うっかり怪人♀になってしまったっぽいが、ワンパンされたくないので全力で媚びに行きます。 作:赤谷ドルフィン
サイタマ宅のテレビで、唯一視聴が可能な無料の災害放送。
普段は怪人の出没情報などを報せてくれるはずのそれは、ここ数日、A市を襲った悲劇とその復興状況についてしか触れていない。
つまり、何もなければテレビが点けっぱなしなこのリビングでは、その惨劇がほぼ垂れ流しの状態という訳で。いつ遊びに行っても変わらない景色が流れている、というような事態が発生している。
──まあ、一緒に住んでいる訳でもないのにこんな頻繁に部屋を訪れるほうがおかしい?
今さらの疑問を漠然と反芻しながら、出される以前に自分で淹れた茶を啜る。
今日だって特に理由なんかなく、話したいことがある訳でもないのに、何となくサイタマの部屋で時間を潰している。無言の時間が居心地悪い訳ではないが、その間を保ってくれるのが更地にされた主要都市のライブ映像、というのはいささか気まずい。というか、見飽きた。
俺以上にそんな感想を抱いているであろう家主が、視界の端でおもむろにリモコンへ手を伸ばし。自然な動きで、テレビの電源を落とす。
胡座から立て膝に体勢を直し、
「そーいや、」
気負いないふうで、話題を切り出してくる。
一体何の話かと思ったのもつかの間、
「A市に行った時、S級のヤツらに会ったぜ」
確かに直近のイベントだったとはいえ、サイタマの口からその類のワードが出てくるなんて少し、驚いた。
代わり映えしないテレビの映像に飽きたのか、それとも一応は被災者である俺に気を使って別の話を振ったのか。……共感能力が欠如しているとしか思えない原作での立ち振る舞いを見る限り、前者だろう。
で、どういう反応が正解なんだろうか。
「……そうなんだ?」
「おー。お前みたいな超能力者もいたし」
とりあえず、生返事。しかし、サイタマは予想以上にこの会話を掘り下げる気があるようで。
彼がそもそも他人のことを覚えているのが珍しい──と思いつつ、話の種になると考えてわざわざ頭の片隅に置いていたのだろうか、と都合の良い解釈。
「超能力……戦慄のタツマキかな。2位の」
「名前は知らねーけど。緑のちびっこいのだよ」
命が惜しくないとしか思えない発言である。
「ま、超能力っつったって、小石を巻き上げるくらいなもんだろ? お前と大して変わんねーよ」
「………………」
またもやTPOによっては早々にZ市が半壊しかねない爆弾発言だったが、ゲリュガンシュプをその小石で仕留め、タツマキの攻撃をものともしなかった男の口から出たとなると名状しがたい重みを感じる。
──で、興味があるだろうと話を振ってくれたところ悪いのだが。俺も別に、プロヒーローに特別の関心がある訳ではない。
「……誰か、気になる人でもいた?」
まあ、ここで話を終わらせるのも何だし……と当たり障りない問いを投げてみる。
色良い反応を期待していた訳ではなかったが、サイタマは予想通り、薄味の表情で眉根を寄せて。
「気になる人ぉ?」
「うん」
場もたせに啜っていた緑茶が、底をつきかけている。ただ、改めて注ぎに行くのもタイミングが悪い気がして。ほとんど空になったコップを、手の中で弄ぶ。
「一応、プロヒーローの中ではトップクラスの人たちだからね」
ライバル視、もしくは神聖視。普通にプロのヒーローをやっていて、彼らの存在を全く無視できるような人間は、サイタマくらいなものだろう。
「別に……そもそも俺はよく知らねーし。お前こそ、ファンやってるヤツとかいないのかよ」
……意図的かどうかは知らないが、翻ってこちらを刺してきた。だから心臓に悪い話題なのでやめてください。
「俺より長くヒーローやってるんだろ?」
頬杖をつきながら、こちらを横目で見上げてくるサイタマ。特に他意はなさそうだが、
「……えー……?」
それにしても、返答に困ってしまう。
好きなS級ヒーロー、いるだろうか。
同じ世界で、同じ職業をやっているからこそ、前世と同じような目では見られない。
畏怖の対象だ。二重の意味で。
「いねーの?」
黙ってしまった俺に、サイタマが控えめに呼びかけてくる。
おかしいだろうか。
自分ではよくわからない。どう答えるべきか迷って結局、
「だって、サイタマより強い人いないじゃない」
間違いなく、素朴な本心ではある。
サイタマも納得してくれるかと思ったのだが、彼はなぜか飲もうとしていた茶で軽く噎せた。
「……なに?」
「いや、」
思わず尋ねてしまったが、サイタマはすすっと湯呑みを指先で遠ざけ。曖昧な否定。
その様子を見ているうち、ぽんと頭に浮かんだ人物があった。この場面で口に出しても妙な雰囲気にはならなさそうなヒーロー、
「まあ……バングさんには色々お世話になったからね。そういう意味では、応援してるかな」
サイタマが一番最初に出会ったS級ヒーローが、彼で良かった。
そういったことは、今でもたまに思う。バングの存在がまさかサイタマの抱くS級の印象に一役買ったなどとは思わないが、それでもだ。
当のサイタマは案の定ふうん、と気の無い返事をしてから。頭と同様、毛のない顎に手を当て。
「S級か……」
……想像していたより、意味深な反応だなと思った。
「目指してるの?」
「まーな」
お、これまた予想外……といっても、サイタマは原作のモノローグでも似たようなことを考えていた気がする。少なくとも、昇級の意志は見せている訳だし。
「そういうのにこだわりないかと思ってた」
「興味はねーけど……ジェノスがS級なのに、俺がいつまでもB級だのC級だのにいるのもなんか……アレだろ?」
相変わらず、根拠と理由の曖昧な思いつきである。
「……サイタマならすぐなれるよ、」
そう返して、今度こそ茶を補充するために、席を立った。
「……ひじきそんなに何に使うの?」
次にサイタマと出会したのは、Z市の町中でのことだった。言うまでもなくwithジェノス。
買い物帰りらしい彼らは膨らんだレジ袋を提げていたが、ジェノスはそれに加えて、右手に小さなダンボール箱を抱えていた。
ひじき、お徳用パック。
で、冒頭の発言に戻る。
その文字列を視認した瞬間、とっさに上記の疑問を口に出してしまっていたが。痛いところを突かれたと思ったらしいサイタマは、大袈裟に慌て出す。
「べッ……別にぃ!? ちょっと……テレビで見て食いたくなっただけっつーか!?」
「あー、うん、はいはい……」
今さら何を隠したり恥じらうことがあるのだろうと思いつつ。彼の残り少ない人間性の発露だと考えると、何となく可愛らしくもある。
「レパートリーが煮物しか思い浮かばないけど」
「だから……作るんだよ、ひじきの煮物」
「もう業者のレベルじゃんそれ」
唇を尖らせて、拗ねたような表情になるサイタマ。これ以上問い詰めてもしょうがないか。ひじきの煮物、美味しいしな。
「できたらわたしにも味見させてね」
「卑しいな」
「何? わたしをdisるタイミング窺ってた?」
ジェノス君、黙って話を聞いていたかと思えば、ナチュラルに乱入して罵ってきた。
「いいけど、お前も作るの手伝えよな」
むくれた顔のまま、サイタマがそう話を締めくくって。
「……で、こんなところで何してるんだよ」
すぐに元のスンとした顔に戻って、新しい話題を振ってくる。
「何って……仕事帰り、」
「先生」
わざとやったとしか思えないタイミングで、師匠に声を掛けるジェノス。思考がロケット鉛筆式のサイタマはそれで素直に顔を上げる。
「……なに?」
「キングです」
「誰?」
ノータイムのフーイズイット。会話を続ける気がないとしか思えない反応である。
しかし、ジェノスのほうもサイタマのそんな無味無臭の対応には慣れっこで、淡々と言葉を続ける。
「S級集会にも来ていたヒーロー……サイタマ先生を差し置いて“最強”の称号を手にしている男です」
当然のように私怨を混ぜ込んでくる。
で、それを聞くサイタマは──こちらも当然のごとく興味ゼロ。ある意味では釣り合いの取れた関係性ではある……のか?
そんなことを考えながら、少し先を行く長身の人影を見る。フードを目深に被った後ろ姿。
「……キング……」
運が良いのか悪いのか、キングとの顔合わせとなるシーンに遭遇してしまったらしい。
……うーむ、特に何の感情も湧いてこない。
警戒するも何も、キングそのものは無害な訳だからな。万が一、秘密がバレるようなことがあっても簡単に“口封じ”ができる──まあ、彼の立ち位置的にこの世界の補正に邪魔されそうだが。
「こんなところで一体何を……」
「きゃあああ!!」
ジェノスの呟きを遮る、女性の悲鳴。
今の今までぼけっとしていたサイタマが、さすがヒーローとでも言うべきか、それで瞬時に声のしたほうを見る。
「怪人よぉおおお!!」
「怪人だと? 先生、すぐに消して──いや、」
良いことを思いついたような顔で、人助けを踏みとどまるジェノス。ここから続く発言は予想がつく、というか知ってるけど──
「キングの実力を見る良い機会かもしれません。様子を見ましょう!」
……前々から思ってたけど、こいつも大概だな。
『──1分経った。殺戮を開始する』
結局。
トイレに逃げたきり、キングは戻って来ず。
さしものジェノスも人的被害は見過ごせなかったらしく、代わりに彼が戦うこととなった。
まあ、これも原作通り。
「ジェノス、手貸そうか」
防戦一方、という訳でもないが、明らかに実力が上回っているふうでもない機神G4との戦闘風景に、サイタマが気怠く口を出す。
「いえッ!!」
そして確固たる信念を滲ませその申し出を辞退するジェノス。固辞の2文字がよく似合う。
「先生に出された課題、『S級ランキングで10位以内を目指せ』を達成するためには……!」
で、またもや蚊帳の外に追いやられた俺ことセツナは、機神G4ってカービィに出てくるラスボスみてぇだなとか全然関係ないことを考えていた。ロボボプラネットとかにいそう。
「これしきの相手! 独力で倒せるようでなくては!」
きみ、さっき最低でも災害レベル鬼とか言ってなかったっけか。別に独力で倒せる必要ないんじゃ……と思ったが、口に出せる雰囲気ではなかった。
「そうか。んじゃ負けんなよ」
「はい!!」
よく言えば弟子を信用している、めちゃくちゃ率直に言えばあんまり興味がないサイタマは、良いお返事をバックに躊躇なく背を向ける。代わりに俺と目が合った。
「行こうぜ、セツナ」
「え……ぁ、うん」
当然のように呼びかけられて、ついていかざるを得なかった。断る理由もないし。
ということで、ジェノスが持っていた荷物を代わりに抱えて、サイタマの後を追う。しばらく歩いても背後からはジェノスとG4の交戦する音が聞こえていたが、サイタマは気にする素振りも見せなかった。
わりと興味を示していたようなのになぜ、と一瞬思ったが、その答え合わせはすぐに訪れる。
「……なんでアイツ、来なかったんだろーな」
──キングのことを考えていたらしい。
そりゃそうか、とワンテンポ遅れて納得。それが高じて家にまで突撃したのだから、彼にしては相当気にかけていたのだろう。
「なんでだろ……ぶぇ、」
まさかここで答えを言う訳にもいかず、適当に相槌を打とうとしたところで。急に立ち止まった彼の肩口に、わりと勢いよく顔面をぶつけた。
隣を歩くのを躊躇われるセンスのシャツと濃厚接触をかましてしまい、慌てて離れる。うえ、繊維が口に入ったんだけど。
何で立ち止まったんだと顔を上げたちょうどその時、
「なあ、アレ、キングじゃね?」
児童公園、その片隅の公衆トイレを指差すサイタマ。そこから出てくる大柄な人影。
「え……? あ、ほんとだ……」
下手な抜き足差し足忍び足で立ち去ろうとする、端的に言って滑稽な後ろ姿……まさか、こんな場面までばっちり見られていたなんて。
というか、サイタマはこの後キング宅にアポ無し訪問する予定な訳で、そうなると当然帰り道のどこかで目撃するという流れになるのか。若干面倒くさいことになったな、適当に理由つけてあの場で解散すれば良かった。
「どこ行くんだ?」
サイタマが低く呟く。プロヒーローの身でありながら、戦闘を放棄しておいて。言外にそんな詰めの響きが滲む、シリアスな呟きだった。
その次に、
「追いかけようぜ」
「えっ」
「え?」
追いかけようぜ、て。
まあ、そうなるんだろうけど。
「だから……追いかけて、ホントのとこを確かめてみようぜ」
「う、うーん……?」
改めて、ストーカー行為に対するノリが軽すぎる。まあ、窓からの不法侵入に一切の躊躇いがない男だからな。怖すぎる。
「わ、……わたしは別に、いいかな……」
「そうか?」
高層ビルでスパイダーマンごっこは正直御免だし、そこまでして会いに行く意義があるとも思えなかった。それに、下手に部外者がいたらキングも秘密を暴露できないかもしれない。
「ま、いーけど。じゃあな」
その一言で、サイタマはあっけらかんと会話を切り上げて。すたすたと、キングの背中を追いかけて遠ざかっていってしまう。
「……はあ、」
……俺だけが一人、残された。
足元を吹き抜けるビル風が、誰かの捨てた空のペットボトルをさらっていく。
からんころん、と軽妙な音を立てながら転がっていくそれを、何となく目で追って。その向かう先が、もと来た方角だとふと、気づいた。
少し、考える。
「……ジェノスの様子でも……見に行こうかな」
どうせ周囲に被害が及ばないことはわかっているのだし、遠巻きに眺めるくらいならまあ、問題ないだろう。
……で、とんぼ返りしてきたはいいが。
「もう後半戦だな……」
この短時間に、G4はご立派な鎧をひん剥かれてちっこくなっており。巻き添えを恐れたらしい野次馬は、皆さっさと姿を消していた。
人混みに紛れる作戦が無事、無に帰されたため、仕方なく手近な電柱の影に隠れる。ぎりぎり視認できるかできないか程度の距離なので、流れ弾が飛んでくることはまあ無いだろう。
しかし、ここに来た意味はマジで無かったな。暇つぶしにもなりはしない。
どうせジェノスは問題なくG4を倒してしまうのだろうし──
「ぁ、」
──と、思っていたのだが。
結果は知っていても、その過程までは描写されていなかった。彼がどの程度、余力を残してG4を撃破したかまでは、知り得ない情報だった。
だから。
おそらく、自爆システムが組み込まれていたのだろう。地に倒れ伏したG4の体がかっと閃光を放ち、間近に立つジェノスの顔が引き攣って。
「チッ、」
その瞬間。とっさに道路へ躍り出て、その光へ能力をぶつけていた。
その甲斐あってか、ドカン──とはならず。大通りを埋め尽くすほどの光は、だんだんとフェードアウトしていく。そして、シュウン、と微かな電子音を最後に、機神G4は完全に沈黙した。
凍りついたその機体を見て、ジェノスはすぐさま下手人に思い至ったのだろう。
「……っ、! セツナ、」
当然のように名前を呼ばれて、やむなく彼の前に姿を表す。
「は、はぁい……」
改めて間近で見る、原作よりもおそらく損壊具合がだいぶマシなその立ち姿。左腕も取れていないし、頭部にも派手な外傷はない。
で、そのジェノスは俺を見るなり反転したその瞳を尖らせ、
「何故ここにいる」
「いや……まあ……色々ありましてですね……」
暇を持て余して物見遊山──とはさすがに口に出せなかった。
明らかに挙動不審な俺の弁解を聞いて、ジェノスはまだ何か言いたげだったが。
「……まあいい、」
その一言でひとまず詰問を切り上げ、動かなくなったG4から容赦なくパーツをむしり取り始める。モンスターハンターか羅生門の老婆かというような手際の良さだった。さては常習犯だな?
数十秒ほどでその剥ぎ取りも済んでしまったようで、パーツを小脇に抱えて、すたすたと俺の横を通り抜けていく。いないかのような扱い。
「……どこ行くの? 帰るの?」
俺がその後ろをめげずに追いかけても、無視。
まあ、行き先自体はわかっている。彼はこのパーツを持って、クセーノ研究所に行くのだ。
「ねーぇ、」
と、いうことは、さすがに帰り道で振り切られてしまうか。
そんなことをぼんやり考えながら、しゃんと伸びた背中を追いかけるうち。真っ直ぐ歩いていたはずの彼はいきなり、ほぼ直角の動きで左へ舵を切った。
慌てて追尾する。その先は──建物と建物のほんの狭い隙間、いわゆる路地裏、だった。
「……こんなとこ通るの?」
狭いし、暗いし、埃臭い。
パーツがあると目立つからだろうか、と暢気に思案を巡らせていたのもつかの間。
「えっちょっと、ジェノス?」
──それこそ、機械のように精確な歩みを続けていたジェノスが、おもむろにふらついて。
そのまま、ずるずると壁伝いに崩折れた。大事そうに抱えていたパーツが、ばらばら音を立てて汚い床に散らばる。
ジェノスはその過程で器用に半身を捻って、壁を背にする形で地面に腰を落ち着けた。
「ねえ、ほんとに……」
とりあえず、気を失ったとかではないようで安心したが。……いきなり、どうしたのだろう。
急に地面に座り込む。
サイボーグにはあまり相応しくない、というか結びつきにくいシチュエーションだ。
覗き込んだ彼の顔はどことなく、疲れているように見えた。
「大丈夫?」
「………………」
この期に及んで無視……というか、無言。ホントこの子扱いづらいな。うんとかすんとか言えよ。
片膝を立て、微動だにせずうつむいたその姿は、生物というよりは精巧な美術品にも見える。
「………………」
誰の気配もしない、静かな路地裏。
大通りの喧騒もどこか遠い。
退屈のあまり、フィルターに何かが詰まっていそうな室外機の唸りに耳を傾ける。
──うーむ、案の定めちゃくちゃ気まずい。話すようなこともない。
ジェノスと2人きりの状況、今まで意図的に避けてきたので、なおのこと乗り切り方がわからない。
無理矢理でも何でも、適当にこちらから話を切り上げて解散すべきかもしれない。
ジェノスが実際、そこまでのダメージを受けていないことは原作の描写からも明らかなのだし、
「……セツナ」
「んぁ」
──いきなり呼びかけられて、寝起きみたいな声が出てしまった。
しかし、当のジェノスはそんなツッコミ必須の醜態には構うことなく。じっと、睨むように自分の爪先を見つめている。
何となく、思いつめているように見えた。
「お前は、…………」
数秒の沈黙、の後、口を開いて。すぐにつぐんでしまう。珍しく、歯切れが悪い口ぶりだった。
考えながら言葉を選んでいるような。
どんな嫌味も悪態も、何の躊躇なく口に出すような男だ。嫌な予感がしたが、その予感は、何とも言えない形で裏切られた。
「お前は……自分一人が生き残ったことに、何か理由が存在すると思うか?」
予想外の発言に一瞬、思考が飛ぶ。
自分一人が生き残った。
3年前の怪人火災のことを言っているのか、と推察するのに、数秒の時間を要した。
……先ほどの流れから、どうしてこの質問に繋がるのだろう。考えたけれど、わからなかった。
そもそも、ジェノスにこの話をしたことはあっただろうか?
「……何の話?」
思いのほか、落ち着いた声が出た。
焦りもなかった。ただ、俺の心臓が最初からそうであるように、冷めきっていた。
「先生から聞いた。……お前も、怪人災害の生き残りだと」
サイタマが。……どういう風の吹き回しだ、とまず思った。
まさか、面白がって話のネタにした訳ではないだろうけれど。まあ、何せあのサイタマだし、雑談の弾みでぽろっと口にした、というようなこともじゅうぶん有り得る。
いつ頃知ったか、なんて推察しようがない。けれど、それをジェノスは、覚えていたのだ。
少し、驚いた。
しかしジェノスはそんな俺の驚愕をよそに、淡々と、どこかで聞いたような話を始める。
「──15歳の時だ。とある暴走サイボーグに、俺は全てを奪われた。故郷も、家族も、何もかもを。そして、俺だけが無事だった。俺だけが……」
膝上で、ぐっと握りしめられる鉄の拳。
4年経ってなお癒えない痛み、冷めない熱。俺とは正反対だ、とぼんやり思った。
「クセーノ博士に出会っていなかったら、俺もいずれはあの町で朽ちていただろう」
握られていた拳が、ゆっくり解かれる。
何もない手のひらを──焼却砲の砲口をじっと見つめて、低く、呻くように呟く。
「これを“奇跡”と呼ぶのか? ……いや、」
ゆるく頭を振る。少し焦げた金髪同士がぶつかり合って、ぱさぱさと軽い音を立てた。
「……俺だけが生き残ったことに、何か意味があったのか?」
俺に答えを求めているようであり、己の中に答えを探しているようでもあった。
対象となる人物を挿げ替えたその疑問が、じわりじわりと俺を包み込んでいく。
どうして。
どうして、“自分”だったのか。
「一人、命を取り留めた。それが他でもない、誰でもない“俺”であったことに、理由があるのか?」
どうして。どうして。どうして?
悲痛な祈りだ、と思った。
拷問のひとつに、掘らせた穴を元通りに埋めさせるだけ、というようなモノがあると、かつて聞いたことがある。ヒトは“無意味”に耐えられない。
偶然に耐えられないから、神罰に縋る。
意味の無い死に『原因と結果』を“作り出す”。それが良きものであれ、悪しきものであれ。
ああ、何だか、他人事みたいだ。
ジェノスが顔を上げる。
「お前一人が、あの火事から逃れて……生きて──今まで生き延びたことに、何か意味があるのか?」
この男は、“セツナ”に何を求めているのだろう。
同病相哀れむ。
まさか、傷の舐め合いを欲している訳でもあるまい。ジェノスは“俺”に、何と言ってほしいのだろう。
思い浮かぶ言葉はいくつかあったが、どれも、口に出す気にはなれなかった。
「………………」
ふう。微かな吐息が、澱んだ空気を揺らす。
何気なく逸らした視線が、軒下の殺虫灯に群がる羽虫の群れを捉える。その鉄枠にこびりついた、哀れな亡骸を。
「……考えたこともなかったなぁ、」
暢気な呟きが、思わずこぼれていた。
うつむいていたジェノスが、顔を上げる。異色の瞳が、縋るようにこちらを見つめている。
どうして、自分だったのか。
どうして、セツナだったのか。
怪人協会の実験──が一瞬頭をよぎって、彼はそういうことが聞きたいわけじゃないんだろうな、と思った。もし。あの火災に、怪人協会の手が入っていなかったとして──何故?
……意味の無い問いだった。
考える必要すらない、わかりきった問答だった。その答えは最初から知っていた。探る必要すらなかった。
「ジェノス」
指を滑らせ、ひび割れた頬に触れる。人間の温かみを感じない、硬質ななめらかさ。
彼が小さく剥き出しの肩を跳ねさせる。
ジェノスは、その答えを求めていた。
──でもね。
「わたしがどうして生き残ったのか──わたしにはわかるよ、」
ぐっと、腰を屈めて。煤けた頬を、優しく撫でる。間近で見つめるジェノスの瞳に、見知らぬ女が映っている。
「わたしには、わたし以上に大切なものが無かったから」
──怪人化とは、究極の自己愛の発露である。
他人と同じでは嫌。
自分さえ良ければいい、自分の望みさえ叶えられればいい、それ以外はどうなってもいい。
そんな己を何より愛し、尊んだ。
それゆえに。
「だから、意味なんて無いんだよ」
俺が生き残ったのは、運命の悪戯などではない。どこまでも無意味で無価値な必然の結果。
俺が“セツナ”ではなく、“赤井佑太”であったから。
俺はその無意味さに怯えない。
それでまったく、構わない。
「……ね、」
さらり、指の間から金糸が逃げていく。明らかに人間のそれとは感触の違う、合成物。
ジェノスは呆然と俺を見上げていた。可愛いな。何となく、そう思った。
軽いバックステップで距離を取り、その位置から彼の顔を覗き込む。
「帰ろうよ。それともどこか、寄るところがある?」
その呼びかけにジェノスは一瞬、口ごもって。
僅かに目を泳がせた後、
「……クセーノ博士の……ところに……」
「そっか」
わかっていたことだった。何の感情も芽生えなかった。
「……はい、これ。大事なものでしょ」
地面に落ちた機械の破片をかき集めて、緩慢な動きで立ち上がった彼に押しつける。
ジェノスが腕を動かして受け止めたのを見届けた。背を翻して、陽の光を浴びる。
「──じゃ。またね、ジェノス」
ジェノスからの返事は、なかった。
別段、欲しいとも思わなかった。
──ジェノスは、俺とは違う存在。
だからこそ、彼が望むかもしれない言葉を与えてはやれない。そうしない、と決めた。
「……それで良い、」
この感情は。
彼が敵として邪魔だと思うゆえなのか、それとも仲間として愛しているからなのか。
その、どちらなのか。今は、区別をつける気にはなれなかった。──今だけは。
タイトル全然関係ねえ…