃあわたしの背後霊みたいなやつが助けた、って言って信じてくれるかい?」

 

「見せてくれれば信じる」

 

「生憎だが、他人には見えないんだ」

 

「……ボクのこと、またからかってる?」

 

「いや、今のは嘘じゃない。信じさせる手段がないんだ」

 

「信じさせる手段がないのは嘘でしょ。ソイツは見えなくとも、人には触れられるはずだ。現にソイツが本当にボクに触れたんだとしたら」

 

「フフ、ヤツは気まぐれでね。私の意思とは無関係に行動するんだ」

 

 正確には無関係に行動することが多いだけで、自分の意思でも操れる。比べると自由行動が多いから、四捨五入の理論で嘘は言っていない。

 

「…ソイツってどんなヤツ?」

 

「ん?…猫みたいな耳があって、目が鋭くて──」

 

「待って、人間じゃないの?背後霊、っておじさんが言ったんじゃん」

 

「別に動物が人間の後ろをついて回っても構わんだろ」

 

「飼い猫だったの?名前は?」

 

「質問が多いな。施設は動物を飼えないだろうから気になってるクチか?猫は飼ってないよ。捨て猫を拾ったことはあったけれど」

 

「家で飼えなかったんだ」

 

「母親が動物嫌いだったからね」

 

「………なら、捨てたの?」

 

 薄ぼんやりと明るい中で、吸い込まれるような真っ暗闇が二つの穴から覗いている。

 

 

「捨ててないよ、里親を探すことになったんだ」

 

「そっか」

 

「死んだけどね」

 

「────えっ?」

 

「母親はガーデニングが趣味で、家の庭にはそれのための倉庫があった。猫はそこに入れられていたんだが、農薬を摂取して死んでしまった」

 

 白い少年の肌がさらに青白くなり、小さく震える。話を止めるつもりはなかった。

 

「農薬は、でもね。しっかり保管されていたんだ。子猫が自力で食べられたはずがないんだ。けれど子猫は死んだ。ぼくはね、家に帰ってきてから子猫を庭に埋めたよ。すごく小さな体だった。子供の両手にすっぽり入る大きさだ」

 

「じゃあ、誰かが餌に農薬を混ぜて………」

 

 そこで、少年は口を開けたまま固まる。わたしが出した問題の答えを言おうとして、言葉に詰まっているようだ。

 その様子を見ながら笑ってみせると、青白かった少年の顔は忽ち赤くなった。

 

「う、嘘ついたんだな!?ボクを何回からかえば気が済むんだッ!」

 

「子供をからかうのが趣味だからね」

 

「大人として恥ずかしくないのか!」

 

 すっかり怒ってしまった少年は、本来聞きたかったであろうキラークイーンの話も途中なまま、ベンチから降りて早歩きで去って行く。

 わたしもそろそろ病室に戻ろうかと小さな背の後ろに続いていた中、曲がり角で人間と出会した。少年が悲鳴を上げる。

 その人間は、わたしに絶対安静を告げた看護婦だった。今日の夜勤担当だったのか…。

 

「トイレに行こうとした患者の一人が、「だれかの声がする…」と震えてナースステーションまで来たんですが………えぇ、なるほど、そういうことでしたか」

 

「あっ、ボクは……」

 

 少年が口を挟む前に子供が謝罪のためわたしの病室を訪れ、そこから病院探索をねだってきた……という体で行こうとした。

 

 

「おじさんがボクを無理やりあそこまで連れてったんだ」

 

「言いがかりはよしなさい、琢馬くん」

 

「ボク、怖かった…」

 

 と、少年は看護婦に抱きついた。冷ややかな視線が看護婦から突き刺さる。なぜわたしは冤罪をかけられているんだ?

 

「お話は後で聞きますが、もう夜中もいいところです。ひとまず病室に戻って寝てください」

 

 少年は看護婦に抱っこされ、病室に戻されて行った。

 看護婦の肩口から顔を覗かせて舌を出してたこと、絶対に忘れないからな。覚えてろ。

 

 

「──痛ッ!!」

 

 病室に戻ると、現れたキラークイーンに頭を叩かれた。何だか機嫌が悪そうだった。よくわからん奴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 再び自殺少年と出会ったのは、町立図書館だった。

 昔からよくこの場所で知り合いと出会す。平日の午前中なら人も殆どおらず、そこで調べ物をするつもりだった。休日だったり平日の午後だと、『しずかに』の貼り紙が見えないガキの騒々しい声が嫌でも耳に入ってしまう。

 

 一階には閲覧スペースがあり、そこで読むため何回かに分けて必要な本を運んだ。持ち帰り限度を越える冊数だ。目を通せなかったものだけ最後に借りる。

 

「ん?」

 

 残りの数冊を持って戻ったら、積み重なる本があるテーブルとは別のテーブルに少年が座っていた。

 すぐ側の文学コーナーから持ってきた本を読んでいるらしい。ページをめくるペースは一定で、秒針が刻むのと同じ速度で一ページずつ紙の擦れる音が聞こえる。自分も読むのは早い方だが、少年のペースを見ていると内容が頭にきちんと入っているのか疑いたくなる。

 

「あっ」

 

 人の気配に気づいた少年と目が合った。相変わらず一切の光を通さない真っ黒な色だ。

 

「学校はサボりかい、琢馬くん」

 

「アンタには関係ないだろ」

 

「おや、随分と嫌われたものだ」

 

 ランドセルはなく手ぶらだ。図書館には貴重品を預けられるロッカーがあり、そこに入れたのだろう。

 最後に琢馬少年と会ったのは、彼が施設の女性に連れられ、再度謝罪に来た時だ。夜中に勝手に出歩いていたこともしっかりと注意された。担当医からは「似た者同士だね」的なことを言われた。心外である。

 

「あれから調子はどうだい?」

 

「普通。おじさんは?」

 

「怪我も治って退院できたよ。入院は二度とこりごりだ」

 

「平日に調べ物?仕事は休みなの?」

 

「むしろ仕事のためにこうして調べてるんだ」

 

「……何か書く仕事してるの?」

 

「ライターなんだ。本名では活動していないけどね」

 

「どういうの書いてるか、見てみたいなぁ」

 

「ダメダメ、子供には早い内容だ」

 

 ノートが入っている人の鞄に手を伸ばすガキの手をあしらった。入院していた時も夜中に看護婦が入ってくる可能性を考慮して、人目のつかない場所に隠していた。

 

「ふぅん、()()()()()書いてるんだ……穢れたオトナだ」

 

「大人はみんな穢れてるさ」

 

 マセた知識はあるようだ。

 

 子供との会話も早々に終わらせ、調べ物に取りかかった。少年は何冊か持ってきては本に目を通し、戻してはまた持ってきて──を淡々と繰り返す。

 視界の隅でチラチラ映る色素の薄い髪が気になった。

 

「君……それで物語を楽しめてるのかい?」

 

「楽しむために読んでるわけじゃない」

 

 一度目を通せば羅列された全ての文字を覚えられる、とのこと。羨ましい力の反面、記憶の洪水が起きるならやはり不要だと感じる。

 読書を楽しむか否かは確かに人それぞれだろう。だがせっかくなら本の本質に触れるべきだ。特にまだこれから心身ともに心が成長していく子供なら。

 

「もしかして全部の蔵書を読んでやろう、とか思ってるのか?」

 

「そうだけど」

 

「ハァ…すごいね。でも焦ってもしょうがないんじゃないか?」

 

 ゆっくり読んで心を育ませたらどうか、という提案は却下された。

 普段なら突っかからないが、どうやらわたしは本を記憶する道具としか見ていない少年に不満を覚えているらしい。一応作家ということだな。「読むならもっと噛みしめて読め」という心境だ。

 だが言った所で耳を此方に傾ける気配はない。

 

 

 時間は刻々と過ぎ、空腹を覚えた時にはすっかりお昼を過ぎていた。

 

 調べ物はあらかた済んだ。見切れなかったものを借りるため、カウンターに向かった。ついで読み終えた本を戻そうと閲覧スペースに行くと、少年が姿を消していた。手洗いにでも立ったのだろうか。

 

「こいつは持ってきた覚えがないんだが…」

 

 わたしが借りた本に混じるように、一冊の本があった。ダークブラウンの革表紙の本はしかし奇妙なことに、図書館のほぼ全ての本に施されている透明なカバーがない。背の部分にある区別用のラベルもないと来た。本能的に触れるのはやめた方がいいと感じたため、持っていた本で小突く。

 

「あの小僧が持ってきたのか?」

 

 ならばこちらが席を立った隙に紛れ込ませたのか。何の意図があって?

 小僧はこの本を最初持っていなかった。わたしがカウンターに向かい、戻るまでに要した時間はわずかだ。その隙にロッカーから持ってきたとも考えづらい。そんな不審な動きをしているならそもそも気づく。

 

 結論、置き去りにするのが一番無難な策だろう。

 

「………」

 

 まさかな、と内心思いながらエントランスに出た。

 

 

「帰るの?」

 

 

 外を出たすぐ横に少年はいた。黒いランドセルを背負って、その闇深い瞳を向けている。扉はガラス製で外の景色が見えるが、一部死角もできる。玄関口を出たすぐ真横だ。そこに潜んでいたらしい。

 

「ハァ〜〜………」

 

 

 そして何より、少年の手にはダークブラウンの本があった。

 通ったルートを考えれば、絶対に少年とすれ違わなければ本の回収はまず不可能。このガキは今はここにいるが、先程まで奇妙な本を見つけたわたしの様子を観察していた可能性が高い。

 

「何だよ、その深いため息」

 

「自分の運の無さに絶望してるんだ。……先に聞いておくが、わたしの隣に座ったのは狙ってやったのだとして、この場に居合わせたのはたまたまだよな?」

 

「オレにアンタをつけ回す趣味はないから」

 

 少年が持つ本は他人には見えないものらしい。ただ、見えないだけで、キラークイーンと違い実体はあるようだ。

 

 わたしの説明した「背後霊」と類似点があり、図書館でもし会えたら話そうと、機会を探していたらしい。学校をふけたのは本当にキブンだそうだ。

 本についてもその普通の人間には見えない特性上、周囲には話していない、とも語った。

 

 向こうに敵意はない。あるならガキだろうが容赦しないがね。

 

 

「見せてよ、アンタの力」

 

「…キラークイーン」

 

「名前が「吉良」だから、「キラ」って付けてるの?」

 

「そんな寒い名前の付け方はしていない」

 

 少年の本に名はないようだ。キラークイーンを出すと、少年は好奇心を隠さずその周囲を回る。触れようともしたが、生物側からは触れない。

 

「逆はできるよ」

 

「……あ、この感触だ」

 

 少年の手にキラークイーンの手を重ねた。琢馬少年はちょっと感動まで覚えてるらしい。頬がわずかに紅潮している。

 指摘されたキラークイーンの格好については無視した。「そういう仕事してるからだね」じゃない。

 

「オレの本には特別な力があるけど、この猫にも何かあるんでしょ?教えてよ」

 

「無理だ。ちょいと危ない力だからね。それに話してもわたしには何の得にもならない」

 

 この子供も本の力を明かす気はない。お互い様だ。

 さっさと帰るように告げる。学校を無断欠席しているのがバレたら、施設に戻ってからさぞ職員に怒られることだろう。

 

「あ、最後にもう一つだけ」

 

 駐車場に向かうわたしを引き止めた少年。吹き抜けた風が嵐のようにうなり声をあげた。傘は念のため持ってきていたが、夜はかなり土砂降りになりそうだ。

 

 

「吉良さんは誰かを殺したくて狂いそうになったこと、ある?」

 

 

 一瞬、その発言がわたしの本質を見抜いて告げたものなのかと思った。

 

 しかしその質問は少年の内部から発生しているものだとわかった。そうでなかったら、本気でわたしを害す気でいたのなら、スイッチに手が伸びていたかもしれない。ダメだな、感情的になり過ぎている。

 

「人間誰しもヒトを殺したくなることはあるさ。どんな聖人君子だろうと」

 

「………」

 

「わたしも勿論あるよ。普通の、大多数の人間の例に漏れずに」

 

「…そう」

 

「傘、持っていくかい?この分じゃ早めに雨が降りそうだ」

 

「でも」

 

「どうせビニール傘だ。返さなくていいよ」

 

「………」

 

 少年は渡された傘を無言で受け取る。歩き出そうとした手前、小さく頭を下げて去っていく。

 前見た時とは明らかに雰囲気が違った。外見の無機質さに拍車がかかった。

 

 

「……ハァ」

 

 あの子供が住んでいるのは杜王町にある唯一の児童養護施設だ。

 そこには昔、ヤツも────思い出すだけで吐き気を催す男もいた。

 

 自分でも、今抱いている感情の正体があまりにも煩雑としてわからないが、ヤツとあの子供を重ねている節があるのかもしれない。

 あの果てしない深淵の出所は、おそらく社会の闇だ。

 

 今後は一切の関わりを避けるべきだろうか。だがあのまま落ちていきそうな子供を放っておくべきなのか。

 もしそのままにすれば、第二の杉本鈴美のような被害者が、生まれてしまうのではなかろうか。

 

 わたしが救ってやることはできない。自分がそんな大層な人間じゃないと知っている。あの子供の救いになる存在がいればマシなんだがな。

 

 本当に、らしくないことをしようとしている。

 

「まぁ、梃入れはしておいた方がいいか。あの子供が手を汚す前に」

 

 なら、まず施設に行ってみるか。自殺少年の恩人でもあるのだ。いくらでも話のつけようはある。

 

 

「っ……?」

 

 いつの間にか握りしめていた手からは、血が流れていた。伸びた爪が深々と手のひらに刺さっていたらしい。

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