うっかり怪人♀になってしまったっぽいが、ワンパンされたくないので全力で媚びに行きます。   作:赤谷ドルフィン

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全部、夏のせいだ。

 今年もまた、夏が来た。

 

 そうめん茹でるから来いよ、というサイタマの厚意に便乗して、遅い昼食を済ませた昼下り。

 今日も外はドン引きするくらい天気が良くて、開いた窓から吹き込んでくる風は気持ち悪いくらい生温い。

 そうめんは美味しかったが、それ以上何もする気になれず。

 ただ、テーブルに突っ伏して、だらけている真っ最中である。近頃なんか、ものすごくだるいのだ。

 

「今日もだるそうだな、セツナ」

 

 カーテンのように顔へうちかかっていた長髪を、優しくかき上げてくる指。クリアになった視界で、サイタマが笑っている。

 明らかにやる気が普段の4割減なのに、その一言で済ませてくれる彼は優しい。

 

「……んー……」

 

 でも、今はそれに対して淑やかに応じる余裕もない。だるいんじゃクソボケ、とか口に出していないだけで偉いほうだと思う。個人的に。

 しかしまあ、体調不良の際には不機嫌になるのが普通なんだろうか。無理をして抑えるのも……とはいえ、『好きな人』の前では配慮をするか。

 ああ、考えがまとまらない。

 

「眠い。何でだろう」

 

 手足の骨が蕩けてしまったかのよう。

 立ち上がる気にも、姿勢を変える気にさえなれない。眠い、と言ったが、頭が回らない、というほうが正しいか。ぼうっと、生あくび。

 サイタマはそんな俺を神妙に観察していたようだったが、やがてぽつりと、

 

「暑いからじゃね?」

 

 暑いから。気温……季節のせい?

 

「……夏だから?」

「お前気づいてなかったのかよ」

 

 3年越しの“気づき”を得た。確かに、毎年同じ時期に体が怠くなっていたような。

 

「気温の変化をあまり感じなくて……」

「まあ、夏も冬も同じ格好だったよな」

 

 それにしても、季節と不調を結びつけられないのは思考能力がヤバいと言わざるを得ない。

 無意識のうちに人間らしい判断力が奪われているような気がする。

 

「大丈夫か?」

「んん……まあ、去年も一昨年も大丈夫だったから」

 

 雪女じゃあるまいし、気温では死なないだろう。

 いやしかし、彼が「生理か?」とか言い出さなくて良かったかもしれない。女性の不調としては的を射ている気もするが、そういうの無いカラダなんです、とは色んな意味で答えにくい。

 サイタマは横目でテレビを眺めている。無料の災害チャンネルしか映らないそうだが、あまり気にしている様子はなさそうだ。

 頬杖が崩れて、その指先がスキンヘッドの額を掻く。暇潰しというよりは、執拗に一箇所を。痒いのかな、とぼんやり考えて、ふと。

 

「……蚊に刺されたの?」

「おう。マジでムカつくよなあいつら」

 

 あっさり肯定された。サイタマにダメージを与えられる昆虫、政府が保護するべきだと思う。

 

「この部屋、ムヒとかねーんだよ」

「ああ」

 

 当然そんなもの俺の部屋にもない訳だが、話を振った以上そっかー、で終わらすのもどうかという気がしてきた。確か、蚊に刺された時の応急処置に使える豆知識があったような。

 

「刺されたところを冷やすといいとか」

「冷やす? ……お前が?」

「……? うん」

 

 よくわからない問いにとりあえず頷く。

 俺がいるのに冷凍庫からわざわざ氷を持ってきたりするのは、何の意義もない無駄行為では。

 

「触るだけで冷たいでしょ」

 

 サイタマは温冷感に鈍いようなので、触るくらいじゃあまり益にならない気もするが。

 特に異論が返ってこなかったので、そのまま進めようとして。直前で、はたと止まる。

 

「……あれ、温めるといいんだったかな。どっちだっけ、忘れちゃったかも」

 

 冷やすのが正解か、温めるのが正解か。

 クイズ番組の影響でそういう選択肢までは出てくるのだが、肝心の答えがくだらない引っ掛け演出の記憶に邪魔されて出てこない。

 ここで調べ直すのも興醒めかと思い、諦めることにした。すまんサイタマ。

 

「……よく覚えてないや。ごめんね」

「え」

「もし悪化すると良くないし」

 

 申し訳ないが、我慢してくれ。

 そういう謝罪を暗に忍ばせ、身を引く。くだらない会話の一幕であるし、サイタマも適当に流してくれると思ったが、

 

「い、いや……なんか冷たくするといいって聞いたことあるけどな?」

「そう?」

 

 本人がそう言うなら、構わないのだろうか。もしかして結構痒かったり?

 改めて身を乗り出して、微かに赤く腫れた部分へ手を当てる。

 

「どうかな」 

「おー……なんか効いてる気がする」

 

 そんなことをしたり顔で言うサイタマ。

 雑学的にもあくまで気休めで、根本的解決にはならないんだが。可笑しくなってしまう。

 

「何だよ」

「ううん。サイタマでも、蚊に刺されたら痒くなるんだね」

 

 まあな、と頷いてから、俺を見て。

 

「お前は刺されなさそうで羨ましいな」

「そういえばそうかも」

 

 こちらも今さらの気づき。

 肌が冷たいせいか。蚊が寄ってくるのは吐き出す二酸化炭素を検知しているとか、聞いたことがある気もするが。

 花粉症も、蚊に刺された痒みも、悩まされないだけで全く意識しなくなるもんなんだな。

 この体、意外と便利になっているのかもしれない。だからといって、尊んだり他人に勧めたりする理由には全くならないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくら夏でだるくても、ずっと家でだらだらという訳にはいかない。

 実際、昨日や一昨日なんかはそうしていたが、今日くらいは仕事をするべきだろう。

 ──という訳で、サイタマと別れて、街の見回りに出てきた。ああ、空が青い。雲が大きい。外に出るとより一層しんどい気がする。

 

「ん」

 

 危険区域を出て、住宅街に差し掛かったところで。ラインパンツのポケットに入れていた携帯が、耳障りなバイブ音を奏でた。

 これはヒーロー協会からの支給品で、しかも折りたたみ式。おいおい今の20代はガラケーなんてほとんど触ってねーよと思いつつ、ボタンがカコカコする感覚はちょっと楽しい。

 私的なものではないので、プライベートな通知ではないと思うが、何だろう。

 ぱかっと開いて、その小さなディスプレイを流れていく文字を読んで。

 息が、止まった。

 

 ──Z市 蚊の大群が発生 災害レベル“鬼”

 

 同時に、街頭のスピーカーがノイズを吐き出して。それから、流暢に避難を呼びかけ始めた。

 周りでちらほらと姿を見かけた一般人が、ばたばたと家のあるほうへ走り去っていく。開いていた窓は速攻で閉められ、カーテンが引かれる。

 さすがホットスポットの住人だけあって、非常にスムーズだ。俺が誘導するまでもない。住宅街は、ものの数分で元の静寂を取り戻した。

 生活音さえ失われた街角で、一人、携帯の画面を睨みながら思う。

 ああ。

 

「………………」

 

 昆虫も災害レベルに当てはめられるんだ、などと暢気なことは考えなかった。

 災害指定される蚊が恐ろしい訳でもない。

 これは。

 

「……今日かよ、」

 

 舌打ちを飲み込んで、ポケットに携帯を押し込む。

 夏が来たからそろそろかとは思っていたが、よりにもよって今とは。昨日にしてくれよ。

 いや、無駄な御託はいらない。今は、

 

「帰ろ、」

 

 原因であるモスキート娘はサイタマとまだ見ぬジェノスに任せて、安全圏への避難を試みる。

 思わず見上げた空の向こうに、うねり、形を変える黒い靄のようなものが見えた。

 彼女と交戦になるのはまだマシなほうで、ジェノスの一撃でふっ飛ばされるのが怖い。サイタマは全裸で済んだが、俺は死ぬかも。

 どこまで逃げれば安全か。

 位置関係がよくわからないが、ジェノスの発言からして、あれはわりとゴーストタウン寄りの場所な気もする。まあそれにしても、あのアパートまで帰れば心配はないか。

 あそこが崩れたような描写はなかった、し──

 

「むっ」「ぎゃ」

 

 ──曲がり角を過ぎた瞬間、ゼロ距離から狙撃されそうになった。

 脳内をぐるぐる巡っていた思考が、その衝撃で綺麗さっぱり吹っ飛ぶ。

 運悪くぶつかりそうになった訳ではない。とっさにそう感じた。どうやらこちらを待ち構えていたらしい。

 いや、誰が、どんな理由で。

 

 何とか意識をたぐり寄せて、目の前に立ちはだかる人影を見上げる。

 おそらく若い男──なのだが、明らかに様子がおかしい。俺を強襲した青年は、改めてこちらの姿を見下ろしながら、柔らかみのない仕草で首を傾げてみせる。

 

「人間……? いや、」

 

 奇しくも、同じ疑問を抱いたところだった。

 金の髪、人間離れした配色の瞳、メカニックな体のパーツ────ジェノス。

 その名前がとっさによぎり、息を呑む。

 会って、しまった。

 サイタマよりも先に。運が良いのか悪いのか、とにかくどんな確率だ。

 それにしても、間近で見てはっきりわかること。

 首から上は人間と似ていると思っていたが、明らかに材質が人体のそれではない。出来のいい人形がスムーズに動いている感じだ。

 そんな部分に気を取られていたら、

 

「……深部温度が15℃を割っている。通常ならば有り得ない体温だ」

 

 ジェノスが冷徹に投げかけた言葉の内容を、意識するのが遅れた。15℃。有り得ない。

 

「…………ええ?」

 

 人間とは思えない。

 つまり、これは実質的な排除宣言?

 そこまで思考が追いついて、ざっと血の気が引いた感じがした。こいつ、たまたま見つけた俺を怪しんで、殺すためにここで張っていたのか。体温が低すぎておかしいという理由で。

 クソ、ジェノスのサーチ能力を甘く見ていたようだ。確率とかそういう話じゃなかった。

 まさか、この騒動の原因と思われているまである?

 その眉間に容赦なく突きつけられる、穴の空いた手のひら。

 

「擬態した怪人か? 正体を表せ」

 

 やべえ殺される。

 いや言ってることは何も間違ってません。俺は人間に擬態した怪人以外の何者でもない。

 でもここで消されるのは困る!

 

「わ、わたし、プロのヒーローです!」

 

 この紋所が目に入らぬか、ということで、携帯に収められている認定証を慌てて見せつける。

 例えば、駆動騎士がただの駆動騎士としてその辺にいたらやべーやつだが、S級ヒーローという肩書きさえあれば『頼れる希望』と化すのだ。

 明らかに人間じゃない輩がいたって、そいつがプロヒーローとして認定を受けていれば、

 

「ヒーロー協会のか」

 

 ほら、この通り。

 焼却砲を引っ込めるその姿に胸を撫で下ろす。

 俗世から離れすぎているサイタマと違い、ジェノスはこの時点でもばっちり協会の知識があったらしく。それにより、即滅殺は免れたらしい。

 

「……B級下位なので、一般の方はご存知ないかもしれませんが。少しだけ超能力が使えるんです」

 

 ヒーローになっておいて良かった。

 間違った資格の使い方だが、俺にとっては最も期待していた要素だ。上手く働いて安心。

 とりあえず警戒を解いたらしいジェノスは、悪びれるでもなく、

 

「今回の件、協会が動いたのか?」

「いえ……」

 

 俺も別に問題解決に尽力している訳ではなく、ただ逃げようとしてるだけなんですけどね。

 ふん。ジェノスが小さく鼻を鳴らした。

 

「所詮、肥大化した組織などそんなものだ」

 

 おっと、想定した以上に辛辣。

 

「金や名誉、不要なものにばかり足を取られ、動きが鈍くなる……“正義”を見失っている」

 

 おいおい、初対面でめちゃくちゃ敵意向けてくるじゃんよ。

 そもそも俺はヒーロー協会の幹部でも何でもないんだが。このヘイトスピーチを聞いて一体どうすりゃいいんでしょう。別に怒りも湧いてこない。

 

「はあ……すみません、」

「奴らは俺が排除する。邪魔だけはするな」

 

 遠回しな戦力外通告っすか。言われなくても逃げます。

 もともときみの巻き添えにされないために逃げようとしてたのに、その過程でなぜかきみに直接殺されそうになっただけなんだぜ。

 まあ、変なところでボロを出さないために、名前だけ聞いておくべきか。

 

「……あなたは?」

 

 呼びかけに対して、ジェノスはちらと、異色の瞳を俺に向け。

 

「名乗る必要を感じない」

 

 それを言い終わるか言い終わらないかのうちに、俺の横を華麗にすり抜けていった。

 ──さすがにちょっと、呆然とした。

 悪態吐くだけ吐いて行っちゃったよ。ま、感じ悪い。

 どうせサイタマが絡むとお前の手のひらブンブンゴマになるんだから黙っとれ。

 

「帰ろう……」

 

 ジェノスが引っかき回してくれたせいでより萎えぽよになりつつも、再びとぼとぼと歩き出す。

 

「……なんであんなヤツがモテるんだろーな」

 

 いや、きみは何も間違ってないんだけどさ。冷静に考えればね。コミュ力はアレとしても。

 何もかも嘘だらけの、俺が悪い。

 モテない男の醜い嫉妬さ。硬派でクールなイケメンは好かれるなんて、常識すぎて言うまでも。

 

 ──“正義”を見失っている。

 そこで、ふと。

 そんな彼の一言が、おもむろに頭をよぎった。

 正義。耳が痛い言葉だ、と素直に思った。

 正義、か、

 

「──正義って何?」

 

 思わずつぶやいた疑問が、抜けるように青い空へと吸い込まれていく。

 返事は当然、誰からもなかった。

 

「……くだらねー」

 

 何となく胸を満たす虚無感を、言葉に乗せて吐き出した。少なくとも、俺が口に出せるようなセリフでないことは確かだ。

 ため息ひとつで吹き飛ばして、今度こそ家路を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アパートの入口まで帰ってきて、一安心。

 日陰になる位置で、壁にもたれかかって、ぼんやり考える。

 

「とうとうジェノス登場か」

 

 最後のピース。身が引き締まる。

 これでいよいよ、ワンパンマン本編の軌道に乗り始めたということである。

 そしてサイタマは彼と出会い、良くも悪くも彼が与える情報の影響を多分に受けていく。俺が今まで不自然なほど隠していたことについて、ようやく知識を得る時が来た、のだろう。

 というか、事情もないのにサイタマが世情を知らなすぎなだけの気もする。

 

「……上手くやってくれよ」

 

 そのあたりはジェノスに丸投げで。

 俺が考えるべきことは他にもたくさんある。どうして今まで黙っていたのかについての釈明、サイタマと一緒にいる理由は、などなど。

 しかし、あの調子ではジェノスと仲良くできそうな気がしないのだが。大丈夫なのか。

 

「俺とジェノスが揉めて、サイタマが俺を取ってもそれはそれで困るんだよなー」

 

 それで弟子入りイベント消失なんて日には。

 目先の安全で考えればぜひそうしていただきたいのだが、後々どう響くかが読めなさすぎて怖い。できる限り敷かれたレールは守りたい。

 

「……ま、俺も上手いことやろう」

 

 作戦:バッチリがんばれ。

 フブキの件で悟ってしまったが、原作知識だけで生きた人間の彼らを手玉に取るのは不可能、というほかない。確実に予想外の行動をしてくる。その時どうアドリブを利かせられるかだ。

 言動がプリミティブの極みなあのサイタマでさえ、御しきれているとは思えないし。

 

「うわ、」

 

 そうこうしているうちに、激しい地揺れと爆発音。思ったよりも近くてビビる。

 

「やっ……てないんだった」

 

 やったか禁止。

 これはジェノスの爆裂攻撃ならぬ蚊取り閃光だ。本当に、巻き込まれなくて良かった。

 続いて、ビルの崩落音。

 

「……やったな」

 

 サイタマがビンタでモスキート娘を吹っ飛ばした時のものだろう。

 まさか、この状況でサイタマがトチるような改変が起こっているとも思わない。これで、とりあえず『終わった』のだろう。

 あとは進化の家だが──俺がついていく必要を感じない。

 ジーナスとアーマードゴリラはそこそこの重要人物だが、人体改造に積極的な彼らに顔見せしに行くメリットがわからない。

 何時間も山中を走るなんて御免だし、俺がヒーローであることはまだ知らないサイタマは、普通にいい顔はしないだろう。というか、そうあってほしい。

 それはいい、として。

 

「ジェノスに身元開示しちゃったのがな」

 

 しかもヒーローとしてだ。

 まあ、ジェノスがサイタマに俺の存在をチクるとも思いにくい、そして、サイタマがジェノスに俺の存在を匂わせるとも思いにくい。

 ……思いたくない、だけかもしれない。

 とにかく、そんなことをわざわざする要素がない、というのだけは客観的事実だ。

 会話のはずみで出てきたら避けようがないが、まだ一応そんな仲じゃないだろきみたち。

 

「……うーん……」

 

 考えてみて、改めて思うこと。

 先ほども言ったことだが、やっぱり、何事も想定通りには上手く行かないということだ。人付き合いは難しい。

 下手に原作を守ることに命を懸けすぎると、逆に怪しまれて立場が危うくなるかも。

 特に俺はそうなったらまずい。

 

「……あ、」

 

 考え込んでいたせいで、間近に迫ってくる人影に気づかなかった。

 モスキート娘を討伐してすっきりしたサイタマが、戻ってきていたらしい。

 いつもより肌色多め(というかそれしかない)ヒーローのご帰還だ。いや、ゴーストタウンとはいえ本当に全裸のまま帰ってきたんかい。

 ジェノスもあのまま帰すなよ。命の恩人が猥褻物陳列罪で捕まっても良くないだろ。

 

「……おかえり、サイタマ」

 

 微妙な感動のようなものを胸に受けつつ、とりあえず挨拶だけしておく。しかし、こちらに気づいたらしいサイタマからは何の反応もなし。

 ……ん、“全裸”?

 

「………………」

 

 ほんの数メートルの距離で、お互い、何とも言えない顔を突き合わせて。

 

「あ゛っ」

 

 サイタマは下を、俺は上をとっさに両手で覆い隠す。いや、全裸って、全裸じゃん!

 そんなイベントあったわーくらいのノリで流してしまったがこれは現実、いきなり裸の人間が現れて無反応なのは明らかにおかしい。いや、これはジェノス君に対するdisとかではないです!

 

「お……ゎ……ワタシナニモミテナイカラ」

 

 真っ暗な視界で今さらのフォロー。

 いや、見たけど。ねちねち眺める意志はなかったけど普通にばっちり見た。

 

「ゴメンネ」

「い、いや……俺も……すまん、いたんだな、お前……」

 

 上ずるサイタマの謝罪。

 ジェノスには全裸を見られて平然としていたのに、“セツナ”だと焦るんだな。さすがに知り合いの異性なら当たり前か。いや、赤の他人の青年に見せてしまった時でも普通に焦ってほしい。

 恥ずかしい。恥ずかしいのはサイタマか。

 

「つ……通報とかしないから、……もしかしてこっちが通報されるべき?」

「いやその理屈はおかしいだろ」

 

 慌ててそんなことを言ったが、この状況だと辱められたのはサイタマのほうだ。

 法律的にはアウトだが、別に俺へ見せびらかそうとして来た訳ではないのだから。

 

「望まぬ状況で……裸体をじろじろ見てしまって」

 

 顔を覆いながら、脇に避ける。

 

「ごめんなさい、本当……このまま先に行って」

「お、おう……」

 

 ざらついたアスファルトの砂利を噛む音。それから、均されたコンクリートを歩く素足の音がてちてち、と隣を通って、階段を上がっていく。

 

 その気配が完全に消えても、俺は被せた手のひらを外せなかった。

 

「……あ゛ー」

 

 その場にしゃがみ込む。

 まずい。何がって、色々。

 彼の、体を。

 紙面上でただの『描写』として見ていた二次元の存在とは違う──三次元の、自分と同じリアルな存在として、意識してしまった。

 単なる記号ではなく、意志を持ち、形を成し、俺に直接の影響を与え得るもの。

 そんなの当たり前じゃん。

 思うかもしれない。でも、裸体だぞ。しかも、色気も何もないようなあのサイタマの。

 腹筋バキバキなのはまあ……知っていたが。漫画では都合よく隠される部分も、それはもう、惜しげもなく丸見えで。

 だから……こう、下も毛ないんだなとか、でかかったなとか、いや、

 

「いや違うんだって!」

 

 見てない。俺は何も、見てない。

 両手を振って慌てて掻き消す。

 ああ、上手く言えない、何というか、いきなり生々しさを肌で感じるようになって戸惑っている。混乱している。

 AVやエロ漫画の見過ぎか。

 裸体と人格そのものが結びつかない感覚とでも言うべきか。あくまでフィクションのものと認識していたのに、今まで普通に話していた知人からそんなモノが出てくるなんて思っていなかった、というか。

 ……あれ。こんなことを『性愛の対象外』に感じるなんて、変なのだろうか。

 『同性』の体に心乱されるなんて。

 これじゃまるで、

 

「……い、いや……それは違う、」

 

 違う。違うから。

 サイタマがぼけっとしたただのハゲと見せかけて、あんなイイ体しているのが悪い。

 ギャップで余計そう感じるだけ。

 ていうか夏のせいだろ。暑いから。

 そう。オッケー?

 

「オッケー、」

 

 はい。この話はこれで終わり。

 これ以上考えるのはサイタマへのセクハラだ。内心の自由は守られているが、俺の良心が耐えられそうにない。

 

「今日はもう……寝よう」

 

 寝たらきっと、忘れる。

 明日はきっと大丈夫。

 そう、信じるしかない。

 そんな淡い期待を抱いて、ようやく、蒸し暑い屋外から避難したのだった。




男キャラの中だとスティンガーが好きです。
でも、ジェノスはもーっと好きです。
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