狩人テペスの冒険   作:ヤングフンター

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(これまでのあらすじ)
(無事に研修を終えたテペス)
(今度はソロでダンジョン攻略に乗り出すのであった)


ハント・バッカス・バーベキュー

 ダンジョン地下十層。霧に覆われた荒野のフィールドが広がる階層。地下にありながらこのような大地が形成されているのは不思議に感じるかもしれないが、このダンジョンにおいてこの程度は序の口だ。深く潜れば潜るほど、一階層ごとの広さは拡大していく。

 

「フーゥン」

 霧の中にあり、近寄ってくるモンスターたちをあらかた血の海沈めたテペスは恍惚の溜息を吐く。力強い生命の奔流をぶちまけ、我が身に浴びた時に感じる快感。屍を築き上げ、生きる力、その活力を得る事こそ狩人の在り方だ。

 

「フーゥン、ウフフフ……アー、違う違う」

 ハッとしたテペスは昂る精神を落ち着けようと深呼吸をする。血に酔う事で力を増すのが狩人であるが、度が過ぎると自分を見失い、獣と何ら変わらぬ存在へと堕落してしまう。かつて冷徹だった面影をなくし、狂乱の高笑いを上げていた鴉面の女狩人のように。

 

「かねてより血を恐れたまえ……」

 忌々しい医療協会の警句は、しかしテペスを堕落へ落ちないように繋ぎ止める楔となっていた。学もなく、暴力に明け暮れていたかつての姿は見る影もない。血の衝動を抑え、獣のように戦いながらも理性を繋ぎ止める事になんとか成功していた。

 

「フゥウー……帰るか」

 肉体的、物資的な余裕はまだまだあるが、これ以上は精神を喪失しかねないと判断し、テペスは屠殺したオークの解体作業に取り掛かろうとした。

 

『ギィヤァーッ!』

 そこへ飛来する影が複数あり! テペスは身を翻してその場からステップ回避! 直後、彼がいた場所に鏃のように鋭い木の枝が突き刺さる! それは投げ槍だ!

 

「ワッツ!?」

 テペスが見上げると、上空を旋回する人影があった。いや、人ではない。体格はゴブリンと同じくらいだが、紫色の肌に頭頂部の一本角、そして何より背中からはコウモリめいた羽が生えているではないか! 聖書の悪魔が飛び出してきたかのような姿、インプだ!

 

「死ね!」

『ギャヒン!?』

 湧き上がる怒りに任せて銃撃! 水銀の弾丸が一匹を撃墜した! 俗物的な血筋のテペスが撃ち落とせたということは、耐久力に関しては紙屑も同然。だが決して弱敵ではなかった!

 

『キキィーッ!』奇声と共に投槍投擲! 金属の鎧を貫ける訳もないが、この階層の枯れ枝は石のような硬度を有しており、衝撃ダメージは響いてくる!

 テペスはステップ回避しつつ次弾を装填し、銃撃を試みる。しかし!

『ギョエエンエエエンエエン!』

「ウゴォー!?」

 耳をつん刺すような怪音波に晒され、狙いが逸れる! 発射された水銀弾は赤熱発光により光の軌跡を描きながら明後日の方へ飛んで行った。下手人はコウモリモンスターのバッドバットだ!

 

『キキィーッ!』

 その隙にインプたちが急接近し、刺突攻撃を繰り出してくる! 右! 左! 前! 後! 斜め! 上下! 様々な方向からアイアンメイデンめいた槍が迫りくる!

 

「ウギャアアアアアアアアア!!!」

 人間の喉から出たとは思えないような絶叫が階層中に響き渡る。だがそれは悲鳴ではない! 物理的衝撃を伴う範囲攻撃だ!

『『『『『ウキキィーッ!?』』』』』

 吹っ飛ばされるインプたち! テペスは素早く斧を振り上げ、一匹を斬殺! 続いて二匹目に斧を振り下ろそうとするが、その前に退避される!

 

 テペスはかつてない程の不利を感じていた。彼は空を飛ぶ時との交戦経験がまるでないのだ。獣狩りの斧を伸ばしたところでその刃は虚しく空を切るだけだ。

「ジーザス!」

 やぶれかぶれの銃撃! しかし当たらない!

 

 テペスは己の選択を呪った。何故悪夢から覚める前に持ち出した武器の中に散弾銃を選んでいなかったのか。範囲の広い散弾ならば多少狙いが雑でも当たったはずだ。ルドウイークの長銃でもあればあのような弱敵に苦戦することなどなかったはずだ。

 だが環境に文句を言う奴はすぐに死ぬ! 生き残る為には矢継ぎに行動すべし!

 

「死ね!」

 テペスは前方のインプに向けて銃撃、すると見せかけて後ろに急転換し、バッドバットを撃ち落とした! 後の憂いは先に断っておくべし!

 インプの投槍を回避しつつ次弾装填、狙いを定める。インプたちは銃撃を警戒して攻撃の手を止め、距離を取ろうとする。だがそれがテペスの狙いだった! 彼は銃を撃つと見せかけ、地面に転がっていた石を思い切り蹴り上げた!

 

『ウギャ!?』

 インプは不意の石を回避したが、その直後に水銀弾を撃ち込まれて撃墜される! そこでテペスは気がついた、ちまちま撃ち落とすよりもずっと簡単な方法がある。

 まず、足元に落ちている大きめの石を拾う。そしてそれを握りつぶす。沢山の小石となったそれを、インプに向けて投げつける! 即席の散弾だ!

 

『ウギャァ!?』

 効果絶大! 仕留める事は叶わなかったが、代わりに羽を穴だらけにして飛行能力を奪った! 落ちてくるインプに急接近し、斧で叩き斬る!

 攻略法確立! 最早後の戦いは作業と化した。石を拾い、握りつぶし、投げつけ、落として斬る。それを繰り返すだけだ。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 何とか全滅させた時、テペスは全身赤くない所がない程に血に塗れ、肩で息をしていた。しかし疲労感はない。それは内側より沸き起こる感喜の前触れだった。

「ああ、違う、ダメダメダメダメ……」

 

 テペスは頭を抑えて被りを振り、懐から包帯が巻かれた瓶を取り出して内容物を飲み干す。濃厚な血液に秘密の薬物を混ぜた鎮静剤だ。テペスにとっては酔い醒まし、警句だけでは止められぬ激情を押さえつけるための物。だが乱用できるものではない。残りは八回分しかないのだ。

 

 今の状態でいれば鎮静剤が尽きた時に発狂してしまうのは目に見えている。何とか血の酔いに対しての耐性を獲得するべく、彼のダンジョン攻略は誰よりも帰り際を見極めなくてはならなかった。

 

「……帰るか」

 

 倒した獲物の解体もせず、テペスは地上に帰るべく歩き出すのだった。

 

 

 数日後。

 

 黄昏の館という建築物があった。オラリオ最大派閥の一角を成す、ロキ・ファミリアのホーム。数本の尖塔が誕生日ケーキのロウソクのように立ち並び、本殿は教会のような風体であった。中には百人分を超える居住スペース、大食堂、エントランスホールなど、まるで高級なホテルだ。

 

 そんな館の庭の一画にテペスはいた。人目につきにくい影になったところで、折り畳み椅子に腰掛け、鉄板に火を通している。「……」鉄板の上には分厚いステーキが数枚油の蒸気をあげており、テペスは時折それをひっくり返したり塩胡椒を振りかけたりして調理していた。

 

 テペスは焼き上がったそれ、血の滴るレアステーキに長いフォークを刺して持ち上げると、大口を開けてかぶりつき、二口で全て食べた。だが全く問題はない。ステーキはまだまだたくさんある。この街での仕事により、男は飽食に溺れることを許されているのだから。血の味を胃袋に流し込み、自己嫌悪に陥りながらも肉を焼き続けた。

 

「肉食ってるのに辛気臭い顔するやつがあるかい」

 ふと、声をかけられる。テペスが顔を上げると、そこには女性がいた。赤い髪、狐のような目、露出の多い格好、そして平坦。何を隠そう彼女こそテペスをスカウトした女神ロキである。

 

「ども」

 テペスは立ち上がって一礼しようとするが、ロキはそれを止めた。

「やめやめ。全く、テペスきゅんは堅苦しくてあかんわ。そういう子には、こういうことをしちゃうのがロキなんよな〜」

 彼女は片手に持った酒瓶を持ち上げ、ニカっと笑う。

「アイスブレイクや」

 

「まだ日は高いですぜ」

「酒はいつ飲んでも美味い!」

 ロキはテペスに向かって鉄板の右側に胡座をかき、取り出したグラスに並々と酒を注いだ。血のように赤いワインだ。それをテペスに差し出す。

「ども」

「それじゃあカンパーイ!」

 カツンとぶつかり合うグラス。テペスはグラスをくるくると回して芳醇な香りを楽しんだ後、一服する。肉によく合う渋味だ。偶然か、わざわざテペスのバーベキューに合わせて持ってきたのかは知らないが、ありがたい事に違いない。

 

 テペスは受け取った酒を一旦脇に置くと、焼いているステーキの中でも一際美味そうな物を切り分け、取り皿に乗せてロキへ差し出した。

「おお! ありがとうな!」

 ロキは受け取った肉をうまそうに頬張る。流石にテペスのように二口で平らげるといったことはせず、しっかりと味わっているようだった。

 

 途中、テペスは椅子をロキに渡そうとしたが、彼女は「肉将軍様から椅子を取り上げるなんてとんでもない」と、訳の分からない事を言って断った。代わりにテペスは自分のマントを座布団のように畳んで渡した。

 

「テペスきゅんはなぁ、厳つい顔しとる割に気を使いすぎんねん。もっとこう、ガハハハ! って笑いながら酒! 肉! 女! っていかんと!」

「はあ、すんません」

「いや、謝るとこかーい!」

 既に出来上がっていたのか、ロキは非常に上機嫌な様子だった。陰気臭いヤーナムにはいなかったタイプの人種、いや神種だ。そういえばと、初めて会った時にも酔っ払っていて、その勢いのまま半ば強引にファミリアに加入させられたことを、テペスは思い出す。

 

 あの時は自分も酔っていた。訳もわからず路頭に迷い、ヤケ酒に溺れていたのだ。酩酊状態のまま適当に問答していたら、いつの間にやら背中に道化のタトゥーが刻まれていた。

 

 最初はヤバいカルトサークルにでも加入してしまったのではと肝を冷やしたが、温かいベッドに三食昼寝付きの仕事を用意し、更に文字まで教えてくれるといった高待遇ぶり。久しく忘れていた人の温もりに触れることができ、テペスは思わず感涙を流した。

 

「あー、それで、テペスきゅん。他の皆んなとは仲良くやれてるん?」

 話がひと段落つき、肉が半分にまで減ってきたところでロキは唐突に尋ねてきた。

「まあ、そこそこは」

「うーん……まあ、嘘はいかんよ。ウチは眷属のこと、なんでもお見通しよ?」

 

 曖昧な言い方でさえ嘘と言われるが、事実そうなのだ。研修を監督したラウルとはそこそこ交流があるが、他の団員とはさっぱりだ。近寄りがたい雰囲気に加え、テペス自身他者を避けている。特に獣人系の亜人に対しては目も合わせないため、彼等からは疎まれていた。

 

「差別しようってんじゃないんですよ。でもあの、獣の耳を見ると、ちょいと嫌なこと思い出しちまうんですわ」

 肉を焼く手が止まる。

「無理にとは言わんけどね。ベートみたいなボッチもいるし。でも、なるべく眷属たちには仲良しでいてほしいねんな」

「……努力はしますよ、努力は。アナタは恩神ですから」

「ハハハ……期待しとるで」

 




【鎮静剤】
気を沈めるための薬
身を滅ぼす知識や感情は、忘れるのが良い

濃厚な人血に薬品をブレンドしたもの
テペスはそう信じていた

そうでないなら人血で正気を取り戻すなど、
あろうものか
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