狩人テペスの冒険   作:ヤングフンター

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 右を見る。ヒューマンとエルフのカップル、幸せそうだ。左を見る。アマゾネスとアマゾネスのカップル、幸せそうだ。前を見る。巨漢のボアズと腰が抜けそうなほどツラの良い女神のカップル、女神の方が突然体調が悪くなったようで、ボアズが彼女を抱えてオラリオの空へと飛び去って行った。一分も経たないうちに、パルゥムのカップルがやってくるが、幸せそうだ。

 

 上を見上げれば目が痛くなるような太陽が輝いている。そのまま仰け反れば女神像。美しくもエロティズムは感じさせないヌード女神像は、孤独な微笑みを浮かべながら、抱え上げる水瓶から大量の水を足元の噴水に流し込む。

 

 この状況でまともに直視できるのはこれくらいだと、テペスはため息をつく。ヤーナムにあった石像といえば、嘆いていたり項垂れていたり、設置した行政の頭脳がマヌケなんかと言いたくなるような、辛気臭いものばかりだった。教会にいたってはあの気色悪いアメンドーズを並べている上、祭壇の女神だか天使だかの像は頭がもげていた。

 

 このアモールの広場は縮図だ。光と幸せに満ちたオラリオの縮図なのだ。もしかしたら後ろ暗い部分もあるかもしれないが、表面上人の営みは明るく、豊かだ。心地よくあるが、同時にテペスはどうしようも無い居心地の悪さを感じている。カビが日向では育ちにくいように、ヤーナムの闇に染まった彼にとって日向はむしろ落ち着かない。このように、だらーんと溶けたスライムのようにベンチにふんぞりかえっているのは、恐らくテペスなりにこの場所に慣れようとしているためだろう。

 

 そのように余計なことを考えてしまったせいで、この女神像の流す水の反射にすら目を痛めるような錯覚を覚えてしまい、テペスは目蓋を閉じようとした。

「何やってんのよ」

 ふと、声がしたので頭を上げると、そこにピーシャがいた。いつものソーサラーローブとは違い、可愛らしい青色のノースリーブドレスを着ている。だがテペスの態度が気に食わなかったようで、腰に手を当てて仏頂面だ。

 

「いいや。なんでもねーよ」

「シャキッとしなさいよ。このあたしが今日一日一緒にいてあげるんですからね」

 姿勢を変えて前屈みになるテペスと視線を合わせるように、胸に手を当てて腰を曲げるピーシャ。

 

「まったく。買い物に付き合ってあげてるんだから、もっと飛び上がるように喜びなさいよ」

「へいへい。どっこいしょ」

「おっさん臭い!」

 ピーシャの叱責。

 

「それじゃあ、どこに行くんで?」

「そうね。まずお昼ご飯を食べて、それから服屋にでも行きましょ。あんたに似合う服を選んであげるわ」

 テペスは頷き、二人は並んで歩き出す。

 

 ◆

 

 時は遡ること一日前。真剣な声色でロキに自身の過去を話せと言われたテペスの身体がガタガタと震え出した。黄色っぽい脂汗が吹き出し、唇が蒼白に染まる。

「ハァーッ! ハァーッ! ウゲェーッ!」

「え!? ちょっ、大丈夫なん!?」

 ヤーナムの夜は話したくないし、出来れば思い出したくもない。だが恩神に頑なでいるのは凄まじく失礼ではないか。そんなジレンマがテペスを内側から揺さぶっているのだ。ロイドたちの時とは訳が違う。

 

「ちょちょちょ! 取り敢えず深呼吸! ひっひっふー! ひっひっふー!」

 ジーザス! ラマーズ呼吸法!

「うぐぅぅぅぅ……」

 テペスはロキを軽く押し離し、布団の中の鞄から震える手で鎮静剤を探り出して飲み干す。その際、瓶からまろび出た血の臭いをロキは逃さなかった。

 

「テペス……それ、何飲んどるん?」

 怪訝そうな顔のロキ。テペスは脂汗を服の袖で拭きながら彼女を見上げる。

「ちょっとした、薬ですよ。気を落ち着ける物が、必要なんで」

 パニック障害という言葉が脳裏をよぎり、ロキはそれ以上の追求ができなかった。下手に追い込んでストレスを与えてしまえば、またパニックを引き起こしてしまうかもしれない。

 

 八方塞がりというやつだ。戯けて聞けばはぐらかされ、真剣な気持ちで問いただせばパニックを起こす。酔わせることもできない。テペスから過去の話を聞き出すことはできない。

「……気ぃ休める薬なら、こっちにしとき」

 ロキは懐から小さな包みを取り出し、その中身をテペスの口に突っ込む。血の臭いを漂わせる怪しげな薬よりはまだ健康的だろう。

 

「……甘い」

「飴ちゃんや。オレンジ味の、飴ちゃんや」

 ロキはテペスから離れて向かいの椅子に座る。粗暴だが忠義に厚いようで、その実脆く頑固な男だ。神々は自身の眷属の事を「子供」と呼んで寵愛するが、今のロキにはテペスがまるっきり子供に見えていた。それも、不安に怯える小さな子供だ。

 

 距離の詰めかたが重要になる。急に近づけば逃げてしまいそうな気がする。テペスはロキに感謝の念を抱いてはいるが、全てを打ち明けるにはまだ足りない。彼は心を開く準備ができていないのだ。

 

「ねぇ、まだかかる? おかゆが冷めちゃうと思うんだけど……って、きゃあ!」

 ふと、ピーシャがドアの向こうから恐る恐る顔を出し、半裸のテペスを見てすぐに引っ込んだ。

(かわいいなぁ、ピーシャたん。でもツンツンしてるようでかなりスケベなの、ウチ知っとるんで)

 ロキはピーシャのベッドの下に隠してある画集を思い出す。筋肉質な男性の裸体が多く描かれた、本来は画家のための資料だがピーシャは絵を描かない。

 

「ああ、悪い」

 テペスは手拭いで軽く身体を拭いてすぐに服を着る。

「ん、そういえば、二人はタメ口なんやな」

「ええ。さっきそうしろって言われまして」

 その時、ロキはひらめいた。

 

「ピーシャたーん。もう入ってきてええよー」

「だ、大丈夫でしょうね」

 恐る恐る入室するピーシャ。その視線はロキとテペスの間を行ったり来たりしている。

「ピーシャたん明日ヒマ?」

「な、何よ。特に用事はないけど」

「んじゃテペスとデートしてきて」

「「はあ?」」

 ピーシャとテペスの声が重なる。

 

 

 ◆

 

 と、二人は崇拝すべき主神ロキのありがたい信託により、逢瀬へと繰り出すこととなった。ロキとしてはテペスの心の扉を開かせることの前段階、そしてファミリアに馴染ませるための作戦でもあった。そしてあわよくばそのままくっついて自分を楽しませろという、天界で悪神と名高かった頃の彼女を思わせる悪巧みでもあるのだ。

 

「でもよォー。俺こういうところ苦手なんだって」

「いつまでつべこべ言ってるのよ。このあたしが選んだお店なんだから、素直に楽しんでおきなさい」

 二人は今、ルニエル・デュ・ソレイユというティーハウス、そのオープンテラスのテーブル席に腰掛けている。屋根や天幕の代わりに目の大きい金網が張られているが、そこには蔓植物が張り巡らされており、葉っぱの隙間から入り込む陽の光がチラチラと客を照らしている。この店のウリだ。

 

「お待たせしました。ランチセットでございます」

 店員がお茶と食事を運んでくる。サンドイッチと選べるお茶のセット。サンドイッチはテペスがいるためボリュームのあるものを注文した。お茶はテペスがアールグレイ、ピーシャはペパーミントのハーブティーだ。

「ありがと。これ、とっておいて」

 ピーシャは店員にチップを渡す。店員は少しはにかんでから一礼し、去っていった。

 

「うまそうだ」

「うまいのよ、このお店は。今日はサンドイッチだけど、ピザトーストとか、パスタとか、カレーも美味しいわね。今度来た時には色々試してみるといいわ」

 そう言いながらピーシャはハーブティーを一服する。さわやかなミントの香りがはんなりと、テペスのほうまで漂ってくるような気がした。テペスはおずおずと砂糖瓶に手をかけると、砂糖を一掬い茶の中に入れる。更にもう一掬い、もう一掬い、もう一掬い、掬い、掬い、掬い……ジーザス! これではほとんど砂糖水だ!

 

「……」

 ジトーっとした目で見るピーシャを尻目に、テペスはアールグレイを飲み干した。味わいもへったくれもない飲み方だ。

「……あんた、甘いのが好きなの?」

「そんなでもない」

「嘘おっしゃい。そんなバカバカ砂糖入れて、せっかくのアールグレイが台無しじゃない」

 テペスはカップの底に残った、茶色い砂糖を見つめる。

 

「……昔、しょっちゅうこの飲み方をしていたような気がする」

 ヤーナムの、薄暗い診療所で目覚める以前の記憶がテペスにはほとんどない。何かの病気を治すためにヤーナムに来て、それ以前は何か暴力的な生活を送っていたような気がした。路地裏で喧嘩商売でもしていたか、それともヤクザか。何もハッキリしないが、この冒涜的な紅茶の飲み方は習慣として根付いていた。

 

「曖昧ね。もう、仕方ないんだから。あたしが美味しいお茶の飲み方を教えてあげるから」

 そう言ってピーシャはテペスのアールグレイをもう一杯注文した。

 




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