幻想少女を愛したい   作:ファトウの砲台

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雛ちゃんには笑っていて欲しい…。




第9話 幸福を呼ぶ厄神様

 

「それじゃあ行ってくるよ、3時頃…いや…えっと、……(さる)正刻には終わると思うから」

 

「3時で大丈夫よ、無理に合わせる必要はないわ。その時にまた迎えに来るから」

 

「ありがとう、じゃあ、また」

 

「いってらっしゃい」

 

午前8時、仕事に行く剛成さんを見送る。いいわね…、新婚さんみたい。朝起きて一緒に朝食をとり、魔法の森を抜けて里まで二人で歩く。私の家から里の中心部の門の前までは四半刻(しはんとき)―いや、30分ほど。決して長くない時間だけれど、この生活が続くと思うと心が踊る。少しでも彼と同じ時間を過ごしたいから…。

 

八雲紫は剛成さんがハーレムを作るのを手伝えなんて言ってきたけれど、私がやると思っているのだろうか。思っているとしたら大馬鹿者だ。早苗達もきっと同じ気持ちのはずだ。それぞれ思いをはせる人のそばに居たいから…。あの妖怪の言うことなど聞けない。

 

でも、もし彼がそれを望んだら…。私はどうするのだろう。昨日の帰り道、彼は複雑さと真剣さの入り交じった表情でこう言った。

 

「どんなことがあっても俺はアリスちゃんのことを優先するから…」

 

嬉しかった。真面目で優しい彼の事だ。この言葉に嘘はないのだろう。だが、一夜明けた今、思うのだ。彼は無理をしているのではないか…と。

 

別に彼を疑う訳ではない。そもそも私にそんな権利などないのだから。ただ真面目さゆえにあの妖怪に恩返しをしたいと思っているのだろう。その唯一の方法が私以外の女と関係を持つこと…。これが彼を苦しめているのでしょうね。

 

別に他の女と一切関わるな、とは思わないし、彼を束縛する気などない。そんなことをすれば瞬く間に嫌われてしまうだろう。私が不安なのは、他の女と関わった場合に、その女に奪われないかということだ。男に飢えた女など幻想郷(ここ)には五万と居る。自分が彼にとっての美人であるということが分かった瞬間、ありとあらゆる手を使って、我が物にしようとするだろう。強引に肉体関係を迫ったり、狡猾な手段で罠にはめたりしてくるかもしれない。そうなった時、彼は私を選んでくれるだろうか…。

 

自分本位な考えであることは私自身が一番良く知っている。昨日、霊夢に言われた通りだ。私はまだまだ幼いのかもしれない。

 

 

「…悩んでいても仕方がないか」

 

そう独り言を呟くと私は森の方へ踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、ご機嫌よう。お邪魔してるわ」

 

最悪だ…。思いつく限り、今一番会いたくない相手が現れた。しかもよりによって私の家の中に…!

 

「何の用?剛成さんなら里に仕事に行ったわよ」

 

「あら、朝早くから頑張ってるわね、彼」

 

「彼に用があるなら時間を改めてくれるかしら?」

 

「随分と不機嫌ねぇ」

 

「このっ…、人を馬鹿にするのも大概にしなさい…!」

 

ありったけの魔力を込めて部屋中の人形を戦闘態勢にする。武器をもった人形を、スキマから上半身を出している八雲紫(こいつ)に突きつける。

 

 

「あら、随分と野蛮なこと…」

 

扇子を口に当てながら飄々と言ってくる。全く…人の神経を逆なでするのが趣味なのだろうか。早く用件を言いなさい、と言葉に出そうとした次の瞬間―

 

「折角愛しの彼に戻して貰った力よ、もっと有意義なことに使いなさいな」

 

こいつは私の耳元でそう囁いた。

 

 

 

「…っ!」

 

「人形遣いの弱点は人形ではなく本体そのもの。私の力を使えば瞬時に距離を詰められる…」

 

そう言いながら、私の首元にクナイ弾を突きつけてくる。

 

「弱点なんて貴女が一番良く知っているはずでしょうに…。こうもあっさりと勝負がついてしまうとはね…」

 

「…まだよ!」

 

私の人形捌きをなめないで欲しい。私ののど元が切られるより早く動かすことだって可能なのだから。

 

「えっ…どうして……」

 

人形達に魔力が伝達しない…!

 

「…まさか!」

 

「…ようやく気づいたのね」

 

溜息をするこいつをよそに周囲を確認すると人形達の糸は全て無数に空いたスキマの中へと繋がれていた。

 

「…全く、好戦的になるのはそれなりの実力を持ってからにしなさい」

 

そう言うと、こいつは私の首元からクナイ弾を離すと、次の瞬間にはソファの上へ腰掛けていた。

 

「貴女に危害を加えるなんてしたら、剛成さんが黙っていないでしょう。それに私は野蛮じゃないの、これは正当防衛よ」

 

 

 

 

 

 

 

「私がここに来た理由はこれですわ」

 

紫がそう言うと、開かれたスキマの中から大きめの茶色の箱が6個程出てきた。

 

「何よ、これ」

 

「生活用品」

 

「…は?」

 

なぜわざわざこいつが私の家に生活用品を持ってくる必要があるのだろう。私の家は博麗神社のように貧乏ではない。寧ろ裕福な方だと思う。魔界から幻想郷へ引っ越して家を建てたときに様々な家具を貰ったのだ。それに幻想郷には一般的でないような便利なものだって沢山ある。シャワー付きのお風呂や水洗式のお手洗い、台所の蛇口を捻れば飲料水だって出てくるのだ。暮らしのレベルは幻想郷の平均値を優に超えている。何一つ不自由などないはずだ。

 

「あなたじゃなく剛成さんのよ」

 

「どういうこと?」

 

「彼らが元いた世界の生活水準は幻想郷よりも遥か上なのよ」

 

それはそうだ。彼は異次元の異次元の外来人(・・・・・・・)なのだから。

 

「この家は、確かに水道設備は申し分ないけれど、電気が通ってないのよね…」

 

「そうね、確かに電気は使えないわ」

 

私の故郷では電気もエネルギーとして使われている。ただし、創造主様の魔法によるものだ。だからどうしても常に魔力を供給しなければならない。私の家自体には魔力などかかっておらず、当然電気は使えない。ただし、雨水や雪解け水を保管し、ろ過して家に供給するための設備は整っている。幻想郷で一人暮らしを始めるために創造主様が下さったものだ。私には理解が及ばないが、こちらは魔力に依存しないらしい。

 

「貴女、大切なお客様に電気もないような家で生活させるつもりだったのかしら」

 

「っ…、仕方ないじゃない。ないものはないの!それに、彼は電気がなくても大丈夫って言ってたわ!」

 

「あら、お優しいのね、彼」

 

悔しいけど言い返せない。今の会話の主導権は完全にこいつにある。

 

「だから、代わりになりそうなものを持ってきたのよ、コンセントのない貴女の家でも使えそうな電池式の電化製品をね」

 

それに電化製品だけじゃないわ…、こいつはそう続けると、

 

「彼のお洋服はどうするつもりだったのかしら?」

 

「簡単なことよ。私が作ればいいの」

 

私は人形師だ。人形用の服は勿論、人の洋服も作ることなど朝飯前だ。昨日のうちに彼のサイズに合わせた和服を何着か作ったし、恥ずかしいけれど…、その…下着も何着か作ってある。

 

「へえ、流石ね、恐れ入ったわ」

 

「そういうことよ、だから洋服の援助は必要ない」

 

「分かったわ、じゃあ、この箱は必要ないわね」

 

こいつがそう言うと、茶色い箱の一つが床に開かれたスキマの中へ落ちていった。

 

「まあ、他にもあるけれど説明が長くなるからこの辺でお暇するわ。箱の中身については彼と一緒に確認すること。貴女が勝手にいじって壊されても困りますもの」

 

「…分かったわ」

 

「じゃあね、また来るわー」

 

そう言うとわざとらしく手を振りながらこいつはスキマの中へ消えていった。

 

 

「…やっと帰ったか」

 

全く。最高の朝が最悪の朝になってしまった。こんな時は紅茶でも飲んで落ち着きましょうか。溜息をつくと、私は数体の人形に紅茶を淹れるように指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

「お前さん、のこぎり使い上手ぇな、とても外の人間とは思えねぇ」

 

「ありがとうございます!実は元の場所でも少しやってました」

 

「ほう、通りで。腰の入り方も切り口も申し分ない訳だわな。これも頼むわ」

 

親方さんはそう言うと、次の角材を差し出してくる。最初見たときは頑固そうな人だとは思ったけれど、割とフランクな人で話しやすい。周りの職人さんも人相が良さそうな人ばかりだ。男だらけの職場だが、男子校経験者の自分にとっては居心地が良い。そして、失礼だが、昨日の雇い主のおばさんが現場に居なくて良かった。あの人が居たら、仕事どころではなかっただろう。出勤初日からぶっ倒れるなんてしゃれにならない。

 

 

 

「…ふう」

 

涼しい10月とはいえ、肉体労働をすれば汗はかく。秋晴れの空を見ながら、袖で汗を拭う。自分が今着ている群青色の半天は、アリスちゃんが作ってくれたものだ。昨日の夜に彼女が急いで作ってくれた。手回しミシンや人形達を駆使して、あっという間に服ができあがる様は見ていて圧巻だった。彼女の手先の器用さと洗練された魔法が織りなす芸術のようであり、気品と麗しさに満ちた聖域でもある…。

そこから生まれた聖衣を自分は今纏っているのだ。その感覚はまるで矮小な人間が禁域の果実を一囓りするような、畏怖、背徳、冒険が複雑に溶け合ったものに類似する。

 

「さて、もう一頑張り」

 

腕時計の針が示すのは11時半。お昼休憩まで残り30分、気合い入れていこうか!

 

 

 

 

 

 

 

「どう、お弁当足りた?」

 

「十分だったよ、ありがとう。とても美味しかった」

 

「ふふ、良かったわ」

 

私は料理には自信がある。腕前は紅魔館のメイドにも負けないんじゃないかしら。本来、魔法使いに食事は必要ないけれど、私は作ることも食べることも好きなのだ。魔法使いになってもこの習慣を続けていて本当に良かった。こうして愛しの人に料理を褒めてもらえるのだから。

 

「それじゃ、帰ろうか」

 

「ええ、その…手を繋いでもいい?」

 

「仕事終わりであんま綺麗じゃないけど、それでも良ければ」

 

「大丈夫よ」

 

私の死人のように細く白い手が、剛成さんの黒曜石のように色黒くて固い逞しい手に包まれる。その手は、暑さ寒さに鈍感な魔法使いの私でも感じられる程に温かく、優しい力強さを帯びていた。

 

創造主様…、私を創ってくださり、ありがとうございます…!貴女の娘、アリス・マーガトロイドは今幸せ一杯です…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は何の為に生まれてきたの?

…それは人間の厄を引き受け、人間を守る為だ。

そんなことはとうの昔に分かっている。

 

私は幸せになれるの?

…お前の幸せは厄災から守られ幸せな生活をしている人間の笑顔だ。

それも分かっている。

 

じゃあ、その人間から必要とされなくなったら、私はどうなるの?

…それは人間の世の中から厄災が消えたということだろう。そしたらお前は用済みだ。

 

じゃあ、私は要らないの?

…それは一時の間だけだ。厄は人間の中にどうしても溜まっていくのだから、いずれ必要とされる日が来るだろう。その時にまた厄を引き受ければよい。

 

じゃあ、厄を引き受ける力すらなくなったら…?

…それはお前に価値がなくなったということに等しい。厄を受けて蓄えることすらできない存在は厄神とは言わない。

 

じゃ、じゃあ…、私はどうなるの?

…分からない。ただお前の力の源が厄だとしたら、力が底を尽きた時、お前は自ら動くことすらできなくなるだろう。

 

…そ、そんなの嫌!

………受け入れろ。それがお前の運命だったのだ。希望など捨てろ。そもそも厄神が希望を持つことなどおかしい。

 

 

……………ピシッ…ピシッ…サヨウナラ…カギヤマヒナ

 

 

 

 

「…っは……、はあ、はあ、はあ」

 

「……ゆ、め?」

 

嫌な夢だったわ…。目覚めた今でも鮮明に思い出せる。目の前に現れたもう一人の私が、私の問いに対して、無慈悲に切り捨てるように、感情のこもっていない表情で答えていく。その瞳、肌、髪はだんだん生気を失い、終いには全身がセルロイド人形のように固まっていく。あれが私の成れの果てだというの…。嫌よ…。あんなのにはなりたくない。ただでさえ醜く嫌われ者の私―それが等身大の人形そのものになったら…より嫌悪感に満ちたものになるに違いないわ。あんな物になって死ぬなんて真っ平ごめんよ…。

 

「厄を集めに行かないと…」

 

空を飛ぶことはおろか、まともに歩くことすらできないのにベッドから起き上がり、玄関へ向う。玄関の扉に押し倒れるようにして、精一杯の力で押す。扉が開くと、私はそのまま玄関前に転んだ。今の気分にはとても似合わない、朝日が容赦なく照りつけてくる。

 

「うう…、痛いよぉ……」

 

泣きそうになりながらも腕の力を駆使して前へと進む。地面を這う私の姿は酷く滑稽で、酷く惨めなことでしょうね。でもどうにかして麓の川に行かないと…。里の人間がもしかしたら雛人形を川に流しているかもしれない。回収できるかは分からないけれど、厄が溜まる場所に行けばいくらか力が戻る……はずよ。その可能性にすがるしかないわ。さっきの夢のように人形になって死ぬのはご免よ…!抗いたい…。

 

 

「はあ、はあ……もう無理…」

 

玄関から3(けん)も進んでいないのにもう体が動かない…。目の前には川が流れている。この川の下流が流し雛の流れ着く先。この川に沿って山を下りていけばいいのだけれど、今の私にはそれすらできない。どうすればいいの…?

 

 

 

「そっか…こうすれば……たどり着けるかもしれないわ…」

 

 

そう呟くと、全身をほこりや土で汚した赤銅色のゴスロリ風のドレスを着た緑髪の少女は、希望的観測を含んだ言葉とは裏腹の、どこか諦観的な表情で、秋の早朝の川に仰向けになるように寝転んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「どうすっかな…、まだ1時半か」

 

昨日に比べて早く仕事が終わり、俺はとくにすることも思いつかず、里の中をぶらぶらとしていた。途中、拓実や健一に出くわしたが、忙しそうだったから軽く挨拶する程度で終わった。

アリスちゃんが迎えに来てくれるまでまだ1時間ある。このまま特にすることもなく待っているというのも退屈で仕方がない…。

 

「ちょっと、冒険してみるか」

 

何も幻想郷は人間の里だけじゃない。それに紫さんからは幻想郷を巡って欲しいなんて言われている身だ。1時間程、里の外を散歩してみよう。

 

 

 

既に稲の刈り取りが終わり、すっかり坊主になった田んぼの脇のあぜ道を意気揚々と歩く。夕暮れにはまだ早いが、アキアカネが空に舞い、すっかり黄金色に染まった草木は、秋めいた幻想郷の自然の証だ。ついこの前まで都会で暮らしていた自分にとっては、とても優しく、どこかノスタルジーを感じるものだ。元の世界には戻れないけれど、紫さん達がくれた新たな命―そして、自分を受け入れてくれた新たな故郷―、大切にして生きていこう。

 

 

 

流石にここから先へは進めないか…。

 

田畑の脇を流れる川の行き先が気になったもので、下流の方へ辿ってみたが、たどり着いた先は木々に覆われた森。川はまだまだ続いているようだが、アウトドアが趣味の自分もこの未開域の森に足を踏み入れようとは思えない。

もしかしたらここは幻想郷の端なのかもしれないな。幻想郷は現世とは結界で隔離された場所だと聞いている。結界というものの定義がよく分からないが、数学で言うところの閉曲線に当たるのだろうか。少し興味が湧いてきた。後で紫さんに聞いてみるか。

 

さて、時刻は2時10分。今から戻ればちょっと早いが3時前に里に着くだろう。ここから先に進めない以上長居する意味はない。そう思うと俺は元来た道を引き返すべく、後ろを向いた。

 

「っ……!」

 

後ろを向いた瞬間だった。俺は頭で整理するよりも先に全速力で土手を駆け下りた。

 

「大丈夫?!聞こえる?!」

 

土手の下にある大岩の影に彼女は横たわっていた。エメラルドグリーンの髪を顎の下で結び、赤を基調としたドレスを着て、フリル付きの大きなリボンを頭の上で結んだ、人形のような色白く美しい顔つきの女の子。しかし、その全身は泥と砂利に塗れ、川の水でぐっしょりと濡れていた。岩陰に倒れていたから俺が歩いてきた方向からは見えなかったのだろう。

 

抱きかかえたまま川沿いの道に駆け上がる。土手は整備されておらず、俺の靴も足も泥に汚れる。だが、そんなことはどうでもいい。腕の中のこの娘が心配だ。こちらの問いかけにも一切反応を見せず、微弱な呼吸音だけが聞こえる。

 

どうする…、どうすればいい…!幻想郷に119番通報なんてあるわけない―、いや、110番ならあるか。例の陰陽玉なら紫さんに連絡ができる!確か下のポケットに…。

 

 

「…なんてこった」

 

俺としたことが家に置きっ放しだった。昨日、紫さんが生活用品を送ってくれたから、そのお礼の電話を入れたのだ。おそらく今頃テーブルの上に放ってあることだろう。まずい…!緊急事態だっていうのに…!肝心な時に忘れるなんて…!

 

 

 

 

 

 

「頼む!もう少しだ、頑張ってくれ!」

 

森の中をアリスちゃんの家に向って一直線に駆け抜ける。毒キノコを踏もうが蛇を踏もうが構わない、そんな覚悟で無我夢中に走る。背中の彼女に届くかも分からないエールを送りながら―。

 

俺が不甲斐ないばかりにこの娘は苦しんでいるのだ。その苦しみが背中から伝わってくる。長い時間、川を流されてきたのだろう。体は冷たく、恐ろしく軽い。かすかに背中かかる吐息は儚く、蝋燭の火のように今にも消え入りそうだ。なんとしても助けてやる―、助けなければならない!家まであと5分もない。もう少しの辛抱だから…!

 

 

 

 

 

 

 

厄神様がどんな種族か。幻想郷に住んでいれば人妖問わず知っている。それは私とて例外ではない。正直他の妖怪には興味はないが、知り合いからその手の情報は嫌でも入ってくる。人間の厄をため込み、それを自分の糧とする。そのための彼女の周りにはいつだって不幸が付きまとう。それは、怪我、病気、破産…そして、離別。その離別は、おそらく友人であったり、家族であったり…あるいは恋人であったりするのだろうか。

 

剛成さんが鍵山雛を背負って息も絶え絶えになりながら、帰ってきた時、私はどうすればよいのか分からなかった。真面目で他人の優しい彼の事だ。10割の善意からの行動だろう。私としてはそれを無碍にはしたくない。でも、この厄神とはできれば関わりたくない…。関わったら、始まったばかりのこの幸せな生活が終わってしまいそうだから…。

固まって何も話せない私に向って彼はこう言った。

 

「この娘を助けたいんだ!体が冷え切っている、このままだと危ない!」

 

「わ、分かったわ…、とりあえず入って」

 

 

 

 

低体温症を防ぐためには濡れた服を脱がせて、乾いた布団などで温めるのが基本だという。彼は救護に関しての知識が豊富で、手際よく私に指示を出してくれた。私は人形達に指示を出すと、洋服を脱がせ、髪留めのリボンを外させる。そして、下着だけになった彼女の体を拭かせ、ソファの上に横たわらせ、乾いた布団を被させる。私に似た白くてほっそりした、幻想郷(ここ)では、忌み嫌われる容姿―正直直視したくはない。自分の使う人形が彼女に触れるのも億劫だ。それでも魔界出身だからだろうか。私には一般的な幻想郷の住人よりも醜い者への耐性はあるのかもしれない。

ここまでの一連の流れの間、彼は玄関の方で待機していた。同じ女の私としてはそんなに気にしなくてもいいと思うのだけれど、紳士的な人ね。

 

 

厄神がソファに落ち着くと、彼は洗面器に熱湯を入れ、タオルを浸し、それをつまみ上げるとビニールで包んだ。その上から乾いたタオルを巻いて、布団を少しめくり寝ている厄神の足にあてる。そして再び同じものを作り始める。

 

「それって何?」

 

「ああ、これは湯たんぽの代わりだよ。キャンプとかでこうやって人を温めるんだ」

 

「ふーん、なるほどね」

 

昨日、紫がくれた荷物の中にあった包装用のビニールが意外なところで役に立った。まあ、私の家の設備も充実したし、そこは感謝してもいいわ。外の世界の電化製品なんて滅多に手に入らないもの。

 

 

 

「できることはやった。後は回復することを祈ろう」

 

彼はそう言うと、一息ついて反対側のソファに腰掛ける。

 

「紅茶淹れましょうか?」

 

「ああ、ありがとう。お願い」

 

 

 

 

 

 

「なるほど…、ってことはこの娘は流し雛なのか」

 

迷ったあげく、鍵山雛がどういう存在なのかを彼に打ち明ける。彼には不幸になって欲しくないから。勿論、私も不幸にはなりたくない。そして、彼をこの厄神に近づけたくない…。全く…卑しい女よね、私は。自分が嫌になるわ。この間の事がありながら、すぐにこんな気持ちがにじみ出てくるのですもの…。

 

 

「教えてくれてありがとう…でも」

 

「分かってる。剛成さんの事だから、雛を放っておくことなんてできないでしょう。私も協力する」

 

「ありがとう、助かる」

 

彼のありがとうが心に刺さる。私は嫌嫌雛を助けているのだ。彼を手伝うことだけに傾いた厄神への善意とは遠い気持ちが渦巻いている。彼に知られたら幻滅されるでしょうね…。

 

 

 

 

 

 

 

何か良い匂いがする…。朦朧とする意識の中で、鼻をひくひくさせて、うっすらと目を開ける。数秒するとぼやけた光景は徐々にクリアになってくる。明かりが天井に反射して、仄暗い橙色に染まっている。どうやらここはどこかの家の中らしいわね…。

布団の中でもぞもぞと全身を左の方へ向ける。目線の先にはテーブルがあり、2つのティーカップが置きっ放しになっていた。その奥にあるソファには誰も座っていない。さっきまでお茶をしていたのかしら。でも…、さっきから漂ってくるこの香りはお茶のものじゃないわね。もっと食欲をそそるような…。

 

何の料理を作っているのだろう…、なんて考えていると、話し声が聞こえ始め、それがだんだんと近づいてきた。若干体が強ばる。私を助けてこうやって寝かせてくれたのだからきっと親切な人なのでしょう。でも、ちょっと怖い。今の私には何の力もない。何かあっても抵抗する術が一つもない。声が近づいてくると、それが男性と女性のものであると気づく。この家に住む夫婦なのかしら。だとしたら相当奇特な夫婦ね。ただでさえ忌み嫌われ、醜い厄神を拾って看病するなんて…。一体どんな人達なの…?このまま待って顔を拝んでみましょう。

 

 

 

「あら、起きたのね」

 

「あ、貴女は…」

 

名前と顔くらいは知っている。博麗神社で宴会とかお祭りがあると、決まって顔を出す人物―魔法使いのアリス。でも、隣に居る背の高い男性は一体誰なのかしら…、この魔女と一緒に暮らしているなんて相当な物好きね。

 

「やっぱり、顔見知りだったんだ。雛ちゃんだよね?体調はどう?」

 

「え、ええ…何とか」

 

驚いた…。この私を『雛ちゃん』だなんて可愛らしく呼んでくれる男性が居るなんて…!

 

「あ、あなた…、私が怖くないの?」

 

「いや、微塵も」

 

「ちょ、ちょっと!魔女さん、どうなってるのよ、この人!」

 

私の方が怖くなる。私から目をそらさずに、寧ろ優しい眼差しこちらを見てくる。そんなことあり得ない。この人は気でも触れているのかしら。

 

「ちょっと、この人なんて言い方失礼じゃないの!あなたの恩人さんなのよ、疫病神はありがとうの一言も言えないの?」

 

「まあ、アリスちゃん。俺が特殊なだけだから、怒らないであげて」

 

「えっ、ああ、ごめんなさい…」

 

「ま、また『ちゃん』付けしたー!」

 

私だけじゃなくこの魔女にも…!やっぱりこの人、おかしい…。思わず布団を蹴飛ばして、ソファの上に居直る。

 

「うるさいわね。今から夕食にするから、食べながら詳しい事は説明するわ」

 

「…だから、早く着替えなさい。貴女今下着でしょ」

 

「え…、あ…、キャアアーー!!」

 

「うるさい、着替えはこれ。私の服貸してあげるから」

 

 

 

 

 

 

 

「ふぇっ、じゃ、じゃあ私は加藤さんにとって絶世の美少女ってことなのね!」

 

「そうだね。とても可愛いよ」

 

「…全くすっかり調子付いちゃって」

 

雛ちゃんはすっかり元気を取り戻したようで、シチューをもりもりと美味しそうに食べている。寝ている時はどこか哀愁漂う女の子だったけれど、今見せている底抜けに明るい笑顔が本来の彼女の姿なのだろう。

それにしてもさっきは危なかった。まさかいきなり下着姿で飛び起きてくるとは…。しかも少女に似つかわしくない扇情的でアダルトな黒…。一瞬で理性の半分を持っていかれた気がした。脳内に焼き付いて離れない…忘れようとしても忘れられない…男の悲しい性だ。

 

「ねえねえ、このシチューは魔女さんが作ったの?」

 

「そうよ。美味しい?」

 

「おいひい!」

 

「返事するなら口を空にしなさいよ…」

 

「ねえねえ、このお洋服は?」

 

「それは私の手作り。ちょうど良い赤いワンピースがあって良かったわ」

 

「魔女さんって凄いのね!お料理もお裁縫もできるなんて!」

 

「な…、何よ。褒めても何も出ないわよ!」

 

そう言いつつもアリスちゃんはどこか嬉しそうだ。天真爛漫な雛ちゃんにかき乱されながら、普段はなかなか見せない表情をする。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、加藤さん!」

 

「何?」

 

「お膝の上乗ってもいい?」

 

「へ?まあ、俺で良ければ構わないけど…?」

 

「やったー!じゃあお邪魔しまーす!」

 

雛ちゃんはそう言うと、飛び跳ねるように俺の膝の上に乗ってくる。ちょうど胸の辺りに彼女の頭が触れ、膝の上には軽いながらも確かな重さのある柔らかい感触…。平常心、平常心だ…。小学生の娘が軽いスキンシップをしてきたと思え…。

 

「離れなさいよ、この疫病神!」

 

「ちょ、アリスちゃん!?」

 

「やーだ、ずっとこうしてるの」

 

「むー、じゃあ、私も!」

 

 

 

自分の両膝は二人に占領されてしまった。右膝にアリスちゃん、左膝に雛ちゃん…。これに耐えろというのか…。まるで天国のような拷問だ。落ち着け…、娘あるいは妹だと思えば大丈夫だ…。家族に欲情するなんてこと、あってはならないからな…。そう、これは軽いスキンシップだ。そう、例えばこうやって…。

 

「えへへー、もっとなでなでしてー」

 

「わ、私も!」

 

畜生、可愛すぎる。なんだこの娘達は…!なでなではどちらかと言えば健全なスキンシップなはずなのに…!おねだりの仕方の破壊力が高すぎる。

 

「もうそろそろいいかい?」

 

「だーめ」

 

「いや」

 

解放してくれそうにない。でも、強引に引きはがすなんて可哀想だし…。

 

「食器片付けないと…」

 

「だいじょーぶよ」

 

アリスちゃんが指を軽く振ると、人形達がせっせと片付けを済ませてしまう。こりゃ便利な能力だなあ…。

 

 

 

「ちょっと、眠くなっちゃったわ」

 

そう言うと、アリスちゃんはこちらに背中を預け、すやすやと寝息を立て始めた。右手で優しく肩をさする。自分が帰ってきてからいろいろやってくれたから、きっとお疲れなんだろう。

 

 

 

 

「…ねえねえ」

 

「どうしたの?」

 

右膝のアリスちゃんが寝付いた後で、雛ちゃんが少し真剣な雰囲気で話し出す。

 

「私ね。もうダメだと思ってたの。あのまま自分は死んじゃうんじゃないかって…」

 

「だからね…、加藤さんには本当に感謝してるの…ありがとう」

 

「…お礼を言われることはしていない。人として当然のこと。偶々それが俺だっただけ」

 

左膝の上にちょこんと座った雛ちゃんが上目遣いで、自分を見る。その表情は明るくも、先ほどまですやすやと寝ていた時の哀愁を微かに帯びている。萌葱(もえぎ)色の澄んだ瞳は若干潤んでいて、湖面に星空が反射するように穏やかに煌めいていた。

 

「それにお礼を言うならアリスちゃんに言ってくれ。俺はただ君をここまで連れてきただけだ」

 

「そんなことはないわ…。この魔女さんから聞いているんでしょ、私のこと」

 

「…まあ」

 

雛ちゃんは、流し雛なのだ。人間が持っている厄をその身に受けて、自分の糧とする。彼女の周りにはいつも不運が漂っていて、喜んで近づく者はいない。彼女を助けようとなんて里の人間だったら絶対に思わないだろう。俺達が例外なだけだ。

 

「私の事、やっぱり嫌い?」

 

「誰が嫌うものか…。人間の為に一生懸命頑張っている子を嫌いになるはずがない」

 

「…ありがとう。そう言ってくれる人は初めてよ」

 

私ね…、と雛ちゃんは続ける。人間が好きであること。そして、人間の為に今まで頑張ってきたこと。どれだけ無視されても、どれだけ嫌われても、人間を決して見捨てなかったこと。それが私が生まれた意味だから…、そう言える彼女の心は本当に綺麗だと思う。気がついたら自分は目頭が熱くなっていた。

 

 

「えっ、どうしたの?大丈夫?」

 

「…大丈夫。これは感動の涙さ。雛ちゃんが余りにもいい子だから…」

 

微笑みながらそう返す。

 

「いい子って…、子どもじゃないのに…」

 

「…嫌だった?」

 

「ううん、嫌じゃないわ。お父さん?」

 

「お…、お父さん?!」

 

「うん、お父さんよ。私ね…人間みたいに家族がいることにちょっと憧れていたの。加藤さんはまるでお父さんみたい」

 

全く…あざといな。こちらをからかおうとしている訳でもない、天然のあざとさだ。そんなことを言われたらむき出しになった父性が更に刺激されてしまう。

 

「そこの魔女さんも娘さんね。私達は姉妹になるのかしら?」

 

「どっちが妹なの?」

 

面白くなって聞いてみる。

 

「そうねぇ…魔女さんが妹で、私が姉かなー?」

 

「へえー、どうして?」

 

「魔女さんは、焼き餅屋さんで、甘えたがりだもの。私の方がお姉さんだわ」

 

「お父さんとしては二人とも甘えん坊なんだけどな…」

 

「ふふっ…そうね。」

 

「じゃあ…甘えん坊な姉のお願い、聞いてくれる?」

 

「…お願いって?」

 

一体何をお願いしてくるんだろう…。もしかして公言できないようなことだったりするのだろうか…!緊張が走り、ゴクリとつばを飲み込む。

 

 

 

「厄集め手伝ってくれる?」

 

「へ?厄集め?」

 

「うん、厄集め」

 

身構えていたけれど、杞憂に終わったようだ。先ほどのようなやましい気持ちを少しでも抱いた自分をぶん殴りたい。雛ちゃんは左膝の上に乗ったまま厄集めの説明を始める。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ里の人間に流し雛をやらせればいいのか」

 

「そうそう!里の近くの川に人形を流してくれればそれを私が回収するから」

 

「で、流し雛に使う人形は?」

 

「大丈夫、紙とペンとはさみがあれば作れるわ。どうせ流しちゃうものだから簡単なものがいいでしょう?」

 

「そうなんだ…」

 

アリスちゃんが作る綺麗な人形を流し雛にするなんて言い出さなくて良かった。親切なアリスちゃんでも流石に激怒するだろう。しかし…、流し雛って本当にそんな簡単なものでいいのだろうか…。自分が餓鬼の時にやったのはもう少し凝ってたような気がするんだが…。

 

「そもそも雛人形なんて本来使い捨てのものだもの。芸術品みたいな雛人形なんて勿体なくて人間は流したがらないでしょ。お金も無駄にかかるもの。そしたら流し雛の意味がないじゃない」

 

「なるほど…。実に合理的だ」

 

素直に感心した。まさか流し雛本人からそんな話が聞けるとは…。淀屋の奴に話したら喜びそうだな。

 

「加藤さんのやってた流し雛は豪華なものだったの?」

 

「それほど豪華って訳じゃないけど、和紙を折って作ってた。それを笹の葉で作った船に乗せて流すんだ。餓鬼の頃、小学校、いや、寺子屋みたいな所でイベントがあってね」

 

「へえー、折り紙ってことかしら?」

 

「ほぼ折り紙みたいなものだったよ。餓鬼だったから地域の先生に教わりながら苦労して作ってたな」

 

懐かしいな…。一度しか参加していないし、作り方なんて全然覚えていないけど、こうして雛ちゃんと話すためのネタになったのは嬉しい。

 

「いいわね!折角だから折り紙にしてみようかしら。新インスタント雛人形は折り紙にしましょう!」

 

「…私も手伝うわ」

 

「うおっ!起きてたの?」

 

「うん…、ずっと聞いてた」

 

アリスちゃんがそう言うと、いつの間にか折り紙を持った人形がテーブルの周りを浮遊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これだけあれば大丈夫でしょう」

 

「ありがとう!魔女さん!」

 

私の人形を使えば大量の折り紙人形でも簡単に量産できる。折り方さえ分かれば後はそれを人形にコピーさせるだけ。いつもみたいなちょっと複雑な操作なんて使わない。正直つまらないわね。まあ、この厄神も嬉しそうだしそんなことはどうでもいいか。

 

「さあ、そろそろ行きましょう。剛成さんを待たせたらいけないわ」

 

「そうね!出発しましょう」

 

 

穏やかな午後、厄神と肩を並べながら、里へ向って歩き出す。仕事終わりの剛成さんと私達で里の外れにある雛人形の無人販売所がどうなっているのか見に行く約束なのだ。厄神の話によれば半年以上顔を出せずにいたから、荒れ果てているだろうとのこと。まあ、山を下りることすらままならなかったのだから、仕方が無いことだ。

 

「魔女さんってやっぱり優しいのね!お祭りとかで見たときはもっと冷たい人だと思ったわ」

 

「失礼ね。私は幻想郷(ここ)の連中に比べたら桁外れに優しいはずよ」

 

「ふふっ、ごめんなさい」

 

迷惑な奴だ。本当はこいつと二人で歩くのも嫌なはずなのに…。そうやって頼りにされると邪険にもできない。でも、せいぜいあと数日の付き合いよ。厄が回収できたらとっとと山の自宅に帰って貰いましょう。

 

 

「魔法の森って山とはまた違った雰囲気ねー」

 

「そうよ。山とは植生も土壌もまるで違うわ」

 

「そうねー、よく分からないキノコとか生えてるし…」

 

「あまり近づいちゃだめ。自分が人間じゃなくても油断は禁物。私でも分からないキノコが沢山あるんだから」

 

「ふーん。こんなところに住んでて加藤さんは大丈夫なの?」

 

「昨日も言ったでしょ。剛成さんは人間じゃないの」

 

「聞いたわ。自分の事を幽霊人間だなんて言うんだもの、不思議よねー」

 

「説明が面倒だからそう名乗っているけど、私は異次元人ってことにしてるわ」

 

「異次元ねぇ…私にはよく分からないなあ」

 

でしょうね。貴女は頭が弱そうだもの。

 

「…でも、魔法の森に住んでも平気なら私の厄も効かないないんじゃない?」

 

「そんなはずは…」

 

断言できないわね。八雲紫や霊夢が言うには、彼らの正体はあいつらの術式で異次元から召喚された魂。人形魔術の専門家である私には詳しいことは分からないが、その魂から展開されている肉体は、妖力や霊力の集合体の具現化であるはず。しかも紫や霊夢は幻想郷の手練れの者達…。もしかしたら剛成さん達は結構強い種族なんじゃ…。

 

「どうしたの?考えごと?」

 

「…いや、何でもないわ」

 

「変なのー」

 

「と、とにかく!厄集めが終わったら、自分の家に帰りなさいよ。いつまでもお世話してあげるつもりはないから」

 

「えー、残念ね。せっかく二人と仲良くなれたのに…」

 

「当たり前でしょうが。あんたみたいな疫病神、ほんとは家に上げたくないの!」

 

「ひどーい。加藤さんに言っちゃお。アリスがいじめるーって」

 

「ちょ、ちょっと…!それだけはやめて…!」

 

「うふふ、冗談よ。大分焦ってたわねー」

 

「…ぐぬぬ」

 

何、にやついてんのよ、気持ち悪いわね…!

屈辱…!こんな頭の弱そうなのに魔法使いの私が踊らされるなんて…!

 

「まあまあ、厄集めが終わるまで仲良くしてね」

 

「…善処するわ、お姉さん(・・・・)

 

「あら、昨日の会話聞いてたの?!」

 

「…聞こえてたに決まってるじゃない。あんたの妹になんかなりたくないけどね…!

 

こいつが姉…だなんて認めるはずがないでしょう。私は剛成さんの妹になりたいの…!

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ…そんな…!」

 

「あらら…」

 

二人が驚くのも無理はない。無人販売所があったところには木材の一つもなかったのだから。

 

「どうやら、夏に来た台風でやられて、あまりにもボロボロだったから取り壊されちゃったみたいでさ…」

 

「そ、そうなんだ…」

 

雛ちゃんが暗い表情になる。当たり前だ。今までずっとここを拠点に厄払いの活動をしていたのだから…。

 

「…仕事の時、他の大工さんから聞いたんだ。今年の野分は凄かったって。それでここも被害にあったらしくて…」

 

「…自然災害ならしょうがないわね。元気出しなさいよ」

 

「里の人間を恨まないであげて…。悪気があってやったわけじゃないし」

 

「え、ええ…、恨んだりはしないわ。でも販売所がないと人形の受け渡しが…」

 

「ああ、そのことなら心配ないよ。明日あたり俺の方で里の人間に配ろうと思う…。その…お金は取れないけど…」

 

「本当!お金なんていいのいいの!人形が渡ればそれでいいわ!」

 

「うちにあった折り紙なんですけど…」

 

急に明るくなる雛ちゃんと、半ばあきれるアリスちゃん。ごめんね。商売ができるほど、俺は器用じゃないんだ…。

 

「ごめんよ。売り物にしたら上手く受け渡らないと思うから…」

 

「いや、大丈夫よ。偶にはボランティア活動もいいわ」

 

「ありがとう」

 

アリスちゃんには後で里のお菓子でも買ってきてあげよう。人形作りはほとんど彼女に頼りっぱなしだったから。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、自分は大量の折り紙雛人形を4つに分けると、アリスちゃんお手製の手提げにいれて、里へ向った。配ると言っても自分一人じゃ限度がある。こういうときは友人に頼もう。そう思い、俺は紫さんから貰った陰陽玉携帯を取り出した。

 

 

 

 

 

「連絡の通り、鈴奈庵でこれを配れと…」

 

「そういうことだ。本人直々の流し雛の行事。お前も興味あるだろ?」

 

「え、じゃあこれは厄神様が…?」

 

「小鈴ちゃんの言う通り。だけど、大丈夫。これ自体に厄が付いてたりはしない。寧ろ皆の厄を吸収するものだから」

 

「分かった。お客さんに配ってみるよ。」

 

「ありがとう!助かる!」

 

 

 

「さて、いい商品が手に入りました。小鈴さん、今日は忙しくなりますよ」

 

「えっ、それって…?」

 

 

 

 

 

 

「朝早くにすまん…!」

 

「いいって、これを配ればいいんでしょ。拓実君の分は僕の方から渡しておくよ。どうせまだ寝てるから」

 

「あの野郎、電話に出なくてさ…」

 

「早苗の奴も朝弱いものね…」

 

「二人も申し訳ない…!博麗神社とは関係ないものなのに…」

 

「構いませんよ。そちらもお仕事、どうかお疲れの出ませんように」

 

「ありがとう、じゃあ、自分はこれで…!」

 

 

 

「ねえ、これ、売れるんじゃないかしら」

 

「れ、霊夢ちゃん?!」

 

 

 

 

 

 

「厄払いねぇ、今年に入ってから一回もしてねぇな…」

 

「ええ、自分もここに来たばかりですけど、何かと不安が多いもので…。形だけでもと思いまして…」

 

「じゃあ、これはお前さんがこしらえたのかい?」

 

「はい、自分と友人(・・)で作りました。先の見えない世の中です。里の安全を祈願するためにやってみないかと」

 

「ほう!いいねぇ。うちでもやってみるべ」

 

 

 

 

 

 

 

「それでそれで、どうだったの?」

 

「無事全部配り終わったよ。2、3日もすれば川に流し雛が溢れるはずさ」

 

「そう、良かったわ」

 

「で、二人に渡す物があって…」

 

剛成さんは手提げから袋を2つ取り出すと私と雛に手渡した。布越しにジャリジャリとした金属音が響く。

 

「これってお金?!」

 

「いや、実はね…」

 

 

 

 

 

「商売道具にされちゃったのね…」

 

「あいつらに頼んだ俺が馬鹿だった…」

 

どうやら私達が作った新インスタント雛人形は1つ5文で勝手に売られていたらしい。ただの折り紙1枚が饅頭1個に変わったようなものだ。これは喜ぶべきなのか、怒るべきなのか…。鈴奈庵の眼鏡の人とかなら別にいいけど、霊夢が売り始めるとか言い出したなら許せないわね…!

 

「それで、利益の一部がうちに戻ってきたのさ。流石に勝手に売ったのは向こうだったから利益はそれなりにもらえたけれど…」

 

「因みにそれってどのくらい?」

 

「鈴奈庵は8割、守矢神社は6割、博麗神社は2割かな…性格が出てるね」

 

「…今度から博麗神社にはお参りに行きたくないわね」

 

おそらく霊夢の仕業だろう。昔からお金には汚いんだから、あいつは。

 

「いいじゃない、金額なんてどうでもいいわ!人形が配られて、お金も手に入ったんだし、一石二鳥よ!」

 

「雛ちゃんの言う通りだな。無事に完売したみたいだから、里中に行き渡ったと思うよ」

 

まあ、いいか。臨時収入として受け取っておこう。魔法の研究にはお金もある程度かかるし。

 

「後は人形が流れるのを待つだけね!今夜はぱっとやりましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ランプに照らされた自分の部屋の作業机の上で、黙々と手を動かす。カチャリカチャリとセルロイド部品が触れ合う音だけが夜の静寂の中に響く。

 

あいつとももう少しの付き合いだ。出会って2、3日しか経っていないのになんか変な表現ね。居なくなればせいせいするわ。疫病神を家の中に入れるなんて、剛成さんの頼みじゃなきゃ絶対にご免なのに…。

でも、私は雛を嫌いになりきれない…。憎らしいはずなのに、それ以上に一緒にいるとどこか楽しいのだ。私の作った料理を美味しそうに食べる時も、私作った服を嬉しそうに着る時も、剛成さんに甘える時も、全身で感情を表現するような…そんな雛が、一緒にいるとやっぱり楽しい…。まるで世話の焼ける妹ができたような…。

 

できればこれからも一緒に暮らし…いや、それは絶対にダメよ。あいつは結構甘え上手なところあるし、あざといし…いつ剛成さんを盗られるか分かったもんじゃないわ。それに厄を取り戻したら周りで何が起こるか…、想像もしたくない。折角手に入れた幸せな生活…失ってたまるものですか…!

 

 

でも、でもね…。雛がここを去っても、また会えるなら会いたい…。その時はまた三人で一緒にご飯を食べたり、お散歩したり、お喋りしたり…できるといいわね。

 

コンコンと部屋のドアを叩く音がする。剛成さんか、それとも雛か。二人とももう寝たと思うのだけど…。雛だったら今作っているものを見られる訳にはいかないわね。

私は制作途中の人形に布をかぶせると、ドアの方へ返事をした。

 

 

 

「こんばんは、いい夜ね」

 

入ってきたのは、剛成さんでも雛でもなかった。白い帽子に紫の服、そして金髪。毒々しく、目に悪い色合いの胡散臭い女妖怪。

 

「何の用?剛成さんならもう寝たわよ。もしかして夜這いにでも来たの?だとしたらここはハズレの部屋よ」

 

嫌悪感と皮肉をたっぷり込めて言い返す。

 

「あら、随分とお下品な魔法使いですこと。下品なのは顔だけにして欲しいわね」

 

「…いいから、用件を言いなさいよ」

 

「まあ、てっきり襲いかかってくると思っていましたのに…!成長しましたわね」

 

そう言うと、こいつは口元を扇子で覆いながら、微少する。全く人を小馬鹿にするのも大概にして欲しい。

 

「寝る前に無駄な汗をかきたくないの」

 

「そう…。」

 

無関心そうな素っ気ない返事が返ってくる。一呼吸おいてこいつはこう続けた。

 

「やっぱり剛成さんって優しいわよね」

 

「そうよ。彼は誰にでも優しい…。私にも雛にも…」

 

「ええ、本当に。嘘をついてまであの厄神を守ったのですもの…」

 

「嘘?」

 

「そう、昨日の午後、雛人形の無人販売所に行ったわよね」

 

「行ったわ。でもそこは野分でやられて…」

 

「野分じゃないわ…。壊したのは私ですもの…!」

 

「そ、それって…!」

 

こいつが…!雛が大切にしていた場所を壊したの…!それが本当だとしたら…!私はこいつを許せない…!椅子から立ち上がり、こいつを睨み付ける。

 

「…怒るのは話を最後まで聞いてからにしなさい。その後で貴女が私をどうするのか決めなさいな」

 

「続けて…」

 

「あの販売所はね。昨日のお昼までは残っていたの。元々ボロボロだったけど、販売所として機能するくらいの原型はあったわ」

 

「…でもね、原型はあってもあれじゃ皆近寄らないわね。あんなに酷い悪戯をされていては…」

 

「悪戯?」

 

「そう。おそらく調子に乗った里の人間の仕業でしょうね。あんなに心底くだらなくて酷いことができるのは人間だけよ…」

 

紫はどこか悲しそうな表情をしながらこう続ける。

 

「塗料や墨で思いつく限りの悪口を書いたり、ゴミや汚物をまき散らしたり…」

 

 

酷い…。雛は今までずっと里を厄災から守ってきたというのに…。私まで人間が嫌いになりそうだ。

 

「剛成さんは凄惨な販売所を彼女に見せたくなかったのでしょうね。電話で私を呼ぶと、これを消していただけませんかって頼んできたわ。それが彼のお昼の休憩時間だった」

 

私はあの時、そんなこと考えもしなかった。彼は裏でそんな根回しをしていたのね…。

 

「私は喜んで協力したわ。軽い弾幕で販売所をバラバラにして、スキマを通じて外の世界の山中にポイよ」

 

「後は剛成さんが嘘をついて、鍵山雛のショックを軽くするだけ…。自然災害なら仕方がないものね」

 

「…そうだったの」

 

「それで?販売所を壊した私は貴女に何をされるのかしら?」

 

「…意地悪ね。いい話の余韻が台無しだわ」

 

「あら、これは失礼」

 

どこまでもわざとらしい妖怪だ。でも、こいつにもいいところはあるのね。

 

「じゃあ、そろそろお暇するわ。お邪魔しました」

 

「はいはい」

 

「あ、そうそう。机の上の人形。彼女に渡せるといいわね」

 

「っ…!」

 

私が机の方を振り向くと、作りかけの人形は相変わらず布を被ったままであった。私がもう一度、振り向いた時、部屋の中には既に紫の姿はなかった。

 

 

 

 

 

その様子なら大丈夫そうね。最初は罰を与えるつもりでこの役割を負わせたのだけれど、上手に立ち回っているみたいで感心したわ。鍵山雛を友人の一人として認めているのですもの。剛成さんに他の女を近づけない、だなんていつまでも意地を張っているのだと思ったけれど、この調子なら彼の交友関係も広がっていくことでしょう。ハードルの高い厄神様をクリアしたんですもの。期待してるわよ、アリス・マーガトロイド。

 

他の子達も上手にできているかしら。断続的に監視しなきゃいけないわね…。全く…幻想郷の管理者も楽じゃないわ…。

 

 

 

 

 

 

 

数日もすると、人里付近の川には折り紙で作られた雛人形が溢れ、厄の回収には絶好のタイミングが訪れた。よく晴れた仕事終わりの午後、自分はアリスちゃんと雛ちゃんを連れ、川沿いを歩き、例の森の前へとやってきたのだった。

 

「一週間前、ここで私は拾われたのね…」

 

思い出深そうに雛ちゃんが水面を見つめる。雛ちゃんと暮らし初めてからちょうど今日で一週間。いろいろあったけれど、楽しい毎日だった。アリスちゃんともすっかり打ち解けて今では名前で呼び合う仲だ。本当に良かった。

 

「じゃあ、始めるわ」

 

厄集めが終わってしまえば、雛ちゃんは山に帰ってしまう。分かっていても些か寂しい。

でも、これで良い。無事に厄集めを終えて、彼女が力を取り戻すことが、彼女にとっても、自分達にとっても最善の事だから。

 

 

くるくると川の上で雛ちゃんは回り出す。腕に巻かれたフリル付きの赤いリボンが虚空を切り始める。両腕を広げては胸の前で交差し、秋めく季節の空と川の間で踊る姿は、美麗で、神秘的で、自分はすっかり魅了されてしまう。彼女もまた人ならざる者であり、八百万の神の中の一柱であるのだ。一緒に暮らしていた時には気づくことはなかったが、今の彼女の姿は、確かな神格と威厳を凛と放っている。彼女の前では自分は考える葦でしかないのだ。

 

 

 

 

「終わったわ。これで里の人間も当面の間、安心して暮らせる事でしょう」

 

気がつくと自分はパチパチパチと手を鳴らし、雛ちゃんに熱い拍手を送っていた。隣に居るアリスちゃんも自分に続いて拍手を送る。

 

「ふふっ、見世物じゃないのに。でも、ありがとう」

 

そうやって微笑する彼女は以前よりもとても美しく、文字通り女神のようなオーラを放っていた。しかし、それは決して民を伏せる威圧的なものではなく、民に降り注ぐ恵みの雨のような慈悲に満ちたものである。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、厄集めも終わったから…。そろそろ帰るわね…」

 

「ああ」

 

とうとうこの時間が来てしまった。寂しくなるけど、嬉しくもある。これで雛ちゃんは元通りの暮らしに戻ることができるのだ。厄神として人間の厄を集め、己の糧とする…。そんないつも通りの彼女に戻れる。自分は微力ながらその手助けができたのだ。それで満足じゃないか。最後は笑顔で見送ってあげよう。

 

「待って!」

 

「どうしたの?」

 

アリスちゃんは足早で雛ちゃんに近づくと持っていたバスケットの中から一体の人形を取りだした。

 

「これ、私?」

 

「そう。雛にあげるわ」

 

「えっ、いいの!やったー!」

 

雛ちゃんを模した人形をいつの間にかアリスちゃんは作っていたようだ。デフォルメされてはいるが、エメラルドグリーンの特徴的な髪型と赤いリボンはよく特徴を表現している。

 

 

「…だから、遊びに…じゃない。厄集めを手伝って欲しかったら、いつでも連絡しなさい。その人形を使って」

 

「この人形で?」

 

「ええ…。その人形には通信機能があるの。背中に手を当てて握れば私の人形と連絡できるわ」

 

「凄い…!河童が言ってたけーたいでんわってやつなのかしら?」

 

「そうね。その認識で構わないわ」

 

「凄い、凄いわ!アリスってやっぱり凄い!」

 

「ふふふ、私は凄いのよ。でも、使いすぎたらダメよ。魔力のバッテリーはすぐになくなっちゃうんだから」

 

「分かったわ。じゃあ…」

 

 

「ええ…。しばしのお別れね…」

 

「私に会えなくて寂しくて泣いちゃだめよ!」

 

「な、何言ってるのよ!私には剛成さんがいるんだから!寂しくないもん!」

 

「うおっ!」

 

アリスちゃんが強引に腕を絡めてくる。…分かってる。本当は寂しいんだよね。自分だって寂しいさ。

 

「うふふ、面白い人達」

 

 

 

「…じゃあ、二人とも元気でね!」

 

さようなら、雛ちゃんはそう言うと、夕暮れの秋空へ舞い上がる。こちらに軽く手を振ると、くるりと後ろを向いて、妖怪の山目掛けて飛んでいった。

 

 

「俺達も帰ろうか」

 

小さくなる雛ちゃんの影を見つめながら、腕を絡めたままのアリスちゃんに問いかける。

 

「ええ、帰りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、凄いなあ。いつの間にか人形型携帯電話を開発したなんて」

 

「ふふ、実は剛成さんのお陰なのよ」

 

「どういうこと?」

 

「剛成さんのお陰でね。私の魔法、前よりもパワーアップしてるの。妖怪の山と魔法の森くらい離れていても人形の魔力を伝達できるくらいに」

 

「そうだったのか…。お役に立てたなら何よりだ」

 

「でも、結構苦労したなあ…」

 

「だと思ったよ。アリスちゃんはいつも頑張っているから…。今回だって俺だけじゃどうしようもなかったし…。本当にありがとう」

 

「ふふっ、じゃあ…甘えん坊な)(・・)のお願い、聞いてくれる?」

 

「…お願いって?」

 

一体何をお願いしてくるんだろう…。もしかしてまたお姫様だっこか…?

 

「…家までおんぶして」

 

「え?おんぶ?」

 

「だって、雛がおんぶしてもらったんでしょ。私もおんぶしてもらわなきゃ、ふーこーうーへーいー!」

 

「不公平かー、分かったよ。はい、どうぞ」

 

家までお願いね、アリスちゃんはそう言うと、しゃがんだ自分の肩に後ろから腕を回す。立ち上がり、彼女の足に手を回す。

 

「凄ーい!やっぱり高いわね!」

 

君は空を飛べるでしょ、なんて突っ込もうと思ったが、やめにした。

 

黄昏時の魔法の森を背中のアリスちゃんと談笑しながら、自分は帰路に着くのであった

 

 




ここまでのご精読お疲れ様でした。そして、ありがとうございます。


求聞口授によれば雛ちゃんは大層明るい性格だそうですが、二次創作だと哀愁漂うお姉さんのイメージが強いですよね。
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