うっかり怪人♀になってしまったっぽいが、ワンパンされたくないので全力で媚びに行きます。   作:赤谷ドルフィン

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人格とその多面性について

 まずは、最初にして最大の関門。

 出入り口の生体認証センサー。

 

「…………セーフ、」

 

 びっくびくで通ったが、無反応だった。

 予想通りの結果で安心。

 事前に、自動ドアのセンサーに引っかからない遊びをする男児がごとく、シェルターの出入り口をうろちょろして試しておいた甲斐があった。

 しかしこのセンサー、何をどう判断しているのかが永遠の謎。ヒーロー協会の中でも「こいつアウトだろ」みたいな輩は無限にいる訳だが。

 特殊部隊じみた装備の警備員を横目に、ホール内を進む。

 

「試験なんて何年ぶりだろ」

 

 大学在学中に、資格試験や就職試験はいくつか受けたものの、そんな記憶はもう忘却の彼方。

 基本的に思い出す必要のないことなので、朧気になっていくスピードが凄まじかった。

 

「……おお、」

 

 ホールにはおそらく受験者と思しき人間がひしめいている──のだが、皆なんか厳つい。

 今にもヒャッハーとか言いながら、火炎放射器で汚物を消毒してきそうなタンクトッパーばかりだ。やめてくれその技は俺に効く。

 ここが世紀末か。頭ひとつ分小さい俺に注目が集まってくるのを感じるが、幸い、表立って煽ってくるような輩はいない。

 平和に行こう、平和に。

 

「あの……受験番号z360011の……セツナですが」

 

 その後、何とか受付に辿り着き、受験票を女性の担当者に渡せた。

 ヒーロー協会の女性スタッフの服って可愛いよな。今の俺が着ても胸元映えなさそうだけど。

 彼女は手元のタブレットと受け取った受験票を見比べ、

 

「特別査定をご希望の方ですね」

 

 ──特別査定。

 そう。さすが、タツマキフブキのエスパー姉妹を擁する機関だけあって、エントリーシートの希望欄にそういう項目が設けられていたのだ。

 一応、いわゆる超能力者の雇用にも積極的な姿勢は見せているらしい。

 

「……はい、」

「承っております。ですがまずは、他の受験者の方と同じく筆記テストを受けていただきます」

 

 筆記テスト、か。

 参考書やネットの情報を見るに、

 

 ・小論文

 ・精神分析マークシート

 ・知能検査マークシート

 

 の、3種類が主な内容らしい。

 過去問からして、一番引っかかりそうな知能検査は高校レベルの内容、なのだが。

 

 

 

 

「……やっぱりちょっと難しくなってたな」

 

 全ての筆記試験を終え、会場から追い出されてまず初めに思ったことは、それだった。

 なにせ、参考書側が『応募者の増加で問題のレベルは常に右肩上がり、この本もあんまり参考にならないかもよ(大意)』みたいなことを、巻頭に載せてしまうくらいなのだ。

 ヒーロー協会もまだ設立して5年足らず、という新しい組織で、色々手探りなんだろう。

 大卒見込みとはいえ私立文系、しかも在籍は数年前の身では多少厳しい部分もあったが。まあ大丈夫だろう、と思うしかない。

 小論文は……ノーコメントとして、

 

「精神分析マークシート、教習所の効果測定みたいな内容だった……」

 

 ドライバーの適性ならぬ、ヒーローとしての適性を炙り出すようなものだったのか。

 良い人を意識して演じようとすると、内容に乖離が生じるので、あまり考えずやるべし。そんな教えに従ってほぼノー勉で挑んだが。

 とりあえず、筆記については『終わった』と割り切るしかない。

 これからもまだテストはあるのだから。

 

 ロビーにて。

 緊張を紛らわすため、持ち込んだ水筒をちびちび傾けていると。

 

「あ」

 

 受付にいたのとはまた別の女性スタッフが、こちらに小走りで近づいてきた。

 

「セツナさんはこちらへ」

 

 そのまま、誘導される。

 まさか早々に呼び出しかよ──とは、思わなかった。

 特別査定を希望する受験者は、個別に試験が行われる。あらかじめ聞かされていたことだ。

 訳知り顔の俺を見つつ、しかしこれはマニュアルだと言わんばかりに解説を始めるスタッフ。

 

「本来ならば、筆記テスト後には体力テストを一律で行っていただく予定なのですが──」

 

 

 

 

『──今から、模擬戦闘を行ってもらう』

 

 それから案内されたのは、『第2訓練場』と出入り口のプレートに示された巨大な部屋。

 部屋というか、ひたすらに何もない空間だ。床も壁も白く、全体的に丸い。

 その中心で、

 

「でか」

 

 胸に『鉄人』と記された、巨大なロボットが棒立ちで待ち構えていた。iPhoneの新しいカメラみたいな顔しやがって。

 ……え、てか今、何て言った?

 模擬戦闘。こいつと?

 いきなりハードル上がりすぎじゃ。

 天井隅のスピーカーから響いているらしい男の声に、意識を傾ける。渋い、厳かな響きだった。どうやら別室から監視されているようだ。

 

『ルールは単純。きみの能力で、その査定用“鉄人ゴー君”を行動不能にしてくれればいい』

「ちょっとぎりぎりなネーミングでは……?」

 

 転移者の感覚だが。

 童帝とかが開発したんだろうか。そもそも彼の名前自体がわりとぎりぎりである。

 いや、そんなことはどうでもいいんだよ。あーヤバい緊張してきた。本番に弱いタイプで。

 倒す。こいつを倒す。よし。

 

『準備はいいかね?』

 

 良くはないが、待ってとも言えない。

 必死に呼吸を整え、ロボットを見据える。いつもどおり。いつもどおりにやるだけだ、俺。

 

『では──始めッ』

「ふっ、」

 

 返事は聞いてない、とばかりにさっさと切られた戦いの火蓋。

 まずは“鉄人ゴー君”の、パンチンググローブに包まれた鉄の拳が降り注──がなかった。俺の反射神経のほうが勝っていたらしく、一瞬で首から下が凍りついたロボットが、肢体を軋ませる。

 動きは抑えられたが、それだけだ。

 このまま砕いても、ダメージにはならない。

 

「げ、生物じゃないから有効打にならない?」

 

 なーにがいつもどおり、だ。

 想像したよりも凍らなかった。材質によって力の効き具合が違うのか。苦い気持ちになる。

 思いもよらない弱点だった。

 今まで機械系の怪人には会わなかったから。

 こんな大事な場面で、勉強不足が丸わかりの成長を遂げたくはなかったが、

 

「仕方ない、」

 

 こめかみに指先を押し当てる。

 イメージしろ。俺が作り出したいもの。

 急ごしらえの氷結トラップはいつ破壊されてもおかしくない。ひび割れ、崩れる音が聞こえる。

 集中。集中、集中、

 

「──よしっ!」

 

 バキッ。

 鈍い音がした。

 “鉄人ゴー君”がトラップを突破した音ではない。その顔面を、氷の槍が貫いた音だった。

 鉄の体がその場に崩折れる。

 

『──コマンド、エラー。機能停止。コマンド、エラー。機能停止』

 

 やがて。淡々とした機械音声が、スピーカーから聞こえてきた。

 ロボットが再び起き上がる気配はない。

 

「倒した……?」

『……ああ。試験は終わりだ』 

 

 こちらの声が聞こえているのかいないのか、タイミングばっちりにそう呼びかけられる。

 

『もう、戻ってくれて構わない』

 

 

 

 

「……ふー」

 

 訓練場を出て、溜め息。

 終わりよければ全てよし……とはよく言ったものだが、なかなかアレな出来だったことは認めざるを得ないか。俺はまだ、超能力者としても未熟な存在なのだろう。学ぶべきことは多い。

 頭痛の徴候はないので、そこはオッケー。

 ロビーに戻ると──そこのモニター前に集まっていたらしい受験者たちが、一斉に俺を見た。

 

「…………え?」

 

 思わずモニターに目をやると、画面には先ほど俺が破壊した鉄人ゴー君の姿。まさか、査定風景が中継されていたのか。聞いてないが。

 え、ちょっと恥ずかしい。

 ヒーローになろうとする人間が思うようなことではないのかもしれないが。

 というか、彼らの向こうにあるロッカーに用があるのだけれど。一歩踏み出すと、

 

「え、」

 

 ざっ、と。

 モーゼの再来かな、と言わんレベルで、人混みが退いた。目の前に空間が生まれる。

 

「……ど、」

 

 先頭にいた、いかにもなモヒカンの彼が、どもりながら口を開く。……ど?

 

「ど、どうぞ……」

 

 何かと思えば、紳士的に誘導してくれただけだった。周囲もなぜかそれに倣う。

 

「あ、はい」

 

 絡まれたりしなくてラッキー、程度の気持ちで用を済ませ、その場を後にしたが。

 廊下を歩きながら、ふと。

 頭に浮かんだこと。

 

「……もしかして、ビビられてる?」

 

 理由は考えるまでもない、さっきの模擬戦闘中継のせいで。危険人物だと思われた?

 

「サイタマ以外とほぼ会ってなかったからな」

 

 この能力が、一般人の目にどう映るかというのがよくわかっていない。そもそも、そのサイタマにさえ見せたことはないのだ。

 氷系能力。

 本能的に恐怖を感じるなら炎系や雷系なのではと思うが、どうなんだろう。俺自体、そんなに法外なパワーを持ち合わせている訳でもないし。

 サイタマに見せたところでもちろん驚きも、怖がりもしないだろう。

 うーむ。

 

「──まあ、ナメられないのは良いことだ」

 

 ……結局、そこに落ち着いた。

 若い女なんてなおさら場違いだろうし、変に軽く見られたりするより、よっぽどやりやすい。

 

「次は……体力テストか」

 

 気合い入れてこう。

 

 

 

 

 ──結果から言うと。 

 

「B級」

 

 合格は、した。

 87点。筆記47点、体力(特別査定含む)40点。

 70点以上がC、80点以上がB、90点以上がA、100点満点でS。そういう区分けらしいので、もう少し頑張ればA級になれたようだが。

 ……特別査定はともかく、その後の体力テストでそこそこドジを晒したのが原因だろうか。

 成人男性を上回るパワーとはいえノーコン、しかもあの世紀末集団では中の下。悪目立ちするような結果だったので仕方ない。

 思い出すと羞恥で体温が上がりそうになるので、目の前の現実に意識を向ける。

 

「B級……B級かあ……」

 

 C級だったら落ち込んだし、A級だったら喜んだかもしれない。S級はそもそもありえない。

 その中で、B級。

 

「まあ最初のランクとしてはすごい……のか?」

 

 人数分布がピラミッド型なのはわかるが、実際どういう扱いなのかはよくわからない。

 いや、まず合格したことを喜ぶべきか。

 スポーツウェアの上にトレーナーを被り直したちょうどその時、

 

『──セツナ様、本日16時より合格者セミナーを行います。第3ホールにお越しください』

 

 どこからか聞こえてきたアナウンスに追い立てられるようにして、誰もいない女子更衣室を出た。

 

 

 

 

 そして、呼び出された第3ホールにて。

 

「合格おめでとう」

 

 俺を出迎えてくれたのは“鉄人ゴー君”……ではなく、蛇柄のスーツに身を包んだ男性。

 非常に見覚えのある顔だった。

 

「どうぞ、掛けてくれ」

「……どうも……」

 

 着席を促されるが、見渡す限りガラガラなので逆にどこへ座るべきか迷う。結局、ホワイトボードから一番近い椅子を選んだ。

 

「今日のセミナーを担当させてもらう、A級ヒーロー“蛇咬拳のスネック”だ」

「えっと……セツナと言います」

「ああ。では、始めよう」

 

 ……このまま始めてしまうのか。俺以外まだ誰も来ていないが。

 そんな驚愕が顔に出すぎていたのか、スネックはこほん、とひとつ咳払いして。

 

「残念ながら、今回の合格者はきみ一人だった」

「……そうなんですか?」

 

 想定外の事態だった。俺より屈強そうな受験者は山ほどいたのに。誰も残れなかったのか。

 しかし、彼のほうはやむを得ない、と言うような訳知り顔。

 

「S級やA級の活躍──それとメディア露出で、ここ1、2年の倍率は驚くべき数値になっている」

 

 ペンのキャップを抜いて、ホワイトボードに巨大なLの字、その中に右肩上がりの曲線を描く。

 

「試験の基準も年々厳しくなり、プロヒーローは既に誰でも目指せる職業ではなくなった」

 

 もともと命懸けですしね。

 ここまで普通に会話しておいてなんだが、セミナーにおけるスネックといえば、姑息な新人狩りのイメージが強い。強硬手段に出るほど気にしているなら、こういった場では常に新人をいびっていそう、と思ったりもしたものだが。

 今、俺の前にいるスネックは『普通』。

 年齢や性別でああだこうだ言うこともなく、真面目に業務をこなしているように見える。

 

「まず、協会から支給されるプロヒーローパックを渡しておく。必ず中身を検めておいてくれ」

「ありがとうございます」

 

 手渡されるA4サイズの白封筒。

 大きくヒーロー協会のロゴが印字されている。この猛禽類っぽい鳥は鷲、それとも鷹?

 そんな無益なことを考えていると、

 

「超能力者、か」

 

 つぶやきが、耳に入ってきた。

 独りごちるような口調だった。思わず顔を上げてスネックを見ると、彼は少し慌てたように、

 

「いや。俺はヒーローネームの通り、拳法が専門だからな。講師をやっておきながら、きみの手本にはなれそうにないのが申し訳ない」

 

 ……原作で抱いたイメージ以上に、良い人なのかもしれない。

 まあ、あれはまずサイタマの態度に問題がありすぎたとか、だとしても新人狩りをするのは人間性がどうなんだとか、色々思う部分はあるが。

 今も、超能力という全く違う分野の話なので優しくできるとか、そういう後ろ暗い感情があるのかもしれないけれど。

 

「……いえ。お気持ちだけでも嬉しいです」

 

 対人関係は『相手がどう思っているか』ではなく、『自分がどう思ったか』が大事。

 俺はスネックを良いヤツだな、と感じた。とりあえずそれでいいだろう。

 

 

 

 

 合格者セミナーは、何事もなく終了し。

 スネックにも穏やかに見送られ、会場から離れた今の今までも、追ってくる気配はなし。

 ようやく、終わった。

 ──合格した。ヒーローに、なった。

 じわじわと、時間差で嬉しさがこみ上げてくる。言葉にしにくい喜びだった。

 帰ったらさっそくサイタマに……サイ……いやだからサイタマに教えちゃダメなんだってばよ。

 

「…………やったー」

 

 とりあえず、一人で喜んでおく。

 俺の生活にサイタマ以外の彩りがなかったのが悪い。共有できない喜怒哀楽が多すぎる。

 

「わーい。……ふう」

 

 喜びタイム終わり。

 さて。B級か。

 今さら査定結果にはうだうだ言わない。

 それよりも、B級になった以上避けられない、目の上のたんこぶの処理を考えなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 触れたら溶けて消えてしまいそうな、白いレースのワンピース。財布くらいしか入りそうにない、おしゃれな小さいハンドバッグ。ベルトサンダルはあまりヒールがないものを。

 

「……よし、」

 

 こうやってショーウィンドウで服装を確認するのは、今日何度目だろう。

 時間はかかったが、無事綺麗に仕上がった三つ編みを再び背中へ流し。前髪を整える。

 古着屋で、残り少ない貯金をはたいて購入した渾身の『清楚』コーデ……と言っても、雑誌の表紙にあったものを見様見真似でパクっただけだが。

 

 ──プロヒーロー試験を終えて、3日。 

 こんなにも見た目に気合を入れて、俺がどこへ向かおうとしているのかといえば。

 サイタマとのデートではない。

 実際そうすることがあっても、ここまではしないだろうと思う。彼が気にしたり、逆に自分の服装に気を使うとも思えない。

 閑話、休題。

 

 S級の童帝。

 A級のアマイマスク。

 そしてB級の、フブキ率いるフブキ組。

 ヒーロー活動をしていく上で、ぱっと思いつく目の上のたんこぶたち。逆撫でするのはもちろんNGだが、サイタマのことがある以上、安易に取り込まれてしまうこともできない。

 しかし、フブキ組は単に放っておくのが最も悪手、と言える集団だろう。

 サイタマがB級昇格した際にはゴーストタウンにまで押し掛け、強襲した前科(実際にはまだだが)があるのだから。とりあえず、本編より早く突撃される前に、顔見せだけでもしとこう。

 ──ということで、やって参りましたフブキ組事務所。

 ネットで住所を調べた結果、普通の雑居ビルの2階に入っているらしい。辿り着いても思う。普通の雑居ビルだ。

 ……ドア横に『フブキ組』と立派な書体で表札がかかっているが、指定暴力団感が増している。

 

「……これ普通にピンポン押していいのかな」

 

 素朴なドアチャイムが備えつけられているのを、押すべきか押さないべきか迷って。

 背後から迫る気高いヒールの靴音に、気づかなかった。

 

「──あなた、そこで何してるの?」

「ぇあ」

 

 呼びかけられて、とっさに振り返る。

 その先にあったのは、タイトな黒いドレスの中で一際存在を主張する──

 

「でッ、………………」

 

 自主規制。

 いや違う、で、で──

 

「出口はどこですか?」

「えっ迷ったの?」

 

 セクシャルハラスメントから軌道修正を試みた結果、雑居ビルで惑う狂人が誕生してしまった。

 当然、怪訝な顔をするドレスの女性──俺が会いに来た人物、B級ヒーロー“地獄のフブキ”。それはラッキーなのだが、口の滑り方がまったくアンラッキーだった。自業自得とも言う。

 

「い、いえ……」

 

 うつむいた先、自分の控えめな胸元が目に入って何とも言えない気分になった。白って膨張色じゃなかったっけ。

 いや、落ち着け赤井佑太。

 フブキにもセツナにも超失礼だぞ。大体、サイタマを口説くのに云々という建前を踏まえても、彼はそんなフブキを『知り合い』と一蹴しているのだから。スタイルは関係ないのだ。

 何の話だったか、

 

「見かけない顔だけど……うちに何か用?」

 

 優雅に腕を組み直すフブキ。個人的な感想だがやはり非の打ち所がない美形だと思う。

 切り揃えられた緑の黒髪が流れ、澄んだ翡翠色の瞳が不思議そうに瞬いている。いや、見惚れている場合じゃない、自己紹介しないと。

 

「えっと……はじめまして。つい最近、ヒーロー認定試験に合格しました、セツナと申します」

 

 セツナ。フブキがぼそっと復唱する。

 

「幸いにも、同じB級として活躍させていただけることとなりまして……ご挨拶を、と」

「ああ、」

 

 こんなことはもはや慣れっこなのか、彼女の反応は予想以上に淡白だった。しかし、

 

「超能力者の端くれとして、フブキさんはずっとわたしの憧れでした。お会いできて嬉しいです」

「えっ」

 

 そこで、目の色が変わった。口に手を当て、わかりやすく驚いてみせる。

 

「そ……そうだったの?」

 

 ……そんなに食いつくところか?

 実際に、社会で超能力者として生きてきた訳ではないので、彼女やタツマキの感覚がわからない部分は多々ありそうだが。

 

「超能力?」

「ええ、まあ……大した力ではないのですが……」

「今見せられる?」

 

 今。とりあえず手を出して、その上に小さな氷塊を発生させてみる。サイタマに見せたのと似たようなものだ。フブキは微かに唸って、

 

「面白い能力ね、冷気を発生させる……?」

 

 それからなぜか、黙ってしまった。顎に指を当てて何か考え込んでいるようでもあったが、おもむろに、ぱっと表情を綻ばせて。

 

「……で! もちろん、私の……フブキ組のことは知っているのよね? それで、」

 

 ヤバい。やっぱり勧誘に来たか。というか、入れてほしくて来たと思われている?

 

「っ、あ、あの……大変、心苦しいのですが」

「……? どうしたの」

 

 きょとんと、首を傾げるフブキ。普段の仕草は完全無欠なのに、たまにこういう無邪気さみたいなものが垣間見えるのが良いよな、じゃなくて。

 ひとつ咳払いして、再び手を差し出す。

 

「わたしの体は、おそらく常に微弱な冷気を発生させています。集団行動に不向きなのです。他の方々の健康を害してしまうかもしれません」

 

 嘘を言っている訳ではない。

 というか、この距離なら彼女にも何となく伝わっているのではないかとも思う。

 

「そんな……」

 

 一気にしょげた風のフブキだったが、何とかなる、とは強弁してこなかった。

 他の組員に迷惑がかかる。

 彼女もフブキ組のトップとして、その部分を重く見ているのだろう。フブキのためのチームだが、彼女のためだけのチームでもないのだ。

 

「えっと……そうね、籍だけ置くのでも私は……」

 

 それでもまだ諦めきれないらしい。

 モテモテだなあと他人事のように喜びつつ、今のところは優しく梯子を外しておく。

 

「……まだ、わたしはデビューして1週間も経っていない若輩者ですから。フブキさんが実際に活躍を見て……その上で御眼鏡に適うようなことがあればまた、お誘いいただければ」

「……そう……そうよね……わかってるわ、」

 

 そんなわかりやすく落ち込む?

 もしかして対タツマキのための戦力として既に見出されているのか。荷が重すぎる。

 とりあえず、今日は退散しよう。

 

「フブキさん。お話しできてよかったです、ありがとうございます」

「……ええ、」

「はい……では」

 

 気落ちした風のフブキにさっさと頭を下げて、足早にその場を後にした。

 

 

 

 

 ──雑居ビルの前まで、(当たり前ながら)迷うことなく無事に降りてきて。

 まず、口をついて出てきたのは。

 

「いやめちゃ美人やんけ……」

 

 美人だ美人だと思ってはいたが、リアルで見ても普通に綺麗だった。しかもわりと優しかった。

 スネックの時も思ったことだが、本性はどうであれ、多少の礼節をもって接すればそれなりに応えてもらえるんだな。

 冷静に考えるまでもなく、サイタマは他人と接する時に礼を欠きすぎるきらいがある。ちょっとさすがに擁護できないレベルで。

 しかしまあ、

 

「思ったより興味を持ってもらえたな」

 

 これが吉と出るか、凶と出るか。

 サイタマの時も思ったことだが、フブキはふんわりながら彼と敵対することが既に決まっている。

 その際、俺はどうするべきなのか。

 サイタマに嫌われるのは最も避けるべきだが、フブキを敵に回しても面倒だ。

 頭が痛くなってくる。

 

「……なんとか知らんぷりして誤魔化してぇー……」

 

 言語化しきれない不安を抱えつつ、のろのろと帰路につく。

 

 タイムリミットはあと数か月。

 平穏を得るまで俺はあと、いくつのXdayを乗り越えなければならないのだろう。




ONE版ガロウ編集盤のとあるシーンで「豚神って訳わからんと思ってたけどわりと常識ある良いヤツかも」と思ったんですが、村田版最新23巻のおまけがそのあたりをフィーチャーした内容(と自分は感じた)ですごい良かったですね。関係ない話ですね。
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