うっかり怪人♀になってしまったっぽいが、ワンパンされたくないので全力で媚びに行きます。   作:赤谷ドルフィン

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釣った魚に餌をやる

「ギャハハ! 我らは怪人戦隊ツマーズ!」

「貴様は食べられず捨てられてばかりの刺し身のツマの気持ちを考えたことがあるか!?」

「我々の痛みを知れェーッ!」

 

 Z市中心街──静かな昼下り、突如その平穏を乱す危険因子が姿を現した。

 おそらく、ゴーストタウンとなった郊外から乗り込んできたのであろうその3体は、歩行者天国を悠々と占拠し。

 

「紫蘇が化身、ツマーズ・ワイフ!」

「大根が化身、ツマーズ・ソード!」

「生姜が化身、ツマーズ・ホット!」

 

 格好は子ども向け番組のヒーロースーツのようだが、その顔面はそれぞれ、巨大な青じそ・大根の千切り・すりおろししょうがで覆われている。

 イメージカラーは、そのスーツの色から察するに上から緑、白、黄か。

 突然、交差点の中央に現れた異様な集団に。

 道行く人々の間には一瞬の沈黙が流れ。

 

「……うわあああ!」

「なんか変なのが出たぞぉお、逃げろーっ!」

 

 それから、蜘蛛の子を散らすように大通りから走り去っていった。そんな中でぽつんと取り残される、一般通行人Aこと──俺。

 

「……ん?」

 

 最初に俺へ目をつけたのは、ツマーズ・ソードだった。刺し身の下に敷かれてる大根って、ドリップを吸うから生臭くなるんだよな。

 

「逃げないとはいい度胸だな人間……我々の味わってきた苦痛、たっぷりその身に刻み込んでやる!」

「一枚の紫蘇にも五分の魂!」

「山葵にお株を奪われがちなこの苦しみ、貴殿に受け止められるかな!?」

 

 紫蘇、大根、生姜。

 確かにそこそこ代表的なツマだ。確かにしょうがは、わさびであるほうが多い気もするが。

 しかし、何かが足りない。

 そんな気がする。

 何か、何かが──

 

「食用菊の化身はいないんです?」

 

 ぴたっ、と。3体の動きが止まり。

 

「………………」

 

 無言で異形の顔を見合わせてから、

 

「最近プラスチックで代替されがちだし妙に高い自意識がウザかったからリストラした」

「くく……ヤツは我らが戦隊の中でも最弱」

「ツマーズの面汚しよ……俺と色カブってたし」

「えっ仲間割れしたんですか?」

 

 驚愕の事実だった。同じ怪人、同じチームの中でもカーストは存在してしまうのか。

 

「弱いもの同士でいじめ合ってどーする」

「ギャアアア!!」

 

 3体まとめて急速冷凍のち、破壊。

 まだ見ぬ食用菊の化身に、合掌。名前はツマーズ・スメルとかだろうか……知らんけど。

 

「……ふー」

 

 誰もいない交差点の中心で、細く息を吐く。

 実は午前中にも一体倒してきたばかりなのだが、本当にZ市は怪人のメッカだ。特にレベルが高いとかそういうことはない、というのが、唯一の救いだろうか。

 

「もう帰ろうかな」

 

 そろそろ頭痛が来そうな感じもするし。

 今日はもう、じゅうぶんに仕事しただろう。緊急事態なら出動はやぶさかでないが、こんな虎だか狼だかのレベルなら他に任せたい。

 踵を返して、彼らがやって来たであろう、ゴーストタウンの方角を目指す。

 

 

 ──気づけば、ヒーロー活動を始めて早1か月。

 今のところ代わり映えしない日々を送っているが、それについて特に不満はない。

 順位は上がったり下がったり。

 C級ほどではないがB級もそこそこ激戦区で、フブキ組以外のメンツはわりと変動が激しい。

 

「おちんぎんが出たのは嬉しかったな」

 

 歩きながら、数日前に振り込まれたばかりの初任給についてぼんやり考える。

 大した値段ではなかったが、俺の場合、すぐに家賃や光熱費に消える訳ではないので良い。じゅうぶんありがたい金額だ。

 怪人をちょっと倒せば、金が貰える。なるほど、額面通り捉えれば、確かにスイリューの言うとおり割のいい仕事なのかもしれない。

 ただし、

 

「……このまま、無理しない程度に続けられればいいんだが……」

 

 “無理しない程度に”。

 それが可能なら、という話だが。

 自分じゃ敵わないレベルの怪人というのは必ずいるし、身内の争いも面倒臭い。

 何より、俺について言えば『怪人化』という爆弾を常に抱えながらやっている訳で。楽な仕事とはとても言えない。

 

「協会に報告もそこそこ面倒臭いし」

 

 指定の報告書に必要事項を記入して提出。必須ではないが、しないと業績に繋がりにくい。

 これがまたややこしいわりに細かくて。記入ミスがあると普通に送り返されてくる。死。

 そこまで考えて、

 

「……普通の会社と変わらんかも」

 

 下手に自由な分、面倒臭いまである。

 信号が変わった横断歩道を渡ろうとして。

 路肩に止まった黒塗りのセダンから、エスコートされて現れた黒髪の女性。

 見覚えがあって。それが誰かに思い当たり、やべえ、と思うより早く。

 目が、合ってしまった。

 

「──あら、セツナ」

 

 げ。

 ……を飲み込んで、笑顔を取り繕う。

 

「……こんにちは、フブキさん」

 

 どういう訳だか、あの初顔合わせで何やら彼女の琴線に触れるものがあったらしく。

 妙に、良くしてもらっている。

 申し訳ないが、適当にあしらってくれたほうがよっぽど心穏やかだった。いつサイタマとのバッティングが発生するか、ひやひやものである。

 

「仕事終わりかしら」

「ええ……今、倒してきたところで……」

 

 それに、あんなワンピースを仕事で普段使いなんてできず。結局、ポニーテールにスポーツウェアのラフな格好を晒しまくっている。

 せめてもの抵抗でキャップの鍔を引き下げ、パーカーのフードを被り直す。

 その下を、なぜか腰を屈めてまでわざわざ覗き込んでくるフブキさん。

 

「………………」

「…………あの……?」

 

 綺麗な顔が近くて嬉しい、とは思えなかった。

 意図が読めなさすぎて、単純に怖い。おそるおそる聞き返すと、

 

「あなた……メイクとかしてる?」

 

 ──!?

 予想外の問いかけに、頭が真っ白になる。

 化粧? ケア? ……してる訳がない。

 髪を梳かすくらいなものだ。

 俺は前世でだって美意識なんか欠片もなかったのだ。容姿が変わったからって、それをきちんと活かそうなんて気にはとてもならなかった。

 つまり、盲点だった。

 

「ぃ……いえ……すみません……」

 

 震えて縮こまる俺、微かに目を瞠るフブキ。

 女子力たったの5か……ゴミめ……とか思われたんだろうか。

 言うまでもなく、俺はスカートでしずしず歩くことなんてできないし、ハイヒールを履けば1歩ですっ転ぶだろう。女性的な美しさを演出する努力なんて、何ひとつしてこなかった。

 しかし、フブキは穏やかに、

 

「いいのよ。……あなた、基本的なケアはすごくしっかりしてるみたいだから、ちょっともったいないなと思っただけ」

 

 いや、それはそれで。

 基本的なケアって、脱毛とか眉毛カットとか肌ケアとか歯列矯正とかでしょうか。

 そこを頑張っていたのは“俺”ではなく“セツナ”さんで、俺は単にその甘い汁を流れで吸っているだけなんですが。毛が伸びたりとかそういった代謝も失われてしまい、何もしなくても綺麗な状態が保たれているだけで。

 “俺”に美容の知識はいっこもないです。

 さらに肝が冷える俺の頬に、

 

「…………そうね……でも、チークを入れるだけでも顔色が良く見えるんじゃない?」

「ひぇ」

 

 フブキの、白魚のような手が触れてくる。

 戦うヒーローのそれとは対極に位置する、なめらかで美しい指。冷たいんじゃ、などとはとても口に出せなかった。緊張しすぎて。

 

「どう?」

 

 どう、とは。この状況で逃げ道があるのか。

 というか、何に誘われているんだ。

 

「……お、お言葉に甘えて……?」

 

 とりあえず、頷いておく。

 決まりね。フブキは嬉しそうに手を叩いて、立ち話に合わせて直立不動だった部下に向け、顎をしゃくる。確かヒーローネームは山猿、の彼が再び開けてくれたドアに乗り込むフブキ。

 山猿に頭を下げ、俺も後を追う。

 

「ありがとうございます……素敵なお車ですね」

「そうでしょ? ほら、隣座って」

 

 おそらく、フブキ組が頑張って金を貯めて購入した車だろう。

 座席を軽く叩いて催促してくれるので、ありがたくそこに腰掛ける。新しい革の匂いだ。

 バックミラー越しに、睫毛バシバシの男性と目が合った。

 

「……フブキ様、その女性は……?」

「最近B級に入ったセツナよ。話したでしょ」

 

 いや話したって何をっすか。

 言い知れぬ不安を覚えつつ、とりあえず、幸いにも記憶があった部下の彼らに挨拶する。フブキに次いで2位と3位のコンビだ。

 

「は、はじめまして……マツゲさん、山猿さん」

「ああ、どうも……」

 

 続いて、同じシートの一番端で縮こまる小柄な人影に気づいた。

 頭に花が(物理的に)咲いてる系女子。アイスブルーのメッシュがおしゃれ。

 

「こんにちは、三節棍のリリーさん」

「あ……ご存知でしたか」

「ええ、まあ……」

 

 確か70位半ばとか。こっちは単にかわいい女子だったから覚えてたとか言えねえ。

 なぜか照れるリリー。かわいい。

 

「予定が変わったわ。事務所に向かってちょうだい」

「かしこまりました、フブキ様」

 

 ワンパン世界のヒーロー……男にもアマイマスクという美意識の権化がいるし、性別はもはや言い訳にならないんだよなあ。

 そんなことを考えながら、スムーズに発進するセダンのシートに体を預けた。

 

 

 

 

「──見違えましたねえ、」

 

 事務所に連れ込まれ、ドレッサーの前に座らせられて、早30分。

 とりあえずはこれで良いんじゃない、というフブキのつぶやきを受け、俺の顔を覗き込んだリリーの第一声だった。見違えた。見違えたって、

 

「あ、いや、もともとお綺麗でしたよ!?」

 

 微妙に顔に出てしまっていたのか、14歳に気を遣わせてしまった。申し訳ない。

 

「……ありがとう」

「そうよね、セツナは元が美人だもの」

 

 自他ともに認めるクールビューティーであろうフブキさんに言われると、むずむずしますが。

 つい頭に手をやろうとして、髪も弄くられたことを思い出し、すんでで止める。髪型自体は同じポニーテールだが、大人っぽく抜け感を出したとか。何すかそれ。

 

「で……どう?」

 

 椅子を回されて、再び視界いっぱいに“セツナ”の顔が飛び込んでくる。

 惚けたような表情で、こちらをじっと見つめる若い女性。白髪に薄いブルーの瞳は既に人間離れしている、と言えるかもしれない。

 けれど。例え、色のついた粉で彩られた偽物だとしても。その薄紅色の頬も、唇も、確かに温かい血が通っているように見えた。

 

「……普通の人間みたいです」

 

 思わず、そんなことを言った。

 耳元でフブキがくすっと笑みをこぼす。

 

「そんな、大袈裟よ。顔色は良く見えるけど」

 

 大袈裟──か。

 鏡越しに、フブキの顔を見つめる。ここまで手ほどきをしてくれたのだから、彼女は言うまでもなく完璧にメイクを済ませているのだろう。

 けれど、彼女の肌は温かいはずだ。その皮膚の下には間違いなく熱い血潮が流れている。

 その差は、絶対に埋められない。

 

「まあ、今後するかしないかはあなたの自由だけれどね。モチベーションアップにも繋がるし、気が向いたら自分でもやってみて」

 

 肩を叩かれて、我に返る。

 ──意味のない思考だ。フブキはあくまで、善意からやってくれているのだから。

 そして、彼女が俺の事情を知ることは永遠にない。できれば、そうあってほしい。

 

「……ありがとうございます、フブキさん」

 

 鏡に映る“セツナ”の顔は、いつかホームページで見たあの笑顔に、似ている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──家まで送る、とフブキは言ってくれたが、今ゴーストタウンまで来られるのは非常に困る。

 ということで、昼間、ツマーズを倒した交差点付近まで車で運んでもらった。あの時とは違い、既に陽は落ちかけていて、街は薄紫色に染まっている。

 いつものように顔をキャップで隠そうとして、髪型が崩れるか、と思い直した。参ったな。

 できる限り裏道から帰ろうかな、と視線を彷徨わせたところで。再び、目が合った。

 

「……サイタマ、」

「セツナじゃねーか」

 

 げ、とは思わなかったが、ちょっとタイミングがずれていたらフブキと顔を合わせていた?

 全く、心臓に悪いことこの上ない。

 そんな俺の心境など、おそらくは知る由もなく。渡ろうとしていた横断歩道に背を向け、躊躇なくこちらに近づいてくるサイタマ。

 

「バイトでも行ってたのか?」

「まあ……そんなところだよ」

「ふーん?」

 

 もしかして、俺を探す用でもあったのか。

 思ったが、サイタマの反応は至って淡白だった。それから思い出したように、

 

「ま、ちょうど良かった。メシ食い行こーぜ。ネズミ寿司」

 

 ネズミ寿司。覚えのない名前だが、この世界ではチェーン展開している回転寿司店だ。

 前にサイタマと一度行ったことがあり、彼にはそれなりに行きつけの店らしかったが。

 そこでふと、頭に浮かんだこと。

 

「……今日はわたしが奢るよ」

「え、」

 

 初任給の使いみち。

 恩を返す親はもういないしな、なんて思っていたが、今の俺で一番近いのはサイタマか。

 彼は少し驚いたようだったが、

 

「いいのかよ。……いや、もともと割り勘の予定ではあったけど」

「うん」

 

 ついででそこを暴露してしまうあたりが、非常にサイタマらしい。

 普通の女性が彼に惚れたとして、まかり間違っても金銭的な甲斐性は期待しなさそう──と思うのは俺だけだろうか。

 

 

 

 

 まだぎりぎり夕方のネズミ寿司は、人が増え始めたかな、というくらいで。

 テーブル席も余裕で空いていた。目立たない端のテーブルを陣取って、一息つく。

 そうだ、ネズミ寿司といえば。

 

「……スタンプ貯まってきた?」

「おう。半分くらいか」

 

 元気よく答えてくれるが、別にそのわくわく感は共有できないし、したくもなかった。

 ちょっと安くて味は普通、というこのチェーンの特色。──クッソブサイクなマスコットキャラクター。もはやおぞましいまである。

 サイタマがコツコツとカードにスタンプを集めているのは、そのクッソブサイクなキャラクターのTシャツ欲しさなのである。

 全く、共感できない。

 

「お前も集めたら?」

「わたしは……大丈夫かな」

 

 あんなTシャツは罰ゲームだと思うし、それを着たサイタマの隣ははっきり言って歩きたくない。

 しかし、それを口に出さないのもまた優しさであろう。ただの自己中心主義ともいう。

 

「……お、サーモン」 

 

 マイペースに流れてきたネタを取るサイタマの横顔を、ぼんやり眺める。食欲がそもそもあまりないせいで、こういうビュッフェ的なスタイルだとちょっと困ってしまう部分はある。

 一品注文して終わり、勝手に料理が運ばれて終わり、というシステムのほうが楽。

 何もせず見ていたのを、同じモノを食べたいと勘違いされたのか。

 

「食うか? サーモン」

 

 2皿目を取って、なぜかこちらに差し出してくる。それを惰性で受け取りつつ。

 そういえば、見た目に何の言及もないのに気づいた。いや、それおかしくないか。

 

「ねえ、サイタマ……」

 

 湯呑みを傾けていたサイタマが、俺を見た。

 美的感覚ゼロの俺でさえ、ぱっと見て違いに気づいたのに。何か褒めたりしてほしい訳じゃないけど。誓って、何となく。

 

「わ……わたし、」

 

 何か──何か、思うこと、

 

「……そういえば、今日のお前──」

 

 来た。若干の緊張が走る。

 おそるおそる待った、次の言葉は。

 

「なんか……元気そうに見えるな!」

 

 ──なんか。元気そうに。見える。

 その瞬間、脳裏に、宇宙が広がった気がした。

 

「どした?」

「………………いや、」

 

 ちょっと、呆然としてしまった。

 男子は本当に気づかないんだなあ。

 前世の俺も含めての話だけれど。これじゃ、女子は大変な訳だ。

 

「……あははっ、」

 

 でも、次に込み上がってきたのは、笑いだった。どうして、というのは上手く言えない。

 それでも何となく可笑しくて、悪い気分ではなかった。ひとしきり笑って、涙を拭って。

 

「え、」

「ありがとう」

 

 テーブルへ無造作に置かれていたサイタマの左手に、そっと右手を重ねる。

 元気そうに見える。

 勘違いレベルでも、彼はそれを良いことだと思って口に出してくれたのだろう。それだけで、今は良い気がした。

 ……面白いのは間違いないけれど。

 サイタマは、困ったような、慌てたような表情で俺を見つめている。

 

「な……なんだよ……」

「ううん」

 

 思惑どおりには行かなかったが、不思議な満足感は得られた気がした。骨ばった手の甲を、そっと撫でる。

 

「元気なのは、サイタマのおかげだよ」

 

 彼は一瞬、呆気に取られたような表情をして。

 それからちょっと唇を尖らせて、顔を背けてしまった。非常に、わかりやすい仕草だった。

 重ねていた手も引っこ抜かれて、代わりに放置されていた皿を、こちらに押し出して──

 

「…………とりあえず、サーモン食えよ」

 

 いや、どんだけサーモン食わしたいねん。





次からようやく本編。やっと。

ありがたいことにたくさんの方に見ていただいたので、ワンパンマンの小説もなんやかんやで増えるかなと思ったんですが、今のところ全然そんなことはなさそうでちょっとショックです。

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