転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
施設へは思いのほか簡単に見学できた。「ライター」として児童保護施設の現場を知りたい、そして現在蓮見琢馬がどのように過ごしているのか気になっている────と話せば、快諾された。
時間帯は夕方。学校から帰った大小様々な子供が庭で遊んでいる。児童は普通の子供と変わらない生活を過ごし、門限もあるらしい。
施設によって定められたルールは異なるが、それを守り彼らは過ごしている。この施設にいる子供は二十人にも満たない数だ。
「ご存知かもしれませんが、施設にいられるのは高校卒業までなの。例外はありますけど。小学生以下の子供たちは夜に同じ部屋で寝るので、トラブルもよくあります」
院長は子供たちのエピソードを交えながら部屋を案内する。高校生になればバイトや、場合によっては一人暮らしも可能なのだそうだ。
琢馬少年が自殺する前、引きこもっていた部屋にも訪れた。四畳半ほどの大きさで、壁や床の所々に引っかいたキズや凹んだ部分がある。
今でも少年は帰ると、この部屋によく篭っているらしい。少量の少年の私物が棚やテーブルに置かれている。図工の教科書をパラパラめくっていると、院長に取られ、勝手に物色しないよう注意された。
「彼は一人部屋なのですね。他の子供は一部屋を数人で使っていましたが」
「いざ……という場合がありますから」
「琢馬くんは自傷行為こそ目立てど、ほかの子供に手を出してはいなかったのでは?」
少年は人に避けられていた。精神状態が安定した今は周囲との関係も回復したと思っていた。しかし、今度は自発的に人を避けるようになった。
院長は蓮見琢馬が心の距離を一定以上空けるようになった…と感じているらしい。彼の心に踏み込む明確な一歩を、拒絶していると。
「………昔、これは琢馬くんではありませんが、同室の子供に大怪我を負わせた少年がいたの。琢馬くんの場合事情が違いますが、それでも万が一がありますから、一人部屋にしています。それに一人の方が彼には居心地がいいのも本当ですから」
そんな暴力的な少年がいたのか。白々しく聞いてやろうと思ったが、上手く声を出せない。
暑くもないのに額から汗が流れて、浅い呼吸を繰り返した。
「大丈夫ですか?顔色が急に悪く…」
「大丈夫です。ちょっと風邪気味なもので」
腹の底が熱かった。負の感情が全て混ざり合って、今にも噴き出しそうだ。これで案内するのが手の綺麗な女だったらまずかった。理性が一瞬で消し飛んだかもしれない。
「風通しのいい部屋に行きましょう」
背を押されて、部屋を出る。
死んだ人間をもう一度殺す方法はないか、そんなことをクソ真面目に考えていた。
⚪︎⚪︎⚪︎
それから職員室と思しきデスクが並ぶ部屋で院長と話すことしばし。来客が気になるのか、時折子供が開いている扉の隙間から顔を覗かせる。どこからか噂が広まっていたようで、「あれが琢馬を助けた例の?」「血まみれで笑ってたっていう?」と、コソコソ話が耳に入った。
蓮見琢馬はというと、小学生の門限ギリギリに帰ってきた。事前に人が来るのは知らされていたが、それがわたしだとは知らなかったのだろう。
子どもたちに連行され、わたしを見た瞬間露骨に嫌な顔を浮かべた。どうせ図書館に行っていたのだろう。
「やぁ、琢馬くん」
「ドーモコンバンハ」
前方では院長がニコニコしている。「あらあら、まぁ」と。
病院で夜中に二人で出歩いていた件を踏まえて、仲が良いと思われているらしい。何なら施設を訪れる前の電話のやり取りで、わたしが蓮見琢馬を里子にしたいと考えているのか?──と聞かれた。無論答えは「NO」である。
もし仮に病気であるとか、朋子婦人に何かあった場合は仗助を預かってやってもいい。そこが最高のラインだ。
扉から顔を引っ込めた琢馬少年は、しばらくして戻ってきた。片手にはビニール傘がある。
「コレ、この間はありがとうございました」
「あの後ちょうど降ってきたから、濡れずに済んでよかったね」
その様子を覗き見ていた子供たちが、またザワザワし出した。
見かねた職員の一人が扉の奥に消えて、騒がしい声が遠ざかっていく。彼らが話していた「里親」の言葉を耳にした少年の眉間に皺が寄った。
「……オレを、里子にしたいの?」
そんな睨むように見ることか?そもそも、特定の気に入った子供の里親になるのは難しい、と院長は語っていた。
「いや、ないよ。わたしに子供は育てられない。精神病も患ってる」
「そう」
傘を押しつけ、少年は退室した。
図書館で聞いた話を思えば、あの子供には殺したくてやまない人間がいるのだ。自分をいじめた人物を殺したい、なんて可愛いレベルじゃない。
真っ黒だ。齢十歳の子供が見せたあの憎悪を生み出した人間は、いったい誰なのだろう。今日施設を見て、それに該当しそうな人物はいなかった。
この手の原因は親にあると思うんだが、詳細はやはり蓮見琢馬の口から聞き出さないと分からない。
「今日はありがとうございました」
帰る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。院長の横では、庭や職員室の扉から視線をよこしていた子供が手を振っている。小学低学年ほどの見た目だ。
「琢馬はね、ほんとはね、イイ人なんだよ──っ!」
院長が語っていた蓮見琢馬に特に懐いている二つ歳下の子供のようだ。
軽く手を振り返し、車に向かう。
一人ではない環境で孤独になろうとし、無機質に生きる少年。
関わるほど、深みにハマる。わたしはいったい何をしているのか。
助けたのは本当に偶然だったとして、それ以上関わる必要はない。面倒ごとに突っ込むと昔から碌なことがないだろう。
「それとももう……巻き込まれちまってるのか?」
車内で思わず爪を噛んだ。
そして。
「あぁ、そうか」
ふと担当医の、奴とわたしが似ている──という話を思い出した。自分でも院長の女に出まかせで「似ている」と語ったが、なるほど。
「本当に、自分と重ねているのだ」
本で言うなら、わたしはすでにあの子供に感情移入しているのだ。
そこまで考えて、もう蓮見琢馬と関わるまい、と誓いを立てた。厄介ごとに巻き込まれて、自分の平穏を捨て去るのは阿呆の極みだろう。
ハンドルを握ろうと思った頃には、爪はすっかりボロボロになっていた。
◻︎◻︎◻︎
ダークブラウンの本と蓮見琢馬が出会ってから、彼は一つの大きな目的を持った。その目的を果たすのが、自分が生まれた“意味”であるのだと。
「本」は少年の記憶そのものが文章化し、現在進行形で綴られている。精神状態が改善されたのも、頭の中に蓄積され続けていた記憶が「本」に移されたからだ。
それを検索エンジンのように、特定のワードや物体の形で検索して、該当する記憶を探し出すこともできる。
そして、その力で琢馬は己の過去を知った。
少年は一人の男に復讐する。時間をかけ、死よりも悍ましく、男が最も苦しむ方法で地獄へ突き落とす。
そのために準備を始めた。男の情報を調べる時、「本」の力は大いに役立った。赤ん坊の頃に聞いたその男の名前までも、しっかり「本」に綴られていた。
その男には今家庭があり、妻と娘がいる。娘は琢馬より一つ歳下の、愛らしい顔の少女。その顔は母似で、父親の要素は薄かった。
自分の母親や、祖父母についても調べた。祖父母は健在のようで、杜王町の田園地帯に住んでいる。年寄りは何かと病院の世話になることが多い。それを見越して、バスを利用する祖父母と接触したこともある。
向こうは微塵も目の前にいる子供が自分の孫なのだと気づく様子はなかったし、琢馬も名乗り出ることはなかった。
バスに揺られながら、相席になった祖母と談笑しつつ、「この人の血がボクにも流れているのだ」と思った時、彼は無性に胸を締めつけられた。
ナイフを盗んで、「本」の力を活かし、それを的に確実に当てる技術も習得した。
また、記憶を振り返った時に遠くの人間が話す言葉を読み取れるように、読唇術も自己流で学んでいる。マスターするにはナイフと違って時間がかかりそうだった。
そんな中だ。琢馬の下に“恩人”が現れたのは。
本音を言えば、彼は吉良吉影という男に感謝こそしているものの、その感情はコンドームのように薄っぺらかった。再度謝罪に行った時、男に頭を何度も下げていた院長の反応が過剰だとさえ思ったほどだ。
だが同時に、吉良は唯一と言っていい琢馬と同類の人間である。
男は獣人型の「キラークイーン」という力を持つ。少年が持つ「本」と能力こそ異なれど、似た力だ。
「もしかしたらこの街には、同じ力を持った人間が他にもいるのかもしれない…」
夜。琢馬は掛け布団から顔を出して、少し開いたカーテンの隙間から夜空を眺めていた。
夜中にうなされ叫びながら起きてしまうこともあり、寝る時もいつも一人だ。その方が気楽に過ごせる。彼の叫び声に他の子供が飛び起きて文句を言われることも、過剰に心配されることもない。
「そんな人間がオレの計画に邪魔になることがあるなら……その時は、きっと戦う必要も出てくる」
障害になるものは、取り除かねばならない。そうならないようにも、殊更慎重に行動しようと琢馬は心に決める。
そして、すでに邪魔になりつつある吉良に対して警戒心を強めた。
図書館で偶然その姿を発見した時は、琢馬からアプローチをかけた。それきり関わることはないと思っていたら、男はわざわざ施設に訪れたのである。自分の周囲を嗅ぎ回っているとしか思えなかった。
今日だって、今寝る自室に戻ってみれば、置いた記憶のない図工の教科書がテーブルにあった。他の子供が入った可能性も考えたが、みな「勝手に人のものはいじらない。借りたりする場合は本人から許可をもらうように」と、院長から厳しく教えられている。個人のプライバシーを尊重しての決まりだった。
琢馬に懐いている昔『なきむしぼうや』と呼ばれていた二つ下の子供は、院長が男をこの部屋に案内していた様子を見た──とも話していた。
幸い、ナイフなど、彼が一等大切にするものはここではない別の場所に保管している。それでも自分のテリトリーを侵された気がして、イイ気分ではなかった。
「……向こうがオレを探ってるって言うなら、こっちにも考えがある」
さすがに、殺してやろうとまでは考えていない。少し、子供の
例えば男の家に忍び込んで、タイヤが地面と設置する隙間に釘でも置いて、いざ発進するタイミングでパンクするように仕掛けてやるとか。
男の名前は知っているから、公衆電話ボックスにある『ハローページ』で調べれば住所は簡単に分かる。琢馬が復讐を望む男の住まいを調べる時も、『ハローページ』は強力な味方になった。
「男の情報も得なくちゃあな。案外人には言えない犯罪を犯していて、それをネタに脅せる可能性もある」
「本」で調べると、学校帰りに男が乗る車とすれ違ったことは何回かあった。男そのものと出会ったことは病院がはじめてだ。読書好きの男なら図書館ですれ違っていそうなものだが、互いの利用する時間が違うため、姿を見たことはない。少なくとも、気まぐれを起こしたこの間の一回までは。
『吉良吉影』の個人名で該当する項目は、病院で看護婦から聞いた情報が少しある程度。
曰く、何度か病院に入院したことがあり、病室をよく抜け出す常習犯である。
曰く、独身で、(脱走の問題を除けば)目立たない影の薄い男であるが、不思議と看護婦の間で人気のある患者である。
曰く、過去に事件に巻き込まれたことがあるらしい────。
「事件、か」
ふと、琢馬は図書館での男の発言を思い出す。
人間誰しもヒトを殺したくなることがある。男もまた、誰かを殺したいと思ったことがある。それは普通の、世間一般の人間の例に漏れずに。
その内容が少年の頭の中で、「事件」の隣に埋まるパズルのピースのように感じられた。
「看護婦の人たちが話してたから年齢は知ってる。その年齢を踏まえながら、杜王町で起こった過去の事件を探ってみよう」
他にも、定期的に琢馬が通う精神科の先生が、吉良の病気を診ている。少々嫌だが「仲が良い」と強調すれば、情報を得られそうだ。男が施設に来たくらいだ。「自分を里子にしたいのかもしれない」とまで話せば、医者の口も軽くなるに違いない。
時計の短い秒針は、すでに二時を差していた。
「………」
目を閉じた少年の視界が暗闇に覆われ、瞼の裏に感じる赤い色が闇と混じった。
その色はまるで、母の胎内のようだった。