うっかり怪人♀になってしまったっぽいが、ワンパンされたくないので全力で媚びに行きます。   作:赤谷ドルフィン

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コメント欄に預言者がいましたね



幕間 夏だ!!海だ!!以下略

 ──深海王の一件で。

 海水浴やオーシャンビューが絡んだ観光業で有名なJ市に(はからずも)足を踏み入れたものの、実際に海を見ることはできなかった。

 前世も内陸寄りの生まれだったし、今世では言うまでもなく引きこもりがちなせいで、最後に海に触れたのはトータル何年前になることやら。

 

 ……そんな訳で、ばったり通路で出会したサイタマとの雑談でぽろっと「海行きたいなー」なんてこぼしたのが良くなかったのだろうか。

 考え無しと行動力の融合召喚であるところの彼はあっさりと、「じゃあ明日にでも行くか」と返してくれた。

 軽い気持ちでも口に出した手前断るのも気が引けて、その結果は、推して知るべし。

 

 

 

 

 

 

 

 ……というか、明日?

 明日っていつの明日よ、じゃなくて、海に行くならそれなりの装備が必要なんじゃないか。例えば水着とか、水着とか、水着とか。

 なんも持ってねえぞ。

 ──ということにテンパりつつもぎりぎり思い当たった結果。サイタマと別れた後、速攻で街に出て、今は適当に目をつけたショッピングモールの中に居る。

 はい、ようやく現状に戻ってこられた。

 

「……水着……」

 

 それが売っている店の前で、頭を抱える。

 なんか謎にはしゃいでというか慌ててしまったが、さっそく賢者タイムに入ってしまった。

 女子の水着。甘美な響きではあるが、今の俺はそれを鑑賞する側ではなく、実着する身なのである。

 要するに、ドキワクなイベントではなく己の羞恥心との戦いな訳だ。ウヒョー女の姿なら売ってる水着見放題だぜとかそういう気分にもなれない。既にストレスがヤバイ。

 

「はあ……」

 

 緊張で嫌な汗をかきそう。かかないが。

 未だにスカートを穿くことさえ少し躊躇ってしまうのに、水着なんてレベルが高すぎる。

 “露出度は下着とほぼ同じなのに水着だと恥ずかしがらないの草”みたいなツイートが昔バズっていたような気もするが、つまり≒下着姿なのだ。いきなりそんなところまで割り切れない。

 

「でも、アピールチャンスではある、よな……」

 

 不可抗力ながら全裸まで見せておいて何だと思われるかもしれないが、これは合法的に肌を露出するチャンスかもしれない。

 日常生活でホットパンツを穿いたりへそを出したりするのは一般的な格好とは呼べないが、ビーチでビキニ姿なのは何もおかしくない。おかしくはないが、男は皆、そういう際どい水着姿にあらぬ妄想を膨らませる訳で。

 

 ──行くしかない、か。

 

 “覚悟”を決めて一歩足を踏み出したところで、

 

「──あら、セツナじゃない?」

 

 おゲェーッ。

 なんか聞きたくない懐かしい声が聞こえた気がした。

 できれば幻聴ということで処理したかったが、俺の脳内円卓会議は満場一致で『現実』という裁決を下している。

 

「久しぶりね」

 

 しぶしぶ振り返った先、圧倒的な存在感を持って佇む黒髪のクールビューティこと、地獄のフブキ。体感的にホント久しぶりですね。

 

「……じゃなくて、ミス・フロスト、のほうが良かったかしら」

 

 イカしたセリフにも苦笑いしか返せない、いや会いたくなかったマジで。

 

「……お久しぶりです、フブキさん」

 

 いよいよサイタマ襲撃のXdayが近づいているんだよな、と考えるだけで胃が痛い。どういう対応が一番波風を立てないだろう。何も思い浮かばねえんだけど。

 ……と、冷や汗だらだらの俺の内心など露知らずなフブキは優美に頬へ手を当て、

 

「まあ……私もセツナのほうがしっくり来るわね」

 

 ヒーローらしさをかなぐり捨てて名前呼びを選んだと思われた? いや、フブキさんのヒーローネームって本名ガン入りじゃないっすか。

 

「深海王の件、大丈夫だったの?」

「え、ええ、まあ……」

「肉体は最悪何とかなっても、脳はやられたらおしまいなんだから。超能力者はそういうところに気を使って戦わないとダメよ。……元気そうで良かったわ」

 

 これまた心臓に悪い世間話だぜ。頼むから一緒に映ってたハゲとかサイボーグとかとの関係性を邪推しないでください。

 

「で、今日はどうしたの? 一人でショッピング?」

 

 オイオイ、どう足掻いても全方位メンタルに厳しい話題しか来ないじゃねーかよキャサリン。これだから会いたくなかったんだよこの人と。

 

「……実は、海に行くのに水着を買おうかと」

 

 精神に過負荷が掛かることはもはや避けられないが、ここで嘘をつくメリットがなさすぎる。

 長期的に見て必要に迫られない限り、できるだけ正直に生きたいのだ。という訳で、シンプルに事の次第を伝えてはみたが。

 フブキは途端、綺麗なエメラルドグリーンの瞳をそれこそ宝石のように煌めかせて、

 

「えっ誰と? お付き合いしてる人?」

「と、友だちです、友だち!」

「ふぅん?」

 

 やべえ何か話が一周してないか?

 こっちはサイタマやジェノスから離れた話がしたいんだってば。やっぱり女性は恋バナ好きだねえとかのほほんとしてる場合じゃない。

 

「水着ね……どういうのがいいとかはあるの?」

 

 まあ何とか、意味深な「ふぅん?」を頂戴しただけでその場は凌げたようだが。今度はまた別の角度から刺された。水着の種類なんぞ知らん。

 

「あ、えっと……よく知らないんですけど、とりあえずビキニみたいなのがいいかなって」

 

 上下繋がってるスク水型(正式名称知らん)がメンタルには優しいが、やっぱり水着っつったらビキニだろ、という性欲を抑えられなかった。どうせ恥をかくなら最大限の見返りを求めていきたい。

 

「……ビキニ……」

 

 えっその“間”は何。怖いんだが。

 

「そうね、ビキニタイプ……」

 

 ……なぜかフブキの反応が悪い。気がする。何なんだよ、俺何か女子的に地雷踏むようなこと言った?

 俺がどぎまぎしている間に、フブキはするっと俺の脇を通り抜けいやめちゃくちゃ良い匂いした。閑話休題。一足先に店に入り、スムーズな動きでハンガーに掛かった一着を手に取る。

 

「……こういうのはどう?」

 

 下は普通のショーツ型で、上は……何だこれ。肩紐が無くて、ひらひらした布がぐるっと一周あるだけ。見慣れないフォルムだった。

 

「オフショルダーのフレアトップ」

 

 何それ、復活の呪文とか?

 

「そういうのもあるんですね」

 

 キモいオタクなので、ツイッターで見る魔改造されたビキニか白スク水くらいしか水着のボキャブラリーがなかった。婦女子がインスタに上げるナイトプール写真にありそうな、性をいたずらに強調しないオシャンなデザインである。

 

「そうよ。露出が気になるなら……ほら、ああいう、ほとんど洋服みたいなタイプもあるし」

「はあ」

 

 フブキ氏が指し示すは、てっきり普通のお洋服かと思っていた一角。あれも水着なの、ソシャゲで実装したら阿鼻叫喚の大地獄になりそう。

 

「まあ、私はせっかくそういう場に行くなら肌を出したいと思っちゃうタイプだけれど」

 

 そうでしょうねとボクは19巻裏表紙の美麗イラストを思い浮かべました。というかこの人、扉絵とかでちょくちょく露出多めの格好してるな。

 まあ顔とスタイルが良いだけはある。

 

「この色とか、似合うんじゃないかしら。雰囲気がマリンっぽくもあるし、あなたらしくて良いわよね」

 

 で、おしゃれ番長フブキが手に取ったのは、ネイビーブルーに白のラインが一本入ったデザインのもの。腰の左右にはリボンがついていて、これって二次元だけのものじゃなかったんだと思った。さっきから二次元の話しかしてねえ。

 

「ほら……こういうフレアなら、体型のカバーも可愛く出来るし……ね?」

 

 ん? 

 体型のカバーとな。

 つまり──ぺえがねえからこれでサイズ感を誤魔化せと仰っている?

 ぺえも無エ

 ケツも無エ

 太ももそれほど育ってねエ

 俺らこんなカラダ……いや勝手に乗っ取っておいて嫌とかいうのは失礼とかの次元ではない。すみません。

 しかし『貧乳』とかいうちくちく言葉を『見せるならカバーしたほうがいい体型』というふわふわ言葉に変えるフブキ組の首領の手腕には恐れ入っ……いや普通に傷ついたわ、意味変わんないんだもん。というかフブキに「コイツ乳ねえな」という感想を抱かれていた事実に傷ついた。

 

「そう……ですね……」

 

 とりあえず生返事しつつ、視線はついタイトなドレスを押し上げる質量に行く。相変わらず我が不毛の地と比べるのもおこがましい豊穣地帯である。

 まあ、総括すっとビキニっつうのはそもそもぺえが豊かな人種が着けるモンで、無ぇ人種はせめてフリルで荒野をカバーしろっつうことだな! ひゃー、オラたまげちまった!(CV. 野沢雅子)

 

「ありがとうございます、わたし、こういうの詳しくなくて……」

「ふふ、見ていれば何となくわかるわよ。まあ、そういう面倒見てあげたくなるところもあなたの魅力かもしれないわね」

 

 おい、もうこれ中身男の激喪女ってことがバレてねえか? 恵まれた容姿からクソみたいな人格。本当に申し訳ないと思っている。

 

「──あら、もうこんな時間? じゃ、私はもう行くけれど……今度行きたくなった時は声掛けてちょうだいね」

「アッハイ……」

 

 おしゃれな腕時計を一瞥、後。そう言って、おしゃれ番長は颯爽と店から去って行った。

 微々たるおしゃれ知識を得た代わりに回復不可能なダメージを負った気がする。──あ、とりあえず、勧められた水着は買いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、翌日。

 

「……海だー」

 

 思いもよらぬ傷を負ってしまったが、それでも何とかJ市の海岸にはやってきた。移動方法は言うまでもなくウッディ人形再びであり、そういった面で肉体的にもダメージを受けた気がする。

 

「海だな」

 

 隣に立つサイタマはいつも通りのTシャツにサルエルパンツ、サンダル姿。近所にゴミを捨てに行くのと同レベルのコーディネート。

 

「先生」

 

 それでこっちは当然のように無言で着いてきたジェノス君。もうお前が狂サイボーグだ。

 

「……セツナはともかく、」

「ん?」

 

 耳打ちしたいんだかしたくないんだかわからない微妙な声量で繰り広げられる会話、なんかイライラするな。

 

「サイタマ先生は深海王の一件で市民に目をつけられています。変装もなく人目につく場所へ向かうのは得策ではないかと」

「わぁってるって。目立たねー端っことか行きゃいいんだろ?」

 

 会社や学校なら明らかに「わかってないよね」とツッコミが入るお返事だったが、サイタマ全肯定マシーンのジェノスは当然そんな正論に踏み込むことはなく。不承不承が滲む顔で、

 

「……まあ……」

 

 一瞬、この女さえいなければ、みたいな目で見られた気がしてぞくっとした。ホントこの子怖い。

 

 

 

 

「海だなー」

「海だね……ほらサイタマ、コンブが打ち上げられてる」

「なんでそれを俺に報告した?」

「それは形状からしてワカメだ、間違えるな」

「うん、そういう問題じゃねえんだけど」

「拾ったら食べれるかな」

「先生、海藻の発毛作用には医学的根拠はなく……」

「だからなんでそれを俺に言う!?」

 

 ビーチの端の端、砂浜よりも岩場が目立つような辺境の海辺を、駄弁りながら並んで歩く。

 潮の満ち引きだとか海の荒れ模様だとかの知識はさっぱりだが、不安にならない程度に穏やかに寄せては返す白波を、ただ眺める。一番海に近い位置のサイタマがやけに海岸線から距離を取っているので、わざわざ詰める気にもなれず。

 磯臭いなあとよくわからないライブ感を楽しみつつ、打ち上げられた海藻やゴミを横目に、砂浜を踏みしめるだけのお散歩である。

 

 ──大した距離もないビーチなので、数分も歩けば行き止まりらしいテトラポッドの山まで辿り着いてしまった。

 それで、次は何をするつもりなんだとこわごわ振り返ったサイタマ曰く、

 

「……じゃ、帰るか」

 

 衝撃の発言。

 

「は?」「え?」

 

 いや……衝撃の発言。

 思わず素で聞き返してしまったが、サイタマは相変わらずのきょとん顔。

 

「帰るって……」

「いや……見ただろ海。え、ダメ?」

 

 見ただろ!? ちょっと衝撃的すぎて思考回路についていけないのだが、『海に行く』というお出かけプランが『鑑賞』で終了することある?

 

「み……見て終わりなの? そんな……お年玉上げるよって言って持ち上げてハイあーげた、みたいな」

「うん……? ちょ、」

「紅葉狩りじゃないんだからそんな……えっこっちの解釈が間違って」

「い、いやわかった、わかったから騒ぐなって!」

 

 サイタマには、そこまで捲し立ててようやく俺の最大級の困惑が伝わったようで、

 

「泳ぐ気だったのかよ」

「あ……当たり前じゃん」

「へー……」

「浮かれるな」

 

 いやなんで俺がマイノリティみてえな雰囲気なんだ。海来たら泳ぐだろ。見て終わりなんてそんなことあるか? 

 こっちはわざわざオフショルダーの水着をTシャツに捩じ込んでまで、小学生のプール時間並みに準備万端で挑んできてんだよ。

 

「大体お前、水着とかあんの?」

「あ、あるよ、ていうか着てきたんだよ!」

「あー、ああわざわざ見せなくていいわかったから!! な!?」

「すみません更衣室外でいきなり衣服を脱ぎ出した露出狂が」

「いやスムーズに通報しようとすな、下は水着なんだっつってんだろ!!」

 

 以下省略。

 一瞬、阿鼻叫喚の大地獄になりかけたが、何とか自然鎮火に持ち込めた。

 結局、俺の一歩も譲らない姿勢が伝わったのか、折れたのはサイタマのほうで。ポリポリとやる気なさげに禿頭を掻きつつも、

 

「お前が……わざわざそういうの着てきたんなら俺も買うって。……な、ジェノス」

「いえ俺は泳ぎませんが」

 

 ごくナチュラルに頑なである。肩肘張っているとかを全く匂わせない自然体な拒否、俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 

「俺は周囲を見張っていますので、どうぞ、先生はヤツと海水浴をお楽しみください」

「あ、そう……」

 

 まあ、確かきみ裏表紙で沈んでたしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紆余曲折あったものの、水着を買ってくる、というサイタマを浅瀬でちゃぷちゃぷしつつ待機。

 何となく想像はついていたが、冷たいとも温かいとも感じないな。人があまり来ないせいか、そこそこ澄んだ海水の流れを肌で楽しむ。

 海上だと、うなじを撫でる潮風が気持ちいい。今日は完全に上げきる形で髪を纏めているので、単なる1つ縛りの時とはまた違う感触だ。

 ……これも、海に入るからとわざわざ鏡の前で悪戦苦闘した結果の産物なんだよな。危うく無に帰されるところだったけど──と噂をすれば、

 

「あ、サイタマ……お、おう」

 

 気負いなく砂浜を歩いてくる半裸の人影。

 たかが海水浴に黒のブーメランパンツは攻め過ぎだろ、と思うのは俺だけでしょうか。

 

「ほら」

 

 両手に持っていた何かの片方を、自然な動作で放ってくる。ドーナツ型の半透明な、

 

「……何これ、浮輪? てか何この柄」

「なんか、ジェノスが使えってさ」

「いや柄……」

 

 臓物と人骨がプリントされた浮輪、明らかに夏のバカンスには不釣り合いだろ。どこで買ってきたんだよこんなもん。ヴィレヴァン?

 

「アイツも変なとこで心配性だな」

「………………」

 

 ジェノスの狂・思考をトレースしつつある俺にはわかるのだが、おそらくヤツは溺れた俺がサイタマとの人工呼吸へもつれ込むことを阻止しているに過ぎない。もしくはその演技でサイタマの唇を意図的に奪うことを。

 ……自分で言っていてちょっと不快になってきたが、ジェノスという男はそういう異常な『かもしれない運転』をするタイプなのだ。行動力とその想定の妥当性が比例しないタイプ。要するに狂人である。

 

「よっこいせ」

 

 若さの感じられない掛け声とともに、『NAIZOU』浮輪で大海原に乗り出すサイタマ。

 こちらとしてもわざわざ買ってもらったのに使わないのも気が引けて、ビニールの輪へ同じように体を嵌め込む。おお、懐かしい浮遊感。

 

「ふぃー。磯クセーな」

 

 情緒のない一言。まあ、サイタマに四季を楽しむ趣なんてものは期待するだけ無駄か。

 

「お前そんなに泳ぎたかったのか?」

「いや……まあ……うん」

 

 オニューの水着を見せたくて……とはさすがに恥ずかしくて口に出せなかった。さすがに。

 デリカシーが無い男なら、貧乳のクセにビキニかよとか言ってしまいそうなものだが、そもそもそこまでの閾値にさえ達していないサイタマからは何のコメントもない様子。水着だなあ、以上の解像度を求めるのはむしろ酷であろう。

 こちらとしても、コメントがないほうが正直、気は楽。

 

「海とかしばらく……行ってなかったから」

「ま、そーだよな。Z市には海ねーし」

 

 サイタマが揺れる水面を手で掬う。指の間から滴り落ちる塩水。

 

「お前は下手に海水浴場とか行けねーし」

 

 ……半裸をまじまじ見る状況など普通は有り得ないので当然なのだが、何もしていない状態でも鍛えていることがわかる体つきだな、と思った。

 ボディビルダーのようにキマっている訳でもなく、少女漫画の細マッチョのように物足りない訳でもない。理想的な体型だ。

 これで顔が良ければ、顔──

 

「サイタマちょっと……白菜のこと考えてみて」

「は? 白菜?」

「うん。例えば白菜が……何というか、異常気象で今年は全然収穫できないみたいな状態を」

 

 我ながら意味不明な例えだが、サイタマはそれを馬鹿らしいと一蹴するでもなく。

 

「……全然収穫できない……」

 

 本気モードの7割程度真面目そうな顔になって、状況のシミュレートに入ってくれる。

 ぐっと目が近づいて、薄味ながらきりりとした彫りの深い顔立ちになる。

 

「………………」

 

 なんか……普通にモテそうで怖いんだよな。

 原作にはサイタマの顔面のつくりに着目しているキャラはいなかった(はず)だけれど、性格と弟子に難があることを除けば、まあ優良物件だ。

 ハゲもといスキンヘッドがネックになっている部分はあるか。

 というかアマイマスクなんかにはモテ……いや、立場が似ている俺ってもしかしてアイツと同じ穴の狢? 若干不愉快になってきた。

 

「……で、白菜がどうしたんだよ。食いたいのか?」

「ぇあ」

 

 思考がトリップしかかっていたところに呼びかけられて、危うく転覆しそうになった。

 

「いや……そういう訳じゃない、けど……」

「ふーん?」

 

 いつもの間の抜けた表情に戻った彼が、くるりと水平線を振り返り。

 

「ま、来れてよかったな」

 

 あっさりと放たれたその一言に、一瞬、息が詰まりそうになった。

 

「お前がどっか行きたいとか言うの、珍しいだろ。だから、来れてよかった」

 

 特に何か、しんみりしているふうでもない雰囲気だった。それが一層、心に染み渡る。

 

「楽しいか?」

「……うん。楽しいよ」

 

 楽しい。

 もう二度と、得ることはないかもしれないと思っていた純粋な感情。それを俺が持つことを素直に喜んでくれる存在がいる事実を、今更ながらに尊ぶ。

 

「つーかお前、ちょっとずつ離れてんぞ」

「潮の流れかな……あ、」

 

 ぐっと。自然な動作で手首を掴まれて、引き寄せられる。それが思ったより力強い動きで、浮輪がぶつかるくらいの位置まで近づいてしまった。

 いきなり距離が縮まって一瞬どきりとしてしまったが、当のサイタマは妙に上の空で。凪いだ水面──というか、その底をじっと見つめている。

 

「サイタマ……?」

 

 その横顔が何だか憂鬱そうに見えて、思わずその名を呼んだのと同時に。

 

「……海、こんだけ広くて深いんだから、深海王以外にもつえーヤツっていたりすんのかな」

「………………」

 

 いや戦闘の話かーい。

 ずっこけそうになった。ジェノスの影に隠れて忘れがちだが、彼は元祖戦闘狂なのである。

 しかし、サイタマも変わらないな、と暢気に捉えられていたのは、そこまでだった。

 

「……そう考えねーと、なんか、ヤになるんだよな」

 

 続いて何気なく紡がれた言葉に、何となくどきりとした──ような、気がした。

 

「……嫌になる?」

「おー」

 

 当のサイタマはいまいちシリアス感の足りない雰囲気だが、投げられた内容自体は深刻だ。

 サイタマという男の、根幹を成す問題。

 

「なんつーか……上手く言えねーけどさ。このままだとなんもかんも、どーでも良くなりそうで」

 

 何もかも、どうでも良くなりそう。

 漠然とした口ぶりだったが、それゆえに滲み出す切実さを感じる。乾いて、冷たい感情。

 

「嫌なのに……どうしようもねーっていうか……」

 

 ──俺にサイタマは救えない。

 とっさに、そう思った。

 彼は俺に影響を与え得る存在であるが、俺に彼の歩む道筋を変えることはできない。

 そこまで考えてふと、思い出したことがあった。

 

「……つまらない日常の外側からやって来た」

 

 ブタの貯金箱と、“俺”。

 強すぎる彼の退屈を満たすモノ。この世界における、最後のパンドラの匣。

 崩壊への一手となり得るかもしれない。

 けれど、それで彼を手繰り寄せられるなら。それでもいい、と思った。ほんの一瞬でも。

 

「まだ、そう思う?」

 

 どこか遠くを見つめていたサイタマの瞳が、戻ってくる。何も映していなかった三白眼を、俺の瞳がジャックする。

 

「……セツナ、」

 

 絞り出すように名前を呼ばれて。

 ──その瞬間、遠くのほうで爆発音のようなものが聞こえた……気がした。

 

「え、」

 

 サイタマが屈めていた背を正して、そちらを振り返る。怠そうに首の後ろへ手をやりながら、

 

「……なんか、向こうが騒がしいな」

 

 よく見れば、煙のようなものが上がっているのも見える。

 海水浴場で何かトラブルでも起きたのだろうか。

 何となく落ち着かない気持ちできょろきょろ辺りを見回していたら、

 

「ジェノス」

 

 防波堤の上でこちらを見ているらしいサイボーグの姿が見えた。

 何かを呼びかけているようだが、距離がありすぎるのと波の音がうるさすぎるせいで、何も聞き取れない。もしかして、もしかしなくても、あの騒動に関係することだろうか。

 

「なにか言ってる?」

「え、遠すぎてわかんねえ」

 

 宇宙最強の五感を以てしても、ジェノスのアピールが意味するところは理解できていないようで。ちょっと安堵するとともに、事態が全く解決に動かない不安感が募る。

 

「アイツ……小刻みにチカチカ光ってねーか」

「わかんない、モールス信号とかじゃない?」

「フツーに伝えろや!」

 

 こっちに来て直接言うか、もしくは自分で何とかすればいいのに、そのこだわりは何だ。

 

「まあどーせ怪人とかだろうけど……」

 

 明らかに面倒臭いですの顔をしつつも、海から上がる姿勢を取るサイタマ。ジェノスの忠告を全て無視して、解決に動き出す構えらしい。さすが腐っても趣味がヒーロー活動の男である。

 怪人、か。まあこの世界では、何か騒動が起こったらそれは大体怪人のせいなんだよな。

 ビーチに出没する怪人。

 そこまでぼんやり考えて。

 ぱっと頭に思い浮かんだことは、奇しくもサイタマと同じだったらしい。

 無言で無表情を突き合わせる。

 

「まさか、深海王の残党……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガハハハハ! 俺は海水浴場での盗撮を咎められた恨みで怪人になった怪人ヒモホドキ! 無防備な女どもの水着の紐を解いて、あられもない姿にしてやるぜェーッ!」

 

 ──ん、で。

 すわ親玉の弔い合戦か──と慌て気味にビーチへ駆けつけた俺たちを出迎えてくれたのは。

 まあ……ノーコメントで。

 

「逃げろ、変態だーッ!」

「きゃああっ、気持ち悪いぃ!」

「自業自得だろうが!」

 

 めちゃくちゃ正当な言葉の暴力で殴られまくっているが、さすが超絶独りよがりな私怨で怪人化したタイプというべきか。全く落ち込んだ様子もなく、さっそく手近な女性客を襲おうとしている。

 いや──というか、

 

「そこは残党の流れだろ」

「ビキニ!」

 

 断末魔まで気色悪いまま、怪人ヒモホドキは俺の能力で氷結のち四散した。描写するのを躊躇われる容姿をしていたな。女性の敵。

 

「水着の紐?」

 

 ワンパンの出番がなかったサイタマが、退屈そうにぐるぐる右肩を回しながら声を掛けてくる。

 

「たぶん腰とか、背中とかについてるのだよ……わたしのもほら、」

「おお」

 

 会話しながら、できる限り早足でその場を離れることに尽力する。怪人が出たのでやむなく顔を出したが、ジェノスが言った通り、今サイタマがここで衆目を集めても何も良いことがない。

 しかしサイタマ、予想はしていたが、そういったちょっとアブない男の欲望みたいなものには全く興味がないんだな。相変わらず、デンジから毒気を全て抜いたような性格をしている。

 

 ──早々に人混みから離れて、もとの静かな海岸にまで戻ってきたところで。

 

「じゃあ危なかったじゃねーか、良かったな解かれなくて」

 

 ……小学生みたいな感想だな。心配してくれているらしいことはわかるけど。

 というか、ヒモホドキの時も思ったが、サイタマも──まあ、男として生きていたら気づかないものか。

 そこで何となく、優越感のようなものが湧いた。

 ちょっとした豆知識があって、それを披露する機会があれば、やってみたいと思うのが人間というものだろう。

 と、いうことで。

 

「……解いてみる?」

 

 腰元のリボン。

 その端をつまんで、差し出してみる。

 ちょっとした自慢の流れのつもりだった。しかし、サイタマは。

 

「……え、」「え?」

 

 めちゃくちゃ淡白な顔で静止してしまった。あまりの固まり具合に、うっかり能力でも使ってしまったかと慌てたくらいだ。

 サイタマはたっぷり数秒その場でフリーズしてから、今度はなぜか慌てた様子で、

 

「いや、お前、そ、…………」

「うん?」

 

 なぜかきょろきょろと不安げに周囲を見回すサイタマ。無論、他の人影などある訳もない。

 

「…………良いのか?」

 

 なんでそんな本気顔をする。

 

「良いけど」

 

 ただ女性の体になって知ったことを自慢したいだけなのに、こんな茶番を真面目に長引かせるのはこちらとしても気が引ける。

 だから、そろそろと近づいてリボンの端をつまんだ手を、

 

「あっ」

 

 ぐいっと、引っ張った。

 緩く蝶々に結ばれただけのそれは、スムーズにしゅるりと解けて。ただの紐となる。

 解けて──何も、起こらない。

 ゴムで支えられた水着は微動だにしない。そう、女性になって知ったことのひとつ。

 大半の水着は、紐で簡単に外れるような脆弱な作りはしていない。

 解いて取れるなんてフィクションの中くらいなもの。そりゃそうだ、実際に海水浴場やプールで脱げてしまったら猥褻物陳列罪扱いなのだから。

 

 ──馬鹿なんだよな、あの怪人。

 

「あっ──はは、だからこんなの単なる飾りなんだって、ば……え、どうしたのサイタマ……?」

 

 優越と愉快の混ぜものが、腹の底でぐつぐつと煮えたぎって。──サイタマの反応で、すうっと冷めた。

 

「………………」

「……え、なに……?」

 

 超、真顔。

 スン……というオノマトペが相応しい表情でこちらを見つめてくるサイタマに、原因を掴みきれない焦りが浮かんでくる。

 何。どうした。夢を壊されて怒ってるのか。さっきの怪人の時は全然そんな反応してなかったじゃん。

 焦る俺の前、というか背後に、

 

「うわっ」

 

 瞬間移動ですかと聞きたくなる勢いで現れたジェノス。しかも虹彩の消えた意味深な表情で、

 

「……公共の場で風紀を乱すな」

「みみみ乱してないが?!」

 

 だからまた端末を意味深に構えようとすな、お前はうさみちゃんか? 通報が趣味なのか?

 

「……もー、帰るぞ! お前ら!」

 

 サイタマはサイタマで、復活したと思えば何かご機嫌斜めだし。俺、また何かやっちゃいました? リアルになろう主人公の気分だ。 

 

「はい、先生」

 

 その鶴の一声で俺に圧を掛けるのを即座にやめ、一も二もなくその背を追うジェノス。

 俺だけが訳もわからず置き去りにされている。

 本当に、何なんだ。

 そう憤慨する気持ちも、なくはなかったけれど。まあ。

 

「……帰るかぁ」

 

 楽しかったから、いいか。

 それなりに晴れやかな気持ちで二人の後を追う。

 濡れていた時は良かったが、砂やら海藻やらが乾き始めた肌に張りついて気持ちが悪いな。

 

 ──さっさと着替えたい。

 

 そこまで思ったところで。

 ふと。

 

「あ」

 

 気づきたくないことに気づいてしまった、かもしれない。

 俺の不穏な呟きに、二人が揃って振り返る。

 気づきたくなかった。

 ……いや、もとはといえば過去の俺が悪いのだ。あそこで、あそこで気づいていれば。

 悔やんでも悔やみきれない。そんな悔恨を抱えながら、戦々恐々とこちらを窺う師弟に、声を絞り出す。

 

「…………下着忘れた」

「………………」

「………………」

 

 はい、現実ではあんまりやりたくないタイプのお約束でしたね。

 どっとはらい。





この幕間はただ書きたくて書いてるだけの番外編なので、時系列等はあまり気にしないでいただければ
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