うっかり怪人♀になってしまったっぽいが、ワンパンされたくないので全力で媚びに行きます。   作:赤谷ドルフィン

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自分さえ良ければいいなんてそんなの当たり前じゃないか

 ジェノスと別れ、部屋に引きこもり。

 まんじりともせず夜を明かして、朝。

 

「……協会からメール……?」

 

 朝陽射し込む部屋のベッドで、そんな通知を見た。どうやらZ支部から出動の呼び出しらしい。

 それはまだいいのだが、

 

「まさか海人族絡みじゃないよな……」

 

 どうしても頭をよぎるそのワード。時期が時期なので恐ろしい。

 とはいえ、そんなことを馬鹿正直に言って辞退する訳にもいかない。ついでに見た災害情報、J市の部分に『海』の文字は未だなかった。

 

 

 

 

 で、とりあえず。

 断る訳にもいかないし……としぶしぶ向かった先のエントランスホールで、何となく覚えのある柄物スーツの男性を見かけた。

 てらてらと、エナメルでもないのに生々しく光り輝いているあの複雑な斑点模様は。

 

「……スネックさん?」

 

 思わず名前を呼ぶと、スーツの襟元を整えていた彼がこちらを見た。神経質そうな顔に、驚き混じりの優しい笑みを浮かべてみせる。

 

「ミス・フロスト。……久しぶりだな」

 

 ──A級ヒーロー、蛇咬拳のスネック。

 共同任務、と文面にちらっと出てきたあたりで嫌な予感はしていたのだが、案の定、適当に寄せ集められたヒーローと組まされる流れらしい。俺の能力が集団行動に向かないことくらい、ちょっと考えればわかることだろ。

 しかし、苦虫を噛み潰したような俺の心境とは別に、スネックの態度は非常に友好的だ。

 

「ヒーローネーム命名、おめでとう。セミナーの講師でしかない立場だが、俺も誇らしいよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 予想外にちゃんと先輩として祝福されている。

 あっサイタマにワンパンされた傷はもう癒えたんすね、みたいな感想しか出てこないのが申し訳なくなってきた。というか、普通に顔と名前を覚えられていたのが意外だった。

 そこで、少し離れた位置で雑談していた3人組の存在に気づく。みな若い男で、2人は普通の一般人のようにも見えたが、もう片方は何というか、玩具のロボットじみた見た目だった。

 

「あちらの方々は……?」

「ああ……一緒に招集されたヒーローだろう」

 

 まだいたのか、しかしさすがに2人きりということはなかなか無いよな、と思いつつ。

 話題に上がったことに気づいて、こちらに近づいてくるその3人組に、ふと。違和感のようなものを覚えた。もっと言うならば──胸騒ぎ。

 背筋がざわつく。散らばっていた点と点が結びついて、不吉な形を成していく。

 

「既に名前は知っているかもしれないが……B級ランカーであり、超能力者のミス・フロストだ」

 

 スネックの紹介に、なぜか微かなどよめきが起こったが。今の俺は、それについていちいち反応している余裕もなかった。

 

「こっちは、」

「……オールバックマン、ジェットナイスガイ、ブンブンマン……」

 

 思わず、スネックから奪う形で彼らのヒーローネームを呟いていた。3人は純粋に、怪訝に微かな喜びの混じった表情を浮かべてみせる。

 

「なんだ、知ってたのか」

「あんたB級だろ? C級の俺をよく……」

「俺も有名になったってことかな」

 

 順当に考えて思いつくであろう的外れな疑問、感想。口々に述べる彼らの顔には、ヒーロー然とした自信が薄っすらと滲んでいる──まだ。

 でも、そんなことは俺にはどうでもいい。

 

「……ええ、まあ」

 

 適当に微笑んで、場を濁した。

 本当のことなんて、言える訳がない。なぜ、俺が彼らの名前を知っているのか。その並びに何を覚えたのか、なんて。

 強いて言うなら、どうしてこんな状況になっているのかの疑問はあった。

 

「どんな任務かは知らんが……A級と超能力者がいるなら心強いぜ」

 

 ジェットナイスガイが無邪気に笑う。

 そのタイミングで、奥から出てくる黒スーツ。ヒーロー協会のロゴが記されたタブレットを抱えた彼は、俺たち5人を据わった目で見比べ。

 

「集まったようだな」

 

 手元のタブレットを何やら操作したと思えば、延々とプロモーションムービーを流していたホールのスクリーンが、ぱっと切り替わり。

 ──端的に言えば、空飛ぶ巨大な亀、が街中を飛翔する粗い映像が映し出された。

 

「時間が無いので手短に話す。……J市の砂浜に打ち上げられ、Z市の研究所で調査していた巨大な卵らしきもの──それから孵ったウミガメの怪物が集団で逃走して、街に被害を及ぼしている」

 

 依頼内容はもはや言わずともわかる。

 つまり、シンプルに管理ミスの案件、しかもその事後処理を押し付けられたということらしい。

 

「きみたちには、その討伐を頼みたい」

 

 嘆かわしいとは思いつつ、それでも深く失望したりはしなかった。グリズニャーに始まり、原始人スッポン、ウロコドンと、そういった単純かつ重大なヒューマンエラーには事欠かない世界だ。

 呼び集められた彼らも、そこを今さら問い詰めようというつもりはないようで、

 

「そいつらは今どこに?」

「しばらくZ市街をうろついていたが、つい先ほどから一方向に……J市に向かっているらしい。海に帰ろうとしているようだ」

「卵の時点で壊せばよかったんじゃないのか?」

「外殻が異常に硬く、S級の力を借りても破壊するのが困難だった……」

 

 無理に手を出そうとせず、海に放り込むなりして放置しておけばよかったのではないか。

 怪人を飼いたい研究したい、という欲求はよくわからない。容姿にかかわらず俺はできれば近づきたくもないが。ブーメラン発言でしたね。

 

「わざわざ来てもらったところ悪いが。今すぐJ市方面に向かって、ウミガメ──海獣バタバタメットの群れを追いかけてほしい」

 

 またぎりぎりのネーミングセンスだよ、とか、そういうところは気にならなかった。

 

「……J市……」

 

 不思議と落ち着いた気持ちで反復する。

 しっかり嵌まり込んだ、その最後のピースを。全ての理由を。協会の男が不審そうな顔をした。

 

「……何か?」

「いえ、」

 

 やんわりと、首を横に振る。

 でき得る限り笑みを取り繕って。

 

 ──今まで、避けられる危険、避けられるイベントはできるだけキャンセルしてきた。

 けれど──事件が向こうから転がり込んでくることもある。それを改めて噛み締めていた。

 きっと、今さら逃げても無駄なのだろう。極りきった運命は、必ず元の位置に収束していく。

 俺という異物を組み込む形で、もう事態は動き始めている。

 今は、この案件についてだけを考えよう。

 

 拳を強く握り締める。きつく。

 恐ろしい、という感情はなぜか無く。

 漠然と、武者震いのようなものだけを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、協会の社用車を借りて、それでバタバタメットを追うことになった。

 リアルタイムでその群れを追尾しているらしい特殊なナビの案内に従って、道路を爆走する。運転担当は、オールバックマンにじゃんけん勝負で負けたブンブンマン──B級以上は主要な戦力だろうから、と譲ってくれた結果だった。

 助手席、開け放した窓から身を乗り出しつつ、後部座席のスネックに呼びかける。束ねた髪が強風に煽られて鬱陶しい。

 

「説明がなかったですけど」

 

 この位置から顔を上げると、屋根の上で待機しているジェットナイスガイがちらっと見える。5人が詰めて乗ると狭いし、自分はサイボーグなので良いということらしい。ナイスガイである。

 

「どうしてこのメンツなんでしょう」

 

 それを眺めながら、言葉を続ける。

 原作通り深海王を迎え撃つための布石、単なる結果論だとしても、その理由は気になった。

 シートにもたれかかり、腕を組んでいたスネックはふむ、と小さく唸って、

 

「Z市付近にいたヒーローに一通り呼びかけた結果だろう……きみはあそこに住んでいるんだよな?」

「まあ、はい」

 

 思った以上にシンプルな結果だった。

 もしかして、サイタマや無免ライダーにも声が掛かっていたりして。おそらくそれに従うと原作に示されるストーリーと変わってしまうから、現状の通り、無視するなり気づかないなりでスルーしたのだろうけど。

 

「そろそろ近いぞ!」

「あ、あれじゃないか!?」

 

 オールバックマンとジェットナイスガイの声で、視線を前に戻す。

 確かに、前方数十メートル先を優雅に浮遊する平べったい何か。ウミガメと呼ぶには甲羅の主張が激しいし、無駄に小さな羽が生えている。

 

「デカいし、確かに飛んでる……低空だけど」

「海に帰る必要はなさそうだが」

 

 ひっきりなしに警報が流れているおかげか、通りにもはや人や車の姿はほとんどない。それはいいのだが、高度が微妙すぎるせいで、ちょくちょくビルの角に当たって外壁が削れたりしている。

 

「どうしたものか」

「うーん……墜落させればいいんですかね?」

 

 ブンブンマンが視認しやすいぎりぎりまで車を寄せてくれたので。とりあえず目を凝らして、ぱたぱたと上下に動く白い翼を凍らせてみる。

 すると、急激に浮力を失ったらしい体がすうっとシームレスに落下し始めて。それなりの地響きを立てて、コンクリートの地面に激突した。

 見守っていた他のヒーローにも驚きの光景だったらしく、風切り音に混じって微かに息を呑む音が耳に届いてくる。

 

「羽が弱点か!」

「あんな小さな翼でよく飛べるな……」

 

 道路を塞ぐ形でめり込んだバタバタメットの前で、セダンがスムーズに停車する。そこから華麗に降り立つジェットナイスガイ、そしてスネック。

 

「よし、撃墜されたものから倒していくぞ」

 

 

 

 

 

 バタバタメット自体は、生まれたての幼体だったということが幸いしてか。

 大して人間に敵意がある訳でも、戦闘能力が高い訳でもなく、あっさりと討伐が完了してしまった。海に潜んでいるのだろう成体のことを考えると少し恐ろしいが、今はとりあえず良い。

 頭を潰して仕留めた最後の1体を背に、やり遂げた、という顔でこちらに歩いてくるジェットナイスガイ。

 

「これで最後か?」

「結局、J市のほうまで来ちゃったなあ」

「ええ……」

 

 まあ、そうなのだ。

 そういうシナリオであるからとはいえ、兄弟を殺されたバタバタメットは『全力逃走』という形で抵抗を見せ。結局、J市に入る辺りまで引きずられることになってしまった。

 ネクタイを緩めていたスネックが、ぼうっと空を仰いで、渋い顔をする。

 

「天気が悪いな」

 

 つられて、顔を上げる。Z市を出た頃には晴天が広がっていた空だったが、今は確かに、錆びたような色の雲がびっしり敷き詰められている。

 気味の悪い景色だった。

 

「雨、……降りそうですね」

 

 意図せず、そう口に出していた。脳裏に、同じことを呟いた存在の姿を思い浮かべながら。

 

「そうだな……ん?」

 

 協会に報告するためだろうか。軽い調子で応えながら、ジャケットの内側から端末を取り出したスネックが、妙な顔をした。

 その瞬間、嫌な痺れが背筋に走った──ような、気がした。

 

「おい。……J市に新しく警報が出ていたらしい」

 

 呆然の滲むそんな呼びかけで。

 現実逃避から、ゆっくりと引き戻される。

 俺が生きるこの世界から、“ワンパンマン”という漫画がなぞらざるを得ない『現実』へと。

 

「災害レベル虎。海人族を名乗る怪獣が数体、J市南部の浜辺から上陸、だそうだ」

「どうりで人が少ないと……この様子なら、住民はもう避難を始めているようだな」

 

 何も知らない彼らは、真面目な顔でこれからのことを話し始めている。

 その怪人は、虎じゃなくて、鬼になります。その兵士よりももっと強い個体が出てきます。

 あなたたちは、敵わないと知りながら。死ぬような目に遭います。

 思う。思うけれど──言えない。

 言わない。

 

「海岸沿いだとここからまだ距離があるな……とりあえず、このまま向かうぞ!」

 

 頷き合った彼らは──真っ直ぐ、指示が出ているのであろう方角に走り去っていった。

 きっと、俺も当然ついてくるもの、として見ているのだろう。けれど、俺は彼らの背中を黙って見送った。

 すぐについていく気分には到底、なれなかった。それはどうしてなのだろう。

 拳を握り締め直す。

 

 ──落ち着け。

 いや、落ち着いてはいる。

 自分で言うのも何だが、今の俺の心境は、不気味なくらいに凪いでいる。言い換えるならば、それ以外の感情の揺らぎさえ抑え込もうとしている状態だ。冷静に──冷静に。

 何をするべきかはわかっているはずだ。

 選び取れ。迷うな。

 見るな、言うな、聞くな。

 よりよい未来を。

 人類ではなく、怪人ではなく、俺のために。

 

 

 

 

「あ──あのっ!」

 

 背後から呼びかけられて、ふっと。

 自我に沈み込んでいた意識が浮上する。

 思わず振り返った先、8つの瞳が不安そうにこちらを見上げていた。

 

「ミス・フロスト……さん、ですよね」

「ヒーローの、」

 

 はしゃいだ格好の、男女4人組。若い、ととっさに思った。まだ学生だろうか。

 住民は避難したはずなのに、どうしてまだこんなところに、という疑問と、なぜ話しかけてきたんだろう、という疑問が、“ヒーローネーム”という中点をもって線で繋がっていく。

 ああ。今の俺はまだ、ヒーローということになっているのだっけ。

 

「えっと……お、俺たち、他の市から遊びに来てたんですけど、いきなりこんなことになっちゃって……」

「シェルターの場所とかよくわかんないしで……」

「助けてくれたらなーって」

 

 へらへらと、媚びるような笑みを振りまきながら、それでも口々に不安を訴えてくる。

 つまり、海人族の警報は恐ろしいが、土地勘がないので避難の誘導をしてほしいと。……待て、こいつらはどこに連れて行けと言った?

 

「シェルター……」

 

 ──なるほど。

 随分と入念な“伏線”だこって。冷めた気分でそう思った。嫌味ったらしくさえあった。

 丁寧に逃げ道を防がれて、それでもまだ俺は落ち着いていた。少なくとも、気分の上だけでは。

 浅く息を吸って、吐き出す。

 ミス・フロストとして。

 

「わかりました。一緒に行きましょう」

「あ、ありがとうございます!」

 

 幸い、シェルターの場所はすぐ見当がついた。道を挟んだ先に見えている、あの巨大なドーム型の建物だろう。

 という訳で少なくとも見える位置にはある訳だが、彼らに探す気がないというよりは、一般人だけで街をうろつくのを避けた結果と言えよう。この時点ではまだ海人族の残党がいるはずなので、その判断はある意味では正しい。

 そこまではまあ良かったのだが、彼らを引き連れ始めて間もなく、

 

「フツーに美人じゃん」

「な。フブキもそうだけどさ……電話番号とか聞いたら教えてもらえんのかな」

 

 男子2人の囁きが、耳に届いてきた。

 で、ちょっとやめなよ、と女子の仲裁。

 ……別に、こちらもいちいち「時と場所を考えろ」と目くじらを立てるような感性ではないが。

 それでも何というか、男のこういうアレって、一歩その輪から外れると本当に馬鹿馬鹿しくて鬱陶しいんだな、というような発見はあった。薄ぼんやりと共感性羞恥を覚える。当人らは楽しいのだから、それでいいのかもしれないが。

 

 そんなことを考えつつ、角を曲がろうとしたところで。

 

「──まだ、人間が残っていたとはな、」

 

 その“海人族の残党”と、どんな因果かばったり出会してしまった。

 強いて言うなら2足歩行のチョウチンアンコウといった風情の見た目。こちらとしても海人族の残党がまだいたとはな、という感想である。

 

「ひっ、」

 

 災害レベルは見るからに虎か狼だが、丸腰の一般人である4人は当然驚き、怯えているようだった。男子2人のふざけた会話が速攻で引きつった悲鳴へと様変わりしてしまう。

 

「まあ良い、王への手土産に──」

 

 だらだらと前置きがうざったい。

 こちらは名前を名乗ることさえ面倒臭がっているというのに、随分と自分に自信があるようで。

 その間に凍らせて、粉々に砕いてやる。水分量の多いナマモノは力の通りがだいぶ良い。

 物言わぬクラッシュアイスになった海人族から、黙ってしまった学生を振り返る。

 

「皆さん、」

 

 すっかり青褪めてしまった彼らは、その呼びかけだけで可哀想なくらい肩を震わせた。

 

「絶対に、私から離れないでくださいね」

 

 ひとまず、それだけを告げておくと。

 蒼白の顔をぎこちなく見合わせて、

 

「は……はい……」

 

 良い返事が聞けたので、前に向き直る。

 シェルターはまだ遠い。

 着いたら何をしよう。何をするべきだろう。

 気分は落ち着いている──落ち着いている、はずだ。むしろやや急いている、といったほうが正しいのかもしれない。常に一歩先を進んでいるような、奇妙なちぐはぐさを覚えている。

 いや。問題ない。やれる。

 大丈夫。俺は、大丈夫。

 そう、内心だけで繰り返す。

 

 途端、ごろごろと空が鳴いて、視線を上げた。

 濁った雲の群れに走る不気味な閃光。乾いた鼻先を、重く湿った空気が這っていく。

 いよいよ、雨が降りそうだった。




主要イベントを今までがっつりスキップしまくっていたことに改めて気づきました
全然関係ないけど最初から読み返してたらやっぱりサイタマ中学生から始まるTSFおねショタ見てぇーという感情になってしまいました(※犯罪) 中学生は別にショタではない?
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