うっかり怪人♀になってしまったっぽいが、ワンパンされたくないので全力で媚びに行きます。 作:赤谷ドルフィン
次に、目が覚めた時。
俺はやはり、あの“夢”の中だった。
セツナ。
これは俺の……というか、“俺の意識が入ったこの肉体”の名前であり。
俺は21歳の男子大学生であったはずが、“セツナ”は既に働いている19歳の女性だった。彼女はこの街の個人経営飲食店に勤務していて、あのマンションで家族とともに暮らしていた。
──そして、皆死んだ。
今回の火災で、従業員も、店長も、家族も。
セツナが特別運が悪かった訳ではない、ここいら一帯の人間はほとんど死んだのだから。
という話を、公園に張られたテント、その簡易ベッドの上で聞かされた。
そう言われても、ぴんと来なかった。
悲しくもなかった。
当然だ。“俺”にとっては赤の他人なのだから。
俺は、『“たまたま”火の勢いが弱かったマンション』のエントランス付近で倒れていたところを救出されたらしい。あのやらかしは町全体が燃えていたせいで上手く証拠隠滅されたようだ。
いきなり別人になって、変な化け物に襲われかけて。撃退できたけど、何もかもを失って。
有り得ないこと続きだったが、気持ちは妙に冷静だった。
「セツナ……」
馴染みのない響きだった。
赤井佑太。それが俺の本当の名前。
日本で生まれ育った、何の特徴も取り柄もないごく普通の学生だった。色恋沙汰に無縁だったせいか、より平坦な21年間だった。
それでも何とか内定を掴み取って、卒業見込まで漕ぎ着けたのに。いきなりこんなことって。
考え込んでいる俺の様子を、スタッフらしき人は落ち込んでいるのだと捉えたらしく。
「ご存知かとは思われますが、最近、怪人絡みでこういう大規模な災害がしょっちゅう起きていて……」
さらっと告げられた慰めの言葉の中に、引っ掛かるものがあった。
「……怪人?」
フィクションの中でしか聞いたことないワードだった。思わず聞き返してしまったが、スタッフは変わらず神妙な顔をしたままだ。
確かに、あれは化け物とか怪人とか、そういうワードが相応しい見た目だったが。
この若い男性の頭がイカれているとは、いくら何でも思いたくない。見るからに真面目でしっかりしていそうな好青年なのに。
「ええ……この間はB市でも……すみません、」
B市。疑問に疑問が折り重なる。
聞いたこともない地名だった。そもそもこんなシンプルすぎる名前が、英語の教科書や数学の設問の世界を飛び出して有り得るとは思えない。
「……いや待てよ、」
怪人。B市。
一見繋がりがないこのワードに、俺は関連性を見出だせてしまった。いやでも、有り得ない。
そんな。それこそフィクションの。
「ちょっと、……ああ、」
例のスタッフを呼び止めようとしたが、彼は既にテントを去っていくところだった。
クソ、もうひとつワードが揃えば確信を得られたのに。
「………………」
事故は本当に大規模で、それ故に、処理する側の人手が足りていないようだった。何せ、病院にさえ運んでもらえていないのだ。
このテントに他に簡易ベッドはなく、黒っぽい寝袋が所狭しと並べておいてあるだけだ。ちなみに顔を出す部分はない。つまり、お察し。
戦時中を描いた映画を思い出す。野戦病院の描写が、確かこんなふうだった。
胸糞悪い。どちらにせよ、こんな場所に長居したくはなかった。
どこも痛む部分はなく、手足も動く。ベッドから起き上がって、そこで、足元に何かが落ちているのに気づいた。
黒の長方形。革製でジッパーのついた、
「……財布だ」
誰の持ち物だろうか。
高確率で持ち主は死んでいそうだが。何となく中身をチェック。……思った以上に中身が入っていた。振り込みにでも行く途中だったのか。
カード類はともかく、これだけ現金があればしばらく問題ないだろう。
「すまん、」
まだ見ぬ持ち主へ形だけの懺悔を述べて、テントを出る。
広い公園内には似たようなテントがずらりと並んでいて、動いている人間は皆、揃いの格好をしていた。俺のように、ボロい着の身着のまま、というのは一人もいない。
……もしかして、この街の生存者って本当に俺だけだったのかな。まあ、こっちだって正攻法で生き残った訳じゃないけどさ。
ふと見やった地平線の彼方は、真っ黒に焼け焦げていて。今も煙がくゆっている。
何となく苦い気持ちになりながら、その場を後にした。
ここはどうやら、隣町らしい。
あの町に近いらしい公園付近は災害の余波を受けたようだが、そこから離れたこの大通りは、実に平和な賑わいを見せている。
「……とりあえず、新しい服を調達したほうがいいかな……」
今は寝間着であろうジャージ姿、しかもところどころ焦げているし、靴なんかスリッパだ。
要らぬ衆目を惹いてしまう。
とりあえず、目についた服屋に駆け込んだ。明らかに高級ブランドではない、子ども服や婦人服なんかを安く売っていそうな店だ。
「いらっしゃいませぇ」
気の抜けた店員の挨拶を横目に、適当に服をカゴへ突っ込んでいく。町中を歩いていてもおかしくはなさそうなTシャツと、ジーンズ。
それにジャケットと、スニーカー。
試着はいいかと思ったのだが、通路にあった姿見にふと、目が行った。ぎょっとする。
「真っ白……」
そう。髪だ。
胸元まであるストレートの髪は、透き通るような純白だった。
染めているとは思えない仕上がりだった。何せまつ毛の1本1本に至るまで真っ白なのだ。ただ、地毛だとも思いにくかった。
とっさに頭へ手をやって、そこで、こめかみに何かがあることに気づく。
小さな突起。腫れている訳でもなく、妙に表面がつるつるしている。
「何だこれ、」
鏡に近づいて、そっと髪を掻き分ける。
そこにあったのは、
「……ツノ……?」
例えて言うなら、溶けかけの氷の欠片。
それが、側頭部からちょこんと生えていた。もう片側にも似たようなものが。
頭によぎったのは、あの、妙な体験。鱗があって、鉤爪が生えていた、謎の形態。
まさか。後遺症?
「……不気味だ」
慌てて髪を整える。幸い、普通にしていれば目立たない程度のサイズ感だ。
ツノもどきをきっちり隠してから、カゴを抱えて会計へと向かう。
「いらっしゃいま、…………」
レジスターを何やら操作していたらしい若い店員は、やってきた俺を見て、ちょっと呆気にとられたような顔をした。
それはそうか。何たってついさっき脱獄してきました、というような有様なのだから。
「こほん…………タグ、切ってもらえますか」
ああ、発音の感じに慣れない。
もっさりとしたダミ声が、いきなり濁りのない美しい響きに変わってしまったのだ。このモデルもかくやという声が自分から出ている、という事実に対する脳の処理が追いつかない。
ついでに店員側の処理も間に合っていないようで、タグを切るどころかバーコードを読み込んでくれる気配もない。
「あの」
「あ、……かしこまりました、」
早くしろ、の意を込めて呼びかけると、ようやく作業がスタートした。
値段が入力され、タグが切り離され、袋に詰められていくのをじりじりしながら見守る。
合計、一万円也。
まあフルコーディネートでこれなら、安いほうなんじゃないだろうか。一万円と、ちょうど分の小銭があったのでそれを置いて、そそくさと店を後にした。レシートなんざいらねえ。
「ありがとうごさいましたぁ」
やっぱり気の抜けた店員の見送りを受けて、陽の光が眩しい町中に繰り出す。
さて。これからどうしたものか。
ふと、斜向かいにある大きな建物に目が行く。オレンジ色を基調としたその外装を見て、すぐにどんな店かの想像がついた。
「……ネカフェ、か」
服を着替えたい。
調べ物がしたい。
誰もいない空間で休みたい。
それら全ての欲求を解決してくれる、ちょうどいい場所だった。
やっぱり受付の店員には変な顔をされたが、何とか部屋を確保することに成功した。
シャワーを浴びて、買ったばかりの服に着替える。そこで下着も買っておけば良かったと思ったが、女性用のそれを吟味する勇気はまだない。いくら体が女性だったとしても、だ。
壁付テーブル上のデスクトップPC、それとベッドソファもどきがあるだけのシンプルな個室で、ようやく一息つく。
「ふう……」
ドリンクバーから調達した麦茶を飲みつつ、濡れた髪をタオルで乾かしていく。
「………………」
こうしているとついシャワールームでの光景を思い出して、背筋が熱くなったり冷たくなったり。
年齢イコール彼女無しなので、裸の女体をナマで見るのはこれが初めてだったが、いやな気まずさしか湧いてこなかった。
今は自分が動かしているとはいえ、本来は別の女性のものだった体だ。自分で自分の体を洗っているだけなのに、セクハラしているような気まずさがあって集中できなかった。
かといって、開き直って興奮する気分にもなれない。我ながらそんな高度なナルシシズムは持ち合わせていなかったようで、安心する。
「髪が邪魔だな、」
結ぶものを買っておけば良かったと思う。
髪が長かった時期なんてものはないので、想像力が及ばなかった。
「さて……」
シャワーを浴びて、着替えた。
水分補給もできた。
あとは、調べ物のほうだ。
PCの電源を入れる。
どうして俺がいきなり見知らぬ女性になってしまったのか。それももちろん気になるが、そんなことはインターネットで調べられない。
俺がこの電子の海で知りたいのは、もっと表面的でわかりやすいこと。
【怪人】
馴染みのない検索エンジンのボックスに入力するのは、その1単語だけ。
元の世界なら、某ライダーのウェブサイトなんかが出てきそうなワードだが。
「政府の公式ページ……?」
検索トップに出てきたのは、中央省庁が出しているQ&Aのページだった。
予想通りといえばそうだが、改めて見ると驚愕と混乱の入り混じった感情が湧いてくる。
「初めて出没したのは20年以上前……」
そこでふと、頭に浮かんだ単語。
【ヒーロー協会】
マウスを操作して、検索。ぱっと出てきたのはよくわからないファンサイトらしきもの。
「……出てこない、か」
想像したようなサイトは出てこなかった。しかし、それで仮説が揺らいだ訳ではない。
検索結果に現れない。存在しない。
しかし、それは“まだ”というだけだろう。いつか必ず、表舞台に出てくる時がやってくる。
その確信があった。
こめかみに鈍痛を覚える。疑問は解決したが、状況は何も改善する気配がない。
タブを閉じながら、麦茶の入ったコップを口元に運ぼうとして、
「ん、」
出てこない。まさかもう飲みきってしまったのかと手元に目をやって──
「あ」
凍っていた。
中身が、どころではない。
コップそのものに、薄く氷の膜が張っている。一晩冷凍庫に放置したかのような有様だったが、それを握りしめている手は、冷たくもなんともなかった。
マンションでの光景がフラッシュバックする。凍りついた部屋。冷気を感じない体。
人間、な訳がない。
「…………あ゛ー……」
コップを放り出して、天井を仰ぐ。
怪人。アルファベットの地名。ヒーロー。
一見繋がりのないそれらが結びついて絡みあって、見覚えのある形を成していく。
──ワンパンマン。
ただの漫画でしかないはずのその世界観が、なぜか突然リアリティを纏って、目の前に存在している。俺を包み込んでいる。
しかも。し、か、も、だ。
ゆるく握りしめていた手を、頭上にかざす。ダイヤモンドの煌めきをばら撒きながら、室内をゆっくりと満たしていく冷気。
ワンパンマンの世界に転生した。
知らない女性の体に憑依した。
で、速攻、怪人になってしまった。
人間に敵対する意思がある訳でもない。ただ、生き延びたかった。訳がわからないまま死にたくなかった。ただ、それだけだったのに。
この世界で俺はもはや、排除されるべき存在になってしまったのだ。
「……俺、これからどうしたらいいんだろうな……」
答えてくれる人間は、誰もいない。
炎系より氷系が好きな中二病患者です