狩人テペスの冒険 作:ヤングフンター
1
フィンとの話し合いを終えたロキはテペスの部屋を目指して歩いていた。右手には酒瓶が握られており、左手は大鉈が乗せられたカートを押している。これからロキは色々なことをテペスから聴きだすつもりだ。
「お願い」
「ダメです」
テペスの部屋が近づいていた時、ふと、声が聞こえて来る。一人はテペスで、もう一人は女性。それもロキの一番のお気に入りである少女、アイズの声だ。ロキは盗み聞きをせねばと壁に耳と絶壁を当てがい、こっそりと聞き耳を立てる。
「お願い、貴方の事が知りたいの」
(なぬ!?)
ロキは仰天する。
「そんな事、知る必要はないですぜ」
「もう、我慢ができない。貴方の事がずっと気になっていた。夜も眠れないくらい……」
(な、な、な、なんですとー!?)
再び仰天! 壁に指がめり込む! 全く男っ気のないアイズが入ってきたばかりの厳つい新人に、よもやほの字だとでも言うのか!?
「何度言われても、ダメなもんはダメですぜ。そんなことより、ヴァレンシュタインさん。これ解いてくれませんかい?」
「ダメ、私が怒られる……。ちゃんと話してくれないと、私、貴方に襲いかかってしまうかもしれない」
(な、な、な、なんですとー!?)
壁粉砕! やたらと真剣そうな声色に、ロキの全身が震える。
「お願い、せめて一度だけでも……」
「勘弁してくださいよ。面倒事は嫌いなんですぜ」
「くおらっ!」
堪えきれずにロキが飛び出す! その顔は東方の島国にいるという女オーガの形相が張り付いていた!
「ロキ?」「どうしてここに?」
「おどれテペス! 黙って聞いていればアイズたんのハートを弄びおって! 絶対に許さへんぞ!」
「うわ!」
組みついてくるロキ。まるで荒々しい蛇のようにテペスの胸ぐらを掴んで前後に揺らす。
「この! この! これが神罰や! ラグナロクや! 思い知ったか!」
「うお、お、お、お、お」
「アイズたんのハートはうちのモンや! 誰にも絶対渡さへんでぇ!」
「それはない」
「ふごぉっ!?」
アイズの強烈なはたき落としにより、ロキは壁に叩きつけられ、スライムのように床に垂れ落ちた。
「邪魔しないでロキ。彼に大事な話がある」
「アイズたぁ〜ん。うちというものがありながらぁ〜」
半べそをかきながらロキがアイズの足に擦り寄る。とても神とは思えないような醜態だが、ロキ・ファミリアにおいてこれは日常だ。
「お願い。貴方の強さの理由が知りたい」
「あ、そっちか」
途端にロキは脱力する。テペスの事を知りたいと言うのは、強さに拘るアイズらしい疑問によるものだった。
「ニックたちから聞いた。貴方の強さはどう考えても普通じゃない。何か秘訣があるなら教えてほしい」
「ダメだと何度も言っているんですがねぇ。どうせ言ったって信じっこない。急に眠くなってきたんで出て行ってもらえますかい?」
テペスは布団を頭から被ってアイズに背を向ける。なんたる失礼か。とても先輩に対する態度ではない。
「ダメ。寝かせない。絶対に」
アイズはテペスから布団を剥ごうとするが、テペスも抵抗して布団にしがみつく。それなりに力を込めているアイズだったがテペスも力強く抵抗している。これだ、これがアイズが知りたい異常なのだ。加減しているとはいえ、レベル5にレベル1が抵抗できているのがそもそもおかしいのだ。
「まあまあ、アイズたん。一旦そのへんにしときや」
復活したロキがアイズの肩と尻に手を当て、前が見えなくされた。
「ふがふが……」
「次は右腕をもらう」
「も、もうせえへんから許してぇ」
ジーザス! 失禁しそうな程恐ろしい殺人的オーラだ!
「おーいて。まあ冗談は置いてくとして、アイズたん。テペスの事が気になるのはわかんねんけど、無理強いはよくないよ。それに、遠征の準備は終わってるん?」
「問題ない。昨日確認した」
「うーん、でもフィンたちとの最終確認せんとあかんのん? 確か今日、ミーティングあったと思うねんけど」
「……」
アイズは目を逸らし、テペスの掛け布団に手をかける。
「大丈夫。エアリアルを使えば間に合う。だからもう少しだけ、もう少しだけ尋問させて」
「尋問!? あかんて! 曲がりなりにもファミリアのメンバーよ!? 乱暴なことはあかんて!」
ジーザス! これにはロキもふざける訳にもいかず、アイズの腹回りに手を回してテペスから引き剥がそうとする! しかし神は地上に降り立つ条件として万能の力のほとんどを封じられている。神の国では様々な所へ殺し合いをふっかけていたロキも、地上ではただの平坦な女性なのだ。到底引き離せるはずもない。
「欲しい物があるなら言って。やって欲しいことがあるなら言って。私は可能な限り貴方の力になる。だから話を……」
「何もいらねえ、何もしてほしくねえ。俺に構わないでくれ」
「……!」
アイズの顔がモチのように膨れ上がる。今にも爆発寸前だ。そして爆発すればテペスは拘束されているベッドごと窓から叩き出されることになる。テペスピンチ!
しかし、そこへ救世主が現れる。突如分厚い本がアイズの頭上ににゅっと現れ、その金のシルクめいた髪に包まれた脳天に振り下ろされた!
「痛い」
「何をやっているか」
現れたのは長身の女性。女神に匹敵する美貌を持っており、両耳は尖っている。全身を隠すような法衣を纏っているためわかりづらいが、ロキと違って豊満である。
「ん? ……アールヴさん」
新たな人物の入室を察したテペスが布団から頭を出して上体を起こす。彼女はリヴェリア・リヨス・アールヴ。高貴なハイエルフであり、オラリオで数少ないレベル6到達者の一人。強く、賢く、美しく、慈しみに満ちた人物であり、テペスに文字を教えたのも彼女だ。その際紆余曲折あり多くのエルフから反感を買ったのだが、それはまた別の機会に話すとしよう。
「いよう、リヴェリア。どないしたん?」
「アイズの姿が見えないから探しにきたんだが、怪我人に暴力を働くような娘だとは思わなかったぞ」
「リヴェリア。それは誤解。私はテペスから話を聞きたくて……」
リヴェリアの目がサーベルめいた鋭さを帯びる。
「ほう。乱暴するだの尋問するだのは聞き間違いだったかな?」
ジーザス! なんたる地獄耳か! やはりエルフは耳が良いのだろうか? そんなつもりは毛頭ないが、テペスはリヴェリアの陰口は絶対に言わないようにしようと硬く決意した。
「……」
「目を逸らすな」
分厚い本の表紙がアイズの額にぽんと当てられ、アイズは陸に上げられたナマコのように萎んだ。リヴェリアはため息を吐いてテペスに目をやる。
「怪我の方はどうだ? テペス」
「アー……ええ、お陰様で。すっかり元気なんでダンジョンにでも行きたい気分」
「それはダメだ」
「あっはい」
ばっさり。
「無理をしてくれるな。危険なモンスター相手に大立ち回りを演じたというではないか。今は、体を休めるのが仕事だと思えばいい」
リヴェリアはテペスの肩に手を当てて慈しむように目を細め、すぐにそれをサーベルに戻し、アイズの首根っこを掴んだ。
「さあ行くぞ。もうすぐミーティングだし、明日には最終確認もあるんだ。見舞いはともかく居座る時間はない」
「待って。私、まだ何も聞けていない」
「遠征が終わってからにしろ。ではな、二人とも」
ずるずると引きずられていくアイズを見送りながら、テペスは挑発的に手を振った。鎖がじゃらじゃらと音を立てる。
「どうしたの? リヴェリアさんがアイズさんを引きずっていったけど。あ、ロキもいるし」
入れ違いでピーシャが入室する。ミトンの手袋をつけ、手にはおかゆで満たされた鍋がある。テペスのおかわりだ。
「かぁー。こないだまで睨みつけとったんに、まるで新婚さんやなぁ」
「な、な、な、何言ってんのよ!」
ピーシャは顔を赤くして動揺した。