転生したら殺人鬼ポジだった件 作:クリーニング黒兎
「んなぁー〜〜ッ!!」
「
都内某所。
首にチェック柄のマフラーを巻いた少年は、上機嫌に人通りの多い道を歩いていた。ちょうど帰宅時間、部活帰りの学生やサラリーマンが少年の横を通り過ぎていく。
街路樹や立ち並ぶ店には、イルミネーションが煌めいていた。
「歌でもひとつ歌いたいような、実にイイ気分だ」
学校を出て一度家に帰り、そこから出掛けるまで少年の足取りは無駄がなく、かつ驚くべき速さで行われた。朝からすでに上機嫌だった彼に親が苦笑いしていたくらいだ。
「無事に買えてよかった」
少年が向かったのは本屋だった。本日は尊敬している作家の新刊発売日だったのである。ただ、リスペクトしているとはいえ、その作家の作品全般を好いているわけではなかった。大衆向けにウケるように描かれているのが感じられてしまい、どうも恋愛ものは好きになれない。その作家本来の良さが殺されてしまっている。
その点、今回の新作は少年の好きな部類の作品である。表紙は裏表がほぼ真っ白で、表の上部の中央に黒い明朝体のフォントでタイトルが書かれている。
その名前は『シ』だった。このタイトルからして意味の分からなさが、普段の作品とは異なる証拠だ。
彼はまた、薄々と感じている。この作家の恋愛ものが“仕事”として書かれているなら、闇深い作品は“趣味”として書かれているのではないかと。
これは少年の中で大きな矛盾だった。
人に読んでもらうために書かれているのが恋愛ものであるはずなのに、彼はそうではない闇深い作品の方が好きなのだ。だが、リアリティの面では、後者の方が目を背けずにはいられない人間の生々しさを描き出している。そして、そこが「イイ」のだ。これ以上なく。
この『シ』も、あの冷たくて無機質で、しかし人間の熱がしかとある、読者まで深淵に突き落とすような悍ましさが内包されているのだろう。
「読めばわかるが、何故『シ』なんだ?きっとこの白い表紙も何らかの意味が込められているに違いない」
家に帰るまで我慢できずに冒頭だけ読んでみたが、初っ端から「シロイ」で始まり、次の行は「シカクイ」だった。
「全部カタカナ、だと……!?」
ハッとして、少年は表紙を見る。下部にある作者の名前もそう言えば、今回は漢字ではなくカタカナだった。
「………僕がいつか漫画家としてデビューしたら、先生と会うチャンスがあるかな?」
その三年後、少年は本当に『ピンクダークの少年』で漫画家デビューする。
⚪︎⚪︎⚪︎
最近何者かのイタズラを受けるようになった。他人に恨みを買うようなことは正直しているので、その対象を絞るのは難しい。どこかしらでわたしが「星ノ桜花」だと知ったアンチによる犯行か。もしくは、一番可能性が高そうな同衾した女性による仕業か。
寝る時は観光客に絞りワンナイトを条件にしているが、粘着質な女からストーカーに近い被害を受けたことはある。
それでも自分の本名は名乗っていなかったし、家は突き止められていない。向こうがわたしを連日探し回っていたようで、偶然歓楽街で別の女と歩いていたところを見つかり、殺されそうになった。
「フム…」
片桐の侵入を機に設置している、玄関周りを映す防犯カメラには何も映っていない。車庫にも一台あったが、夜中にシャッターを開けて入った犯人の姿は暗いせいで判別しにくく、その上服も全身黒かったから、余計にわからなかった。
さらにその後、カメラ部分にカラースプレーをかける徹底ぶりだ。
その犯行の翌日、カメラの異変に気付かぬまま車を使おうとしたため、見事にタイヤがパンクした。他にも似た手口でカラーボールをカメラに投擲、からの玄関の鍵穴をボンドで塞がれたり、悪質な被害を受けている。
警察には事情を話していない。どうせ犯人の解決に至るまで時間がかかるだろうし、何なら見つけられないとまで思っている。奴らの手腕はハナから信じちゃいない。
「それに自分の手で犯人を吊るし上げてやりたいしな」
半殺しにしてやる。鍵穴のボンドの件は本気で殺してやろうと思った。何せ家に入れなかったものだから。オヤジが気づいて窓を開けてくれたからよかったものの。
……いや、そもそもしっかり留守番をしていなかったオヤジに非があったんじゃないか?
車庫の件はともかく、玄関の件はすぐに気づくべきだろう。写真ごと燃やして骨壷にぶち込んでやろうか。
【わ、悪かったよ、吉影。だからライターを下ろしておくれ…】
「ッチ」
イタズラは今月に入ってから全くない。こちらが気づき、見つけて殺──半殺しにしてやろうと動いたタイミングで、パッタリなくなった。
犯行の性質から、向こうに悪意こそあれ殺害を目的とはしていない。また相当慎重な性格だ。犯人の証拠が出ていないことからも、緻密に計画を立てて動くタイプであるとわかる。
鍵穴の件があった時は日中だったため、周囲に目撃者がいないものかとも考えた。しかし、ここら一帯は別荘地帯で住んでいる人間が少ない。休暇中だけ利用している、という人間も多い。
また我が家は別荘地帯の中心から外れた場所にある。殊更近所が少ない。一応聞いて回ったものの、有力な目撃情報は得られなかった。
「見つけたら全身の穴という穴にボンドを詰めてやる……」
慈悲で口だけは勘弁してやるさ、口だけは。
【吉影、爪を噛むのはやめなさい】
慌てて絆創膏を持ってきた父を、写真ごと払いのける。
イラ立ちながらカレンダーに目を移し、そこで赤丸のついた日付が明日であることに気づいた。
月一の受診日だ。うっかり忘れるところだった。
⚪︎⚪︎⚪︎
そして、翌日。
「病院に手袋で訪れる人は珍しいねぇ」
と、席に着いたわたしに担当医はいつもの笑顔を見せる。
入院中に読んでいた『栄養学』の本を話題に出して、「実は料理で失敗ばかりしていて…」と話を逸らそうとしたが、有無を言わさず手袋を盗まれた。
「料理に失敗して、ほとんどの指に絆創膏を貼るハメになるんだねぇ、へぇ」
さらに無遠慮に絆創膏を剥がされた。本当は仗助にドーピングを頼みたかったんだが、いかんせん向こうと都合が合わなかった。
「肉まで噛んだところもあるみたいなんだがねぇ……?」
「最近ストレスが酷いんですよ」
「ストレスの原因に心当たりは?」
「黙秘します」
頑ななわたしに医者は絆創膏が貼られていた場所に包帯を巻きながら、ため息を吐いた。
そして、ただ聞くだけでは堂々巡りだと判断したのか、雑談を踏まえてこちらの原因を探る方法に変えた。
テレビはそもそもあまり見ない。音楽は少し共通点がある。最近のニュースの時事ネタはそれなりに盛り上がったが、「そうだ。最近と言えば、新刊がさ────」と向こうが宣ってきたため、途中で話を切った。
「僕も買ったんだ」
「ヘェ」
「随分と気のない返事だねぇ」
医者がカルテを持ち上げると、その下に真っ白い本があった。病院の天井に張り付けたら同化して、そのまま消えてなくなりそうな色だ。
スッと、さもそれが自然な動作だと言わんばかりにボールペンと本が渡される。人間が二人しかいないこの空間で、今いったい何が起きているのだろう。
表紙にデカデカと猫を描いた。
「おいおい猫って、君………」
「以前病院の近くで見かけた猫も白かったので、ちょうどいいですね」
「首輪に鈴がついた猫かい?あの猫は近所のおばあさんが飼っているんだ。半分ここに棲みついてるのさ。あの子もこの間見かけて、触ったって言ってたよ」
「あの子?」
「ほら、君が里子にまで考えてる男の子だよ」
「……里子を迎える予定は無いですが」
「特定の子を引き取るのは制度上、難しいもんね」
「…えぇ、そうですね」
「まぁ、里子を迎えること自体は悪くないと思うよ。君の人生でさ。あの…ほら、見舞いに来てた子供がいたじゃない。その時の君の様子を少し見たけど、楽しそうだったよ」
「いえ全く」
「否定が早いねぇ」
今日はシールを二枚分渡され、退出した。
一枚は仗助用にってことか。もう一枚は相変わらずなぜ渡されるのか分からない。
「朝から憂鬱だったが……収穫はあったな」
まだ確定で犯人が決まったわけじゃないが、この偶然を偶然のまま見逃すこともできまい。
何か向こうにわたしの行動で引っ掛かることがあったと考えるのが妥当か。それで気分を害したのだろう。しかし、少し度が過ぎていたな。
ひとまず、帰りにホームセンターに寄ることにした。
「全部買うか」
お目当ての品は、十分に並んでいた。
◻︎◻︎◻︎
琢馬はあたかも「吉良が里子にしたいと思っているほど、自分は気に入られている」と医者に印象付けることで、男の情報を得ることに成功した。
「吉良が自分を里子にしたいと思っているようだ」と言わずとも、図書館で偶然出会った時に傘を貸してくれたことや、さらにその後施設にまで琢馬の様子を見に来た──と話せば、自然と医者に「吉良は蓮見琢馬を里子にしたいとまで考えているのだろう」と思い込ませることができる。
吉良が琢馬の様子を見に来たのもけして嘘ではない。男の目的は少年の周囲を探るため、であるが。
「なるほどねぇ、相当彼は君を気に入って……いや、気にかけているんだね」
医者は琢馬が吉良とよく似ている、と語る。男もまた数年前、すぐにでも自殺しそうな状態だったらしい。
少年のように半狂乱になって暴れ、他人を傷つけることはない。弱い部分を隠して、普通に他人と接するのだ。心がいくらボロボロでも、その“普通”の仮面は外さない。だからこそ医者は余計に気を揉んでいたらしい。
「今は精神的に回復している。どうやって立ち直ったのかは教えてくれなかったけど」
「立ち直ったって、何からですか?」
「うーん……もしかしたら彼と仲の良い君なら、他の看護婦から聞いたかもしれないけどね」
吉良には過去に付き合っている女性がいた。その女性は男の精神的に大きな支えとなっていた。しかし、その女性は若くして亡くなってしまったのだ。
「優しくて、可愛らしい子だったな。結婚してたら旦那の方が嫁の尻に敷かれてたと思うよ」
「……あ!吉良さんがその女性の名前を教えてくれた気が……えっと、何だっけ…」
「杉本鈴美さん、って方だよ。二人とも幼い時からの幼馴染だったんだって。彼女さんが教えてくれたんだ」
────杉本鈴美。杉本鈴美。
同伴している施設の職員がいる待合室に戻ってから、琢馬は聞いた女性の名前を「本」で調べた。しかし名前で一致するものはなかった。これは『S一家殺人事件』が有名な事件であるが、被害者の名前は親族の意向で公表されなかったため、『杉本鈴美』のワードでは引っ掛からなかったのだ。
琢馬は今度吉良が巻き込まれたという『事件』と『杉本鈴美』を踏まえ、さらに男が住まう『杜王町』をキーワードに、過去の事件を調べた。
すると、五年前に起こった『S一家殺人事件』にたどり着いた。
当時S一家は一人娘の誕生日で、家族はリビングに集まりケーキを食べていた。そこに宅配業者を装った片桐安十郎が訪れ、まず両親を殺害。
その後、娘の彼氏に身代金を要求し────と話は続いて、最終的に交渉は決裂。片桐は海へ逃亡した。
現在も指名手配されており、娘は片桐に殺され、彼氏は重体となったが一命は取り留めた。
この事件には「なぜ片桐安十郎がS一家を狙ったのか?」という疑問がある。それについては、片桐が起こした過去の事件で、警察の取り調べ中に話した内容がその理由だろうとされている。
「イイ気になっていたから」。これが警察に片桐が語った内容だ。被害者はまったくの赤の他人だった。
さらに片桐は、まるで自慢話をするように犯行の方法や、被害者が自分に
当時S一家では娘の誕生日だった。これが「イイ気になっていた」に当てはまる。そして赤の他人であろうと平然と殺せるような残酷さは、片桐が少年期から犯した犯罪歴を遡れば十分に読みとれた。
また、ここまででもう一つ浮かぶ「いったいいつ、どの場面で片桐はS一家に目を付けたのか」については、元々宅配業者を装い家を訪れ、そこで「イイ気になっている」奴がいたら殺す。ある種、通り魔的犯行であったのだと警察は考えている(──そう、彼らは表向きでは語っている)。
つまり、S一家が殺されたのは不幸な偶然だった。
身代金については彼氏が裕福な家庭であったため、突発的に片桐が行った犯行だろう、とも。
この事件は犯人が捕まっていないことや、残された物的証拠の少なさから、「その彼氏が犯行に加担していたのでは?」という根も葉もない噂も当時生まれた。
警察もその事件の特殊性ゆえ、表に開示できる証拠が少なかったのである。
「片桐安十郎…」
琢馬は片桐についても調べた。今まで記憶していた内容とさらに新しく得たものを合わせると、多くの情報が手に入った。
幼少期の父による虐待。自分とさして変わらない歳で強姦と強盗を犯したというのは衝撃的だった。以降、牢屋に出たり入ったりの人生を繰り返している。
男の出身が、杜王町ということも分かった。そして父親が事故死してから強姦と強盗を犯す事件の間、わずかであるが児童擁護施設にいたことも分かった。琢馬が読んでいた新聞には、『親の虐待がもたらす子への精神的被害』とある。
「片桐はオレがいる施設にいたんだ…」
そう言えば、施設でも過去に少年が同室の子供に重傷を負わせたことがある──という噂を聞いたことがある。その少年が間違いなく、片桐だろう。
「……オレの考えは少し、間違っていたのかもしれない」
『S一家殺人事件』の全体図を知ると、吉良が「殺したいと思ったことがある」相手が片桐安十郎であろうことは、想像についた。片桐が身を投げた海は海流が激しく、もし落ちれば命はまずないと、地元の漁師が話すような危険スポットである。
その岬に向かう道の途中には現在『立ち入り禁止』の看板とともに、柵などの自殺防止措置がなされているようだ。
しかしそこからの飛び降りが尽きないということは、その措置も破られているということである。上がった死体は海流の都合で、基本同じ浜に漂着している。
「もし、かしたら……」
片桐安十郎はすでに死んでいるのではないだろうかと、彼は思った。その根拠は、あの猫である。琢馬の「本」と同様、キラークイーンにも何かしらの力がある。
その力がどのようなものであるかはわからないが、その力で吉良が片桐を殺した可能性に少年は至った。至ってしまった。
そのように考えるのはひとえに、少年もまた地獄に突き落とすと決めた男がいるからだ。身の内から溢れる憎悪が人間をどのように動かすか、齢十歳の少年は知っていた。だからこそ「吉良が片桐を殺した」との考えに、真実味が増す。
これは間違いなく、男をゆするいいネタになるに違いない。交渉に使い、「オレの周囲を探るな」と持ち出すことも容易だ。
でも、琢馬はこのネタを使わなかった。
むしろ吉良を調べる間に勤しんでいたイタズラもやめた。イタズラは向こうが対策を講じてきたタイミングだったので、引くにはちょうど良かったのかもしれない。
愛する人が殺されて、その犯人を殺し、吉良吉影は生きている。
「目的」を持つ琢馬と違って、男は何に縋り、あるいは成し遂げようとしているのだろう。
もし目的地もなく、ただ広漠とした海を彷徨うように生きているのだとしたら、それはどれほど苦痛なのだろうか。
「相手に同情するなんて、オレもまだ甘いな…」
蓮見琢馬は紛れもなく、己と男を重ねた。似ていると感じた。大きな闇を抱えて生きる様が。
同時に男もまた琢馬を自分と重ねたからこそ、色々嗅ぎ回っていたのかもしれないと気づいた。
そこまで考えてしまえば、少しやり過ぎたと自覚のあるイタズラを申し訳なく思う気持ちさえ生まれた。謝る気はなかったが。自分が犯人であるとバレたら、絶対に倍返しで報復されると勘付いていたからだ。
そうして月日は過ぎ、少年は五年生に進級した。
その日、学校帰りに琢馬は図書館で、数ヶ月の貸し出し戦争により読めなかった一冊の白い本を手にすることができた。
「同級生で読んでる奴はいないだろうな…」
多くの本の情報が少年の頭の中に入っているが、特筆して好きな作家を挙げるならこの作家だ。それも普段「見る」ようにする読書が、「読む」に変わっているのがその証左である。
この作家のデビュー作はちょっとした衝撃だった。以来、作家の新刊が出るたびに必ず目を通している。「作者絶対病んでるな?」としか思えない深淵ものと、「別人が書いてるのか?」と感じる恋愛もの。
だが文の調子や、言葉回しに息づかいなど、確かに同じ作家であるとわかる。分かるからこそ、その二面性が恐ろしい。
作家の「別人説」はテレビで取り上げられたことがあるくらいには有名である。
琢馬は本を片手に、いつもの閲覧スペースに向かった。しかし彼が座る定位置にはすでに、先客がいた。
「やぁ、蓮見琢馬」
丸渕メガネの奥底で獰猛な紫目を光らせる男が、足を組み座っていた。