うっかり怪人♀になってしまったっぽいが、ワンパンされたくないので全力で媚びに行きます。   作:赤谷ドルフィン

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ファーストインプレッションは大事

 あの後。

 気分が落ち込みまくったのでとりあえずひと眠りして、それで何となく、整理がついた。

 

 何となく昨日(一昨日?)の怪人被害を調べていたら、たまたまセツナが働いていた店のホームページに辿り着いてしまって、それでまたちょっと落ち込んだけれど。

 サイトには従業員が働いている姿を映した写真がいくつかあって、そこで、見覚えのある顔を見つけた。

 “俺”ではもう再現するのが難しいであろう優しい笑みを浮かべた、ポニーテールの女性。

 セツナだった。黒髪に茶色い目で血色が良い、という点を除けば、この姿と同じ。

 

「……やっぱり、地毛じゃなかったか」

 

 白の毛先をつまみながら、改めて思う。

 瞳の色もだ。

 昨日、店で覗いた鏡に映る瞳は、このありふれた茶色ではなく薄い青色だった。

 変異してしまった──というのが正しいのだろう。もう、元に戻ることはない。

 今度は気分が沈まなかった。

 逆に、吹っ切れた気持ちになった。

 

 “赤井佑太”は“セツナ”じゃない。

 怪人になって、中身も別の人間になった。順番が前後してしまうが、そう考えて開き直っていくしかない。俺にとっては幸いなことに、“セツナ”を深く知る人間の大半はもうこの世にはいない。

 俺は俺として生きていく。

 

「さて、」

 

 顔を叩いて気を引き締める。

 今からやるべきこと。

 

「単行本の内容をリストアップして、脳ミソに叩き込む」

 

 ……と、いうことで。

 昨日の衣料品店に行って、ツノを隠すためのキャップとリュックサック、その近くにあったコンビニでノートと筆記用具を購入してきた。

 

 昔から、追い詰められるとつい手元にある漫画を最初から読み耽ってしまう悪癖があり、最近よく読んでいたのがワンパンマンだった。

 現実逃避にはスカッとするアクション漫画が最高の薬だ。主人公が最強なのがなお良い。

 だから、大まかな流れはもちろん頭に入っている──のだが、時間が経てば忘れてしまうし、読み直す機会はもうない。

 危険をできる限り避けるため、手元に残る形で書き記しておこうと思ったのだ。

 

「まずはモスキート娘……あ、いや、サイタマの過去からか……?」

 

 四苦八苦しながら、とりあえず読んだところまで内容を書き上げてふと、思うこと。

 

「俺、第二のシババワになれるな……」

 

 どちらかというとサイコス?

 わかるのはガロウ戦あたりまでだけど。

 このノートは絶対に流出させないようにしよう。下手をしたら世界がめちゃくちゃになる。

 ただの100円の紙束から、この世界における特級危険物になってしまったノートを閉じて。

 

「……で、どうすりゃいいんだ?」

 

 次はそれだ。

 俺自身の身の振り方。

 

「死にたくない」

 

 怪人になってしまったけど。

 そもそも、人間を襲う意思はないのだ。少なくとも“この状態”では。でも、それで見逃してもらえるほどこの世界は甘くないだろう。

 疑わしきは罰せず。人権のある人間だから適用される言葉だ。怪人にその権利はない。

 

「安全な場所に行きたい」

 

 そんな場所、あるのだろうか。

 

「守ってもらいたい」

 

 誰に? 

 世界で一番強い誰か──

 

「サイタマ……」

 

 当然、その4文字が自然に浮かんだ。

 ボロスやガロウ、はてはブラストやタツマキに運良く取り入ったとしても(可能かは別として)、彼らがサイタマに勝てる保証はない。何なら前者は公式でばっちり倒されている。

 上手いことサイタマに擦り寄る。

 まあ……ついでにプロヒーローにもなっておくか。なれればの話だが。この危険能力は人間様を守るために使いますよ、と社会に無害をアピールするために。

 生き延びて“平穏”を得るための、今のところ思いつく中では一番現実的な方法だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完成したノートと筆記用具、財布をリュックに詰めて、気晴らしに町へと繰り出してみる。

 昨日はあんなに一人になりたかったのに、今はもうあの狭苦しい個室に引きこもっていたくはなかった。頭がおかしくなってしまいそうで。

 

 平日の、人の少ない通りをぶらつく。

 何の面白みもない──例えて言うなら北関東の駅前のような町並みを歩きながら考えるのは、今は時間軸で言うといつなのか、ということ。

 サイタマに取り入るにしても、万が一中学生や高校生だったら俺は女とはいえそこそこ不審者、下手をしたら性犯罪者になってしまう訳だ。

 それはちょっと、御免被りたい。

 

 ……まあ、冷静に考えなくてもこれらは全て狸の皮算用。俺のこの計画には強大かつ、根本的な問題が横たわっているのだから。

 

「いや……まずそんな都合よく会える訳、」

「就活はやめだ、かかって来いコラァ!」

 

 瞬間、聞き覚えのある声が耳をつんざいて──

 ──居た。

 

 いつの間にか、住宅地にまで足を踏み入れていたらしく。

 道を挟んだ向かい側、児童公園の前で相対する二足歩行のカニ──と、スーツのジャケットを勢いよく脱ぎ捨てる黒髪の男。

 誰だ、なんて思う訳もなかった。

 カニランテと、サイタマ。

 まだ覚醒していない時の。

 

「…………マジで?」

 

 目を擦ってみても、景色は変わらない。

 間違いなく、1巻のあの組み合わせ。

 伝説の始まり。

 

 そんな都合よく……会えちゃったよ。

 ツイてないことばかりと思ったが、全ての悪運はこの時の布石だったのかもしれない。

 建物の陰に隠れつつ、こっそり距離を詰める。一人と一匹が気づく様子はない。

 で──で、どうする?

 

「さすがにこのチャンスは逃せない、けど、」

 

 中学生でも高校生でもなかったが、ハゲる前のサイタマだ。これが吉と出るか凶と出るか。

 悶々としているうちに、

 

「あああああああああああ!」

 

 濁った絶叫とともに汚い花火を咲かせるカニランテ様。ちょ、原作読んだ時も思ったけどここのサイタマさんしれっと機転が利きすぎです。

 

「お、終わっちゃった……」

 

 この後の展開は描写されていなかったはずだが、放っておいたら当然にこの場を去ってしまうだろう。接触の機会は今しかない。

 

「ン゛ン゛っ、ごほん、」

 

 咳払いをして、そろそろと物陰から出る。

 アスファルトにへたり込んだサイタマは、まだこちらに気づく様子はない。

 清楚、清楚に行くんだ俺。

 ファーストインプレッションでトチったら全てが終わるぞ。それこそ就活と一緒だ。

 クソ、こんなことならTシャツにジーンズじゃなくかわいいワンピースとか買えば良かった。

 背後に立って、

 

「だ、……大丈夫、でしゅか……?」

 

 ヤッバイ噛んだ。最悪。

 時既に遅し、サイタマが振り返って俺を見た。

 

「ぁ……うぐ、」

 

 しかし、彼のほうはそんなマナー違反を気に留めている余裕はないようだった。

 殴られたところが痛むのか、渋い表情で腹を押さえている。ボコボコにされてたもんな。

 

「あのカニランテとかいう野郎……」

「倒した……みたいです」

 

 少し離れたところで地面に伏せる故・カニランテ。死因が脳ミソごと目玉を引きずり出されたことによるショック死なので、かなり画がグロい。

 それを見たサイタマはホッとしたように息を吐いて、まだフサフサの頭を掻いた。

 

「あの、」

 

 いつまでも地面に座り込んだままなので、とりあえず手を差し伸べてみる。

 

「ああ……」

 

 それを握ろうとしたサイタマは、肌が触れ合った瞬間。小さく跳ねて眉をひそめた。

 しかめっ面と目が合う。

 

「……あんた、手冷たいな……」

 

 手が、冷たい。一瞬で、冷水を浴びせられたような心持ちになった。

 異常な温度だったのだろう。

 それこそ、怪物みたいな。

 

「ごめんなさ、」

「いや」

 

 慌てて引っ込めようとした手のひらを、今度こそ躊躇なく握りしめてくるサイタマの。

 

「あ……」

「どうもね」

 

 大きな手だった。いや、俺のが小さいのか。

 骨ばってごつごつとした感触に、改めて性別の違いを感じてしまう。できる限り意識しないようにしながら、その手を引き上げた。

 よっこいせ。

 若さの感じられない掛け声とともに立ち上がったサイタマが、俺を見返してくる。血と、蟹汁にまみれた顔は、それでも精気に満ち溢れていた。

 それを見ながら、ぼんやり問いかける。

 

「……ヒーローって……」

「あー……聞かれてたか」

 

 気恥ずかしそうにはにかんでみせる。

 

「ヒーロー。なりたかったんだよ。……就活連敗の無職が言うと、バカみたいだけどな」

「いえ」

 

 首を横に振ると、彼は少し驚いたような顔をして、黙った。そこへさらに、

 

「格好良かった……です」

 

 若干しどろもどろになったのは、本当にサイタマの立ち回りに惚れ込んだ訳ではなく、こんなセリフを男相手に言う葛藤によるものだが。

 まあ、この状況では効果的には働いたのではなかろうか。

 サイタマはくすぐったそうに目を細めて、

 

「サンキュな」

 

 そんじゃ、あんたも気をつけろよ。

 そう爽やかなセリフとともに、ジャケットを拾い上げ。それを肩に掛けて、颯爽と去っていく。

 その背中を見送ってから、

 

「……まあ、悪くは、なかったかな……」

 

 それなりに喋れたのではなかろうか。

 しかし、コミュニケーションの出来で悦に浸れたのはそこまでだった。

 

「あ、」

 

 これからに向けて、重大なミスをしたことにふと思い至る。せっかく幸運が舞い込んできたのに、

 

「連絡先とか、交換しておけばよかった……」

 

 このままじゃただの通りすがりじゃん。

 全く、詰めが甘い。

 今後の前途多難を思って、俺はひっそり、誰もいない住宅街で肩を落としたのだった。




これを書くにあたって原作を読み返してるんですが、1巻が9年近く前とかで卒倒しそうになりました そんなに前か…

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