幻想少女を愛したい   作:ファトウの砲台

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私用が立て込んでいて、全く顔を出せず申し訳ございませんでした。またしばらく忙しくなるので、投稿できる今のうちに投稿しておきます。


第6話 些細なすれ違い

 

通行手形を使い、中心部にたどり着いた一行は、各々分かれて仕事探しや神社の宣伝をしていた。男4人はそれぞれ見目麗しい(・・・・・)少女を連れていたが、それを羨む者はここには皆無である。彼らが元々生きていた世界なら羨望や嫉妬の目線が集中したであろうが、ここで彼らに向けられるのは哀憐や奇怪の目線である。

あんな女に誑かされて可哀想に…、賭博に負けて罰ゲームでも受けているのかしら…、などという声があちらこちらから聞こえてくる。

 

 

 

中心部…ある程度覚悟はしていたが、凄まじい場所だな。無駄に図体のでかい女性が闊歩している。これが幻想郷の美人なのか。自分が住んでいた世界にもここまで容姿に恵まれていない女性は見たことがない。普段、人のことを容姿では判断しないが、流石に気にしない訳にはいかなかった。

隣にいるアリスちゃんとは真逆だ。まるで脂ぎった肉団子が歩いているようなものじゃないか。見ているだけで胸焼けしてくる。しかし、こうなってくると、もはや容姿よりも彼女達の健康状態が心配になってくる。あらゆる生活習慣病をその身に受けているという感じだ。

 

 

剛成さんが、信じられない、という表情で中心部の女性達を見ている。この表情は普段、男の人が私達に向ける表情だ。驚愕と嫌悪が混ざった表情。でも、剛成さんの場合は前者の方がほとんどみたいね。露骨に嫌悪したりはしないのかしら。

「あの人達、見てどう思う?」

「いや、失礼な言い方をするけど生きてるのが不思議だよ」

「ふふ、ちゃんと生きてるわよ。ただ寿命はそこまで長くはないわ」

 

 

里の女性の寿命は最高でも40程度である。ふくよかさが美人の最低条件であるため、太るためにわざと鯨飲馬食を習慣化するのだ。当然、そのような不健康な生活をしていれば、病気がちになる。それでも美しくあるために女性は身を削って努力をするのだ。

ただ、体質の都合上、努力をしても太れない女性も当然存在する。そういった女性は健康的であり、寿命が長い。しかし、よほど運が良くなければ家庭を築くという幸せを手に入れることはできず、大抵の人は細々と暮らしていくしかないのだ。人間なら体質を言い訳にできるが、妖怪になってくるとそれすらできなくなる。肉体は健康そのものであり、美しくあろうとする努力そのものが許されない。

短命だが、男と結ばれ家庭を築き、子宝に恵まれ、幸せを謳歌する人生と、長命だが、婚約することすらなく、地道に仕事をして、ひっそりと暮らしていく人生。どっちが勝ち組なのかは考えるまでもない。

 

 

 

周りが奇怪な目を向けてくるのは分かっていたけど、なんだか少し優越感に浸れるわね。不釣り合いなカップルかもしれないけれど、剛成さんの秘密を知っているのは私だけなのよ。あなた達には理解できない異次元の存在―私に無償の愛をくれる奇跡の存在。こうして私の側に居てくれて、歩いているときも時々こちらに歩幅を合わせてくれる。たどたどしいながらも、その気遣いが嬉しい。愛されていると実感できる。突拍子もないお話だけれど、もし今この場所に怪物が現れたら、彼は私を守ってくれるのでしょうね。お姫様を護衛する騎士のように、あの絵本に出てくる妹を助けるお兄さんのように。私を優しく抱えてどこか安全な場所に連れ去ってくれるのかしら。

 

 

 

 

 

 

「あの人、今ハンカチ落とした。ちょっと行ってくる」

「えっ、よく見てなかったわ」

突然のことで困惑している私をよそに、剛成さんは早歩きで近づき、ハンカチを拾い上げ、持ち主と思われる女性を呼び止める。

 

その女性は私とは違って美人に分類される人であり、ハンカチを手渡しした彼はその女性と何やらお話を始めてしまった。

 

突然、私の心に影が差す。彼が戻ってきてくれることは知っている。でも、私から離れて他の女性のところにいってしまうようで、面白くない。それにあの女の人は彼にとっては醜い(・・)はずだ。どうしてわざわざそんな人の元に行くの、どうしてわざわざ親切にするの…。

 

気がつけば往来の真ん中で一人ぽつりと立っている私が居る。そういえば、神社からここまで剛成さんとずっと一緒に歩いてきたのか。彼の隣に居たから堂々と歩いて居たけれど、一人になった私はただの醜い少女…。そっか、私は本来ここに居るべきではないのね。

 

 

 

 

「ごめん、ちょっと話が長くなっちゃった」

落としたハンカチを拾っただけなのに、いろいろと聞かれてしまった。外来人で、仕事を探している、と言ったら、あなたみたいないい体した人は大工さんにぴったりだわ、なんて言われて、親切に場所を書いたメモまでくれた。

 

「…ううん。大丈夫よ」

なんだかアリスちゃんの元気がない。さっきまで楽しそうにしていたのに。

 

「その紙…」

「ああ、これはね。さっきの人が親切にくれたんだ。俺みたいな図体でかい奴は大工みたいな力仕事に向いてるって」

「…そう、良かったわね」

本当にどうしたのだろう。喜んでくれているようだけど、どこか寂しそうだ。

 

「場所、教えてもらったからこれから行ってみようか」

「…一人で行って」

「えっ、どうして?」

「…私が居たら邪魔になっちゃうかもしれないわ。こんな顔だし」

「そんなことは…」

そんなことはない、自分はそう断言したかった。アリスちゃんは付き添いに来ただけだ。実際に働くのは自分なのだから彼女の容姿は関係ないだろう。でも、目の前のアリスちゃんを見て不思議と口がすぼんでしまった。

 

「いいの、気を遣ってくれなくても」

じゃあ、私、門の外で待ってるわね、アリスちゃんはそう言うと逃げるように元来た道を戻ってしまう。追いかけようとしたが、できなかった。まるで全身が岩のように固まったように俺は小さくなる彼女を見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い…、凄いわ!健一さん!これで30人目よ!」

「ハア…ハア…、ありがとう」

既に満身創痍の僕に対して、狂喜乱舞した霊夢ちゃんが言ってくる。

おかしいな、僕は人に話しかけるのは得意ではなかったはずなのに…。大学のサークル勧誘のビラ配りだって苦労しながらノルマを達成していたはずなのに…。

博麗神社の宣伝のために、現在僕は『大入』と書かれたお札を売っていた。妖怪退治を生業としている霊夢ちゃんがいつも持ち歩いている退魔の札だ。華扇ちゃんの案で試しにこれを売ってみてはどうかと言われ、僕が売り子をすることになったのだ。大切な武器を売っていいのかと聞いてみたが、掃いて捨てるほどあるから別にいいとのことだった。そもそも今回、博麗神社の宣伝自体が行き当たりばったりのものだったので、売り物となりそうなものがこれしかなかったというのもあるが。

 

「健一さん、ちょっと休憩にしましょうか。門の近くに行きつけだった蕎麦屋さんを見かけたのよ」

華扇ちゃんの言う通りだ。小一時間ばかり働き詰めだったため、お腹が空いたし、のども渇いた。時刻も既にお昼を回っているだろう。

 

霊夢ちゃんと華扇ちゃんは少し離れた場所で様子を見るだけで、実際に売り子をしていたのは僕一人だったが、二人がいなかったらこんなに上手くはいかなかったと思う。理由は簡単で僕の精神が持たないのだ。当然お札を売りつける相手は女性が多く、彼女達は皆、幻想郷基準での美人(・・)なのだ。とどのつまり、僕にとっては空前絶後の不細工さん達の相手を嫌でもしなければならない。10分に一回は二人のところに戻って癒やされないと身が持たない。

 

 

 

「あれって、アリスじゃない?」

門のすぐ外に目を向けながら霊夢ちゃんが言う。

そこには若干ウェーブのかかったセミロングの金髪に、青と赤を基調とした女の子が一人ぼっちで立ちすくんでいた。

「どうしたんだろう、行ってみようか」

僕達三人は蕎麦屋の前を過ぎて、門を潜った。

 

 

 

 

 

 

「はあ…、ほんっとアンタって子どもよね。前に七色魔法莫迦って言った気がするけど、七色魔法クソ餓鬼に訂正してやるわ」

「な、なによ…。所詮二色のくせに」

「まあまあ、霊夢、その辺にしときなさい。」

霊夢ちゃんとアリスちゃんが口論を始めてしまった。口論といっても一方的に霊夢ちゃんがアリスちゃんを泣かせているようにしか見えない。華扇ちゃんがそれをなだめようとする。

「霊夢ちゃん、流石に言い過ぎ。その辺にしておきなよ」

覇気の無い声で霊夢ちゃんをなだめる。こんなことで彼女の言葉の剣が鞘に収まるとは思えないけど…。

「えっ…あ、そ、そうね。言い過ぎたかしら…。…アリス、悪かったわね」

ありゃ、意外にも素直に従った。急に態度を変えて渋々謝り出した。まあ、口論が終わるなら、それで良しとしよう。このままじゃ落ち着いて話し合いもできないからね。

 

 

 

ふう、危なかった。危うく健一さんに嫌われる所だった。確かに私とアリスの口喧嘩なんか見ていたくもないものね。これからは健一さん達の前では自重しなきゃいけないわ。それに気づかせてくれた点は感謝してあげるわ、アリス。だからは謝ってあげる。魔界(おやもと)を離れて、少しは大人に近づいたと思っていたのにまだまだお子様ね。一緒にいる男の人が他の女と少しお話しただけでいじけるなんて、遊び相手を取られた子どもの姿そのものよ。私を見習いなさい、アリス。健一さんが他の女とお話ししていても別に拗ねたりはしないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ…、アリスちゃんに会いたい。俺は目の前の女性から目をそらし、吐き気をこらえながらそう思っている。あの後、渡されたメモの通りに大工の仕事を管理している場所に来たのだが、その管理者は当然のように幻想郷での美人(・・)だったのだ。そして、その隣には俺にメモを渡した女性が居た。どうやら俺は担がれたらしい。故意に落としたハンカチを拾ってくれる程の男が欲しかったということなのだろうか…。今度からは気をつけなければ…。幻想郷(ここ)の女性は計算高いらしい。

 

容姿で人を判断するのは正直気が進まないが、限度というものがあるのかもしれない。管理者さんがいろいろと説明してくれているのだが、全く頭に入らないのだ。俺は脳内にアリスちゃんの姿を浮かべながら、必死にこの苦行に耐えていた。早く解放して欲しい…、これまでの人生でこんなにも逃げ出したいと思ったことはない。大学受験、バイトの面接、サークル勧誘、就職インターン、セミナーの発表…、どれもそつなくこなしてきた俺だが、今回ばかりは無理だ。前に長風呂をしてのぼせたことがあったが、それに近い。玉のような汗をかき、過呼吸気味になり、全身の血の気が引いていくような感覚だ。今すぐ仰向けになって倒れるように休みたい…。

 

 

じゃあ、明日から来てね、と言われて面談は終わった。話なんて禄に聞いていなかったが、内定が出たらしい。俺は管理者に一礼すると、半ば放心状態のまま外へ出た。手にはいつの間にか受け取ったのか2枚目の紙が握られていた。仕事内容とかが書かれているのだろうか…、後で確認しよう。今は余裕がない。

外に出た俺は深く深呼吸をする。ふう、危なかった…、もう少し面談が長引けば確実に吐いていた。全く恐ろしい…、30分程対面しただけなのに、心身共に深刻なダメージを受けるとは。

 

…思えばアリスちゃんがずっと隣に居てくれたから俺はこの中心部を歩き回ることができていたのかもしれない。彼女はブラックコーヒーの中のひとつまみの砂糖のように、隣で俺の癒やしになってくれていたのだ。もしかしたら俺はそんな彼女にとんでもないことをしてしまったのかもしれない。それが何かは分からないが、失神寸前を体験したことにより浮上した直感がそう告げていた。今からでも間に合うだろうか。彼女は門の外で待ってくれているだろうか。とにかく謝りに行かなければ、俺は息の上がった体に鞭打って、千鳥足で門の方へ歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

「それはお前が悪い。この朴念仁が」

「なっ…やっぱり、そうなのか」

私の前で拓実さんが剛成さんをたしなめています。拓実さんから聞いたのですが、お二人は高校からのお付き合いだそうですね。しかも男子校だったそうです。

男子校…なんて素敵な響きでしょう。いろいろな男子学生さんが勉強に運動に日々励んでいらっしゃるのですよね。真剣な眼差しで授業や試験に臨み、部活動に汗を流す男の園……男性特有の汗臭さが染みついた教室、運動後の休み時間には半裸で過ごす……ああ、イケない妄想までしてしまいます。拓実さんは、むさ苦しいだけだよ、と言いますけど、私からしたら天国のような場所なのですよ。

早苗ちゃんがうちの高校に来たら絶対モテモテだよ、毎日のような告白されたり、ラブレターを貰ったりするに決まってる、だなんて嬉しいこと言ってくれますね。一度でいいから拓実さんの母校に行きたいです。おっと、これ以上は高望みというものですね。今でも十分幸せなのですから。

 

 

私達の守矢神社の信仰活動は順調に進みました。拓実さんは持ち前の容姿を活かして、次々に信者さんを獲得してくれたのです。里に残っていた蛇の祠の前で、守矢神社の宮司を名乗り、御利益について当てずっぽうながらも一生懸命説明してくれてありがたい限りです。出張賽銭箱という体で、自らのハットの中にお金を集めていましたね。まるで大道芸人さんのようでした。

そして、演説が終わる度に、早苗ちゃーん、疲れたー、と言って甘えてくれるのが最高に可愛かったです。後ろから私の肩に手を回して寄りかかってくるんです。ああ、なんて幸せなんでしょう。別にそのまま私の胸に手を当てて揉みしだいてくれても良かったのですけど流石にそこまでしてもらえませんでした。今度二人きりの時に迫ってみましょうか。拓実さんがちらちら私の胸を見ていること、実は気づいているんですよ。ほっそりした体に不釣り合いに大きな胸なんて一般的(・・・)には醜いだけなんですけど、拓実さんにとっては魅力的なんですね。

 

信仰活動を終えた私達は団子屋さんでお昼休憩をすることにしました。ただ、私のような女がお店に入ると、周りの反応が怖いので、団子を買ってから比較的人気の少ない休憩所に行くことにしました。拓実さんは、気にするなと言ってくれましたけど、私のような女はどうしても気にしてしまうのです。里が二分化する前も信仰活動以外では滅多に里には来ませんでした。里のお店の利用も生活に必要な最低限の物を買うだけに留めていたのです。

休憩していると、何やらどっと疲れた様子の剛成さんが近くを通りました。なぜかアリスさんが一緒にいなかったので、私達は彼を呼び止めたのです。

 

どうやら彼は大工さんとして働けることになったようですね。男性の象徴のような身体付きをしている彼にぴったりです。でも本人はあまり喜んではいないようでした。なんでも半ば強引に連れてこられたようなものだそうで…。ご愁傷様です。

 

 

 

「そういうところが鈍いんだよな、お前は」

「どういうことだ…?」

「はあ?いいか、アリスちゃんはお前のために一緒に付いてきてくれたんだぞ、それなのにお前は別の女と喋り始める。これがどういうことか分かってるのか!」

なるほど、アリスさんは拗ねてしまったのですね。宴会の時に一言二言話す程度しか関わりはないのですが、都会派気取りの大人っぽい印象しか見受けられませんでした。でも、意外と可愛らしい所があるのですね。まあ、外見はお世辞にも可愛らしいとは言えませんがね。霊夢が以前、私にとってアリスは餓鬼同然よ、と言っていた理由が分かりました。新参者の私は過去の二人を知らないのですが、その片鱗を垣間見た気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―そっか、剛成君も悪気はなかったと思うけど、アリスちゃんからしたら嫌だったよね」

結局、僕達はアリスちゃんを連れて件の蕎麦屋さんへ入った。路上では落ち着いてお話もできなかったため、どこか落ち着ける場所が欲しかったのだ。彼女達がお店に入っても、追い出されはしないかと懸念したが、蕎麦屋の店主は、意外にも快くお店に入れてくれた。何でも以前人里で霊夢ちゃんが戦った時、その賭博で一山当てたらしい。だから、無碍にはできないとのこと。それに客を選んでいては商売人としては二流だそうだ。里が二分化した今となっても元の場所から店を移さなかったのは、里の有力者に対する店主なりの抵抗であり、商売人としての矜持の現れなのかもしれない。中心部の住人があまり寄りつかない門の近くだから客足が途絶えてしまってはいないか心配だが、そこまで踏み込んで聞くことはできなかった。

ここの立地のせいなのか、はたまたお昼時を過ぎていたからだろうか、僕達の他にお客さんはおらず、僕達は4人掛けの席に堂々と座ることができた。隣に霊夢ちゃん、前方にアリスちゃん、右斜め前に華扇ちゃん。先に座った霊夢ちゃんが隣の椅子をポンポンと叩きながら、健一さんはこっちなんて言うものだから、催促されて僕は隣に座ることになった。当然、華扇ちゃんは少しむすっとしていたけれど。

 

話を僕の目の前に戻す。確かに、自分が信じて一緒に付いてきた男が他の女の人を話し始めたらいい気分ではないよね。僕がアリスちゃんの立場だったら、同じことを思ったかもしれない。まして、僕達が会った女の子達はずっと男と縁の無い生活をしてきたものね。突然自分に好意を寄せてくる男が居たら、余計に傾倒しちゃうのは当たり前か。

 

「霊夢ちゃんはああ言ったけど、アリスちゃんは別に気にしなくていいと思うよ。そういう気持ちは人間なら当たり前に持っているものだから」

「…そう?」

「そう、だからアリスちゃんを僕は攻めたりはしないよ」

「もう、健一さんったら優しすぎ、そんなこと言ったら余計にアリス(こいつ)は調子づくわよ、それに人間じゃないし…」

「そんなことないわよ、私だって元人間だもの。心は人間とほとんど変わらないわ」

どうしてこうも霊夢ちゃんはアリスちゃんに厳しいのだろうか。さっき、落ち着いたと思ったらすぐこれだ。いや、この場合は厳しいというよりはどこかお節介に近いのかもしれない。まだまだ成長途中の幼馴染みを放っておけない、少し背伸びした一方的な感情をぶつけているのだろうか。二人とも背丈はほとんど変わらないけど、僕目線で言えば、どちらかと言えばアリスちゃんの方が大人びた雰囲気を漂わせているんだけどな。

こうして目の前から見ると本当に可愛らしいな、剛成君(かれ)はアリスちゃんと出会えたことを神に感謝すべきだと思う。おっと、これ以上じっくり見てると隣の目線が怖いからやめておこう。ここは彼の友達としてアリスちゃんに言っておくべきことを言っておかないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前はアリスちゃんの気持ちを踏みにじったんだよ」

拓実の言う通りだ。俺はなんてことをしてしまったのだ。アリスちゃん達が今までどんな気持ちで過ごしてきたのか、それを考えていなかった。非常識(・・・)な俺達だけが気をつければ良いと、ただそれだけしか頭の中になかった。それよりも大切なことがあるじゃないか、彼女の気持ちという最優先にすべきことが…!

今まで容姿の事で散々嫌な思いをしてきたはずだ。そして、やっと自分の容姿を認めてくれる者が現れた。だが、そいつが恵まれた(・・・・)容姿の女に話しかけ、お喋りを始める。朴念仁と揶揄される俺でも分かる。彼女がどれほど悲しい思いをしただろうか…、どれほど悔しい思いをしただろうか…。

 

 

「…俺はなんてことをしてしまったのだ」

剛成さんから後悔の念が染み出しています。話を聞く限り、アリスさんが勝手に拗ねただけだと私は思うのですけど…。彼はそれに責任を感じているようですね。真面目な方なのですね、でも、そういう性格の人って何かと苦労しますよね…。私も似たタイプなので、よく分かります。

 

「お前が率先して人に親切にすることは俺もよく知っている。だけど、一緒に付いてきてくれたアリスちゃんの気持ちを少しは考えろ」

「でも、そんなに気に病まないでくださいね。進んで人のために動けることは美徳だと思います。アリスさんもきっと分かってくれますよ」

そうです。アリスさんはきっと幻想郷の中では分別のある方でしょうから。案外、アリスさんの方も後悔してるかもしれないですね。

 

「早苗ちゃんが優しくて良かったな、感謝しろよ」

「ああ、二人ともありがとう」

「お礼を言う暇があるんなら、早くアリスちゃんの元へ行ってやんな」

そうだな、行ってくる、と言った直後、剛成さんは走って門の方へ行ってしまいました。それにしてもお二人は本当に仲がよろしいのですね。拓実さんが暴走すれば剛成さんが颯爽と止めに入り、剛成さんが行き詰まった時には拓実さんが的確に助言する。信頼関係が無ければできないことです。

 

「ふう、全く世話の焼ける」

「なるほど…、こうやって高校時代からお互い切磋琢磨してきたのですね」

「ははは、そんな大層なものじゃないさ。ただの茶番だよ」

まあ、あいつは俺のマブダチだからな、そう言う拓実さんはどこか満足げな表情をしていました。

 

「さて、私達も追いかけましょうか。紫さん達から一度博麗神社に戻るように言われていますから。ちょうど信仰活動も一段落したところですし」

「そうだね、行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリスちゃん、本当に申し訳なかった…!」

剛成さんが90度近くまで頭を下げる。自分より遙かに大きい人に謝罪されることに驚愕と少しの恐怖を覚える。巨大な彼の影は細身の私をすっぽり覆い、一瞬夜になったかのように錯覚する。

いや、呆気にとられている場合ではない。私の方こそ言わなければならないことがある。

親切心で他の女性に手を差し伸べた彼を見て、拗ねて、一緒に行こうと言ってくれた彼から勝手に逃げ出して、霊夢に幼さを指摘されて怒って、そんな私の元に走って戻ってきてくれた彼に、あまつさえ、自分には何も落ち度がないのに謝ってくる彼に…。

 

 

「…わ、私の方こそごめんなさい!」

そうだ。私は意味も無くいじけていただけだ。今まで男の人に優しくされたことなんてなかったから、勝手に舞い上がっていただけなのだ。森で運命的な出会いをしたからと、私は選ばれた存在だと。だから、彼が他の女性に親切にする所を見て、一方的にショックを受けて、子どものように逃げた。それが、彼の人柄の良さであることにも気づかずに…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…全く、とんだ茶番だよ」

「まあ、いいじゃない。二人のすれ違いが解決したんだから」

里からの帰り道、若干離れた場所からアリスちゃん達を見ながら拓実君と話す。拓実君は茶番だって言うけど、二人の誤解が解けたのならそれでいいと思う。これからここで暮らしていくのだから、こういったことは解消していかないとね。僕達もこれから先似たような状況に陥ることがあるかもしれないし。

 

「早苗ぇー、守矢の信仰はどうだったの?」

霊夢ちゃんが自信たっぷりに言う。まあ、あれだけお札が売れたのだから気持ちは分かるけど。

 

「あら、問題ないわ、この通り」

早苗ちゃんが懐から巾着袋を取り出す。中には大量のお金が入っているらしくジャラジャラと音がしていた。

 

「それならうちも問題ないわよ、ほら」

霊夢ちゃんも負けじと巾着袋を取り出す。

 

「こらこら、二人とも信仰はお金が全てではないでしょう。欲深い神社に信仰など集りませんよ」

流石は華扇ちゃんだ。お金よりも気持ちが大切だと僕も思う。

 

「それに、これは健一さんと拓実さんのお陰で集ったものです。あなた達が誇るものではありません」

「何言ってんのよ、アンタだってさっき喜んでたくせに。それに健一さんのお陰だってことくらい十二分に分かっているわ」

「そうですよ。私だって拓実さんへの感謝を忘れたことなどありませんよ」

「…それならいいんですけど」

皆はそう言うけど、僕達だけでも上手くいかなかったとつくづく思う。霊夢ちゃんと華扇ちゃんが居なかったら、僕は二回目の死を迎えていたかもしれない。

拓実君にも確認したが、僕と同じだった。クロールの息継ぎのように早苗ちゃんの元に戻ってボディタッチしていたらしい。まだ、ABCのAすらしてないから安心しろよって言ってたけど、彼なら超えかねないな。

 

 

 

 

 

 

「ところで、小鈴ちゃん達はどうしてたの?」

私は健一さんと華扇とずっと信仰活動をしていたけれど、小鈴ちゃん達はどうしてたのかしら。

 

「質郎さんは鈴奈庵(うち)でお仕事をしていました。いやー、凄かったですよ、霊夢さん!まさか、質郎さん自らが家を回って本の貸し出しをするなんて、今までは基本お店に来て貰うことがほとんどでしたから」

「僕もこんなに上手くいくとは思いませんでしたよ。一路順風(いちろじゅんぷう)万事如意(ばんじにょい)、正直怖いくらいです。今まで営業なんてやったことがないんですけど…」

「男の人が売り子をするとこんなにも儲かるんですね。それに、質郎さん、人に本を薦めるのがお上手でしたよ」

「大学でビブリオバトルのサークルに入っていて良かったです。その経験が生きました」

びぶりおばとるって何かしら。まあ、上手くいったようで良かったわ。うちのお札に限らず男性が商売をすると、大勢の女性客が釣れるのは間違いないようね。健一さんにはこれからもぜひうちの宮司として働いて欲しいものだわ。勿論、無理のないようによ。私ができることなら何だってするわ。もし夜伽を頼まれても…いや、寧ろ頼んで欲しいわね。私はいつでもウェルカムよ。

さて、そんな妄想はさておき、小鈴ちゃんは何かしら企んでいるようね。前に占いにはまって怪しい商売をしていたことがあったけど、その時みたいな表情をしているわ。それにこの子、絵巻に取り憑かれて妖魔になりかけたこともあったわね、あの時は、不意打ちとはいえ、実力者である魔理沙がやられたこともあって私も焦ったわ。もうあの時みたいな面倒事はご免よ。まあ、男の人が側にいるなら自重を覚えるとは思うのだけれど。

 

 

 

 

 

 

ふふふ、明日からも質郎さんは鈴奈庵の売り子さんとして働いてくれる、これを機にうちも里の有力者としてのし上がることができるかもしれない。その暁には、稗田家と寺子屋を復興させて、ゆくゆくは里を支配、そして、質郎さんとゴールイン…!私の人生は薔薇色だわ。その傍らで妖魔本収集も進められるといいわね。質郎さんは妖怪に関する深い知識があるみたいだし、妖魔本の話を楽しそうに聞いてくれるもの。ぜひ僕も集めてみたいものです、なんて言ってくれたし、幻想郷の全ての妖魔本が私の元に集るのも夢ではないのかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリスちゃん、俺はいつまでこうしてればいいの?」

「神社に着くまで」

「ああ、分かった」

 

お姫様だっこ、最高だわ。私の背中と膝裏に回される丸太のように逞しく太い腕、時々耳に触れる固いながらも頼りがいのある胸板、ほんのり香ってくる汗の匂い、彼の全てが私を夢見心地に誘う。このままちょっと眠っちゃおうかしら。

 

 

まさかお姫様だっこをねだられるとは。昨日の夜もベッドまで運んだが、今は後ろに皆いるのだ。恥ずかしいったらありはしない。

俺の両腕に抱かれたアリスちゃんはいつの間にか気持ちよさそうに眠っていた。彼女の呼吸に合わせて女の子特有の柔らかい感触が腕を通じて俺の全身に響き渡る。彼女の華奢な体はとても軽く、繊細で、まるでガラス工芸のようだ。神が綿密な計算の果てに作り上げた至高の芸術作品、そう形容するのが妥当だろうが、その表現はあまりにも無機物的すぎる。腕の中で幸せそうにすやすやと寝息を立てる彼女は、確かに有機的な存在であるのだ。その表情は平穏と安堵に満ちていて、親の側で眠る幼子のようであった。それを見ている俺の心の中には一種の父性のようなものが目覚めていることに気づく。彼女が安心できるなら俺はずっとこうしていようか。神社まであとどのくらいだろうか、そこに着けば俺はこの任務から解放される、否、そこに着けばこの時間は終わってしまう。決まりが悪くかつ不慣れな状況から逃れようとする羞恥と転脱、眼下の眠り姫を守ろうとする自負と執着、矛盾した二対の感情の渦に飲まれながら、俺は神社へと歩みを進めるのであった。

 

 




ここまでのご精読お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
デレデレのアリスちゃんもいいと思います。

またしばらく更新できない日が続きそうです。本当に申し訳ございません。
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