狩人テペスの冒険 作:ヤングフンター
ダンジョン中層。ロキ・ファミリア遠征組が通過した後もモンスターは壁から産まれ、冒険者たちが魔石を求めて足を運ぶ。地上からは一体どれほど降ったであろうか? おそらく百Mは超えているだろう。
ダンジョン内では国の法律を基本とし、ギルドが定めたダンジョン特有のルールや冒険者間で生まれた暗黙の了解などが存在する。しかし、治安維持の目が届かない闇の底であるが故、法律や決まり事などテーブルマナー程度の認識でしかない。
読者の皆様にも経験はないだろうか? 上司や口うるさい相手を前にしてはマナーを遵守するが、そういった目のない所ではスパゲティや洋スープを音を立てて啜り、オカズを箸で刺して食べるような事は。
「助けてください」
そして今、ここに恐るべきマナー破りがいた。辺り一面は血の海だが、おお、ジーザス! アルミラージやヘルハウンドではない! 人間の死体が地面に転がっているではないか! ジーザスクライス!
生き残った冒険者が言葉で命乞いをしていると言うことは、その相手は言葉の通じる相手、すなわち同じ人間だ。しかし、見よ、その得体。全身はエクトプラズム的な発光物質で構成されており、赤黒以外の色が存在しない。明らかに尋常の存在ではない!
「フム、フム。だがね、君は私が欲しい物を持っている。だから見逃すわけにはいかないんだよ」
赤黒の殺戮者はその恐るべき姿に似合わず、紳士的な口調だ。
「な、何がほしいんですか? 持っている物全部あげますから助けてください」
冒険者は涙と涎と鼻水と汗にまみれた顔をクシャクシャにしながら鎧とインナーを脱ぎ始めた。革製のパンツの中に封じられていた失禁の臭いが立ち込める。
「フム、フム」
網目状兜の下で殺戮者の目が裸となった冒険者を舐めつくす。美しい肢体だ。胸も豊満。垂れ下がった兎耳が狂った振り子時計のように揺れている。
「では、しゃがんで口を開けたまえ」
殺戮者が剣先で指図すると、冒険者は膝立ちになって口を開け、目を瞑る。
「ヨシ、ヨシ。いい子だ。そのままじっとして。噛んだら痛いと思うからね」
冒険者は屈辱に苛まれながらも、生き残る道はこれしかないと自分に言い聞かせていた。どんなに汚れてしまっても、生きてさえいればチャンスはやってくる。レベル3になれたのもそういったチャンスをモノにしてきたからだ。何が何でも生き残ってやる。
そう自己啓発している冒険者の口の中に感触が侵入してくる。硬くて、冷たくて、鋭い。
「え?」
予想に反した物にそう疑問をこぼそうとしたが、出来なかった。何故ならその舌が切断されていたから。
「クペッ? クペペペェーッ!?」
舌の切断面から大量出血! それが喉に流れ、気管に絡みつき、呼吸を阻害する! なんとか外気を取り込もうと開けられた口は、しかし血の泡をカニのように吹き出すしかできない!
「すまないね。すでに操を立てたお方がいるのだ」
殺戮者は自身の赤黒の体に尚更浮き出る鮮烈な血が流れ出す舌を手の中で弄び、もう冒険者に用はないと背中を向け、他の死体を物色しはじめる! そして一様に舌をコレクト! なんたる冒涜か!
「クペペペケェゴボォーッ!」
助けを求める声すら出ない。冒険者は地面に転がりながら喉を掻きむしる。細かい石や尖った石がその体に無数の傷をつけるが、その痛みを感じる事はできなかった。喉が焼ける。自分の血で焼ける。理解できたとしても対処する手段も知識も彼女は持っていなかった。
「ゴボッ! ゴボボボボボ……! ゴボッ……」
やがて小さな気泡が喉からせり上がり、その冒険者は死んだ。その様子を全く気に留めることもなく、赤黒の殺戮者は祈るように天に向けてコレクトした舌の数々を掲げる。
「オー、マイ・ゴッデス。マイ・ファーストレディ。どれほど捧げ物を供えれば、貴女の御声を拝聴できるのでしょう?」
敬虔な聖職者のように振る舞いながら、赤黒の殺戮者の身体が透けて、薄まり、完全に姿を消した。残された死体は十分も経たないうちにモンスターたちが始末するだろう。