ここはどこだろう。瞳を開けると僕の視界には青空が飛び込んできた。手を何度か握って開いて身体が動く事を確認する。記憶が曖昧だが、先ほどまで呪詛の海に溺れていたのとは打って変わって、とても心地良い。起き上がって自分の足下に視線を注ぐ。足はちゃんと着いている。そのままお腹の辺りまで視線を移し、左右の腕も確認する。どうやら、僕の身体は生前と変わらずに存在しているらしい。
それはそうと、ここは死後の世界でいいのだろうか。確か、友達と山にハイキングに行って帰りに事故に遭って…、気がついたら幽霊になって…、今はここにいる。詳しくは知らないけれど、これから三途の川を渡って、閻魔様の裁きを受けて天国か地獄に行くのだろうか。できれば、天国がいいなあ。犯罪に手を染めたことなんてないし、多分、大丈夫だとは思うけど。他の三人は先にここに来たのだろうか。せめて、皆で天国に行けるといいなあ。
霊夢達は無事だろうか。重たい身体を引きずるようにして博麗神社へと向う。昨晩、件の召喚儀式を執り行う予定だったはず。その場にはいなかったが、私も数日前に仙力を分け与えた。今朝になってようやく妖怪の山にある自分の屋敷から出られるほどに体力が回復したのだ。飛ぶことすらできなくなっていたことには悲嘆を覚えたが、それでも博麗神社へ行かなければ。もし霊夢達が倒れていたのなら、ずっと近くにいて看病でもしてあげよう。人を導く仙人になり、天道を行くという夢は、もう叶わないのかもしれない。ならば、最期の時間で彼女達のためにできることをしよう。霊夢だけではない、八雲紫も伊吹萃香も紆余曲折あれども、長いつきあいだ。
博麗神社の麓までたどり着いたはいいが、身体がもう動かない。やはり数日前に無理をし過ぎたのかもしれない。膝をついて地面に倒れ込んでしまう。気力には自信があったのだが、茨華仙はこんなにふがいない存在だったのか。涙が溢れる。右腕を無くし邪気が抜け、妖怪として生きていけなくなった私は仙人を目指した。そして、完全な仙人にもなることもできなかった。なんて中途半端な存在だろう。天道を目指した時にはいくら容姿が醜くとも心だけは清く正しくあろうと思っていた。だが、もう限界だった。悔しくて悔しくて涙が止まらない。赤子のように泣くじゃくる。
「あのー、大丈夫ですか?」
ふいに声を掛けられ、うつむいていた顔を上げる。
男の人だ。幼さの少し残る可愛らしい顔立ちをしている男の人だった。彼は姿勢を低くして私の顔を除いてもう一度静かにこう言った。
「大丈夫ですか?」
感覚的に理解した。彼は霊夢達が呼び寄せた異次元の男性。私達に愛を注いでくれる存在。彼の視線が心地良い。もっと彼を感じたい。私は思わず彼の足に飛びついた。そして、安らかな眠りに就いた。
どうしよう。いきなり可愛らしい女の子に飛びつかれた。近くで誰かがすすり泣く声がすると思い、見に来たのだけなのだけれど。桃色の髪に、右腕が包帯で覆われた不思議な服装の女の子。死後の世界ならアニメに出てくるキャラクターのような不思議な格好の人がいてもおかしくはないのかな。このまま放っておく訳にもいかない。そう思って彼女を近くの木陰へと運ぶ。
5分ほど彼女を眺めていたが、起きる気配がない。眺めている間に思ったことだが、この女の子は天国の使者なのだろうか。こんな美少女を僕は見たことがない。アニメやゲームの世界からそのまま出てきたような娘だ。さらさらで綺麗な髪、キズ一つ無い白い肌。目をつぶる前に見た
とにかく、彼女を天国に帰さなければ。(本当に天国の使者かどうかは分からないけれど)天国だとしたら上を目指せばいいのだろうか。周辺を見渡すと長い長い階段が山の上へ続いているのが見える。なるほど、これを昇って来い、ということだろうか。
「ハア、ハア…」
どうやら死後の世界でも体力という概念はあるらしい。軽い女の子とはいえ、人一人を背負って階段を上るというのはこんなにも辛いものなのか。男にしては背が低く、体力のない僕にとっては正直向いていないと思う。でも、この娘のためなら無理をする価値があるのかな。やはり、男という生き物は単純だな。可愛い女の子のためなら見栄を張って普段しないことをやるものだ。そう心の中で笑い飛ばしながら自分に活を入れる。ゴールまであと半分と言ったところか。
階段を上りながら、ふと頭に考えが過ぎる。もしかしてこれは閻魔様が僕に与えた試練なのではないか、と。困っている少女を見捨てずに自分の身を削って助けるという試練。これをクリアすれば晴れて天国に行けるのではないだろうか。他の皆も同じ試練を受けているのかもしれない。正義感が強くて体力もある彼は大丈夫だろう、助平心丸出しの彼はちょっと心配だ…なんてこと考えているうちに天辺に着いた。
「誰かいませんかー?」
そんな声が鳥居の方から聞こえてくる。
「今の声、聞こえた?」
紫に問いかける。
「ええ。確かに。」
「男の人の声だったわよね!」
召喚が成功したのだろうか。言葉が弾む。博麗神社に好き好んでくる人間などいない。まして、男の人が来たことなど数える程度しかない。
「すいませーん。誰かいませんかー?」
もう一度はっきりと聞こえた。男の人の声。
「霊夢、心の準備はできているかしら?」
「ええ。大丈夫。」
紫にはそう答えたけれど、心の準備はできていない。この声の主が私達を見て、どんな反応をするのか。その反応で全て決まってしまうのだ。紫と一緒に鳥居の方へ向う。
一歩一歩、鳥居へと歩みを進める度に心臓の鼓動が早くなる。隣の紫からも緊張が伝わってくる。
「あ、すいませーん。この娘を休ませていただきたいんですけれど。」
どうやら、召喚には成功したようだ。彼は私達を見ても眼を逸らさない。ただし、彼に背負われている奴が問題だ。茨木華扇。修行中の仙人であり、私に何かと世話を焼いてくる人物。自分は偉そうに説教をしながら、抜け駆けするとは何事だ。私達が命掛けで呼び寄せた彼の背中で幸せそうに眠っている。羨ましさと共に怒りが湧いてくる。紫の方も表情は笑っているが、握りしめた拳が震えていた。
「ごめんなさい。いきなり押しかけてご迷惑でしたか。少しの間でいいので、休ませていただくことはできませんか。」
仙人モドキを背負いながら彼が頭を下げる。かなり辛そうだ。
「いえいえ、とんでもないです。お疲れでしょう。こちらへどうぞ。」
紫の対応で我に返る。そうだ。私はなんてことをしてしまったのだ。彼は茨華仙を背負って長い長い博麗神社の階段を上ってきたのだ。相当疲れているはずだ。素っ気ない態度で接していいはずがない。
階段の先には閻魔様はおらず、神社があった。中へと案内された僕はテーブルを挟んで、赤い紐付きの白い帽子を被った金髪の美人さんと大きなリボンをつけた黒い髪の美少女と対面している。桃色の髪の女の子は座布団を枕代わりにして寝かせてもらった。見ず知らずの僕を家の中まで招いて、お茶まで淹れてくれるとは、この二人はとても親切な人に違いない。
気まずい。彼をテーブルまで招いたのは良かったが、何を話せばいいのか分からない。いや、話すことはたくさんあるのだ。彼自身は今の状況に戸惑っているはずなのだから。説明をしなくてはならない。そして、勝手に呼び寄せたことについて謝罪をして、どうにか許してもらい、私達を助けてくれるように説得もしなければならないというのに。男の人と面と向って話した経験がない自分には荷が重すぎた。顔見知りであり物を届けるだけの香霖堂の店主とは訳が違うのだ。霊夢はもっと酷い。緊張してガチガチになっているのが分かる。ここは年輩として私が話を切り出さなければ…。
「ええっと、変なことを聞くようですが、ここは天国でよろしいのでしょうか。」
話そうと思った矢先、彼からはそんな言葉が飛んできた。どう返せばいいのだろうか。頭が真っ白になる。妖怪の賢者と言われた私の頭脳は異性との会話には役に立たないらしい。
「ご、ごめんなさい。て、天国ではありません。」
霊夢が震えながら返した。
「え、あ、そうですか。失礼しました。」
彼は頭を下げる。ごめんなさい。私達のせいで彼はますます戸惑っているのでしょうね。なんとかしなさい、八雲紫。これでは、場が持たない。彼に頼み込む前に幻想郷が終わるわよ。
「えっと、あなたは幻想郷というのはご存じですか?」
「…えっと、げんそうきょう?ですか?」
何を言ってるのよ、八雲紫。異世界から来た彼が知るはずがないでしょう。もうこうなったら、やけくそよ。
金髪の美人さんが言うには、ここは幻想郷という場所らしい。何でも外の世界で忘れられた存在が流れ着く場所だとか。そして、人間以外にも妖怪や吸血鬼、魔法使いなどが住んでいるらしい。なるほど。死後の世界ならあり得そうだ。人間は死んだら幻想郷に行くらしい。生きている間は知り得なかった知識だ。しかと身に刻むとしよう。
「あの。お名前を聞いてもよろしいですか?」
黒い髪の女の子が聞いてくる。そういえば、まだ名前すら言っていなかった。こういう時は男がペースを作るものだというのに。女性に気を遣わせるなんて情けない。彼がいたら笑われているだろう。
「僕は、
「わ、私は霊夢。博麗霊夢。こ、この博麗神社で巫女をやっています。」
「わ、私は八雲紫と申しますわ。」
「えっと、博麗さんに、八雲さんですね。」
「はい。」「ええ。」
「宮川さん。あなたには伝えておかなければならないことがあります。」
八雲さんがこちらを向いて真剣なまなざしで改まるように言った。
「ええっと、つまり僕はお二人に魂だけ呼び出されたということであってますか?」
「そうなのです。誠に身勝手ながら…」
八雲さんが申し訳なさそうに言う。驚くことばかりだったが、何よりも驚いたのは目の前の二人がこの世界では醜い女性として扱われていることだった。全くこの世界の男どもは損をしている。見た目も良くて、性格も良くて、不思議な力を使うこともできるなんて最高じゃないか。
「気になることがあるんですけど、魂だけ呼び出したというのはどういうことですか?この通り、僕は肉体もあって、服装すらここに来る前のものなんですけど…」
そうハイキング帰りの車に乗っていた時の黒のズボンに青緑色のパーカーという服装はそのままでポケットの中には財布とスマートフォンもそのまま入っていた。
「それは、宮川さんの魂が創り出したものです。」
「正確に言えば、私達が、宮川さんの魂から肉体と服装が再現できるように術式を組んだのですわ。」
「なるほど。」
仕組みなんて僕には分からないが、とりあえず頷く。
「そして、ここから先が重要なのですが…」
八雲さんが深刻な表情になる。
「私達は宮川さんの魂だけを抜き取り、この世界に呼び寄せたのです。魂を失った肉体はやがて朽ちてしまいます。つまり、私達は宮川さん―あなたを殺したのも同然なのです。」
殺した。その言葉に身体が震えを覚える。だが、八雲さんが言っていることは少し違う。僕達は土砂崩れに巻き込まれて車の中で圧死したはず。つまり、肉体は先に死んで魂だけがさまよっていたのだ。八雲さん達によって魂を抜かれて死んでしまったわけではない。
「責任は全て私にあります。どんな罰でも受けます。何でもおっしゃってください。」
「ゆ、紫!?」
「霊夢。あなた達はあくまでも協力者。主犯は私よ。」
「宮川さん。私の処遇はあなたに任せます。なので、霊夢達は見逃していただけないでしょうか。」
八雲さんは座ったまま、頭を畳につける。所謂土下座の姿勢だ。
「まって!紫だけじゃない!私も罰を受けます!だから、紫に酷いこと…しないで…」
博麗さんが涙目で訴えてくる。声を荒げながらもそこには恐怖が混ざっていた。
「ちょっとまってください!それは誤解です!僕達はあなた達に殺されてなんかいない!」
悲痛な彼女達を見て強めの口調になってしまった。
「えっと、じゃあ。宮川さんは一度死んで魂だけになった状態で、ここに呼ばれたって事でいいのかしら?」
「ええ、そうです。だから、僕があなた達を恨むことはありません!」
当たり前た。寧ろ彼女達は恩人だ。ここに呼ばれなかったら、あのまま怨霊として山奥に縛られて成仏できないで過ごす日々が続いただろう。
「寧ろ僕達はあなた達に救われました。だから、頭を上げてください。」
「ほ、本当?」
博麗さんが恐る恐る顔を上げる。先ほどまで少女の割にはどこか大人びた様子があったのだが、こうしてみると年相応のあどけない少女の顔だ。できる限り優しいまなざしで彼女を見つめる。
「うっ、ぐす。」
博麗さんが泣き出してしまった。恐る恐るそばによって頭をなでる。
「ご、ごめんなさい。あ、安心したから…涙が…ぐす。」
「大丈夫。大丈夫ですから。」
今の今まで緊張していたのだろう。自分が勝手に殺めてしまったと思っていた人間と話していたのだから。
「ごめんなさい。私もいいかしら?」
「どうぞ。」
「…ずっと、ずっと。辛くて…辛くて…」
涙混じりで彼の肩に引っ付く。そんな私に気を遣ってか、彼は優しく手を回してくれる。まさか私が男の人の腕の中に抱き寄せられる日が来るとは思わなかった。妖怪の賢者として幻想郷のために尽くしてきた甲斐があった。彼のそばにいると失われたはずの妖力が回復してくる。これが愛の力なのかしら。このまま彼をずっと堪能していたい。こんな情けない姿、藍達には見せられないわね。
「ありがとう。十分堪能したわ。」
「紫ったら、子どもみたいだったわ。」
「いいじゃない。お互い様よ。」
「ふふ、そうね。」
思わず二人の頭をなでてしまったけれど、元気が出たならそれでよし。これがもし元いた世界だったら確実にセクハラで訴えられてたな。
「ところで、宮川さん。先ほどから何度か『僕達』っておっしゃってるのだけれど、他にもここに来たお友達がいらっしゃるのかしら?」
八雲さんが聞いてくる。意図せずに言ってしまっていたようだ。
「はい。多分、僕の他に3人来てると思います。」
「「さ、3人も!?」」
「ねねっ、私達の名前覚えましたー?」
「えっと、あうんさんに、橙さん、藍さんに萃香さん。」
「だいせいかーい!いや~、男に名前を呼んでもらえる日が来るとは思わなかったよ~。」
「は、健一殿!もう一度、私だけ呼んでくださいませんか?」
「ら、藍様だけずるいですよー。私もお願いしますー。」
名前を呼んだだけこの反応とは、大げさだなあ。そう思ったけれど、これまでの彼女達の背景を見れば当然の反応なのかもしれない。しかし、皆、角とかしっぽがある辺り、やっぱ人間ではないということが見受けられる。妖怪はよく知らないけど、鬼や九尾の狐などの有名所は僕も知っている。もしかして今の僕はすごい人たちと話しているんじゃ…。
「えへへー、お膝の上気持ちいいー。」
「ちょっと、あうんさん!?」
今、僕の膝の上に飛び乗ってきたのは、狛犬の高麗野あうんさん。この博麗神社をずっと守ってきたらしい。霊夢さんは、最近までずっと身体がなかったくせに、とか言っていたけど。
「『さん』なんてつけないで、もっと気軽に呼んでくださいよー。」
「えっ、じゃあ。あうんちゃん?」
「えへへー、嬉しー。」
「ずるいー、私もー。」
「ちぇ、橙さん?!」
「私もちゃん付けで呼んでくださいー。」
犬(狛犬だけど)と猫だからか。人なつっこい子達だなあ。足がしびれてきたけど、二人の幸せそうな顔が見られるなら別にいいか。
「こら、あんた達べたべたしないの!」
「えー、霊夢さんもさっきべたべたしてたくせにー。」
「私達は起きたばかりなんだよー。もうちょっと堪能させてー。」
「くっ、こいつら…」
「まあまあ、霊夢。彼は一人のものじゃないんだから。かわりばんこよ。」
「あいつ、あんたの式でしょ。教育がなってないんじゃないの。」
「違うわ。橙は藍の式。藍の教育が悪いのよ。」
「な、紫様。私も我慢しているというのに…。」
「橙!狛犬!どけ!次は私の番だ!」
「え、ちょっと、藍さん?」
「健一殿、失礼します!」
「うわあっ!」
「お!私もいいか~?」
藍さんと萃香さんまで飛びかかってくるとは。衝撃で後ろに倒れてしまう。ちょっと、藍さん、乗っかってこないでください。萃香さん達はまだしも藍さんほど身体の発達した女性に乗っかられるのはちょっとまずい。この世界では違うかもしれないけど、僕にとってあなたは別嬪さんなんですから。もう少し恥じらいをもってください。
「全く、紫の式も教育がなってないじゃないの。」
「ら、藍!はしたないわよ。離れなさい!」
「嫌だ!例え紫様の命令でも私は健一殿から離れませんからね!」
「…た、助けて。」
まずい。このままではいろいろともたない。両脚はあうんちゃんと橙ちゃん、右腕は萃香さんにがっしりとつかまれ動かせない。仕上げには藍さんが全身でのしかかってくる。
「あんた達、いい加減にしないとまとめて退治するわよ!」
「藍、離れなさいってば!」
「痛たたた!しっぽをつかむなんて反則ですよ、紫様!」
「彼から離れなさーい!」
突然の大声に僕の周りでじゃれ合っている女性達が静かになる。声の先を見やると、そこには僕がここまで運んできた桃色の髪の女の子が顔を真っ赤にして仁王立ちしていた。
喧しさを感じて目が覚める。目の前に見慣れた天井。どうやら私は博麗神社で寝ていたらしい。障子からうっすらと日の光が漏れる。気を失ってからあまり時間は経っていないらしい。声のする方を見た瞬間、私の頭は寝起きとは思えない速度で回り始めた。
気を失う前に遭った彼は、おそらく霊夢達が呼び寄せた男性。そして、今彼の周りには八雲紫や伊吹萃香を始めとした妖怪ども。間違いない。あの後、私と彼はこいつらに博麗神社に連れてこられたのだ。そして、私が気絶しているのをいいことにこっそり彼をいただいてしまおうという魂胆だろう。そんなことはさせない。彼の貞操は私が守ってみせる!そして、助けた彼と共に二人だけの愛を築くのよ。
「あ、あんた起きたんだ。」
「起きたんだ、じゃありません!」
「博麗の巫女でありながら、妖怪と共に男性を集団で襲うなど言語道断!恥を知りなさい!」
「は?何言ってんの、あんた。」
「いいからどきなさい。言い訳は後で聞くわ。ほら、あなた達も早く彼から離れなさい。」
「あら、はいはい。」
ふふふ。妖怪の賢者、鬼の四天王の一人(私も本当はそうだけど)でもこの茨華仙の気迫に圧倒されて声も出ないようね。皆間抜け顔になって、腰でも抜けたのかしら。
ああ、彼が目の前にいるわ。今さっき運命的な出会いをして、悪徳巫女と妖怪達に一緒に連れ去られ…ようやく二人は一緒になれるのよ。さあ、怖かったですよね。私がたっぷり癒やして差し上げますから。さあ、私の胸の中に飛び込んできてください。大丈夫です。怖がらなくてもいいですよ。
「そのー、元気になって良かったですね。」
「はい?」
元気になって良かったですね、とはどういうことかしら。彼はてっきり恐怖のあまり泣いているのかと思ったのだけれど。
「さっきまでずっと気絶してたから。心配だったんだけど、無事に目覚めてくれて何よりですよ。」
彼は全然平気そうなのだけれど…。そして、こちらの方ばかりを気に掛けてくる。
「ぷぷ、紫、いい加減教えてあげなさいよ」
「ぷふふ、ダメよ、もう少し泳がせてみましょう」
霊夢と紫がこそこそと話している。え、もしかして、私は勘違いをしているの?
「あははは、ピンク髪は脳内もピンク色なのね。」
「彼は大切なお客様。私達が彼に危害を加えるなんて億が一にもありえないわ。」
霊夢さんと紫さんが笑いながら言う。
「まあまあ、そのくらいで。華扇さんも僕を助けようと思ってやってくれたんですし。」
僕が博麗神社まで運んだ娘は茨木華扇さんという名前で、なんと仙人様らしい。本人曰く、ただの修行者に過ぎません、とのことだが、見た目の割に偉大な人だったことに驚く。
「うう…恥ずかしいです。勘違いをしたうえに、助けられたのは私の方だったなんて…」
「まあ、間違いは誰にでもありますし。僕は全然気にしてませんから。それにあのままだと身動きできなかったので、本当に助かりました。」
藍さん達には申し訳ないけど、華扇さんが不憫だからここは本心を伝えよう。
「ほ、本当ですか!」
笑ってくれた。うん、やっぱ女の子は笑顔でいなきゃね。
幻想郷に来て初めて出会った女の子だからだろうか。華扇さんを見ていると少しドキドキする。いや、余計なことは考えるな。僕は皆に平等に接することを心がけるべきだ。僕の好みで勝手に誰かと特別な関係になることは許されない。正直、女性に愛情を抱くだけで人助けになるなんて都合が良すぎるとは思うけど、それで紫さん達への恩返しができるならそれに従うまでだ。
「ところで、健一さんのお友達はどこにいるのかしら…」
紫さんが言う。確かに僕も気になっていた。彼らとはよく遊ぶ仲なのだ。できるだけ早く再開したい。
「紫にも分からないの。」
「ええ、霊夢。健一さん、ごめんなさいね。」
「いいえ、お気になさらず。」
「それなら私達で探しましょう!ついでに一さんに幻想郷を案内するのはどうでしょう。ねねっ、健一さんもその方がいいでしょう?私が案内しますから!」
「おい、華扇!お前そうやってまた抜け駆けしようとする。」
「萃香さんの言うとおりですよー。私達もついて行きますー。」
全く。こいつらは節操がなさ過ぎるわ。横の紫も溜息交じりに呆れている。華扇はさっき恥をかいたばかりなのにどんな神経してるのよ。てか、あんたが元鬼だってこと私は知ってるのよ。私が邪気を封印してやったんだから、あんたには貸しがあるってのに。
「霊夢、ちょっとこれを見てみなさい。」
「あら、もうスキマが使えるようになったの?」
「そうじゃなくてこの中。」
「あらら、これじゃ探しに行かなくても済みそうね。」
スキマの中には博麗神社の境内が映し出されており、そこには三人の男性が映し出されていた。否、正確には三人の男性+不純物だ。山の巫女、森の人形遣い、貸本屋の娘、こいつらが一緒だとは。よく見ると皆デレデレしている。見ていて腹立たしい。私や紫が文字通り命をかけて彼らを呼び出したっていうのに。
お疲れ様でした。そして、誠にありがとうございました。