うっかり怪人♀になってしまったっぽいが、ワンパンされたくないので全力で媚びに行きます。   作:赤谷ドルフィン

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猫かぶり同盟

 深海族来訪を、(おそらく)間近に控えて。

 俺こと“恋する乙女”の思考を占有していたのは、それとは全く関係ないとある『発明』だった。

 

 

 それは。

 ──非モテで男の俺が四苦八苦してサイタマとの関係を進めなくても、周囲が囃し立ててくれれば良い感じに纏まるんじゃね。

 と、いうこと。

 

 バングの件も、最初は恥ずかしいなー、なんて思ったりしていたが、よく考えたら超ラク。

 色仕掛けだの告白だのに頭を悩ませるまでもなく、誰かがサイタマに刷り込んでくれれば。もしくは、その気にさせてくれればいいのだ。

 だから、つまり。『発明』の内容としては。

 何たって面倒くさがりと考え無しが魔融合してできた男だから、近しい何人かが「そうらしい」ということにしてくれれば、なあなあでステップアップできるんじゃないか。

 俺はただいつもどおり近くでにこにこしていればいいだけ。取っ掛かりさえあれば、あとはまあ、なんか勝手に好意的に解釈してくれるだろう。男とはそういうもんなのだ。

 セコい狡いと言われようが俺は一向に構わん。

 

「うむ」

 

 我ながら最高に最低な人任せの名案だ。

 しかし心情としてはマジでそうしたい、もう机上の域を出ない告白のシミュレーションとかで頭を悩ませたくない。

 よしよし、さっそくそうしよう。

 と、ここで俺の中の東方仗助が囁く。

 ──なるほど完璧な作戦っスねーっ、他人頼りという点に目を瞑ればよぉ〜〜〜、と。

 そうなのである。

 間違いなくかかる労力は減るだろうけれど、それって本当に確実なメリットか、という話。いつまでかかって、どう転がるかさえわからないものに任せていられるのか?

 

「……でもまあ、味方は増える訳だし」

 

 単純な根回し、という観点でも有効?

 という訳でやっていこう──と思ったが、今後主要キャラとなるフブキもキングも、未だサイタマとは接触していない。よく考えなくとも、この時点でまだ単行本の1/4程度の進みなのだ。

 消去法的に、ジェノスが残る訳だが。

 ジェノス。ジェノスかあ、

 

「うーん……」

 

 最近とみに思うことだが、ジェノスの存在は俺にとって目の上のたんこぶすぎる。

 彼を構成するありとあらゆる要素が俺の障害なのだ。異物の分際でこんなことを言うのはあまりに図々しいのだが、そこにいるだけで邪魔。ずっとラボにいてほしい。そんなレベル。

 しかし、彼はその辺にいるまともな19歳の男のコではないので、その感情に従って邪険にするとシンプルに命の危険がある。意味もなくつらく当たってみたりしてみろ、あっという間に可燃ごみ行きだ。

 

「最重要ポジションなんだよな」

 

 色んな意味で手をつけたくない部分なのだが、だからといって後回しにしていい訳ではない。

 ジェノスを懐柔する。

 サイタマ攻略において味方につける。

 どちらも譲れない要素だ。

 

「……とりあえず、思い立ったが吉日」

 

 ベッドの上でごろごろ転がりながら考えを巡らせていたのが、ひとまず体を起こす。

 乱れた髪を整え、上着を羽織って部屋を出る。通路の手摺から身を乗り出すと、ナイスタイミングでこのアパートに向かって道路を歩いてくる黄色と黒のツートンカラーが見えた。よく考えたらこの色、警戒色なんだよな。

 慌てて階段を駆け下りて、エントランスから飛び出す。

 ちょうど彼の行く手を塞ぐ形になり、うわ出た、みたいな顔で立ち止まってくれた。あまりにも存在に対する不快感を隠す気がない。

 しかし無論、今さらこんなことでめげる俺でもない。ジェノス君はツンデレだからなあ、という超好意的解釈でダメージを軽減しておく。

 

「……何か用か」

 

 幸いながら、強引に突破してやろうという感情までは持たれなかったようで、いつもの仁王立ちで腕を組み直してみせるジェノス。

 

「お……おはよう」

「昼過ぎだ」

 

 今日も今日とて取りつく島もない。

 こんにちはー、ってそれなりに近しい人間には言いにくくないか。宗教の勧誘みたいで、じゃなくて、

 

「ねえジェノス君」

「断る」

「ま、まだ何も言ってないんじゃないかなー?」

 

 震え声。

 まさか何か言う前から先手を打たれて拒まれるなんて。どんだけ信用ないんだよ。

 しかも、ジェノスのほうはその先行ブロックに明確な根拠があるようで。

 

「お前が俺に呼びかけてくる時点でろくなことでないのは確定的だ。サイタマ先生への嫌がらせに俺を巻き込むな。俺も先生も忙しい身だ、お前のお遊びにかまけている暇などない」

 

 めちゃくちゃ丁寧に拒絶した理由を述べてくれる。今度こそ良い感じのダメージが入った。

 別にサイタマに嫌がらせをしている訳ではないのだが、ジェノスにはそう見えているらしい。

 

「……いや予知能力者じゃん……」

「お前の行動指針が安直すぎるだけだ」

「なんでそういうこと言うの? 心荒みストリートなんだけど」

 

 今日の単語は“暗澹”。

 まあこんな調子でも、出会い頭にお命頂戴しようとしていた頃に比べれば『優しい』と形容できてしまうのが恐ろしい。最初が悪すぎた。

 ふう、と対面のジェノスが溜め息を吐いて、意識を引き戻される。

 

「結局、サイタマ先生についてか」

「う」

 

 ぎくりとした。まあ、それはそう。そうなんです。否定する余地はない。

 わかりやすく顔を引きつらせたであろう俺を見て、ジェノスは再び嘆息。

 

「……さっさと告白でも何でも、してしまえばいいだろう」

 

 呆れたような言い草だった。

 まさか年下の、情緒が15歳で止まっているような男に恋のいろはを説かれるなんて。ショックだったが、それ以上に衝撃だった。ジェノスはこの関係に勝算があると思っているのか、

 

「じゃ、じゃあ、逆に、逆にだよ、ジェノス君的にサイタマはわたしのことをどう思ってると考えてるのかな?」

「知らん」

 

 断言。いや適当に言っただけかーい。

 暇を持て余した中学生女子ではないジェノスは、俺たちの間柄にはおよそ関心というものを持っていないようだ。

 それはわかる。わかるのだが、

 

「……どうしても、失敗したくないの」

 

 今さら良識や恥じらいなど持っていたところで無駄なだけだ。自分以外でも使えそうなものは何でも使う。そういう気概で行かないと。

 

「だから……そのあたりに探りを入れてきてほしくて……」

「探り?」

 

 平坦ながら予想外に食いついてくる。

 探り──というか、「こっちは全然興味ないタイプだけどお前はどうなん?」を自然にやってほしいのだ。安全圏に避難しつつ、同性間ならではのコメントを引き出す高度なテクニック。そんなもんジェノスには無理だろとか言ってはいけない。

 

「くだらんな。甘えた考えだ」

 

 案の定、それを聞く耳自体は持っていないようだった。しかし、今日の俺は一味違う。

 

「与り知らぬところで適当なこと言われても困るから、お互いの端末を通話モードにしたままお願いしたいんだけど」

 

 弩級の厚かましさへさらに分厚い面の皮を貼り重ねていく。実際に端末を差し出してみせると、そのしかめっ面の眉が小さく動いた。

 いつもどおり、知らん鬱陶しい、で退かなかったのが意外だったのか。

 

「………………」

「………………」

 

 そのまま、両者一歩も退かぬ膠着状態。ほとんどメンチの切り合いに等しい目で見つめ合う。

 瞬きさえ堪えてどれだけ時間が経ったのか、

 

「……貸せ」

 

 ──折れたのは、ジェノスのほうだった。

 メカニカルな手を億劫そうに突き出してくる。

 

「え、」

「俺がやる」

 

 半ば奪取される形で折り畳み携帯がジェノスの手に渡り、硬そうな指が器用にかこかことキーを叩く。ついで、パーカーのポケットに入っていたらしい自分のそれも開いていじくって。

 投げるように返ってきた端末をキャッチして画面を見ると、確かにジェノスと通話中になっていた。

 

「あ、ありがとう……」

「このままお前と対話を続けるほうが時間の浪費だと判断しただけだ」

 

 自分のものをポケットに放り込みながら、そう吐き捨てるジェノス。一応手を貸してやる、と言った手前なのか、妙に物分かりが良い。

 なんだ意外と可愛いところある、

 

「お前の肉体に性的興奮を覚えるかどうかを尋ねてくればいいんだろう」

「違います」

 

 スン……になってしまった。常に全く嬉しくない形で予想を裏切ってくれるなこの男は。

 素でやっているのであろうあたりが凄まじい。携帯がさっそく何の抑止力にもなっていない。

 そんなことを同居している男弟子に聞かれるサイタマのほうが不憫だ。というか、なんで?→あの女は先生の貞操を狙っています、のコンボが成立してしまうのは目に見えているので、そんな恐ろしいスタートダッシュは切らせられない。

 

「恋愛対象として意識してるかどうかだけ聞いてくれればいいから、シモの話は一切しないで、あとわたしはサイタマの貞操を狙っていないし性欲を持て余していない」

「………………」

 

 それだけを一息で告げると、ジェノスはむすっとした顔のまま、無言でエントランスに入っていった。

 納得してくれた──ということで、いいのだろうか。まさか、不貞腐れて逃げるような真似をあのジェノスがするとも思えないが。

 

 

 

 

 その背中を見送ってから。

 恐る恐る、携帯を耳に押し当ててみる。

 聞こえてきたのは、階段を一定のリズムで上がる靴音。それが止んだかと思えば、それよりもアップテンポな平地を歩く音が少しして。 

 

『──先生、ただいま戻りました』

 

 がちゃん、と扉が開いて。少しくぐもったジェノスの声がスピーカー越しに聞こえる。

 

『おー』

 

 そして、さらに小さなサイタマの応える声。それだけのことなのに、少しどきりとした。

 とにかく、聞こえ方に問題はなさそうだ。もちろんはっきり聞こえる訳ではないが、会話の内容を読み取るくらいならばじゅうぶん可能である。

 靴を脱ぐ衣擦れの響き、コンクリートを歩くよりも鈍く柔らかい、フローリングを踏みしめる靴下の足音。生活音だけをこうして聞いていると、何だか不思議な感じ……というか、盗聴しているみたいで気まずい、

 

『……そーいやお前、セツナ見なかった?』

 

 ──噎せそうになった。

 いや、こんないきなり話題に上がることある?

 たまたまにしても心臓に悪い。というか、サイタマは普段こんなラフにジェノスへ俺の話を振ってるのかよ。俺たちの関係性ちゃんと考えて。

 

『……見ていませんが……あいつが何か?』

 

 さしもの鬼サイボーグにも一応『動揺』という感情は備わっていたようで、珍しく言葉に詰まりながら答えてみせるジェノス。

 良かった、息を吸うように裏切ってくる男だからマジで信用していなかったけど、何とか努めを果たそうとはしているようだ。

 

『なんか、さっき声かけに行ったら部屋にいなくてな。別に、大した用はねーんだけど……帰ってくる途中で会ったりしてねーかと思っただけ』

『そうですか』

 

 おもむろに控えめな水音。キッチンで洗い物か何かを始めたらしい。

 それ以降、なぜか会話が途切れてしまった。というか、彼らの距離感がこんなもんなのか。

 

『………………』

 

 自然な無言が続く中。口火を切ったのは、サイタマの話題をぶった切って終わらせたジェノスのほうだった。

 

『……サイタマ先生は、』

 

 抑え気味な、淡々とした呼びかけ。

 

『うん?』

 

 やや重苦しいそれに対して、サイタマの返しはごくごく暢気な調子。ジェノスが、絞り出すように言葉を続ける。

 

『いつも、あの女の話をしていますね』

 

 ──来た。

 思わず心拍が跳ね上がる。

 やれ、とは言ったけれど、まさか本当におとなしく探りを入れてくれるなんて。

 先ほどの無言はジェノスなりに、切り出し方を窺っていたつもりだったのだろうか。

 

『……そうか?』

『はい』

 

 とはいえ、この期に及んでも、サイタマは照れたり焦ったりする様子はない。合点がいったようないっていないような、曖昧な返答だった。

 そこへさらに斬り込んでいく。

 

『サイタマ先生は、あの女……セツナについて、どうお考えなのでしょうか』

 

 ──行った。行きやがった。

 愚直が服を着たようなジェノスらしい、全くぼかしのない直球勝負。サイタマの情緒レベルもおそらくどっこいどっこいなので、変にぼかすと永久に伝わらない、というのはとりあえず脇に置いておく。

 

『…………どうって、……』

 

 沈黙の後、サイタマがやや困惑したふうでそう呟いた。どう来る。どう返すんだ。

 どきどきしながら待った次の言葉は、

 

『……なんだよお前、セツナに惚れてんの?』

「いやなんッでや!!!!」

 

 携帯を地面に叩きつけそうになった。

 どういうことなんだよ。

 大して深刻そうな言い草でもなく、しかし過剰にふざけている訳でもなさそうなのがまた不安を煽られる。なん……何……マジで何故?

 

『今なんか聞こえなかったか?』

『……申し訳ありません先生、ボディのメンテナンスがじゅうぶんではなかったようで……』

『ふーん?』

 

 心からの叫びが大きすぎて、ジェノス側のスピーカーから漏れてしまっていたようだが。彼の神・フォローも頭に入ってこない。

 ジェノスが、俺を、好き。

 そうはならんやろ。

 いやなっとるやろがい(サイタマの解釈的に)。

 

『いや、気持ちはわかるけどさ……お前も機械のクセにちゃっかりオトコだな〜!』

 

 しかも言い方がオッサン臭すぎる。25歳が19歳にかけていい言葉選びじゃない。

 というか、ジェノスはまだ何も言っていないのにサイタマの中で話が完結しすぎだろ。

 

『アイツ、恋愛とか興味なさそうだけど……お前レベルならまんざらでもねーだろ、たぶん』

 

 勘違いなんだからジェノスも何か言えよ。この状況だと藪蛇でしかないと判断した結果なのか。それでも何か言えよ。こっちの心境的に。

 

『ま、頑張れよ』

 

 サイタマは結局、言いたいことだけ言ってジェノスを放り出し。当のジェノスは、

 

『……………………はい』

 

 いや「はい」じゃない。「はい」じゃないんだが。

 

『すみません先生、用事を思い出しました』

『おう?』

『失礼します』

 

 そして、最後まで何の反駁もなく、ぬるっと部屋を出てきてしまった。

 

 再び階段を降りる足音。

 そして、エントランスホールから出てくる黄色と黒の人影。

 端末の通話を切って、真顔でこちらに近づいてくるジェノスに向き直る。

 

「………………」

「………………」

 

 しばし、お互い無言で見つめ合い。その沈黙を破ったのは、やはり彼だった。

 

「……やや厳しいのでは……」

「なんでそんな時だけ察し良くなんの!? やめろよマジで!」

 

 “理解”に辿り着いてしまった彼からの、有り難い死刑宣告。

 絶対無理、と断言しないあたりに蔑んだ憐れみのようなものが感じられて最悪である。憐憫されるくらいなら警戒されていたほうがマシ。

 いやてかお前お前お前。お前のせいでこんなことになってるんだぞ。

 いや特に思わせぶりな対応とか何もされてないはずなんだけどね。殺意を匂わせる対応ならめちゃくちゃされているけど。

 頭が痛くなってきた。

 

「ちょ、……ちょっと待て、一旦サイタマのところ行ってくる」

 

 駄目だ、サイタマが何考えてんのかさっぱりわからん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お邪魔しまぁす……」

 

 ジェノスとほぼ入れ代わりで、サイタマ宅にそろそろと足を踏み入れる。

 ここまで来ておいてなんだが、ほとんど勢いでやってしまったせいで特に来訪の理由が思いつかないんだよな。どうしよう。

 

「おー、セツナ」

 

 とはいえ、俺がやってくるのはいつもどおりなので、マイペースに出迎えてくれるサイタマ。

 タンクトップにジョガーパンツというラフすぎる格好でテレビの前に寝そべり、漫画本を捲っている。別にさっきまでのことを引きずっている訳ではなさそうだ、と安堵したのもつかの間、

 

「ジェノスとすれ違わなかったか?」

「え゛ッ」

 

 トラックに勢いよく轢き潰された絶叫チキンのような悲鳴を上げてしまったが、サイタマは特に他意のなさそうな顔で俺を見上げているだけだ。

 

「な……なんで……?」

「いやさっき出てったからだけど」

 

 そりゃそうか。……そうか?

 

「へ、へえ……ちょっと、ワカンナイカナー……?」

 

 正直にイエスと答えても問題なさそうな局面ではあったが、とりあえず濁しておく。

 全く、心臓に悪すぎる。

 さてこれからどうすべきか。耐えきれずサイタマのところに駆け込んできたはいいが、どうしたら自然に誤解を解けるのかが全くわからない。下手に自分から話題を切り出しても、要らぬ地雷を踏むだけだろうか。

 

「なあ」

 

 ──話しかけられた。それだけのことなのに、口から心臓が飛び出そうになった。

 大丈夫? 今の俺冷気出てない?

 落ち着け、サイタマのことだ、どうでもいい世間話かもしれないだろ、

 

「お前さ、……あいつ……ジェノスのことどう思ってる?」

「どッッ」

 

 どうでもいい世間話じゃなかったー。

 心臓どころか胃の中身をぶち撒けそうになった、あまりの衝撃で。ちょっと待って、いきなりこんなストレス耐えられない。死ぬ。

 

「どっ、どどど、ど、どう、って?」

 

 保身のためにはむしろ落ち着いて対応すべき場面なのだろうが、体が追いつかず500回くらい舌を噛んだ。これが慌てずにいられるか。

 

「だから、カッコいいとかイケメンとか……そーゆーのだよ」

 

 唇を尖らせながら、ぼそぼそと返してくる。

 例えを出してくれるのはいいが、そのふたつのワードはほとんど同じですよサイタマさんや。

 

「恋愛感情的なものないのかっつー話」

 

 恋愛感情。

 サイタマが。あのサイタマの口から『恋愛感情』なる単語が出てくるなんて。

 ちょっと感動しちゃっ──いや、感動してる場合じゃない、俺はそのせいで、今まさにこれ以上ない窮地に立たされているのだから。

 

「な、なんでいきなりそんなこと聞くの……?」

「別に……深い意味はねーけど」

 

 嘘こけぶん殴るぞ。万が一深い意味がないほうが邪悪だけどな。ノーコンキューピッドがよ。

 いけない、過負荷のあまり罵詈雑言を吐いてしまった。サイタマは悪くない、俺が悪い。

 

「俺が言えたことじゃないけどさ。今のうちに若くてイイ男とくっついて、安定した生活とか、欲しくねーのかなと思って。そんだけ」

 

 いい男とくっついて、安定した生活。

 復讐に身を焦がし3日と間を空けず半壊しまくってるようなサイボーグとくっついてどこに安寧があるんだよ毎日不安まみれだわ、という当然のツッコミすら出てこず。

 俺の頭を占めていたのは、『サイタマは俺とジェノスをくっつけたがっている』という衝撃の事実のみだった。

 駄目だ。なんでそういう思考になったとか、今はどうでもいい。もう、何も考えられない。

 

「まあ、俺があれこれ言う話でもねーか。お前のにーちゃんじゃあるまいし、」「サイタマ」

 

 はい、キャパオーバーです。顔の表面だけに薄っぺらい笑みを貼りつける。

 

「わたし……忘れ物しちゃった」

「お、おう?」

「また来るね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何十回と階段を踏み外しながら、どうにかこうにかエントランスから出る。

 アパート前の通りで、ジェノスは変わらず俺の帰りを待っていたようだが。俺の顔を見て、何かを察してしまったらしかった。鉄の表情に再びの憐れみが浮かぶ。

 そこで、抑えていた諸々の感情が決壊した。彼の懐を飛び込んで、その機械の胸元を両手の拳で力いっぱい叩く。いや硬っ。

 

「ジェーノースぅ!」

「コアを叩くな」

 

 なんで、こんな、ことに。

 当然すぐさまべりっと引き剥がされたが、それで冷静になれる訳もなく。

 

「誤解を生んでる! 最悪の誤解を生んでるよ! ちょっとマジで“セツナとか許容範囲じゃないんで……”みたいなこと言っといてくれる!?」

「……わかった」

「あっ待って今行くとさらなる誤解を生みそう、後で、後でそれとなくな!」

 

 ああ、考えがまとまらない。何が正解で何が逆効果なのかもよくわからない。もう動けば動くほど状況を悪くしていくような気さえする。

 どうして。なぜ。

 ──サイタマは、あの隕石の一件を、バングと同じように恋心の発露だと考えたのか?

 それで、ジェノスと俺を両想いにすべくあんなかまをかけてみせた? 解釈が恣意的すぎるだろう。

 大体、身も蓋もないことを言えば、サイタマを助けに行かなければいけない、なんて状況は半永久的に存在しない。パフォーマンスとしても足手まといになるのは明らかなのだから、しないほうがマシ。

 サイタマの好感度を上げるために、俺はジェノスを積極的に見捨てるべきだった。もしくは、今後もそうするべき。

 

「……いや……」 

 

 嫌な決意だ。

 そこまで非道になりたいとも思えなかった。

 でも、それって甘えた考えなんじゃないか。

 俺は既に何度もサイタマ含めたジェノスの危機を意図的に見過ごしており、今さら「ジェノスを見捨てるなんて無理」なんて言えた立場なのだろうか。開き直ると決めたはずなのに、後味が悪いというだけの理由で善人ぶるなんて。

 いや、というよりは。

 ヒーローらしく。ヒーローとして。

 半端にこんな欲を出すんじゃなかった。それだけの話なのかもしれない。

 この自意識のせいでありとあらゆるピンチが呼び込まれている。そんな気がした。

 俺はやはり、ヒーローの器ではないのだ。

 

「大体俺にジェノスが惚れるなんて有り得な、」

 

 そこまで考えて、

 

「……そんなに美人?」

「客観的に判断して……」

 

 淡々と肯定される。なるほど。

 鏡で初めてこの顔を見た時、めっちゃ美人、などと思った覚えはないのだが、確かに悪い部分は出てこなかった。

 欠点が思い浮かばない顔立ちというのは、消去法で美形の域に入るのかもしれない。平均的な顔こそが美男美女、というヤツか。非モテのせいで目が肥えすぎていたのかもしれない。

 俺の微妙な沈黙を何ととったのか、

 

「外見などただの器に過ぎない。容姿だけがお前の全てではないだろう」

「それはそうなんだろうがジェノスに言われるとクソ嫌味にしか聞こえない」

 

 一般人の人気投票で速攻上位に来るような男に言われてもね、という素朴な感情。

 

「そして俺はお前に特別な感情などない」

「いや明らかにそっちのほうがありがたいんだけど、俺はサイタマが好きって言ったよね?」

 

 ハゲとサイボーグに取り合われる怒気怒気☆ラブライフってか。やかましいわ。

 

「どーしよ……」

 

 頭を抱える。

 後から悔やむと書いて後悔である。つまり、全ては手後れなのだが、今だけはその無意味な感情に浸らせてほしかった。もう何も建設的な案なんて思い浮かびそうに──

 

「ジェノス」

「なんだ」

「今から熟女モノのAVを買い込んできて、それとなくジェノスの布団の下に隠そう」

「断る」

 

 現実は非情である。





今回はまず初めにお詫びを。
「レディ・フロスト」ですが、既に別の商業作品で使われていた名前でしたので、ちょこっと変えました。
誰でも思いつきそうな響きではあるのですが、同じヒーローものかつ氷の能力者、というところで(こちらの作品を同時に知ってらっしゃる方もいるようですし)、二次創作の分際でさすがにノイズになるだろうと考えた結果です。
というか、自分のリサーチ不足が一番の問題で、それくらい前もって調べておけよというだけの話なんですが……そういう訳で、変更のお知らせとお詫びです。
投稿翌日くらいには把握していたんですが、ばたばたしていて手をつける暇がなく。対応が遅くなったという点でも申し訳ありませんでした。

と、いう訳で、ずっと書きたかったお話です。ままならねえーみたいな描写を書くのが好きなんだと思います。

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